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●自公政権やお維に壊され行く沖縄: 沖縄「屈辱の日」を「主権回復の日」と言う元首相、沖縄の戦後史を知らないという元最低の官房長官…

2021年05月09日 00時00分00秒 | Weblog

[※ 辺野古は破壊「損」 【米軍飛行場の移設先として工事が進む沖縄県名護市の海岸】(東京新聞 2020年4月3日)↑]


/ [2021年04月29日[木]]
沖縄タイムスの【社説[きょう「4・28」]基地押し付けを改めよ】(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/745315)。
琉球新報の【<社説>4・28「屈辱の日」 自己決定権を誓う日に】(https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1312376.html)と、
コラム【<金口木舌>われわれにパラシュートはあるのか】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1312593.html)。

 《1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約と旧日米安全保障条約が発効した。 当時、アナウンサー研修のため東京に滞在していた川平朝清さん(元沖縄放送協会会長)は、その日のショックと憤りを鮮明に覚えている。「独立を祝う報道一色だった。日本はいかに幸いなことか。ドイツや朝鮮半島のように分断されずよかったと。沖縄、奄美、小笠原はどうなるのか」》。
 《4月28日を迎えた。サンフランシスコ講和条約の発効(1952年)によって日本の独立と引き換えに、沖縄は日本から切り離された。米国統治が始まった日である。沖縄はこの日を「屈辱の日」と呼んできた》。
 《▼「琉大文学」同人で、宮森小米軍ジェット機墜落事故を取材した作品「恐怖と血の代償」を残した。子どもの命を奪った墜落機から操縦者がパラシュートで脱出していた。詩人は悲痛な叫びを刻す。「われわれには、パラシュートはない!」…▼太平洋戦争の末期、日本は沖縄を捨て石にし、サンフランシスコ講和条約で米国に差し出した。「屈辱の日」の4・28から69年。今も続く閉塞感の中で県民は自問する。「われわれにパラシュートはあるのか」》。

 沖縄の「屈辱の日」…どこが「主権回復の日」だ?
 《基地問題は戦後史を抜きに語れない》…沖縄「屈辱の日」を「主権回復の日」と言う元首相・アベ様、平然と沖縄の戦後史を知らないという元最低の官房長官・カースーオジサン…。
 《子どもの命を奪った墜落機から操縦者がパラシュートで脱出していた。詩人は悲痛な叫びを刻す。「われわれには、パラシュートはない!」 ▼身の危険から逃れる術(すべ)がない。…「屈辱の日」の4・28から69年。今も続く閉塞感の中で県民は自問する。「われわれにパラシュートはあるのか」》。

   『●沖縄の「屈辱の日」を祝う神経
    「コラム「筆洗」の云う「仲井真弘多沖縄県知事は欠席する。当然だ。
     沖縄にとっては、祖国から切り離された「屈辱の日」なのだから
     ▼「憲法改正よりも日米地位協定を改定することが主権回復だ」。
     保守系の翁長雄志那覇市長が語っていた。こうした正論は安倍晋三首相の
     耳には聞こえないようだ」、に全く同感。
      「屈辱の日」を祝う神経を疑う。
      「安倍政権を礼賛している右寄りの人たちは、実は自分たちも
     切り捨てられる側にいることに気づいていない」、これってハシズム
     大絶賛している人たちにも言えます」

   『●「空疎で虚飾に満ち」た弔辞を代読する
     最低の官房長官に怒声…「翁長氏の遺志に応える唯一の道」とは?
    《象徴的だったのが、2015年9月に沖縄県と政府の集中協議が決裂した際の、
     菅官房長官の発言だ。翁長前知事は、講演でこのように語っている。
      〈菅義偉官房長官は4月に最初に話してから沖縄の歴史を含め
       私が一番思いを話した方だが、集中協議の最後に私の話は
       通じませんかと聞いたら、「私は戦後生まれなので沖縄の歴史は
       なかなか分からないが、19年前の日米合同会議の
       辺野古が唯一というのが私の全てです」という話だった〉》

   『●《権力をほしいままにし、国家を私物化してきた安倍首相も官邸を
      出てしまえば“ただの人”…司直の手に落ちることになるのか》?
   『●独裁をサポートさせるための《安倍政権の「未来投資会議」を解体し、
       菅政権が新たに始動》した「成長戦略会議」…その面子の悍ましさ
    「沖縄イジメオジサンは、かつて、「私は戦後生まれなので沖縄の歴史は
     なかなか分からないが、19年前の日米合同会議の辺野古が唯一というのが
     私の全てです」…あぁぁ…。」

