愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

徳州会マネー疑惑を作り出した後出しジャンケン選挙を徹底して追及できるか!マスコミの劣化に歯止めを!

2013-12-21 | 日記

猪瀬都知事の辞任を受けた全国紙と地方紙の社説を読むと、猪瀬氏の疑惑解明を求めるものがほとんどです。しかし、同時に猪瀬氏を後継者に指名した石原氏の徳州会マネーとの関わりを追及するものは少数です。後出しジャンケン候補の元祖石原氏の金権人脈が猪瀬氏に継承されていったことは明らかです。

この問題の本質は、きちんとした政策論争を回避して、ムード選挙、強いリーダーシップなどのコピーを氾濫させてスリカエ、圧勝していったことの意味です。こうした手法も民主主義と言えば民主主義です。しかし、その民主主義は擬似民主主義と言えます。何故か。選挙が終われば、後は「お任せ政治」がまかり通り、結果的に不利益を受けるのは有権者だからです。

そのマスコミのつくりだすムードによって、その政治への不満を解消してくれるのではないかという期待を込めて一票を投じた有権者は、その後の政治に責任を持つことなど、全く考えていない、そのような「浮動票」「浮遊票」によって日本の民主主義が実践されているのです。だから、マスコミのつくりだす世論調査結果によって政治が動いていくのです。

日本における参政権行使は、世論調査に参加すること、或いはその結果を見て、井戸端会議をすること、或いは街頭インタビューに応えるか、或いはそれを視て、井戸端会議をすること、などなど観客型が一般的です。石原氏や猪瀬氏が徳州会マネーとどのように関わっていようが、都庁におしかけるとか、集会を開くとか、デモをするなどという行動はしないのです。

マスコミがつくりだした、あの「劇場型選挙」「劇場型政治」が象徴的です。国民は、客席で劇場型選挙と政治を観る観客になっている、というか、テレビの視聴者になっているのです。そのような錯覚に陥っているのです。それがナチスの手口そのものなのです。ところが、本当の観客(サポーター)は、あの楽天の優勝が示したように、サッカーの試合が教えているように、ゲームも、演劇も、役者と一体的になることで、磨かれていくことは、常識中の常識の話です。しかし、どういう訳か、政治だけは、この観客論は黙殺されてしまうのです。

それは、高速道路の「見物渋滞」と同じことかもしれません。「見物」渋滞にイライラしながら、実は自分も事故現場にいくと、知らず知らずのうちに見物しているのです。渋滞の原因を自分でつくっているのです。しかし、通過と同時に「渋滞」は自然に解消していくのです。でも、また同じことが起こるのです。しかも自分も事故を起こす可能性を秘めているのですが、それは全く想定外なのです。

そんな気分と同じ状態が、日本における参政権行使、民主主義かも知れません。それが後出しジャンケン選挙型民主主義と同じと言えるかも知れません。

こういう物言いは国民を愚弄していると言われるかも知れません。しかし、愛国者の邪論の推論は別として、この後出しジャンケン選挙は、都民を食い物にしている最悪最低のシロモノです。有権者を愚弄していることだけは確かです。今回の猪瀬氏は、ものの見事に証明してくれました。このことを声を大にして言いたいと思います。だからこそ、この後出しジャンケン選挙だけは、なんとしても阻止していかなければならないと思っているのです。

そこで、全国紙と地方紙が、どのように猪瀬氏の辞職を評価したか、次の都知事選挙をどのように考えているか、全国紙の社説の一部を掲載しておきます。ご覧ください。これを読むと後だしジャンケン選挙が如何に有権者をバカにしている不当なものか、判るのではないでしょうか。

後出しジャンケン選挙を排除する選挙報道を徹底してやってほしいものです。そのためにも国民的監視が必要でしょう。

朝日新聞 猪瀬氏の辞意/政治と利権の深い闇 2013/12/20 4:00
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?

