脳のミステリー

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マイブログ『脳のミステリー』

2009-01-27 20:31:01 | Weblog
以前からこのブログを製本化しないかという話が始終出てきている。
言うのは簡単だが、やるのは大変!

私の『脳のミステリー』はYahooでは 約4,170,000件中トップに出てくるし、有り難い事にgoogleでも406,000件中トップをズット保っている。
茂木健一郎先生を抜いてダントツなんて、きっとこれもワンダフルワンコ達の恩恵を被っていると思う。

マイブログの初めてのタイトルが「嬉しい還暦」で2005年7月9日となっているから、還暦を迎える数か月前にブログを書き出したという事になる。
兄が還暦を迎えた時「ヤダ~、お兄ちゃん!」と思わず口に出した記憶がある。兄と私はほぼ一回り近くの年齢差がある。姉が還暦を迎えた時は「ウソッ!」とつい言ってしまった。小学生の頃、よく勉強を見てくれた兄は永遠に兄であって老人には成り得ない・・・
20代の頃、よく二人で遊び歩いた姉は5歳違うが、友達感覚の付き合いで、彼女が還暦を迎えるなんて・・・ 還暦という言葉は私にとっては父と母に使わざるを得なくなった時チョッとしたショックを感じた記憶があるだけだった。
だが、実際自分が還暦を迎えるにあたっては・・・「嬉しい」と感じたのは実に摩訶不思議である。
仲のいい友人が「ねえ、還暦のお祝いに真っ赤なハンドバッグを貰う事にしたの」といった。赤いバッグはあるし、赤いコートもある。赤い靴は履けない。そうだ、塗りかけの赤い漆の杖が姉の工房にある。あれにしよう!?「還暦のお祝いに赤い頂戴!」ビックリする姉に私は「歩く広告塔になるから」と言った。シナバーレッドの杖は最も高い漆製品だそうだ。私は出来る限り、その赤い漆の杖を車椅子の脇に抱え、立ち上がると使う事にしている。
嬉しい還暦祝いは私の記憶に鮮明に残る事になった。

だが、無念な事にあの年のクリスマスイブに私は哀しい事実に直面したのである。
それは歴代の愛犬の中でとっても擬人化したゴールデンレトリバー、ドックの死だった。
悪性リンパ腫という悪魔のような病魔は愛する犬の命を容赦なく私から奪ったのである。
2005年と言えば 未だ一歳にもならない腕白盛りのダックスフンドのテトが既に私の脇にはチョロチョロいた。テトは面白い子で、あの時、ドック急変の報を受けて広尾の病院から車で駆け付けた獣医さんにだけは未だに従順なのである。幼かったテトはきっと何かとっても大変な事を感じ取っていたのだろう。
2006年1月6日本来ならドックの十回目の誕生日を祝っていただろうに、私はワープロで彼女の追悼記を書き残す決心をした。そして以前から付かず離れずの親交があった出版社の中堅社員が言った。
「色々原稿があるようだけど、今回は愛犬の追悼記を書いたらどうですか?」
愛犬の追悼記といったって、簡単なエッセイで終わってしまう。製本化なんて無理! そこで私は子供の頃に遡って我が家歴代の犬共の夫々のエピソードを織り込んで書き綴る事にした。
書き上げるのに僅かな時間を割いたが、製本化には数か月かかった。書き物は豪州での仕事が主流だったので、それは国立美術館が全部やってくれるのでこんなに大変な作業だとは思わなかった。

時をほぼ同じくして 医者や療法士に「脳の秘密を探って書き残したらどうか?」と言われて「ブログに書き綴るに限る」と思ったのだが、愛犬ドックの追悼記は一周忌に出版化する事に決めたという訳である。

今尚書き続けているブログ『脳のミステリー』は当初、脳外科・脳内科の本を読みあさり、自分の病気と後遺症に照らし合わせながら書き綴っていたが、時が経つに連れ、リハビリは当然、心療セラピー、音楽セラピー、アートセラピー、そしてアニマルセラピー、なかんずくドッグセラピーと話題がどんどん広がっていったのである。