   『●《そんなふうに静かに始める抵抗にこそ、人々を変える力があるの
      かもしれない》(北原みのりさん)――― 辺野古破壊と《人柱》
    《菅義偉首相は「ご遺骨に配慮した上で土砂の採取が行える」と
     容認の姿勢を崩していない。官房長官時代に翁長雄志前知事との会談で
     「私は戦後生まれなので、沖縄の置かれた歴史については分からない
     と述べ、翁長氏の言葉を受け止めようとしなかったことを思い出す。
     首相は沖縄戦についてどのような認識を持っているのか国会で歴史観を
     語るべきだ。歴史を顧みていかに学び取るかが政治家の仕事である
     山中貞則氏や野中広務氏ら戦争を知る自民党の重鎮が健在だったら、
     この問題にどう反応しただろうか》
    《菅義偉首相は「ご遺骨に配慮した上で土砂の採取が行える」と容認の
     姿勢を崩していない。官房長官時代に翁長雄志前知事との会談で
     「私は戦後生まれなので、沖縄の置かれた歴史については分からない
     と述べ、翁長氏の言葉を受け止めようとしなかったことを思い出す》
    《静かな夜、首相官邸前。そういえばここの主は官房長官時代の2015年、
     故・翁長雄志沖縄県知事に
     「私は戦後生まれなので、歴史をもちだされても困る」と言ったの
     だった。歴史を見ない首相に、遺骨のために座るこの声は届くのだろうか
     故・翁長知事は「イデオロギーよりアイデンティティー」と、沖縄の声を
     一つにした。沖縄の基地問題は、アイデンティティーの闘いなのだ》

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https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/745315

社説[きょう「4・28」]基地押し付けを改めよ
2021年4月28日 07:15

 1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約と旧日米安全保障条約が発効した。

 当時、アナウンサー研修のため東京に滞在していた川平朝清さん(元沖縄放送協会会長)は、その日のショックと憤りを鮮明に覚えている。

 「独立を祝う報道一色だった。日本はいかに幸いなことか。ドイツや朝鮮半島のように分断されずよかったと。沖縄、奄美、小笠原はどうなるのか

 日本が国際社会に復帰、高度経済成長へ向かう一方で、米軍統治が続いた沖縄では住民を追い出して、基地拡張が進められた

 本土と沖縄の距離は、復帰によって縮まったのだろうか。

 2013年「主権回復の日」を開催した安倍晋三首相(当時)は「7年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ」と意義を強調したが、そもそも政府主催の記念式典を実施することに大きな無理があった。

 辺野古新基地建設を巡る政府との集中協議で、翁長雄志前知事は、米軍圧政下の「無主権状態」で基地が造られたことを強調した。しかし、当時の菅義偉官房長官は「私は戦後生まれなので(沖縄の戦後史は)なかなか分からない。辺野古合意がすべてだ」と語ったという。

 基地問題は戦後史を抜きに語れない。安保の「負の部分」である基地負担を沖縄に押し付けている源流が4・28にあることを、いま一度、政府も国民も胸に刻んでほしい。

■    ■

 沖縄への米軍基地の「押し付け」として象徴的なのが米海兵隊の本土からの移転だ。海兵隊は当初、朝鮮戦争の後方支援のため岐阜と山梨に駐留していた。司令部を沖縄に移したのは、休戦後の1956年のことである

 新基地の土砂投入が進むキャンプ・シュワブは海兵隊受け入れのため56年に、北部訓練場も57年に使用が始まるなど、沖縄の基地は急速に拡張された。一方、日本政府は、反対運動が激しかった本土駐留の米陸上部隊を58年に撤退することを米側と合意した。この結果、講和条約発効時の52年に約13万ヘクタールだった面積は10年後に約3万5千ヘクタールに激減した。

 本土の基地縮小は、沖縄への米軍移転なしには、あり得なかったのだ

 不平等な日米地位協定の下、沖縄では米軍機の騒音や低空飛行、事件事故が後を絶たず、軍事植民地とも言える状況が今日も続いている。

■    ■

 新基地建設には膨大な土砂が必要となる。国は沖縄戦の激戦地である本島南部からの採取を検討している。

 ガマフヤー代表の具志堅隆松さんは「戦没者の血や骨粉を含んだ南部の土砂を遺骨とともに海の埋め立てに使うなど、人間の心を失った行為で遺族の心を傷つける」と訴える。国はこうした南部の土砂を新基地建設に、使わないことを明確に示す必要がある。

 講和・安保によって形成されたのは「沖縄基地の固定化」と「本土・沖縄の分断」である。沖縄依存の安保政策を見直すべきだ。
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https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1312376.html

<社説>4・28「屈辱の日」 自己決定権を誓う日に
2021年4月28日 05:00

 4月28日を迎えた。サンフランシスコ講和条約の発効(1952年)によって日本の独立と引き換えに、沖縄は日本から切り離された米国統治が始まった日である。沖縄はこの日を「屈辱の日」と呼んできた。

 米国統治によって沖縄は人権より軍事が最優先される軍事植民地のような状態に置かれた。講和条約調印(51年9月)から70年たった今も、米軍は駐留し続け、事件事故、環境汚染などで県民の人権と安全が脅かされている。

