あつたかい ブログ 2

日々思った事、感じた事そして、親神様の御守護を書いて行きたいと思います。

5月になりました。世界の事から思う事。。情報を整理して大難を小難にと。。

2022年05月04日 10時41分42秒 | 思った事

つい先日お正月を迎えたと思ったのに、もう5月。

月日が経つのがとても早く感じるのは私だけだろうか?

 

近頃外を歩いていると、マスクを外して歩いたり運動している人々が増えたように思う。

さすがに、地下鉄ではほとんどの人がマスクをして、会話をしているのは若い学生ぐらいのものである。

私はマスクを外して歩いている。

以前はよける人や異様な目で見る人が多かったが、近頃はそういう人が少なくなって来た。

 

私は新型コロナ発症からワクチン製造までがあまりにも早すぎる事から不審に思い、情報をさがすうちに(探すというよりも、次々と関連する情報が飛び込んでくる)政治的、人為的な陰謀の上にこの接種が行われていると思うに至った。

接種が始まった頃には、「まさか政治が医者が」と思う気持ちが多く、それを確定するまでには至らず、そうでなければ良いという期待の方が大きかった。

しかし、それから時が経ち、世界中の情報・政治家の進める事と違う情報が検閲削除される状況、さらには積み重なる副反応・後遺症の報告等の経緯を見ると、明らかに陰謀が行われていると思わずにいられない状況にある。

そして、

「テネシー州 イベルメクチンが市販されるようになりました」

テネシー州 イベルメクチンが市販されるようになりました|Spiderman886|note

という記事を見つけたので、ダックダックゴーで検索したところ、(ダックダックゴーは、規制のかからない検索エンジンです)
イベルメクチン処方病院リストが出て来ました。
このリストには、駆虫剤として記載されていますが、新型コロナに対する治験を行ったと報道された病院も含まれています。

イベルメクチン処方病院・クリニック一覧

イベルメクチンの適応症は疥癬、腸管糞線虫症です。

イベルメクチン処方病院・クリニック一覧 (ivermectin.hospital)

そして、

そこに以下の、イベルメクチンに関するツイッターがありました。
・・・・
COVID-19 💊コロナ治療薬情報(イベルメクチン)
@covid19_med
前回のアカウントは凍結されてしまったため、再スタートです💊自身がコロナに感染した経験や、ネット上のコロナ情報を精査してつぶやきます。 Gettrもフォロー宜しくお願い致します🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️

 COVID-19 💊コロナ治療薬情報(イベルメクチン)(@covid19_med)さん / Twitter

 

ここに書かれているように、政治的に不都合な事が消されているのが現状でもあります。

先日、イーロンマスクさんがツイッターを買収しました。

その事に寄り、そうした事も是正される事を期待していますが、反対にこれまで隠してきた真実を暴かれる事を恐れる人々が騒いでいるという情報もあります。

また、フェイスブックでは、

 新型コロナ情報交換会 | グループ | Facebook

という公開グループもありますが、ここも結構、隠し文字を使ったりして苦心をしているようです。

さらには、

先日、

反ワクチン第3回口頭弁論 東京地裁4月26日 (火)531号法廷②…後のインタビュー動画

に出合いました。

・・動画概要欄・・・

🚨反悪苦散ン訴訟 第3回口頭弁論4月26日(火)531号法廷②…後 #東京地裁
弁護士・南出喜久治氏 & 木原功仁哉氏
※ボリュームを3倍にしました🎚️
❇️次回…反悪苦散ン訴訟判決 期日2022.8.2(火)11:30
🚨厚労省前
#木原功仁哉・街宣(国会の顎マスク、耳掛けマスク画像付き)
⭐前回1月13日(木)「この悪苦散ンは人口削減だ」弁護士 #木原くにや
医師 #中村篤史 
弁護士 #南出喜久治

・・・・・

これについては、まず、換気の話がされており、その後本題に入るわけですが、

この換気の話は、「WHOが定めるところによると」という所がとても肝心なのだと思います。

WHOの定めによって、新型コロナ対策が行われていて、それによると、「空気感染なので、マスクでは意味がなさないのにマスクをして、一番肝心な換気をこの裁判所でも行っていない」と指摘をしています。つまり、裁判所はこの新型コロナに関してどれだけ情報を得ているのか、そしてそれに対してどのように考えて居るのかという事が、この発言と裁判所の対応から分かるのです。

裁判所は、自分が判断できないとすれば、上告を棄却する事も出来ます。

宗教関連で、神の存在や御供について裁判を起こしたとしても、大概は棄却されます。

それは、神について人間では判断がつかないということだそうです。

ですから、宗教関連で裁判をする時には、宗教教義の議論ではなく、手続きがちゃんと行われていたか、書類が整っているかという事などで取り扱われて、結審されるようであります。

今回の新型コロナについても、目に見えないウィルスに関してです。

裁判官の方々が、今後どのように取り扱っていくのかが、とても見ものだとも思います。

さらには、これを通して、法律とはどういうものか、裁判とはどういうものかを良く知る手立てになるかと思ったわけです。

大手マスメディアは、この裁判をニュースにしていません。

これも一つの重要な情報であると思います。

 