ミクシイの最初の日記(2006年12月28日23:17)にはこう綴ってある。
☆☆☆☆☆
戌年に相応しい素敵な本『マイ・ラブ、マイ・ドッグ』が暮しの手帖社から出版されました。可愛いお犬様の嬉しい、哀しいエピソードを書き綴ったのです。シェパード、コッカースパニエル、ビーグル、ゴールデンレトリバー、ダックスフンド、みんな人間にとっては忠実なパートナーばかりです。昨年クリスマスイブに突然他界したゴールデンレトリバー(GR)は実は自殺だったのです! 悪性リンパ腫瘍で死を悟ったGRはそれでも生きていくには心苦しくて自ら命を絶ったのです。愛犬の自殺、読んでみたくなるでしょう。人間も犬も醜くて情けなくなったら尊厳死を望みたくなるのでしょう。
多くの人が暮らしの手帖社の電話(03-5338-6036)にしたらいいな!
注文方法は:郵便振替で
振込先は 00190=7=45321
     暮しの手帖社・出版サービス室
通信欄には「マイ・ラブ、マイ・ドッグ」と書き部数をお書き込み下さい。1冊1,500円です。送料は出版社が負担します。

そして2008年4月に私は注意事項として次の文を書き足したのである。
♪♪♪♪♪
現在、出版社に在庫はなく、著者に直接注文して下さい。
クーにメッセージで注文が可能です。
尚、盲導犬の引退犬募金を個人的にお考えの方はその旨を必ず明確に記してください。
その際は、無料(送料も)で4冊1組で送付します。
寄付の仕方は相談させて戴きます。
寄付は「日本サービスドッグ協会」http://www.eonet.ne.jp/~jsda/
或いは、最寄りの盲導犬引退犬の団体でも構いません。                  

サファイアという盲導犬の存在を知ったからである。
サファイア・・・名前がいい! サファイアは私の誕生石でいつも左の薬指に輝いている。出産の時も脳出血の時も医者に「指輪を外しましょうか?」と聞かれて拒否すると「では万が一の時は切り離すかも知れませんがいいですね」と言われた。そして私の返事は「私の指を切り離していいです!」と答えた。何れの医者も苦笑していたのを覚えている。

未だに 多くの人が私のブログ『脳のミステリー』の製本化を勧めてくる。
そこで 私は以前作ったように自分で作ることにした。
2005年度、2006年度、2007年度、2008年度・・・今のところは4冊になる筈だ。何冊まで続くだろう。
要求があったら、注文としてその数だけ作成する事にする。
ドッグセラピーのところにはそれらのワンちゃんを印刷して 読んで下さる方にも「癒しの時間」を分けて差し上げたいと思っている。  乞うご期待!


ボンドママはチャウチャウドッグ命!

2009-01-17 11:48:38 | Weblog
マイミクシイにボンドママというニックネームの女性がいます。
誰でもボンドガールを思い出すでしょう!
確かに若い頃は「ボンドガール」というニックネームがピッタリだったろうと想像できる盛年期の女性です。
実はボンドという名前は豪州の実業家アラン・ボンド氏に由来するというから興味が持てる女性である。
アラン・ボンド氏とは1987年に豪州クイーンズランドのゴールドコーストにボンド大学という私立の大学を創立した人である。日本人にとっては、ゴールドコーストという歓楽地のイメージが高い地に大学を建てたのも興味深い。この大学のモットーがBringing Ambition to Life という事だそうで私は北大のクラーク博士Boys Be Ambitiousを思い出した。そして今現在ボンドママが住んでいるのが北海道というのも面白い(近日中に転居されるらしいが)!
私がボンドママを知ったのは「君を想う 失った犬達の為に」というコミュだった。
私にとってボンドママはユニークな存在に思えた。
ボンドママも犬好き女性である。しかも・・・チャウチャウドッグ!
みんな天空に逝ってしまった今、ボンドママはハワイを頻繁に往復してゴルフ三昧のグルメ生活を愉しんでいるらしい・・・羨ましい限り!

