たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

寒空の下で思う

2014年02月11日 14時32分10秒 | 日記
10日(日)に母の三回忌は終わった。
土曜日から日曜日にかけて都心は大雪。そんな中、荷物をもっての移動は長かった。
タクシー会社にやっとこさ電話がつながる→階段を下りてタクシー→地下鉄一回乗り換え
→新幹線→地元の私鉄→またタクシー、この往復。
こうして困らせるなんて母らしいと思ってしまう。

読経をききながら、家の襖や柱をあらためてながめた。家を建て替えた時、この絵柄は母がはりきって選んだものだったと思う。Mちゃんも一緒だったと思う。Mちゃんは家ができたらお友達をたくさん呼ぶって言っていると、母はすごく嬉しそうにしていた。本当に張り切っていて、一生懸命だった。統合失調症の最初の症状を発する前の元気な頃の母を思い出して涙がにじむ。

どうしてこうなってしまったのだろう。
ついそこへいってしまう。でも答えはどこにもない。
もうやめよう。悲しいが、つらいが、私がその分生きればいい。
色んな偶然の重なり合いでそうなってしまったんだ。
守ってくれるように、なんどもなんども手を合わせた。

母は私たちが小学校に行くようになると着物の仕立ての内職をずっとしていた。
発症してから手つかずで眠り続けている母が仕立てた着物たちはきれいなままだった。
今回は手をつける時間がなかったが、遠からず無駄にはしないように整理していきたいと思っている。どんな方法が最善なのだろう・・・。


今の混乱状態はもう少しやれることがありそうだ。ほんの少しのタイミングでまた救われたかもしれない。守られている。
自分一人ではこれ以上なにもできないが、中で一緒に動ける人があれば何かしらありそうだ。
どうしてもそこにいたい、いたくないは別にして、もう少し納得できなければ別の道を歩もうとしてもやはりどうにも気持ちの切り替えができずに先へ進むことができない。
自分自身のために、せっかくここまできたのだから、苦しいところではあるがもう少しふんばってみよう。
ずっと一生懸命、真面目に働いてきた。小さな体をすり減らすような思いで、だれにも言わずに勉強と両立させてきた。その姿をみてきたひとたちの中で逃げる人は逃げるが、後押ししてくれる人たちもいる。今すごく学びの機会を与えられているのだと思う。


母とのお別れの後、揺れ動き続けている自分にあらためて立ち返ってみます。

「2013年1月5日(土)

長い休みが明日で終わろうとしている。断捨離をがんばったが、それほど大量にはやれなかった。読んだり振り返ったりして、これは必要か、過去にはこんな自分がいたんだ。考えながらやるのでけっこう疲れる。それでも愚かだった自分とサヨナラするために、母もいなくなった今ひと区切りをつけて、本当に自分のために生きて行きたくて、今年もがんばろうと思う。まだ無理がきく今のうちだと思う。もう少し年をとれば今抱えているものを管理できなくなる。その前に捨ててしまいたい。捨てようとしているものをみると、これだけのモノを一人で抱えてきて本当にくるしかったなあと思う。よくがんばってきた。えらいよなあ。
もう少し進んで落ち着いてきたらまた東北に行きたいし、放送大学で学ぶなどしたい。
私がやるべきことはあるはずだ。自分自身の体験を少しずつ発信していきたい。
このまま埋もれてしまってはいけない。
ドロドロのきついことに耐えきれなくなったら逃げればいい。そんな立ち位置でやれることからやっていきたい。
もう自分を責めてもせんない。私の命にも限りがある。色々思い始めればきりがないがもうやめよう。ただ母と妹がおしえてくれたことをつないでいきたい。それだけだ。

夜になると、家を出ようとすると不安がおそってくる。今年も不安神経症とのたたかいは続く。」

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