「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

       後期高齢者に”紅葉”バッジを!

2008-06-20 05:35:32 | Weblog
昨日、遠縁のかっての”青年”と10数年ぶりに再会した。180cm近い長身の
俳優にしてもよい男だったが驚いた。白髪の坊主刈り、口ひげをはやした格
闘技の悪役に変身していた。年を聞くと65歳、すっかり前期高齢者の仲間入
りしていた。高齢者も前期と後期とではこうも違うものかー。

老人会といっても最近は戦後生まれの人も入っている。先日「みんなで歌おう」
の集いに出て、昔の小学校(尋常)唱歌を思い切り歌ったが、あまりなじみの 
ない歌が二つあった。「若葉」(作詞 松永みやお 作曲 平岡均之)と「野菊」
(作詞 石森延男 作曲 下総かん(白編に完)一)である。二つとも昭和17年
3月、国民学校初等科音楽教科書に収録された歌で、曲は聞いたことはあるが
歌ったことはない。厳密には小学校唱歌ではないのだ。昭和16年の学制改革で
「唱歌」という課目は「音楽」に変り、小学校唱歌はなくなった。

同じ老人といっても会社を定年退職したばかりの”老人”と戦争を実体験してい
る後期高齢者とでは身心ともにだいぶ違う。だから厚労省の役人は75歳で前期
と後期を線引きしたのであろう。車の「紅葉マーク」も同じ発想からだと思う。どう
せなら”紅葉バッジ”を後期高齢者にくれたらどうだろうかー。このバッジをつけて
いれば見かけは同じ老人でも”強制的”に電車の”優先席”を譲るとか、狭い道を
譲るとか、遠縁の65歳のかっての”青年”と会い、高齢者の”前期”と”後期”を
実感した。

        プロ野球の人気とテレビ中継

2008-06-19 05:23:08 | Weblog
プロ野球のセ・パ交流試合も終わりに近づいたが、いま一つ盛り上がらない。なぜ
だろう。ケーブル・テレビで放送される札幌、仙台などの地方球場の試合は、家族
連れで賑っているのだが。やはり、かっては巨人戦中心ながら毎日のようにテレビ
中継されていたのが、昨年あたりから消えてしまったのも一因だろう。

僕ら老人にとって、よく見るテレビ番組といえばニュースとスポーツ番組、それもプ
ロ野球中継だったが、それがなくなった。例えば昨夜など首都圏では横浜の地方局
が、地元の「横浜」と「ロッテ」戦を放送しただけ。両チームと最下位ながら試合は好
試合。応援合戦も盛り上がっていた。

毎週一回、新聞に首都圏の過去一週間のテレビ視聴率30位が紹介されるが、今シ
ーズンになってからプロ野球中継がこれに入ったことはない。高視聴率番組はNHK
のおカネのかかったドラマや民放の話題のドラマ。それにサッカーやバレーボールの
国際試合だ。

これでは首都圏の民放キー局がプロ野球中継に見切りをつけるのは解る。僕の家
は、まだケーブル・テレビでスポーツ専門局の番組がみられるが、一般家庭の老人
たちは、楽しみを奪われてしまった。年よりは早く寝ろというのかも知れない。かくて
早寝した老人たちは深夜に目をさまし、NHKの「深夜便」に聞き入る次第である。

巨人、大鵬、卵焼きは過去のもの。巨人軍の人気が落ちてきたのは、チームが勝てな
いこともあるが、テレビ中継がなくなったことが最大の原因だ。

       ガソリン180円、まだ大丈夫なの?

2008-06-18 05:21:19 | Weblog
NYの原油価格の7月渡し価格が1バレル139・89㌦をつけ、140㌦寸前にまで
迫った。これを受けて日本の石油会社は、7月から7円から9円の値上げを検討
しており、レギュラー・ガソリンの価格は、史上初の180円時代に突入する。

都会に住む僕みたいな車を運転しない者には、ガソリン高の生活に与える深
刻さは、申し訳ないがあまり実感がない。しかし車がなくては生活できない地方
の都市では大変である。今が盛漁期の日本海のスルメいか漁業は、漁船用の
軽油が5年間に2・5倍も値上げし、ついに新潟県の両津漁港では、漁に出ても
赤字だと59隻の全漁船が操業を停止した。