 日本は自国の安全を米軍の抑止力に頼り、基地負担を沖縄に押し付けている。沖縄には自らの将来を自ら決める権利がある。今年の「4・28」は「屈辱の日」を返上し、自己決定権の確立を誓う日としたい。

 「屈辱の日」の源流に二つの提案がある。サンフランシスコ講和条約が締結される4年前、昭和天皇は沖縄を「25年ないし50年、あるいはそれ以上」米軍に提供したいと提案した。「ソ連の脅威」に対抗するためだ。沖縄を日本から切り捨てることに等しい。

 対日講和条約交渉が始まると、吉田茂首相は講和後の沖縄を「バミューダ方式」によって米国に租借する提案をした。西大西洋の英国領バミューダ諸島の一部を米国に99年間貸して、軍事基地を建設したことに由来する。

 講和条約第3条によって、米国は他国から干渉されず、沖縄基地を自由使用する権利を手に入れた。日本政府も同意している。

 1972年の施政権返還の際もこの構図は繰り返される。米国は日本に沖縄の施政権を返したが、日本政府の同意の下で基地の自由使用権は手放さなかった。

 沖縄返還から半世紀。この間、米軍は沖縄から海兵隊の撤退を検討した時期もあったが、日本政府に慰留されとどまっている。

 その結果「一つのかご(沖縄)に、あまりにも多くの卵(米軍基地)を入れている」(カート・キャンベル元国防次官補代理)現状がある。

 基地の整理縮小の目玉として日米は、米軍普天間飛行場の移設を合意した。ところがふたを開けると、名護市辺野古への新基地建設であり基地機能の強化だった

 かつて昭和天皇が理由とした「ソ連の脅威」は、今や「中国の脅威」に取って代わり、日本政府は米軍が駐留する理由を正当化している。沖縄に米軍が駐留する必要性は変わらず、むしろ大きくなっているという言説が広がる。

 しかし、米中の緊張が高まり、有事の際に沖縄が標的にされ県民の命が脅かされる危険性が高まる

 72年5月15日の日本復帰記念式典で屋良朝苗知事は「沖縄がその歴史上、常に手段として利用されてきたことを排除」すると述べた。日本復帰から半世紀。日米に利用されてきた立場に終止符を打つ時期が来ているのではないか。
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https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1312593.html

<金口木舌>われわれにパラシュートはあるのか
2021年4月28日 05:00
金口木舌 屈辱の日 宮森小事故 米軍

 詩人で長年演劇活動に携わってきた中里友豪さんの出演作に演劇集団「創造」の2014年公演「でいご村から」がある。沖縄戦で深い傷を負った沖縄本島北部の集落が舞台。中里さんは「創造」の創設メンバーの一人だった

沖縄戦の記憶をどう継承するかを問う劇だった。学校長役を演じた中里さんは公演パンフレットで「忘れていけないものを忘れていないか」と記している。時代と向き合い、言葉を紡いだ詩人が亡くなった

▼「琉大文学」同人で、宮森小米軍ジェット機墜落事故を取材した作品「恐怖と血の代償」を残した。子どもの命を奪った墜落機から操縦者がパラシュートで脱出していた。詩人は悲痛な叫びを刻す。「われわれには、パラシュートはない!

身の危険から逃れる術(すべ)がない。宮森小の事故現場だけでなく、沖縄中が危機と隣り合わせにあった。米統治下で県民の多くが出口のない閉塞(へいそく)感にさいなまれていたのではないか

▼県民は「祖国」に光明を見いだし、復帰を求めた。しかし、宮森小の事故で米軍を糾弾した詩人は「責任は本土政府にもある」と書くことを忘れなかった

▼太平洋戦争の末期、日本は沖縄を捨て石にし、サンフランシスコ講和条約で米国に差し出した。「屈辱の日」の4・28から69年。今も続く閉塞感の中で県民は自問する。「われわれにパラシュートはあるのか
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コメント
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●《そんなふうに静かに始める抵抗にこそ、人々を変える力があるのかもしれない》(北原みのりさん)――― 辺野古破壊と《人柱》

2021年03月30日 00時00分59秒 | Weblog

[※ 辺野古は破壊「損」 【米軍飛行場の移設先として工事が進む沖縄県名護市の海岸】(東京新聞 2020年4月3日)↑]


 / (20210327[])
沖縄タイムスの【社説[「南部土砂」反対広がる]沖縄戦認識の試金石に】(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/726320)。
北原みのりさんによる、dot.のコラム【「涙出た」目覚めると頭上に「総理官邸前」の標識 1人でハンストの女性が見た景色とは】(https://dot.asahi.com/dot/2021032400022.html)。
山口哲人記者による、東京新聞の【遺骨眠る土を基地に使うな 官邸前でハンスト中 沖縄の女性が辺野古新基地計画に抗議】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/93920)。

