kouzi_2007~

発火村塾 established 2007

相沢まき

2010-10-31 11:11:01 | Weblog
昨日は遅番明けの休みだった。
起きたら凄い雨音で寒かった。布団から出られずにいたら、お昼をすぎていた。また寝た。
おきてインターネットで動画をみた。スザンヌと相沢まきという人と田畑というアナウンサーがやってる番組だった。福岡の地方局でやってる番組を10ヶ月遅れで配信していた。相沢まきという人は福岡では大人気らしい。視聴者から嫁になってくれとメールがいっぱい来ているらしい。美人ではないのだがナチュラルにエロいかららしい。たしかにそこはかとなくアラサー的エロさがある。スザンヌは結構逝ってるはずだが色気がないのと対照的だ。などと思いながら真空パックのチキンを食いながら金麦をオレンジジュースで割って飲んだ。また眠くなった。なので寝た。


昨日は20時間近く寝たのだろうか?
朝おきると雨はやんでいた。インターネットで動画を見た。パフュームのかしゆかは危険だ。ほんの少しで致死量だろう。それくらいかわいい。だが危ないので、頼まれても嫁には出来ない。
それからダイアモンドバックをちょっといじった。グリップとフレームの間に隙間があってきになっていたところをなおした。
また遅番がはじまる。
お仕事辛いです

2010-10-29 08:38:38 | Weblog

俺のサンチェを食った奴がいる!もすこし育ったら焼肉に巻いて俺が食おうと思ったのに!


葉っぱを裏返すととんでもない食いしん坊がいやがった。まったく醜い姿をしている。おれのサンチェを食うとはいい度胸だ。指ではじいたらどっかにいなくなった。


新・ダイアモンドバックのその後

2010-10-28 09:31:24 | トイガン

メカが入った。グリップが細くなったので実際入るか心配だったが、なんくるないさー。



Gun誌を買ったら子ヤギ様の事前情報通り九四式の本物対モデルガンだった。 SF支局名義だが、toshiが書いている。この人本業が別にあるはずだが、暇なのだろうか?
俺は安全対策のためハンマーがえぐれていると書いたが実銃もえぐれていた。実弾カートの刻印は写ってなかった。 
別稿の諸星氏のブローニングの記事に、「空母雷撃隊」という本の引用として、拳銃の使用目的は対戦用ではなく自殺用である、といった様なことが書いてあった。日本軍はどこまでも悲しい。

モデルガンから入った俺は空撃ち厳禁思想で、ハンマーは指を添えて落とさないと嫌なのだが、九四式はスライドを少し引いて露出シアバーを押すとハンマーをそっと落とせるので便利だ。マガジンが入って無くてもここを押せばハンマーを落とせるし(マガジンセーフティがついているので)便利だ。てか、引き金いらないじゃん

ダイアモンドバックのそれから

2010-10-26 23:18:12 | トイガン


見えない部分は適当。
 
今日は休みだったのでご飯を一合土鍋で炊いたら焦げて鍋にくっついた。こんどは上手に炊こうとおもふ。
街にいって本屋で水木しげるの貸し本時代のまんがを買った。水木先生は今日なんか賞をもらってたみたいだった。
帰って金麦を飲んだらすごく寒くて暖房を入れたら二本目を開けてすぐ、寝ていた。でも新聞屋さんにもらった金麦なのでもったいなくはない。
これからまた寝ます

了法寺の寺男佐藤蛾次郎(なぞ)

2010-10-25 19:09:44 | Weblog

了法寺に寄った。賽銭を投げてお参りをしたかったのだが、なにやら美人を撮影をしていたので近寄れなかった。CS放送の録画らしい。寺としてそうゆうのってどうかと思うのだが。俺も信心があるわけではないのでどうこういうつもりは無いのだが・・・。
外から見た印象だが、了法寺は小賢しい連中に食い物にされているように見える。小遣いを握らされて喜んでいるみたいだが、利用されているだけだと自覚したほうが良い。マネジメントの出来る人間を自前で用意して自衛していかないとおいしい汁だけ吸われて取り返しのつかないことになるかもしれない。他人事ながらそんな不安を感じます。

サイトで紹介されていた痛車が止まっていた。今までもたまに見かけたのだが、今日はカメラを持っていたので写真を撮った。
寅さんでいうと佐藤蛾次郎的な人が近づいてきて説明してくれた。助手席に縛りつけられている抱き枕は、まだ商品化されていないのだという。けっこう大きかった。生とろ美さんくらいの背はあるかもしれない。この佐藤蛾次郎も小賢しい連中の手下なのかもしれない。ちょっと前までは居なかった。基本いい人なのだがキャラクターや物販については良くしゃべるが、お寺や仏教の説明は自信なさ気である。そんな感じがしただけで本当はどうなのかはわからない。

九四式自動拳銃を外観から考察してみる

2010-10-21 10:54:20 | トイガン

ガバメントと。九四式、写真では大柄に見えるが、やはり小さい。コルトでいうと32オートと同じくらいだろうか。小型化にこだわった為か銃把が切り詰められている。日本人の手になじむと言われるが握ると小指は余る。十四年式の銃把はいささか長かったが、格好良く見えた。九四式は短足で頭でっかちに見える。


後座位置。弾倉止は親指で押す型になのに、弾倉が円筒(ボルト)を停止させているうえ、きついので引っ張らないと取り出せない。
外観はいい線いってると思う。頑張るところを間違えただけだ。銃把が長ければいいのに、と想像してみる。


弾倉の挿入口付近が膨らんでドムの足みたいになっている。手になじむように感じるのはこの膨らみが効いているからだと思う。
銃床の一部厚みが増しているのは強度を確保する為か?現在のベレッタの強化スライドみたいだ。と、無理やり解釈してみる。