原油高によるガソリン価格の値上げは途上国の経済を直撃しており、各地で住
民の値上げデモが起きている。タイでは内務省の通達で、地方の郡長に対して
ガソリン節約のため公務員は通勤に馬を使うよう指導しているそうだ。ガソリン
価が日本より高いお隣の韓国では、ここ数日運送会社を中心にストが続き、コン
テナ業務が10%に落ち、港湾業務が麻痺状態にあるという。

政府は、やっと重い腰をあげて原油高対策に乗り出したようだが、経済音痴の僕
にはいま一つ、その真剣さが伝わってこない。むしろ世界的な原油高だ。なるよ
うにしかならない、といった成行きまかせの無策さえ感じ取られる。福田総理は
生活庁まで設け、国民生活に密着した政治をめざしているようだが、国民の空気
が読めてないようだ。なんでこの時期に消費税の値上げ論議なのだ。



          甘味と活字欠乏症の頃

2008-06-17 05:34:06 | Weblog
毎日のブログも三年目に入ると時節の話題にこと欠く。どうしても過去の体験に
頼らざるをえないが、過去に同じ事を書いたかもしれない。そこで必ず一昨年
昨年の同じ時期のブログをチェックすることにはしているが、やはり毎年この時
節になると書き残したいテーマがある。

昭和20年(敗戦)6月は、僕にとって忘れられない月である。敵の本土上陸を前に
して僕らは千葉県の江戸川口で運河の拡幅浚渫工事に学徒動員されていた。中
学3年生の少年にとって、あまりにも過酷な経験であったなので、昨年も一昨年も
このことを書いたが、今年もアングルを変えて、この体験を書き残したい。

僕たちはモッコを担いで運河の底からかき出したドロを外に運び出す作業に従事
したが、重労働なのに食事が満足に与えられず、空腹に泣かされた。とくに育ち盛
りの少年にとって甘味がないのが苦しかった。僕らは毎日曜日、近くの野田の町へ
でかけ、薬局で糖衣剤の胃腸薬を求めた。「アディオス」という薬名とともにまっ黒な
便が出たことを今でも覚えている。

新聞も雑誌もラジオもない生活だった。これは体験した者でないと解らない。僕らは
たちまち活字欠乏症に陥った。知識欲の盛んな年代だったのかもしれない。なんで
もよいから活字が読みたかった。トイレの落とし紙に使われていた古雑誌を食いる
ように読みふけった。

戦後かなり経ってから、僕らはこの体験を文集にまとめたが、当時の活字欠乏症の
反動なのか旧友二人が体験を小説にしている。

         祝って貰う資格のない「父の日」

2008-06-16 06:01:20 | Weblog
昨日6月の第3日曜日は「父の日」だったが、3人の子供たちから何もプレゼント
はなかった。だからといって、僕は何も不満は言わないし、怒っているわけでも
ない。もともと「父の日」は昭和の40年代に、商魂たくましいデパートなどの”旗
ふり”で始まった米国渡来の行事だ。

「父の日」の由来を調べてみたら南北戦争の昔、男手一つで育てられた女性が
「母の日」があって「父の日」がないのはおかしいと当時のウイルソン大統領に直
訴したのが始まりだという。つまりシングル・パパの苦労に対する感謝が起源
みたいだ。

わが国の「養老の滝」もシングル・パパがからんでいる。奈良時代、飛騨の国で
木こりをしていた男が、酒好きの父親にと養老の滝の水を家に持ち帰ったら水が
酒に変っていて父親を喜ばせた。この話を聞いた天皇が、大変に感激し年号まで
「養老」と変更した。二つとも統治者の思惑がチラホラしないでもない。

”男女共同参画”以来、父子家庭がなぜか増えているという。古い資料だが平成15
年の国民生活基礎調査によると、全国4580万世帯の0・4%が父子家庭だという。
この増加につれて低所得母子家庭のように低所得の父子家庭にも扶養手当を出す
べきだとの声も出ている。

