日本のTV放送では、問題発言がときにそのまま放送されます。
"ときに"というのは、放送禁止用語に該当しなくても、発言内容に問題を抱えながら放送されてしまう場合がときどきあるということです。
まれに、問題発言があってそれが放送されるのではなく、誰かの普通の発言を問題だとして放送してしまう、そういう卑劣な問題放送も行われます。
普通の発言が問題だとされるのは、局の意向に沿わない、その番組を企画している人にとって都合の悪い場合です。
それが実況放送であっても、放送の技術が向上し技能に長じてきたおかげで、カメラ・ワークや音声の扱い次第で、その場の実際の空気感まで変えることができます。
ごく少数の行動が、その場に居合わせた大多数の人の声や動きであるかのように、見せたり聞かせたりすることもできます。
こうしてお茶の間の受像機には、愚報・虚報の山なみが届けられるということになります。
ちなみに、アメリカの生放送では、7秒ディレイという技術によって、禁止用語は"ピー"という音に入れ替えてしまうそうですが、報道の自由が異常なほどに尊重されている日本では、特別な例外を除いてその技術は取り入れられてないようです。