 《菅義偉首相は「ご遺骨に配慮した上で土砂の採取が行える」と容認の姿勢を崩していない。官房長官時代に翁長雄志前知事との会談で「私は戦後生まれなので、沖縄の置かれた歴史については分からない」と述べ、翁長氏の言葉を受け止めようとしなかったことを思い出す。首相は沖縄戦についてどのような認識を持っているのか国会で歴史観を語るべきだ。歴史を顧みていかに学び取るかが政治家の仕事である。山中貞則氏や野中広務氏ら戦争を知る自民党の重鎮が健在だったら、この問題にどう反応しただろうか》。
 《辺野古新基地建設の埋め立てに、多くの遺骨が埋もれている南部地域の土が使われることに抗議し、沖縄戦遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんが3月1日から6日間のハンストを決行した。驚いたのは、具志堅さんがハンストを終えてすぐ、東京に暮らすウチナーンチュ(沖縄人)の女性が具志堅さんに連帯しハンストをはじめたことだ。それもたった一人、永田町の首相官邸前でだ。金武(きん)美加代さん、1973年生まれ、宜野湾市出身、祖父母は沖縄戦のサバイバーだ。「激励しに行こう」と友だちに誘われ、私が女友だち数人と首相官邸前に行ったのは3月21日、嵐の日だった。ハンストは14日目に入っていた》。
 《米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設に沖縄本島南部の土砂を使う防衛省の計画に抗議し、宜野湾市出身の内装業金武(きん)美加代さん(47)=東京都世田谷区=が首相官邸前でハンガーストライキを行っている。31日まで続ける予定。土砂問題は、すぐそばの国会でも議論された》。

 出来もしない新基地のために犠牲となる破壊「損」な辺野古。普天間が返還されることもない、踏んだり蹴ったりな辺野古。これを進めてきたのはアベ様と元・最低の官房長官=カースー首相だ。そしてここ数カ月で、トンデモないヒトデナシな行為が進められている。《人柱》をやろうというのだ…。《歴史を顧みていかに学び取るかが政治家の仕事である》はずなのに、このお二人や自公お維議員らは何も学ぼうとはしていないし、知った上でやっているのなら、それこそ、ヒトデナシ。《歴史を見ない首相に、遺骨のために座るこの声は届くのだろうか》。

   『●《埋め立てに使う土砂を、沖縄戦の激戦地だった沖縄本島南部から
      採取することが新たに盛り込まれた…「戦没者に対する冒とくです」》
   『●《戦争で亡くなった人の血や肉が染みこんだ土や石を、新たな軍事基地
      建設に使用するのは人間のやることじゃない》…《人柱》でいいのか?
   『●《人柱》…《「助けてぃくみそーれー!」…この言葉が1945年、
     島中の至る所で地中に滲み込むほどに叫ばれていた》(三上智恵さん)

 こんな政府や与党国会議員のヒトデナシ行為に対して《意見が一致せず》?? こんな沖縄野党県議を選んでいていいのか?
 【遺骨残る土砂の使用反対…意見書案は見送り 沖縄県議会、具志堅氏ら招致へ】(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/726353)によると、《沖縄県議会の土木環境委員会(瑞慶覧功委員長)は23日、沖縄本島南部からの土砂採取問題を巡り、遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表と、糸満市米須で鉱山採掘計画を提出した業者を参考人招致することを決めた。委員長が提案する予定だった遺骨を含む可能性がある土砂を米軍基地建設に使用しないよう政府に求める意見書案意見が一致せず見送った。…与党は遺骨の混入した土砂の基地建設への使用反対では与野党が一致している点を強調。県内市町村でも同様の意見書が相次いで可決されているとし、委員会での意見書採択を求めた。一方、野党や中立は調査を尽くした上で判断すべきだと主張。県議会に陳情を出した具志堅代表と業者の参考人招致、委員会として市米須の鉱山の視察を要求し、全会一致で決まった。…ただ野党・中立は参考人招致と現場視察が優先だと指摘。招致などがずれ込めば、会期最終日の30日に間に合わない可能性もある》。
 出来もしない新基地にドブガネし、今日も大量の土砂をぶちまけ続けている…辺野古は破壊「損」。《人柱》…しかもヒトデナシぶりが酷過ぎる。

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https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/726320