  
よくいわれる逆鉤(シアーバー)の動き。手で横から押すと、webや本で見る印象よりもっと簡単に撃鉄が落ちる。引き金の上の蓋を延長すれば解決するのになぜ放置したのだろうか?
安全栓は非常に使いやすい。カチリ、カチリと作動して気持ちよい。逆鉤の動きを制するだけなので撃鉄が落ちていても「安」にできる。
日本国民が名機と信じてう違わないゼロ戦も、その成功は徹底して割り切った設計と運用が功を奏した結果である。防弾性能は皆無で、弾があたれば落ちるしかない。戦闘機として採点すれば点数は低いだろう。九四式の失敗は拘った思想が全て裏目に出てしまったからである。その独自性というか逆の道を行ってみる変な開拓者精神。模倣から始まってもそのまんまでは納得いかないへそ曲がりな根性。日本製品はケータイで言われるガラパゴス進化を突き進み世界仕様から逸脱する場合がまま見受けられる。トヨタGX-71系、NECのPC9800シリーズ、テレビではISDB、固形燃料のロケットや探査機ハヤブサはNASAから「outstanding job!」だとあきれられた話もある。言いたいことがぼやけてしまったが、この九四式、良くも悪くも日本人がつくったものなのだなあ、と。もし後継が作り続けられていたらもっと興味のある製品になっていたかもしれないなあと感慨もひとしおの今日の筆者なのでありましたまる

ハートフォード 九四式自動拳銃

2010-10-20 20:13:47 | トイガン

キターーーーーーーーーーー!





箱と取説。ご愛用者ハガキを送るともらえるという復刻版の取説も同梱されていた。ハガキまでも旧字で凝っている。




噂のローラー付きハンマーは撃茎(ファイアリングピン)を叩かない様にえぐられている。西洋の言葉で言うブリーチが分割されている構造なので安全対策(公安対策?)なのだと思う。精密模型教材とかもってまわった銘を打ってあるのも同様な意図があるような気がする。
被筒(スライド)が潜る謎の覆いが無駄にカッコいい。




内部のシャーシの様子が解る。
実銃は横から穴を開けて内部を加工したあと側面に蓋をしている。ちょうどシャーシが露出している部分が蓋になる。





 
マルシン棒みたいなのは分解用のクロスボルトを押し出すための付属品。ところで想像なのだが、スライドとフレームにレールを切って噛み合わせる技術が無かったのではないだろうか?それでもガバメントみたいなバレルがニョキっと出てくる鉄砲にしたかったに違いない。で、苦肉の策がコレ。もしその通りだったら、涙ぐましいというほかない。






マルシンの南部式小型とハートフォード、N5のカート各種。お尻に刻印があったほうがうれしいのだが、当時の実弾はどうなっていたのだろうか?あんがいつるんと無刻印でコレが正しいのかもしれない?


コネティ加藤氏もこの奇銃、珍銃を擁護する解説文を添えているが、俺的意見としては、同時代の世界レベルに達していないのは明らかだと思う。
当時の日本兵に拳銃は必要ない。鉄道のレールで作ったナマクラな軍刀を抜いて切りかかるのである。三八式歩兵銃も銃剣で槍として使うのである。
拳銃は飾りと割り切るならこの銃に備わるケレン味はかなりインパクト大、文字通り武器である。


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2010-10-19 21:54:51 | Weblog

ハートフォードのサイトでは昨日から新発売になっている。
俺のところには発送しました、のメールが来なかったので心配で問い合わせた。入荷次第発送します、の返事が来たが、果たして本当にくるのだろうか。 








今日の夜、メール









               i    ,. へ-、 __  i
               !i _,..::'"li.∧.l!  ゛_」ト、
              , j<.ー-i!  l!-―'"/\
             /゛.,へ、  ┐  i、 /   ヽ.
             .i i   >/\/)゛"‐ 、.   i
             l lレ''"  \jl!レ゛   _,...、ヽ. l
             l! rヲ――--_」Lii--――ヾ. l
キタ━━━━━━━l! // <二》 _ 《二>゛ ヾ、!、━━━━━━━━━ !!
            .j.,.ィ゛     ./ ! \_    l!\\
           /'' l!   ,.. '´ ヽ    ̄゛ーr-ノ  ゛ー-、_
         _/'´  トt-イ  ,----    ,!/      >
        <.      ゛t'ヽ  ヽ ─ /   /,」      /
          \     `-iヽ  ヽ /  ,.r 「    _/
      .     ゛"ー―┬;L ヽ __ / ,.!┬―''"
                  !レー゛==┬==‐゛┐l
                l   テ、 ]l.l ,r= ゛.l








ではのちほど。

JR高尾駅の弾痕

2010-10-16 21:01:13 | Weblog

学び・調べ・考えよう フィールドワーク 浅川地下壕(浅川地下壕の保存をすすめる会 編)で紹介されていた、JR高尾駅に残る銃弾のあと。米軍艦載機による機銃掃射の弾痕だそうである。わざとペンキを塗らないで保存してある。写真で見る印象より低く、手が届く高さである。硫黄島が陥落したあと敵機は難なく飛来し無辜の民を撃ちに来ていた。

手振れ写真になってしまったが伝わるだろうか?鉄骨が飴のようだ。人体に当たればどういう事になるのか?当時この場にいた人の恐怖を想像すると喉がカラカラになった。
同様に33番の鉄骨にも弾痕が残っていて保存されている。


今日も発送しましたのメールが来なかったのでまた延期したのだろう。戦争の遺構から繋げて記事にしようとした俺の複線が台無しである。