私の彼女に対する印象は私にとっては確かだったと思っている。
そのボンドママが自身の日記にとても興味深い事を書き綴っていた。
許可を貰った私は私のブログに書き記してより多くの人に読んで貰いたいと思っている。

下記はボンドママの日記をそのまま引用したものである。
『100人の村』

もし現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで全世界を100人の村に縮小するとその村には

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいる。

52人が女性
48人が男性

70人が有色人種
30人が白人

70人がキリスト教以外の人たちで
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が村の富の59%を所有し
その6人ともがアメリカ国籍

100人の内

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人は今生まれようとしている。

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そして1人だけがコンピューターを所有している。

また次のような視点からもじっくり考えてみよう。

もしあなたが今朝目が覚めた時 病気でなく健康だなと感じることが出来たなら
あなたは今週生き残る事の出来ないであろう100万人の人たちより恵まれている。

もしあなたが戦いの危険や投獄される孤独や獄門の苦悩、あるいは飢えの悲痛を 一度も経験したことがないのなら
あなたは世界の5億人の人たちより恵まれている。

もしあなたが苦しめられることや逮捕拷問、または死の恐怖を感じることなしに今日を過ごすことが出来たら
あなたは世界の30億人の人たちより恵まれている。

もし冷蔵庫に食料があり着る服があり 頭の上に屋根があり寝る場所があるなら
あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれている。

もし銀行に預金がありお財布にお金があり家のどこかに小銭を入った入れ物があるなら
あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8%のうちの一人。

もしあなたの両親がともに健在で そして二人がまだ一緒なら
それはとても稀れ なことだ。

このメッセ-ジを読む事ができるならあなたはこの瞬間2倍の祝福を受けるだろう。
何故ならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて、その上あなたは
全く文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているから。

昔の人がこう言った。

「我が身から出るものはいずれ我が身に戻り来ると。
お金に執着することなく喜んで働こう。
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく人を愛そう。
誰も見ていないかのごとく自由に踊ろう。
誰も聞いてないかのごとくのびやかに歌おう。
あたかもここが地上の天国であるかのように生きていこう」

以上、日本の指導者、世界の誘導者・・・みんなに読んで貰ってこれからの社会の在り方を今がまさに真剣に考える時である、と私は思う。

ボンドママは日記をこう結んでいる。
「このメッセ-ジを人に伝えて下さい、 そしてその人の一日を照らして欲しい」
「人は幸福を探して旅を続けているけど それが自分の中にあるのをみんな分かっていない」

私はいつものようにあの言葉を思い出していた。
平和主義者であり文豪としてその名を残したトルストイは言っていた。
「幸福な家庭の顔はお互い似かよっているが、不幸な家庭の顔はどれもこれも違っている」
私はボンドママさんが紹介してくれた話を噛みしめ、トルストイの言葉を引き合い出し、更に「自分自身を幸福だと思わない人は、決して幸福になれない」という名言を思い出している。



四季:春夏秋冬

2009-01-03 06:44:41 | Weblog
春夏秋冬、かつての日本には明確な季節が私達を訪れていた。
四季がはっきりと区別できる国・地域は、中緯度にあって気団の移り変わりが大きい地域である。日本は、小笠原気団(夏)、シベリア気団(冬)、オホーツク海気団(梅雨)、揚子江気団(春、秋)の影響を受けるという訳である。

四季をテーマにして世界の音楽家が作曲しているのに気付いた。
大好きなのが月並みだが、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『四季』!
ハイドンのオラトリオ『四季』も有名である。
チャイコフスキーの『四季』は12曲からなるピアノ曲集で、1月から12月にちなんだ曲名がつけられている。
グラズノフのバレエ音楽『四季』はロシアの作曲家の作品らしく、冬から始まっている。日本の滝廉太郎が作曲した歌曲集『四季』は「花」「納涼」「月」「雪」の4曲で構成されるが、もっともポピュラーで多くの人に馴染みのある曲は「花」だろう。
♪♪♪♪♪
春のうらゝの隅田川 のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る ながめを何にたとふべき