社説[「南部土砂」反対広がる]沖縄戦認識の試金石に
2021年3月24日 07:16

 沖縄戦の戦没者の遺骨を含む可能性がある土砂を、埋め立てに使うことは認められない。その意思表示が県内の議会で広がっている。

 少なくとも9市町村議会が月内に、埋め立てに使用しないよう政府に求める意見書を可決する見通しだ。県議会を含め、提案へ調整を続けている議会もある。大きな動きだ。

 既に可決した那覇市議会は、激戦地だった本島南部地域では戦没者の遺骨収集が戦後76年たった今も続いている、と指摘し、土砂使用の断念を求めている。

 南城市議会は「激戦地の南部地区から採取した遺骨混入土砂が、普天間代替施設の埋め立てに使われることは人道上許されない」と新基地建設との関わりを明記した。

 相次ぐ意見書可決は、沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松さんの訴えに端を発した。

 新基地建設工事は軟弱地盤の改良のため、当初の予定を大幅に上回る大量の埋め立て用土砂(岩ズリ)が必要になった。その調達先に激戦地だった糸満市と八重瀬町も含む計画が判明した。

 「戦没者の骨が混じり血が染み込んだ土砂を新基地で使うのは人道上許されない」。具志堅さんの訴えが県民の共感を広げ、各地の議会を動かしたのである。

 戦没者遺骨収集推進法は遺骨収集を「国の責務」と定め、2024年度までを集中実施期間に位置付ける。にもかかわらず土砂採取を優先させようとする政府の対応は県民の心を踏みにじるもので、受け入れられない

■    ■

 沖縄戦では日本軍が本土を守るための持久戦で南部撤退を決行した結果、住民が巻き込まれ本島南部ではとりわけ多大な犠牲者を出した。

 戦後に収集されたものの、残った遺骨は少なくない。南部一帯は今も祈りの地だ。

 だからこそ具志堅さんが抗議の意思を示したハンガーストライキの場には、沖縄戦体験者ら多くの賛同者が訪れ思いを共有した。新基地建設を容認する自民党県連さえ、沖縄防衛局へ「県民感情に深く配慮」するよう求めたのだ。

 沖縄戦体験者は年々少なくなり、やがて誰もいなくなる「ポスト体験時代」が現実味を帯びる。沖縄戦の社会的記憶を風化させてはならない。体験者が急激に減少していく中で次世代への継承は急務であり、戦没者が眠る祈りの地をどう守っていくのか、全ての県民が試される場面だ。

■    ■

 菅義偉首相は「ご遺骨に配慮した上で土砂の採取が行える」と容認の姿勢を崩していない。官房長官時代に翁長雄志前知事との会談で「私は戦後生まれなので、沖縄の置かれた歴史については分からない」と述べ、翁長氏の言葉を受け止めようとしなかったことを思い出す。

 首相は沖縄戦についてどのような認識を持っているのか国会で歴史観を語るべきだ。

 歴史を顧みていかに学び取るかが政治家の仕事である。山中貞則氏や野中広務氏ら戦争を知る自民党の重鎮が健在だったら、この問題にどう反応しただろうか
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https://dot.asahi.com/dot/2021032400022.html

「涙出た」目覚めると頭上に「総理官邸前」の標識 1人でハンストの女性が見た景色とは 
連載「おんなの話はありがたい」
北原みのり 2021.3.24 16:00

     (金武美加代さん(提供))
     (夜の官邸前の様子(提供))

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、官邸前でハンガーストライキを決行した一人の女性について。北原さんは先日、友人らに誘われて激励に行ったという。

     (【写真】周囲の様子は?たった一人のハンガーストライキ)

*   *  *

 沖縄では、戦争で亡くなった人々の遺骨が今も見つかるという。県民の4人に1人が亡くなった沖縄戦、76年後の今年2月末から3月初めにかけても糸満市で8柱の遺骨が収集された。そのうちの2柱は幼い子どもとみられる。

 辺野古新基地建設の埋め立てに、多くの遺骨が埋もれている南部地域の土が使われることに抗議し、沖縄戦遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんが3月1日から6日間のハンストを決行した。驚いたのは、具志堅さんがハンストを終えてすぐ、東京に暮らすウチナーンチュ(沖縄人)の女性が具志堅さんに連帯しハンストをはじめたことだ。それもたった一人、永田町の首相官邸前でだ。金武(きん)美加代さん、1973年生まれ、宜野湾市出身、祖父母は沖縄戦のサバイバーだ。

 「激励しに行こう」と友だちに誘われ、私が女友だち数人と首相官邸前に行ったのは3月21日、嵐の日だった。ハンストは14日目に入っていた。ゴアテックスに身を包み、沖縄の塩をなめ、水を口にふくみ、時にたばこを吸う一日、一日、一日の積みかさね。文字通り雨の日も風の日も、強く照る日も、夜は8時には寝袋の中に潜り、朝は6時ごろに目を覚ます。トイレは近くの国会記者会館を借り、支援者が携帯の充電や下着の替えなどのサポートをし、賛同者の医師が定期的に診にくる。ハンストの過酷さは想像を絶するが、良い仲間に囲まれているからか、金武さんに悲壮感はなく、声に強い張りがあった。むしろ私のほうが無意味に悲壮感をまとっていたかもしれない。ハンストという命がけの行為に出た人にどう向き合えばいいのか構えていたのだと思う。結果的にそれは無駄な心配だった。私たちには話すことが、たくさんあったのだ。

