僕が今、70年来住んでいる家の最寄りの利用駅は東京の私鉄東横線の都立大学駅だが、今はそんな大学は存在しない。2005年、大学の八王子移転に伴い、校名は「首都大学東京」に変ったが、駅名はトカゲのしっぽみたいにそのまま残った。その都立大学が2020年4月、復活するという、ややこしい話だ。
校名の復活の話を聞き、僕は”中年の圧化粧”と批判された小池百合子知事の石原慎太郎元知事への”執念の仕返し”かと思ったらそうではない。理由は学生に大学改革のアンケート調査したところ、半分近くが校名の変更だったのが主な理由だという。確かに東京都民にとって「首都大学」は馴染みがないし、私立大学の「都市大学」とも混同しがちだ。
首都大学東京は1928年、東京が府制だった当時府下荏原郡衾(ひぶすま)村の地に7年制の旧制中高一貫校として「東京府立高校」として創立された。その後1943年、都政の移行で「都立高校」に変更になリ、さらに戦後の1949日年、学制改革で「都立大学」と名前が変遷している。そのたびに駅名は変わってきたが、なぜか「首都大学」に変ってからは変更しなかった。
都立大学の跡地は今、近くの地名、柿の木坂の地名を取って,パーシモンホールという文化施設や図書館、体育館、葬儀所として使用され、一部は桜修館という名前の中高一貫校の校舎がある。「都立大学」への校名の復活でも、校舎が元の地に戻るわけではない。都立大学駅の隣の学芸大学駅も近くに「学芸大学」という大学はない。電鉄会社は駅名を変更すれば費用がかかるから、多分、知らん顔だろうが、おかしな話だ。
校名の復活の話を聞き、僕は”中年の圧化粧”と批判された小池百合子知事の石原慎太郎元知事への”執念の仕返し”かと思ったらそうではない。理由は学生に大学改革のアンケート調査したところ、半分近くが校名の変更だったのが主な理由だという。確かに東京都民にとって「首都大学」は馴染みがないし、私立大学の「都市大学」とも混同しがちだ。
首都大学東京は1928年、東京が府制だった当時府下荏原郡衾(ひぶすま)村の地に7年制の旧制中高一貫校として「東京府立高校」として創立された。その後1943年、都政の移行で「都立高校」に変更になリ、さらに戦後の1949日年、学制改革で「都立大学」と名前が変遷している。そのたびに駅名は変わってきたが、なぜか「首都大学」に変ってからは変更しなかった。
都立大学の跡地は今、近くの地名、柿の木坂の地名を取って,パーシモンホールという文化施設や図書館、体育館、葬儀所として使用され、一部は桜修館という名前の中高一貫校の校舎がある。「都立大学」への校名の復活でも、校舎が元の地に戻るわけではない。都立大学駅の隣の学芸大学駅も近くに「学芸大学」という大学はない。電鉄会社は駅名を変更すれば費用がかかるから、多分、知らん顔だろうが、おかしな話だ。
変ですねー
大学が移転が移転したり、学校名が変わったりなど誰も想像しなかったから付けたのでしょうね。
これからは学校は、少子化の影響で減ったりするのでしょうから、安易に大学名を駅名にするのはやめた方がいいですね。
学芸大学駅名のの変遷はもっと激しいです.最初は青山に会った師範学校だったので、青山師範、次いで第一師範と校名が変わり第一師範、学制改革で学芸大学。東京学芸大学は今、どこにあるのでしょうか。新制大学が各地に誕生したとき「駅弁大学」という言葉がはやりましたが、今はもっとありすぎて、駅名にもなりませんです。