見ずや あけぼの露浴びて われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて われさしまねく青柳を

錦おりなす長堤に くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の ながめを何にたとふべき

この歌を聞いたり、口ずさんだりすると無性に隅田川に行きたくなるから不思議だ。

つい最近だが、遅ればせながら 永六輔作詞の「四季」という歌を今では高齢者グループの代表的存在になったデュークエイセスが歌っているのを知った。
デュークエイセスはダークダックス・ボ二―ジャックスと並んで昭和のポップミュージック界を支えた。個人的には私はデュークエイセスが好きだった。彼らのスタンダードを好んだが、細長い日本では彼らのご当地ソングが持て囃された。ザ・ドリ二ーズで一躍有名になった「いい湯だな」(群馬県)はデュークエイセスがオリジナルである。京都の「女ひとり」は「京都大原三千院・・・」の歌い出しで人気を博した。また今やそのまんま東知事が必死に売り込んでいる宮崎県は「フェニックス・ハネムーン」という歌で日南地区等での新婚旅行風景の紹介映像では定番のBGMだった。筑波山麓合唱団(茨城)は「ガマはガマでも四六のガマ」の歌詞に続いてのカエルに扮したメンバーの歌唱でさすがデュークエイセスならではのものだった。

四季の話に戻す事にしよう。
デュークエイセスの「四季」を聞いて私は人間の人生を考えた。

春という言葉は正月を新春というように、「物事の始まり」の意味を持たせる場合もある。
梅や桃、更に桜の開花も春である。冬の寒さが和らぐことによって、春になると一般に生物の活動が活発になる。柔らかな植物や花が多いことや、更にそれを食べる昆虫などの活動も盛んであることから、多くの鳥もこの季節に繁殖を行う。それに伴って鳥がさえずるので、野外はにぎやかになる。そして、ほ乳類の育児もこの時期に行われる例が多い。人間全員の誕生が春という訳ではないが、人の一生がこの時期に始まるような気がしてならない。

日本の夏は、降水量も多いので植物の葉が繁る時期でもあり、動物の活動も盛んである。だが、しかしあまりに暑さが激しい場合は生物の活動も低調になるのも否めない。
夏風邪に注意なんていう事も時折言われる。現に私の父は間接的には私達の不注意から父を夏風邪から護ってあげる事が出来ずに体調不良のまま9月を迎えてしまったと悔やんでいる。元来、夏っ子で夏に強い父だったのに・・・

日本の秋は、夏の暑さがやわらぎ過ごしやすい季節だが、日中はまだ暑く、朝晩に薄ら寒さを覚えたり、吹いてくる風に爽やかさを感じたりする。夏の蟬は次第に鳴りをひそめ、赤とんぼの群れや、虫の声が耳にとまるようになる。
日本の子供達は夏休みが終わって新学期が始まり、運動会や文化祭があったりする。稲が黄金に色付き、栗、梨、葡萄などの果実が店頭を飾る。台風がしばしば日本を襲い、秋雨が永く続くこともあるが、晴れた空は高く澄み渡り俗に天高く馬肥ゆる秋ともいわれる。夜が長くなり、月や星を賞でたり、読書や夜なべにいそしんだりする。朝寒夜寒が段々とつのって、昼夜の温度差が大きくなり、野の草には露が、そして木々は紅葉してくる。色付いた葉が散りはじめると、重ね着が増え、暖房が入り、秋も終わりに近づく。
でも、秋は何だか「生きている」という実感が最もする季節の様な気がする。

冬は年の終わりの時期(年末)で一年間の終盤である。北半球においての農業では、春から秋にかけて生産が行われ、冬は翌年の生産への準備に当たる。

四季を通してじっくり考えると・・・
春に誕生した生命が夏になって盛んに青春時代を満喫し、盛年期と重なる秋になると悲喜交々の生活を経験し、生物にとって、直接に命の危険にさらされる季節である冬は越冬や冬眠には様々な方法が採られる事になる。やがて再び春が訪れ、越冬・冬眠に成功した生き物は年はとってもそれなりの一年を目前にし、新しい生命をも受け入れるという事になる。そして残念ながら再度、四季を経験する事が出来なくなった生き物は次代の生き物にその上手な生き方を教えて去っていくという事である。

四季を人間の人生に重ねて考えるのは私だけだろうか?
時は 今は冬・・・私は上手な越冬の仕方を見つけて春を迎えたいと願うのである。