先日来、身近に3回目のワクチン接種をして、副反応で苦しむ人の声が身近になって来ており、もう4回目はしないとの声も聴くようになってきました。

私は医学的な数字などは分かりませんので、政治的・情報的に不自然だと思う事から、ワクチン接種には反対をして来ました。

そして最近様々な人と話す機会を得て、人間の判断の基準がどこにあるのかという事をよく考えるようになりました。

どれだけ法律で縛っても、人がそれを守らねば意味はありません。

そうした中に人を拘束したい、操りたいと思ったら、武力や脅し、脅迫に寄る事になります。

「人のために」という良い言葉で、脅している。そうした姿もすごく感じる今日この頃であります。

 

色々と書いてきましたが、

ロシア・ウクライナについても、世界の歴史を知れば知るほど、情報が操作をされて来た歴史を見れば見るほど、世界を牛耳って来た陰謀が今暴かれようとしていると思われてなりません。

正しく、陽気ぐらしに反する「我が身勝手の心」から、多くの人々を苦しめて来たその返しが、世界的に現れて来ると思うばかりです。

しかし、そうした事に気づくかどうかは、それぞれが、自分自身で判断し見極めようとしなければ分からないものだとも思います。

 

今日、「山田伊八郎文書」の逸話2を投稿しました。

「山田伊八郎文書・逸話」2 - あつたかい ブログ 2 (goo.ne.jp)

ここには、「神の言う事」として、神様の言う事に背いたらどうなるのかという事が、書かれています。

「おふでさき」には、親神様のいう事を、自分の都合に合わせて曲げたり、消したりすることをとても残念に思い、それに対するかやしをする事が記されています。

 

人間には魂があり、心があり、体があります。

この魂と心は見えません。

しかし、この魂・心が、生まれ変わり出変わりしていると教えられているのです。

それによって、今世のそれぞれの暮らす環境が異なっていると教えられるのです。

人間は不都合な事が起きなければ、考えようとしないのです。

考えるのも、何とか助かりたいと思うから考えるのです。

ところが、今回の新型コロナの事から、

この考えるという事は、教えられて来た事を元に考えるため、元々間違ったことを教えられていたら、まずその間違っていたという事に気がつかねばならないという、とても難しいものだと分かりました。

お道が伸び広がったのは、医者も見放した身上が、教祖のお話を聞いて、自分のこれまでの通り方は違っていたと気づき、お詫びをして助かったのが元であります。

ところが、これではとても気づきが遅く、道の広がりが遅いために、教祖が扉を開いて助けに出られて、ただ単に「なむてんりおうのみこと」と神名を唱えただけでも不思議を見せて頂いて、お屋敷へお話を聞こうと人々が集まるようになったのであります。

教祖ご在世中、お話を聞く人々が増えても、いつも同じかしもの借りもののお話で、又おなじ話かとどんどん人が減って行ったとき、それでも「結構なお話だ」と残った人々に、次のお話を聞かせて下さったとの逸話もある事から、親神様の導きには順序があると分かるのです。

私が、このブログで世界の事を書き、お道の事を書くのは、世界は鏡やという言葉があるからです。

また、私たちは世界の中で生きているのです。

ドロドロの欲の泥の中に生きているのです。

その中、泥にまみれながらも、泥は身につけず、真っすぐに陽気に暮らすドジョウのようになるための、今は修行だとも思えるのです。

 

昨日5月3日に、近々創立130周年を迎えられる教会へ、お祝のお酒を届けに行って来ました。たまたま会長さんがおられて、お話をさせて頂きました。

周囲に誰もいない中、久々に色々と話をさせて頂いて、とても嬉しい時間を頂きました。

そしてまた、夜にはある教会の奥さんから電話を頂き、久々に元気な声を聞かせて頂きました。

今新型コロナ、ワクチン接種で突然亡くなる方、突然身上になる方も多いので、話を聞いて大難を小難にして頂いたのだと思わせて頂きました。

この方は色々な身上事情の中、不思議な御守護を頂かれてきた方ですので、当然と言えば当然です。

このように心建て替えて御守護頂かれる方は良いのですが、道の中でもそうした心建て替える事を知らない人もあります。ましてや世界の人はそうではありません。

そうした方々が、少しでも良い情報に触れて、大難は小難にと守って頂く事、さらには、心切り替えを学んで下さる事を願うばかりです。

また長くなりました、最後まで読んでくださった方ありがとうございました。

参考になれば幸いです。

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「山田伊八郎文書・逸話」2

2022年05月04日 08時28分07秒 | 思った事

昨日に引き続き、「山田伊八郎文書」から逸話を掲載する。

(コメント欄へ書換えを投稿して下さる方があれば幸いです。)

4)神の言う事

5)南半国道弘めに出す

6)おびやだめし

どの逸話にしても、心に思い浮かぶ事ばかりである。

特に、

「神の言う事に背いたら、何よの事もその通りやで」とのお言葉は、おふでさきに出てくるざんねんが神の心につもる話ととても重なる。

人間には良かれと思っても、神の思いには沿わない事が多々あるのである。

真実を広めよとされたのに、自分の都合の良い事しか言わない。真実を消す。これも神の思いには沿わないのである。

その行く末は、自分の思い通りにはならない道が待っている。

また、

おびやためしで、「おびや許しもたくさん出したが、こいそはん程結構にさして頂いた人も少ないで」とのお言葉も心に留まった。

このおびや許しも心次第という証だと思った。

 

親神様のお心が世界へ届きますように。。。

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