先日、もと勤めていた会社の旧友会で、親友だった友人(故人)の夫人と久しぶりに会って懇談した。夫人は元保育園の園長だった方だが、今でも現役なみに色々と社会参加されている。その話の中で、夫人がある老人施設を訪れた際の話を聞いて考えさせられた。老人施設は夫人のお姉さんが入所している所だが、頼まれて夫人は90歳代の男性と一緒に「琵琶湖周航の歌」を合唱した。男性は普段、施設ではほとんど他の入所者との交流がない孤独の方だったが、合唱後涙を流して喜ばれた。男性は「琵琶湖周航の歌」が学生歌の京都の旧制三校の出身者だった。
2年前、老人施設で亡くなった大学時代の友人が生前、施設でドラエモンの歌を歌わされると苦笑して僕に語ったのを想い出した。友人は大学の教授で生涯独身であった。老人介護施設には、色々な半生を送られた方がおり介護の方も大変だと思う。介護には歌や”遊戯”が役立つそうで、一日一回、この時間があるとよく聞くが、介護側も歌の選択に困っているみたいである。若い介護者には、どのような歌が老人に好まれるのか判らず、判っても楽器で伴奏できないそうだ。
「琵琶湖周航の歌」に涙した90歳代の老人は、多分、若かった三校時代の古き良き時代を思い出したのかもしれない。大正9年生まれの僕の大学時代の友人は、昭和16年、現役入隊し、23年復員するまでの6年間海外の戦地に勤務していた。そして戦後も進駐軍のキャンプで夜バーテンダーをしながら働き32歳で大学を卒業した。彼には青春は軍隊しかなく想い出の歌は軍歌しかなかったかもしれない。
超高齢化時代で老人施設での入所者の年齢も70歳から90歳と多年齢に渡り、しかも戦前生まれと戦後生まれとでは考え方も違う。施設側も大変だろうとは思うが、出来れば歌の選択にしても、たんに、子供が喜ぶ歌というだけで「ドラエモンの歌」の合唱にせず、入所者の過去の半生にも配慮した歌を選んで欲しい。年寄りは子供のようなところがあっても子供ではないのだから。
2年前、老人施設で亡くなった大学時代の友人が生前、施設でドラエモンの歌を歌わされると苦笑して僕に語ったのを想い出した。友人は大学の教授で生涯独身であった。老人介護施設には、色々な半生を送られた方がおり介護の方も大変だと思う。介護には歌や”遊戯”が役立つそうで、一日一回、この時間があるとよく聞くが、介護側も歌の選択に困っているみたいである。若い介護者には、どのような歌が老人に好まれるのか判らず、判っても楽器で伴奏できないそうだ。
「琵琶湖周航の歌」に涙した90歳代の老人は、多分、若かった三校時代の古き良き時代を思い出したのかもしれない。大正9年生まれの僕の大学時代の友人は、昭和16年、現役入隊し、23年復員するまでの6年間海外の戦地に勤務していた。そして戦後も進駐軍のキャンプで夜バーテンダーをしながら働き32歳で大学を卒業した。彼には青春は軍隊しかなく想い出の歌は軍歌しかなかったかもしれない。
超高齢化時代で老人施設での入所者の年齢も70歳から90歳と多年齢に渡り、しかも戦前生まれと戦後生まれとでは考え方も違う。施設側も大変だろうとは思うが、出来れば歌の選択にしても、たんに、子供が喜ぶ歌というだけで「ドラエモンの歌」の合唱にせず、入所者の過去の半生にも配慮した歌を選んで欲しい。年寄りは子供のようなところがあっても子供ではないのだから。
高齢者は、子供のようでも子供ではありません。
なぜ、幼稚園みたいな事をさせたがるのでしょうか?
脳の刺激の為に折り紙が有効だそうですが、折り紙=幼稚園との関連付けですかね?
同じ動揺なら、昭和に歌われていた小学唱歌などの方が、郷愁があり良いと思います。
介護する側の怠慢と発想力の貧困かもしれません。
目的もなく折り紙をおっても楽しくないです。
まだ内職でもして、幾ばくかでもお金を貰った方が気持ちに張りが出るようにおもいます 。
未だ経験したことがない超高齢化時代ですから、老人介護福祉も”手さぐり”状態なところがあります。もっと、この問題には老人の意見も取り入れるべきです。若い世代の紙上の提案だけでは、どんなものでしょうか。
昭和38年まで、老人ホームは養老院と呼ばれていましたが、福祉制度が確立されておらず、入居の老人は院内で手内職をしていました。昭和30年ごろ、取材で板橋にあった都立?の養老院を訪れた時、畳の大広間で手内職していた暗いイメージがまだ残っています。