 ハンストの初日の夜が明けて目がさめると、金武さんの目に真っ先に飛び込んできたのは、頭上にある「総理官邸前」というものものしい標識だったという。「涙出た」と金武さんは笑いながら話してくれた。

 「なんでこんなところで寝ているんだろう。ロンドンに留学して、自由になって、さぁこれから日本で生きてこうって思って帰ってきたら、この国のとんでもないミソジニーに驚いた。Femaleとして生きていくために闘ってたら、気がついたら、今、ここ官邸前だよ?」

 その言い方があまりにおかしくて、私も涙出そうになりながら大声で笑ってしまう。わかる、わかる、私もこんな雨の夜に、首相官邸前でハンストするウチナーンチュと語りあう人生は想定していなかった。私ももっと楽に生きられると思っていた。先を生きる女性たちが耕してくれた道の真ん中を、軽やかに歩くつもりだったのに、気がついたら路上で石をどかしたり、道路拡張のためにヘルメット被って毎日工事し続けたりしているような気分だよ。

 “沖縄問題”といわれるものは“女性問題”と同様、差別の話だ。沖縄はあとまわし、女性はあとまわし、沖縄は声に入らない、女性の声は必要ない、空気のようにあたりまえにある差別を私たちは生きてきた。金武さんは「私はウチナーンチュであり、LGBTQであり、Femaleであり、障害をもったもの」と自身を表現している。そしてそのアイデンティティーで生きるには、ここはあまりに厳しい。

 金武さんは高校時代にレズビアンであることをカミングアウトし、そのことで排除された。生きぬくために90年代にロンドンに留学しデザインを学び、日本の外に出なければ見えない景色、得られない自由、深い自尊心を十分に手に入れ2000年代に帰国した。ところが時代はバックラッシュで強烈なミソジニー。経済は低迷し、女性が一人で生きていくのはやさしいことではなかった。さらに沖縄差別は基地をめぐり年々あからさまになっていく。

 話を聞きながら空を見上げれば、雨上がりの湿った夜の空気のなか、「総理官邸前」と記された信号機がぼんやり赤い光を放っている。この国の首相公邸(官邸の隣にある)は、もう何年も主が暮らしていないもぬけの殻。なぜ、こんなもぬけの殻に、私たちは振り回されているんだろう。

 途中、金武さんがトイレに行くというので、女友だちと「総理官邸前」信号下で立ち話をしていた。するとそばにずっと立っていた警察官が近づいてきて「知り合いですか?」と聞いてきた。私たちは顔を見合わせ警戒しながら、「ええ、知り合いです(けど、なにか?! のニュアンスを入れて)」と返すと、20代と思われるその警察官はほっとしたようにほほ笑み、「ありがとうございます」と言ったのだった。「来てくれて、ありがとう」という思いが伝わる言い方だった。若い警察官も、このもぬけの殻がおかしいと思っているのかもしれない。金武さんのハンストは、メディアに大きくアピールをすることなく、ただ一人、ボストンバッグ一つで首相官邸前に来て、近くにいた警察官たちに「しばらくここにいますのでよろしく」と挨拶をして始めたのだというそんなふうに静かに始める抵抗にこそ、人々を変える力があるのかもしれない

 朝はどんな景色なの?と聞くと、目の前をざくざくざくと無数の官僚たちが目の前を通り過ぎていくという。官僚とも話す?と聞くと、誰も立ち止まらないという。でも数日前、下を向いたまま目を合わせず、それでもはっきりと「お疲れ様です」と言って通り過ぎたスーツ姿の人がいたという。官僚の中にもそういう人が、いるのだ

 静かな夜、首相官邸前。そういえばここの主は官房長官時代の2015年、故・翁長雄志沖縄県知事に「私は戦後生まれなので、歴史をもちだされても困る」と言ったのだった。歴史を見ない首相に、遺骨のために座るこの声は届くのだろうか。故・翁長知事は「イデオロギーよりアイデンティティー」と、沖縄の声を一つにした。沖縄の基地問題は、アイデンティティーの闘いなのだ。だからこそ、私は沖縄の人と共闘したいのだと思う。女であること、沖縄人であること、レズビアンであること、それはイデオロギー以前の、私たちの命の声なのだ。

 金武美加代さんのハンストはまだしばらく続くという。静かに始まった静かな闘いに、私たちがどう応えるかが問われているのだと思う。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
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https://www.tokyo-np.co.jp/article/93920

遺骨眠る土を基地に使うな 官邸前でハンスト中 沖縄の女性が辺野古新基地計画に抗議
2021年3月26日 11時29分

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設に沖縄本島南部の土砂を使う防衛省の計画に抗議し、宜野湾市出身の内装業金武美加代さん(47)=東京都世田谷区=が首相官邸前でハンガーストライキを行っている。31日まで続ける予定。土砂問題は、すぐそばの国会でも議論された。