正直いって僕にはわからない。ただ一つ僕が自信をもって言えることは、昭和1ケタ
前半の家事に参画できない父親は「父の日」を祝って貰う資格がないことだ。

        対北朝鮮 ”二元外交”は困ります

2008-06-15 05:23:24 | Weblog
北朝鮮が日本人拉致問題について再調査を約したという。政府は”一定の前進”
と評価している。確かに拉致を”解決済み”としていた従来の北朝鮮の立場から
すれば”前進”かもしれないが、拉致問題が解決したわけではない。それなのに
早々と政府は対北朝鮮制裁の解除である。交渉事の難しさは解るが、すこし弱
腰しすぎるのではないか。この問題に関しては、わが国は一方的な被害者なので
ある。

拉致被害者家族の方々が不満なのは当たり前である。この問題が表面化してか
ら6年にもなる。過去の北朝鮮の誠意のない、したたかな態度をみれば”再調査”
程度で、相手に安易に妥協をすべきではない。心配なのは、この妥協の裏に一部
の政治家の変な”画策”があったのではないかということだ。

いつも対北朝鮮交渉の節目節目に”顔”をのぞかせるのは、自民党の山崎拓・元
総裁である。今回も先月、超党派のおかしな「日朝国交正常化推進議員連盟」を結
成している。その事務局長には無節操な民主党の川上義博議員や社民党の福島
瑞穂代表まで名前を連ねている。

過去に山崎拓氏が、インチキな情報に踊らされて交渉が空転したのは皆知っている
ことだ。”二元外交”ともとられる行動はとるべきではない。それとも福田総理は山崎
氏の路線に依存しているのだろうかー。安倍前総理がいみじくも言っている。「有力
議員らが政府よりも甘いことを言うのでは交渉にならない。経済制裁は考え直した方
がよいという意見は”百害あって一利なし”である」 



        福田さん陳謝ではなく号令を!

2008-06-14 05:04:04 | Weblog
年金振込みの通知書が届いた。4月に後期高齢者医療制度がスタートしてから2
回目の通知だが、僕の年金(厚生)からは介護保険と税金、計14,417円が天引きさ
れているだけ。”後期高齢者”分の天引きはない。が、天引きがないと喜んではいけ
ない。事務手続が遅れているだけで10月から、その分が上乗せされて天引きされる。

小ブログは、もう何回もこの制度の不親切について不満を述べたが、福田総理はま
だわかっていないようだ。総理は、この制度の運用改善策を決定したあと”後期高
齢者を心ならずも傷つけた”と述べたが、総理が誤っても仕方がない。僕は陳謝よ
りも、この制度を維持するなら、厚労省はじめ運用部門の役所に対して、公務員とし
ての綱紀粛正と意識改革を号令すべきではないかと思う。

4月の第1回の天引きのさいの全国39都道府県で2753件もの誤徴集があったとい
う。僕はこれを知って”さもありなん”と思った。制度が複雑で頭の悪い(ごめんなさい)
役人には理解できず、随って後期高齢者の老人に対してよく説明できていない。

後期高齢者はだいたいが一定の年金の中で生活している。僕の住む地域では多分、
10月の天引き分から、4月ー6月の未徴収分を上乗せしてとるつもりのようだが、例え
ば僕の場合、多分5か月分約12万5千円と介護保険、税金、合計14万円弱を天引き
されそうだ。いくら”現役なみ”の収入と認定されても一回に14万円とはひどすぎる。
所詮、年金生活者なのだ。勝手に事務手続が間に合わないとの理由で4月スタートを
遅らせておいて、また勝手に自分の都合のよいように徴集する。福田さん、そのへん
の所が解っているのるのだろうか。

        ”通り魔”事件 犠牲をムダにするな。

2008-06-13 05:00:22 | Weblog
秋葉原の”通り魔”事件の現場の献花台に花束が積まれ、若い人が合掌している姿
を見ると本当に胸が痛む。遺族や関係者だけでなく買物に来た一般の人まで罪もな
く犠牲になった人の霊に頭を下げている。これを見て改めてこのような惨事がなぜ事
前に避けられなかったのか残念に思う。

男はネットで犯行予告を書けば、これを見た誰かが警察に知らせ、事前に自分の犯行
を止めてくれると思っていたという。たしかに彼の犯行予告を見た人がプロバイダーに
連絡したが、プロバイダーが土日で休み、警察まで通報が届かなかったらしい。事実と
すれば残念だ。

