フクシマのゲンパツ関連犠牲者
二千人の死者の分だけ悲しい物語がある
<祈りと震災>(26)成仏できるわけない 2015年03月30日月曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201503/20150330_63012.html
「おやじは成仏しただろうか」。須賀川市の農業樽川和也さん(39)が虚空に問う。
無理だと思った。「布団の上で死ねなかったんだから」
東京電力福島第1原発事故から約2週間後の朝、父久志さん=当時(64)=は自宅の裏で自ら命を絶った。遺書はなかった。放射性物質が拡散する中、将来を悲観したとみられる。
着ていた上着のポケットに携帯電話があった。内蔵された歩数計はその日、680歩近くを示していた。
「丹精込めて育てたキャベツを最後に見て回ったんだろう」。和也さんは推し量る。
久志さんは原発の危うさを前々から口にしてきた。そして2011年3月12日。原発で起きた水素爆発のニュースを見てつぶやいた。
「もう福島の百姓は終わり。何も売れなくなる」。口数が減り、朝になると吐き気を訴えた。農業を継いでくれた和也さんに「おまえを間違った道に進ませた」とわびた。
土作りに力を入れ、自慢の野菜を学校給食に提供してきた。キャベツ7500個の出荷を控えていた。
23日、自宅にファクスが届いた。キャベツを含む結球野菜の出荷停止を伝える文書だった。夕食後、久志さんは珍しく自ら食器を洗った。
亡くなったのは翌朝だった。目に見えぬ放射能の汚染が、出口の見えない困難を突き付けた。生きる力を奪い去った-。
原発事故に起因するとしか思えない死なのに、当初は震災関連死には該当しないとされた。
そうした中で和也さんは12年6月、東京電力に慰謝料を求め、裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立てた。「原発事故さえなければおやじは死なずに済んだ」と訴え、謝罪を求めるためだった。
1年後に和解が成立したものの、東電は謝ることは拒んだ。今に至るまでおわびはない。和也さんは憤怒の表情を浮かべる。修羅のように。
「線香一本上げに来ないのは人として間違っている。おやじが浮かばれない」
妻美津代さん(65)は和也さんと農作業をした後、久志さんが残した携帯電話を握りしめる。待ち受け画面のキャベツを見ながら「父ちゃん、一緒に闘ってほしかったよ」と残念がる。
久志さんの死は昨年5月、震災関連死としてようやく須賀川市から認められた。
「父ちゃんは成仏しただろうか」。美津代さんは自問し、すぐに首を振る。「できるわけがない。元のきれいな福島が戻ってこない限りは」
理不尽に追い詰められた命。さまよっているに違いない魂。夫の無念をかみしめ、怒りに震える。果たせぬ成仏を思う家族の心もさまよっている。
◇
福島第1原発事故は人々の営みを引き裂いただけでなく、福島の精神風土をも揺るがした。放射能汚染という難題に、祈りや魂はどう向き合うのか。不条理な苦境にあえぐ地に立った。「祈りと震災」取材班=報道部・沼田雅佳、村上俊、柏葉竜、鈴木拓也、写真部・岩野一英、伊深剛。第5部は5回続き
被災農家の現実を追体験
ドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」
2016年2月2日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/fukushima_report/list/CK2016020202000217.html
映画「大地を受け継ぐ」の井上淳一監督=福島市で |
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「原発事故で死んだ人は一人もいない」と放言した政治家がいた。
しかし福島第一原発の事故から間もなく五年。この間に避難先で病に倒れたり、自ら命を絶つなどしてなくなる震災関連死と認定された人の数は、福島県で二千人を超えた。岩手県や宮城県に比べて圧倒的に多い。原発事故が影を落としているのは間違いない。
二千人の死者の分だけ悲しい物語がある。その一つを取り上げたのがドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」だ。
映画は首都圏に住む十六歳から二十三歳までの若者十一人が昨春、バスに乗り込むシーンから始まる。向かったのは福島県須賀川(すかがわ)市に江戸時代から続く一軒の農家。八代目当主の樽川和也さん(40)が出迎える。語られるのは、原発災害でどん底に突き落とされた一家の物語だ。
事故から二週間近く過ぎた二〇一一年三月二十四日早朝。樽川さんはキャベツ畑の端で首をつった父・久志さん=当時(64)=の姿を見つけた。前日、農協から放射能汚染のため農作物出荷停止の連絡があった。父は息子に「お前に農業を勧めたのはまちがいだったかもしれない」と寂しそうに話した。遺書はなく、歩数計には約六百歩が記録されていた。家を出てから六百歩で、どこを歩いたのか、何を見たのか。樽川さんは考える。父はなぜ死を選んだか…。
しかし畑の手入れを怠るわけにはいかない。放置すれば、すぐに荒れ地に戻ってしまう。先祖伝来の土地を守らなければならない。売り物にもならない作物を黙々とつくる日々が続く。大写しになった樽川さんの手は土が染み付いたような色だ。
学生から質問が飛んだ。「うちの母は今でも福島産の作物は買わないといっています」
樽川さんはきっぱり答える。「作物はすべて検査しているので安全です。でも生産者の私でさえも汚染された畑の作物は食べたくない。それを風評被害と呼ぶ人もいるが、でたらめという意味なら間違いです。ここにあるのは風評被害などではなく、現実なんです」
「大地を受け継ぐ」の井上淳一監督は脚本家でもあり、最近では原発政策に翻弄(ほんろう)された一家の四世代にわたる葛藤を描いた映画「あいときぼうのまち」で脚本を務めた。本作は、フィクションによる表現を追い続けてきた井上監督が、初めて挑んだドキュメンタリーでもある。
「極力編集をせずに樽川さんと学生たちのやりとりをそのまま流した。樽川さんの話自体に力があり、学生たちの心に染み込んでいくのがよくわかる。映画を見た人は福島の現実を追体験できるだろう」と話す。
また学生として映画に登場した井沢美采(みこと)さん(17)は「福島のこと、すっかり忘れていたと気が付きました。私たちが震災前と何も変わらない生活をしているのに、まだ苦しんでいる人たちがいる。ぐさりと胸に突き刺さった」と話す。
樽川さんは、原発事故被災者約四千人が国と東京電力を訴えた「生業を返せ、地域を返せ!」裁判の原告でもある。
◇
映画「大地を受け継ぐ」は二月二十日からポレポレ東中野(東京都中野区)などで公開予定。 (福島特別支局長・坂本充孝)(引用ここまで)
朝日 (評・映画)「大地を受け継ぐ」 福島に生きる農業者の声
2016年2月19日16時30分
首つったおやじ、無駄死にさせたくねえ 福島の農家
朝日 2016年2月20日05時05分
http://www.asahi.com/articles/ASJ2N0Q9QJ2KUPQJ00K.html