     (辺野古新基地建設に遺骨混入の恐れある土砂を使うことに
      首相官邸前でハンスト抗議をする金武美加代さん
      =いずれも25日、東京・永田町で)

◆「本土にも熱を伝えたい」

 本島南部は米軍に住民や日本兵が追い込まれた激戦地で、戦没者の遺骨が今も多く残る。防衛省は本島北部や県外などで調達した土砂で辺野古沿岸部を埋め立てる予定だったが、昨年4月に計画を変更。収骨が続く南部の糸満市と八重瀬町を追加した。遺骨まじりの土砂が埋め立てに使われる懸念が強まっている。

 遺骨収集に取り組むボランティア団体の具志堅隆松代表らは反発し、土砂採取中止を求め、今月1~6日まで沖縄県庁前でハンストを断行。金武さんは「ウチナーンチュ(沖縄の人)として本土にも熱を伝えなければ」とバトンを継いだ

     (金武美加代さん)


◆開始から2週間

 金武さんは普天間飛行場のすぐ近くで育ち、米軍機の騒音被害に悩まされた。金武さんの祖母らは沖縄戦で、住民の亡きがらを踏み越え逃げ惑った。戦没者の血と涙が染みた土砂を基地建設に使うのは「人間のやることではない」と憤る

 金武さんは「本土の人たちも、遠い島での出来事と思わず、沖縄の現状に目を向けてほしい」と話す。ハンスト開始から2週間が過ぎ体力は消耗しているが、医師の指導で水と塩分、糖分は補給している。


◆国会でも議論

 土砂問題は、今週の国会でも議論された。立憲民主党の白真勲氏が24日の参院本会議で、南部で調達しないよう求め、岸信夫防衛相は「遺骨の問題は大変重要でそれを踏まえて検討する」と答弁した。

 立民の川田龍平氏は参院厚生労働委員会で、遺骨収集を所管する厚労省に、土砂の採取地から南部地域を除外するよう、防衛省への働き掛けを要請。田村憲久厚労相は「防衛省のことなのでコメントを控える」と答えた。 (山口哲人
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●翁長雄志前沖縄県知事急逝から1年: イジメられている沖縄側に辺野古破壊阻止の道筋を《見通せ》というのか?

2019年08月11日 00時00分23秒 | Weblog

【電子号外】有権者4分の1超確実 県民投票 知事、日米通知へ (琉球新報 2019年2月24日)↑]



沖縄タイムスの【社説[翁長氏急逝から1年]屈しない姿勢 次世代に】(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/455820)。
東京新聞の記事【「反辺野古」翁長氏なお影響 死去から1年、問われる具体策】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/CK2019080902000141.html)。

 《文字通り命を削るように新基地反対を貫き、沖縄の自治と民主主義を守るため政府と対峙し続けた。日米両政府によるさまざまな圧力にも屈しなかった姿勢は、県民の脳裏に深く刻まれている》。
 《県政界への影響力は今もなお残るが、目指した辺野古移設阻止の道筋は見通せない》。

 《折れない、言うことをきかない翁長知事に対し、安倍政権が陰湿ないじめ、報復》…今も、《脳裏に深く刻まれている》。今日も、辺野古では、大量の土砂をぶちまけ、ドブガネしつつ、破壊の限りを尽くしている。

   『●翁長雄志知事亡くなる…「折れない、言うことをきかない
            翁長知事に対し、安倍政権が陰湿ないじめ、報復」
   『●翁長雄志さん「保守は保守でも自分は沖縄の保守。
        本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖

 沖縄タイムスの記事【「魂の飢餓感」は今も…翁長前知事の死去から1年 残した「言葉」に再び脚光】(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/455767)によると、《翁長雄志前沖縄県知事…死去して、8日で1年になる。その11日前に表明した名護市辺野古の新基地建設に伴う埋め立て承認の撤回で一時的に工事は止まったものの、撤回の効力は取り消され、工事が進んだ。県が国を提訴するなど、争いは続いている》。
 琉球新報のコラム【<金口木舌>沖縄の保守とは】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-968168.html)によると、《▼米軍の運用の壁に自治権が発揮できないのは、残念ながら今も変わらない。前知事の翁長雄志氏もこの壁にぶち当たった。政府、米軍と対峙する中、志半ばで翁長氏が急死して今日で1年になる ▼翁長氏は生前、本土との関係について「子どもの沖縄が、親の本土に近づいていっても邪険にされる。ままこ扱いされる」と語っていた。片思いだったが、本土への熱い思いは持ち続けていた。見放さないでくれ、と ▼翁長氏の提案を契機に全国知事会で採択された日米地位協定の抜本的見直しの提言は今年の会議でも、玉城デニー知事によって連携が再確認された。翁長氏が本土に問うてきたことは、今も引き継がれている》。
 《保守は保守でも自分は沖縄の保守》。