これだけ犠牲者を出した凶悪事件なのに、男の逮捕で”幕引き”になってしまうのだろ
うかー。やがて男が裁判にかけられ処罰されて、それで終わってしまうのだろうかー。
それだけでは、あまりにも犠牲は大きすぎる。だれに責任があるという事ではなくて
国は事件を教訓として、なぜこのような事件がおきたのか真剣に検討してもらいたい。

政府は事件を受けてインターネットの犯罪予告を検知するソフトの開発に来年度予算
をつける方針だという。それもよいが、もっと根源的な問題、例えば、今わが国の大き
な社会問題の一つとなっている”派遣”というゆがんだ労働形態に目をむけ、メスを入れ
るつもりはないのかー。

25歳の”狂った”男の犯罪として片付けるのではなく、”狂った”社会の問題として事件を
とらえ、犠牲者の死をムダにしてもらいたくない。

          牛肉 トマト サルモネ菌

2008-06-12 05:54:52 | Weblog
米国産牛肉輸入をめぐる韓国の抗議デモのすさまじさをテレビで見た。詳しいことは
は知らないが、やはり根源には”食の安全”に対する韓国民の不安がある。「焼肉王
国」の韓国民が健康を害するような米国産牛肉の輸入に反対する気持ちは理解でき
る。僕らもBSE牛肉のさいの米国の無神経な”食政策”をよく知っている。

同じテレビで米国内のマックドナルド・チェン店の一部でトマトにサルモネ菌が発見され
マック全店でトマトの販売がストップしたと伝えていた。マックだけでなく他のファースト店
でも16州でトマトが店頭から姿を消えたとも報じていた。サルモネ菌といえば、ニワトリ、
牛、馬などの腸内にあり、生卵や生肉を食べると食中毒になるという程度の知識しかな
い。トマトに付着していたと知り驚いた。

日本のトマトは100%国内産であり安全である。問題は米国の食に対する安全意識であ
る。今回の措置は予防策だとしているが、僕のような素人がみてもトマトにサルモネ菌
がつくとは信じがたい。しかも広い米国内の16州にわたってである。

厚労省の食の安全対策は大丈夫と信じたい。しかし、何が起きるか判らない今の世の中
だ。”トマトにサルモネ菌”を他山の石としてもらいたい。とくに梅雨時は食中毒の多い季節
である。僕も老妻に叱られる前に手洗いを励行することにする。

 

           若者よ いつでも夢を!

2008-06-11 05:08:40 | Weblog
高度成長期の昭和37年(1962年)「いつでも夢よ」(作詞 佐伯孝夫、作曲 吉田正)
という歌が流行した。この歌の三番”言っているいる、いつでも夢よいつでも夢よ”ー
の橋幸夫と吉永小百合のデュエットは今でも僕の耳に残っている。東京五輪を二年
後に控え日本中がなにか左上がりの時代だった。

昨日の小ブログに対するchobimameさんのコメント「夢のない若者」の時評は、まった
くその通りだ。今の時代の若者にはまったく夢がない。ないというより社会が彼らに
夢をあたえていないのかもしれない。

一昨夕、老妻が近くのお寺で催された落語会から帰り、驚いて報告した。近所の地主
の孫が前座に出ていたというのである。前座君の家は昔からの地主だが、父親は大
手会社のサラリーマンで、落語家とはほど遠い。

今は誰でもが進学塾に行き、一流大学を出て一流会社に勤めたいという風潮が都会
にはある。僕にはあまりにも夢がなさそうに見える。その点、前座君には夢がある。将
来、真打になり売れっ子になるという夢である。日本の宇宙実験棟「きぼう」取り付け
に成功した星出彰彦さんは4歳の時から持ち続けてきた宇宙飛行士になる夢を実現し
た。

「いつでも夢を」が流行した年、僕は初めて海外旅行に出かける幸運に恵まれた。当時
は渡航の自由化前で、誰もがが海外旅行へ出かけることは出来なかった。「世界の秘境」
といった雑誌が売れていた。まだ飛行機に乗ることが子供たちの夢であった。