私たちは何を頼りに、どんなリーダーを選べばいいのか。有権者に残した問いかけは重い。闇の中でうごめく政党の打算や利権団体のしがらみを断ち切る政治は実現しないのか。…有権者の怒りの声よりも、背後に控える政党やOBが引導を渡すことによって政治生命が絶たれる。この経緯自体、猪瀬氏が古い政治の世界にからめとられていたことを物語っている。徳洲会と関係のあった政治家は猪瀬氏だけではない。政治に利害関係をもつ団体も徳洲会だけではない。「猪瀬問題」で終わらせるべき話ではない。

毎日新聞 猪瀬知事辞職/これで幕引きにするな 2013/12/20 4:00
http://mainichi.jp/opinion/news/20131220k0000m070153000c.html

辞めたからといって5000万円授受の問題を幕引きにしてはならない。猪瀬氏の説明責任がなくなるわけではない。記者会見では「政治家としてアマチュアだった。政策には精通していると思ったが、政務の知識が足りなかった」などと弁明した。だが、「政務」が、資金処理の手続きなどを指しているとすれば、猪瀬氏は思い違いをしているのではないか。5000万円という大金を初対面の人から受け取ること自体が、常識に照らして異常なのだ。

読売新聞 猪瀬都知事辞職/東電病院問題にまで幕引くな 2013/12/20 2:00
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20131219-OYT1T01453.htm

疑惑は何一つ解明されていない。辞職で説明責任を免れると考えたとしたら、全くの見当違いである。徳洲会の公職選挙法違反事件を捜査してきた東京地検特捜部には、5000万円疑惑についても詳細な解明を求めたい。昨年12月の都知事選で史上最多の434万票を集めた猪瀬氏には、都議会への事前説明なしに新しい施策を発表するなど、強引な都政運営が目についた。ネットなどによる情報発信に偏り、肝心の議会との信頼関係構築に積極的でなかった姿は、政治家としての資質を欠いていたと言わざるをえない。それは今回の独善的な議会答弁にも表れていた。首都のかじ取り役には組織運営能力も不可欠だ。次の都知事選びの重要なポイントとなろう。

産經新聞 知事の責任/猪瀬氏の辞職は当然だ 五輪準備も都政も動けない 2013/12/19 6:00
http://sankei.jp.msn.com/column/topicslist/../../affairs/news/131219/crm13121903200000-n1.htm

何より多くの都民は、議会の質疑に応じる猪瀬氏の姿そのものに強い失望感を抱いていたのではないか。「妻が」「秘書が」を繰り返し、「覚えていない」「記憶にない」を連発してきた。多くの「政治とカネ」の事件で聞いてきた言葉だ。猪瀬氏はもともとノンフィクションライターとして、そうした疑惑を追及する側にいたのではなかったのか。だいたい、それほど記憶力の乏しい人に、都知事の重責は担えるものなのか。

産經新聞 猪瀬知事辞職/首都の顔は冷静に選ぼう 2013/12/20 6:00
http://sankei.jp.msn.com/column/topicslist/../../politics/news/131220/lcl13122003160000-n1.htm

東京の五輪招致は、石原慎太郎前知事が強烈なリーダーシップで候補都市に名乗りを上げ、後を引き継いだ猪瀬氏が招致活動の中心となり、政府やスポーツ界と歩調を合わせて世界を飛び回り、東京を売り込んだ。招致の成功は、歴代2知事の功績である。だが内外に向けたパフォーマンスを必要とする招致戦の時は過ぎた「五輪の顔」を都知事のタレント性に頼る必要はない。これから知事に求められるのは、大会開催に向けて山積する課題を解決し、巨大組織を動かす実務と調整の能力である。もちろん、東京が抱える課題は五輪だけではない。首都直下地震に備える防災都市づくりは、五輪準備と並行して急がなくてはならない。五輪後も続く少子高齢化への対処も待ったなしだ。猪瀬氏の辞職に伴う都知事選に向け、すでに与野党は候補者擁立の調整を本格化させている。具体的な名前も取り沙汰されている。次の知事選を単なる人気投票にしてはいけない。東京都民の見識が問われる選挙にもなる。猪瀬氏は今後、「作家に戻り都政を見守りたい」とも話した。それならばなお、辞職後も説明責任を果たすべきだろう。

日本経済新聞 説明責任欠いたままの猪瀬知事の辞職 2013/12/20 4:00
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO64348860Q3A221C1EA1000/

