【社説①】:年のはじめに考える 我らに「視点」を与えよ
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:年のはじめに考える 我らに「視点」を与えよ
昔から、「一年の計は元旦にあり」なんてことを申しますし、今年は絶対にこれを達成するぞ、とか、あの悪習をやめるぞ、とか、いろいろ誓いを立てられた方も多いと思います。一年が終わって新たな一年が始まるというそれなりに大きな区切りですから、気持ちはよくわかります。
しかし、どの世界でも、十二月三十一日から一月一日への年変わりが大きな意味を持っているか、といえば、そうでもありません。
◆大晦日と元日=昨日と今日
例えば、公式には西暦を採用していても祝祭などの決まり事はヒジュラ暦に拠(よ)るイスラム世界の多くの国や、旧暦に拠る中国では、このタイミングに特別な画期の意識はほとんどありません。当然ながら紅白もなければ、初詣もないし、要するに、大晦日(おおみそか)と元日は単なる昨日と今日に過ぎない。かつて勤務していたエジプト・カイロで初めて年越しを迎えた時には、あんまり日常に変化がないので拍子抜けした覚えがあります。
干支(えと)にちなんで、次はウサギの話をしましょう。今年最初の満月は七日ですが、クレーターの多い高地(白っぽい部分)と「海」と呼ばれる平地(黒っぽい部分)がつくる模様は、日本では、大体、「餅をつくウサギ」ですよね。でも、世界を見渡せば、土地によって、ワニとかロバとか髪の長い女性とか、まあ実にいろいろなものに見なされているようです。
事ほど左様に、同じ物事も、どこから見るかで違って見える。そういえば、米国の人気歌手アリアナ・グランデさんに『pov』という曲があります。サビの歌詞に「あなたの視点で自分を見てみたい」とあるように、曲名はポイント・オブ・ビュー、ずばり、「視点」という意味です。
◆他者の「pov」を持つ男
もし、本当に他者の視点で自分を見られたら、まったく違う自分が見えるかもしれず、それはそれで怖い気もするのですが、実は、それに近いことを実践している人物が一人、います。
ご存じ、米メジャーの二刀流・大谷翔平選手。二年連続のア・リーグMVPこそ逸しましたが、二〇二二年も投打両方で規定回数・打席数に達するなど、文字通り前人未到の記録も残し、またもや信じがたいシーズンを送りました。
その異次元の活躍に感嘆しながら思い浮かんだのが「pov」という「視点」でした。彼は超一流打者のpovで自分の投球を見、超一流投手のpovで自分の打撃を見られる唯一無二の存在ではないのか、と。視点を一つしか持たぬ他の超一流プレーヤーとの画然たる差異。素人考えですが、彼の二刀流の本質は、そこにあるようにも思えます。
さて、二三年が幕を開けたわけですが、遠く離れた東アジアの国の人々をして、昨年の「今年の漢字」に「戦」を選ばせたロシアのウクライナ侵攻はいまだ終わる気配がありません。ミャンマーでも民主政権を蹂躙(じゅうりん)した国軍による市民への弾圧が続いています。
二刀流は特別ですし、そもそも人間が物理的に複数の視点を持つことはできません。が、豊富な情報を手に入れる手段も、何より、それを思考へと昇華する想像力も持っています。自分や自分たちだけでなく、他者のpovからの世界の見え方を想像する…。もしも指導者たちがそうやって、他国や自国民のpovから、自分のしたことを冷静に眺めてみてくれたらと、思わずにいられません。
そういえば、幼いころ親や先生に口酸っぱく言われたことでしたね、「人の身になって考えよ」とは。アルキメデスの「支点」をもじれば<我らに他者の「視点」を与えよ>。そうすれば、<地球を動かしてみせる>とは言いませんが、今、世界を覆うひりつくような分断や対立の空気を、わずかずつでも穏やかなものに変えていくテコにならないでしょうか。
◆今年は「違い」を楽しむぞ
でも、まあ大仰に考えず、まずは世界にある多くの異なるpovを面白がることにしましょう。それにはきっと読書や旅が役に立つはず。冒頭に書いたように、せっかく年頭なのですから「今年は百冊の本を読む」(ついでに「なるべく毎日、新聞を読む」)とか、「旅に備えて知らない言語を習得する」とか、そうした誓いを立ててみるのもいいでしょう。
しかし、別にそれほど肩肘張る必要はないと思いますよ。どうせ多分、挫折しますから。いや、あの、そういう研究結果があるんです。ひと昔前になりますが、英国である大学教授が三千人を対象に「年頭の決意」のその後を調べたら、実に九割が挫折していた…。
いいじゃないですか、それはそれで。「何が何でも」とは異なるpov、ということで。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2023年01月01日 07:23:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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