 これで都政の混乱は一段落するが、徳洲会との関係を巡る猪瀬氏の疑惑が晴れたわけではない。うやむやのままで終わらせてはならない。猪瀬氏には引き続き、説明責任を果たしてもらいたい。市民団体などは公職選挙法違反などの疑いがあるとして東京地検特捜部に告発している。徹底した真相の究明を求めたい。猪瀬氏は石原慎太郎前知事の要請で、2007年に都の副知事に就任した。都庁内に様々なプロジェクトチームを立ち上げ、地下鉄一元化や水道事業の国際展開などを主導してきた。石原氏の後継指名を受けて昨年12月に知事に就いて以降は、五輪招致の実現や東京への外資誘致などに取り組んだ。しかし、都政を立て直すためには猪瀬知事の辞職は避けられず、この時期に自ら進退を決めたのは当然だろう。…新しい知事は「五輪の顔」になるのだろう。都知事の候補者選びは知名度が重視されがちだが、単なる人気投票にしてはならない。候補者はまず、しっかりとした政策を掲げてほしい。それを見極める有権者の責任も重い。

中日/東京新聞 猪瀬都知事辞職/疑惑追及の幕引けない 2013/12/20 8:00
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013122002000135.html

真相はいまだやぶの中だ。説明責任からの逃走であれば許されない。…政治の担い手としての未熟さを反省する一方で、あやふやな“政治家用語”を使って中途半端に職責を締めくくる。そんな去就を見せつけられては、政治不信が一層広がらないかと憂うほかない。…直前までかたくなに辞意を否定していた姿勢を一夜にして転換した形だ。疑惑にふたをして逃げ去る意図を勘繰る向きもある。…庶民にとっては一生に一度の買い物のマイホームさえ購入できる金額である。猪瀬氏は「説明責任を果たすべく努力した」と釈明したが、無利子無担保で生活資金を借りたという説明の根幹からして民心に届くはずがない。…徳田衆院議員の昨年分の政治資金収支報告書のみに限っても、徳田氏側から九十人に及ぶ国会議員側にパーティー券購入といった名目で資金が流れていた。政界での影響力を高めようとしていたのだろう。しかし、それらは公式に記録された“表のカネ”にすぎない。手にした五千万円を「個人的な借入金」と言い張る猪瀬氏の姿は、水面下で桁違いの“裏のカネ”が広くばらまかれた疑いをかえって抱かせる。真相解明が急がれる。…次期選挙では同じ轍(てつ)を踏まないよう注意したい。候補者が訴える政策は重要だが、首長にふさわしい資質を兼ね備えているか同時に見抜かねばならない。人物情報を集め、考え抜いて投票したい。

◆問われる“有権者力”

 二〇二〇年東京五輪の開催準備が控える。都政運営には十兆円規模の予算が充てられる。課題は山積みだ。リーダーシップを発揮する清潔で誠実な知事が必要だ。「首長は誰がなっても同じ」という無関心や諦めは最大の敵である。選挙の主役は有権者だ。選ぶ力が試される。(引用ここまで

以上の社説の言葉のポイント=キーワードを以下に掲げてみます。

「古い政治の世界」「政治家としてアマチュア」「政治家としての資質」「強烈なリーダーシップ」「都民の見識が問われる選挙」「単なる人気投票」「政策を見極める有権者の責任」「説明責任」「首長にふさわしい資質」「有権者力」「リーダーシップを発揮する清潔で誠実な知事」「“表のカネ” “裏のカネ”」

この言葉から何を連想しますか?「有権者力」の前に、マスコミのペンの力が試されているのではないでしょうか。何故か。「国民の知る権利」を保障するのはマスコミ、マスメディアだからです。情報発信の量と質が、国民世論を形成し、国民の行動を決定づけるからです。

最後に産経について

「だいたい、それほど記憶力の乏しい人に、都知事の重責は担えるものなのか」って、「石原慎太郎前知事が強烈なリーダーシップで候補都市に名乗りを上げ、後を引き継いだ猪瀬氏」と言っているのです。笑ってしまいます。しかも、「次の知事選を単なる人気投票にしてはいけない。東京都民の見識が問われる選挙にもなる」って、後出しジャンケン選挙で知事選を人気投票にしてきたのは石原氏とマスコミではなかったのではありませんか。その人気投票で当選した知事が尖閣問題で中国を挑発し、どれほどの害を与えているか、或いは現在の安倍首相の暴走に手を貸しているか、産経の言葉には全く呆れます。思考がつながっていないのはありませんか?支離滅裂です。産経は。


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