   『●「日米地位協定が米軍に“特権”を与えているからだ。
      「半分主権国家」…編集者で作家の矢部宏治氏」
   『●日米地位協定では《受け入れ側》ニッポンの 
      《国内法を米軍に適用している》のか? 沖縄はニッポンでは?
   『●番犬様との地位協定…《何のたがもはめず、 
       米軍のやりたい放題を許している》ニッポン、主権は何処に?
   『●安仁屋眞昭さん《沖縄では民意よりも米軍が優先。
       沖縄の戦後は終わっていない》…何度事故・事件が起きようとも
   『●<金口木舌>《よほど国策ごり押しの現場を
      見せたくないらしい。それこそ基地隠蔽》、辺野古破壊隠蔽
   『●《報道機関への圧力やどう喝…タイムスには個別に
       「情報源を明かせ」》とまで…《脅しに屈してはならない》
   『●新海聡氏《法制度の趣旨をねじ曲げ、都合の悪い情報は
       出さないという辺野古工事の治外法権ぶりを象徴した対応だ》
    《★17年に札幌で開かれた全国知事会。亡くなった沖縄県知事・翁長雄志
     要望を受け、また知事会が設置した
     「全国知事会米軍基地負担に関する研究会」の結果に基づき、
     日米地位協定の抜本改定を含む「米軍基地負担に関する提言」を
     全会一致で採択した》

   『●山本太郎さん「(法案に)賛成する者は、2度と『保守』と名乗るな!。
                             保守と名乗るな、『保身』だ!」
   『●《ルールを守》っていない代表格は、民主主義を破壊する
                「選挙妨害を暴力団に発注する」人・アベ様

 山本太郎さんは「2度と『保守』と名乗るな!。…『保身』だ!」と、国会で、叫びました。
 「そして今、アベ様や最低の官房長官らは、沖縄でもデタラメを繰り広げている。一方、故《翁長雄志さん「保守は保守でも自分は沖縄の保守。本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖》だった。どこぞの《保身》ならぬ「ホシュ」とは大違いだった。《まっとうな保守政治家は野党にいた》、そして沖縄にも」。

 引用いさせて頂いた東京新聞の記事によると、《辺野古の新基地建設反対を掲げ、国と対峙した翁長雄志前知事の死去から八日で一年。翁長氏を結節点に、辺野古反対で保守と革新が集結する「オール沖縄」が支援した候補は、知事選や国政選で政権与党側候補を相次ぎ破った。県政界への影響力は今もなお残るが、目指した辺野古移設阻止の道筋は見通せない》。
 《道筋は見通せない》…? 醜悪な辺野古とカネイジメられている側に見通せというのか? イジメられている側が具体策問われなければいけないのか? 《玉城氏は翁長路線の継承者として、具体的な成果こそが問われる》…「本土」は他人事で良いのか? 《埋め立ては阻止できていないし、普天間の返還も進まない。玉城氏は翁長路線の継承者として、具体的な成果こそが問われる》って、イジメられている側の問題なのですか? デタラメなイジメを行っている側の問題だ、と思いますがね。イジメル側の論理

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https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/455820

社説[翁長氏急逝から1年]屈しない姿勢 次世代に
2019年8月8日 07:30

 翁長雄志前知事が膵臓(すいぞう)がんで急逝してから8日で1年となる。

 文字通り命を削るように新基地反対を貫き、沖縄の自治と民主主義を守るため政府と対峙(たいじ)し続けた。日米両政府によるさまざまな圧力にも屈しなかった姿勢は、県民の脳裏に深く刻まれている

 「新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません

 亡くなる直前、慰霊の日の全戦没者追悼式で帽子を脱ぎ、安倍晋三首相を前に声を振り絞り平和宣言を読み上げた姿が今でも思い起こされる。「民意」を背に、政府に新基地反対を訴え続けた

 翁長氏は2014年の知事選で、辺野古移設容認の現職知事に10万票近い大差をつけ当選した。基地を挟み分断された従来の政治から「辺野古に新たな基地を造らせない」という一点で保守と革新陣営を結びつけたのだ。「イデオロギーよりアイデンティティー」と訴え共感が広がった。

 普天間問題とは何か。菅義偉官房長官との協議でこう強調している。

 「(米軍が戦争で)自ら奪っておいて、今や世界一危険だから、また沖縄で(新基地を)差しだせというのは、日本の政治の堕落ではないか」

 分かりやすい言葉と胸に響くメッセージで基地に苦しむ県民の気持ちを代弁した。

 権力に屈しないその姿勢は若者の行動にも影響を与えた。若者が中心になった運動でことし2月の県民投票にこぎつけた。辺野古埋め立て工事に7割以上が反対し日米両政府にノーを突きつけた。

    ■    ■

 翁長氏が育てた保革を超えた「オール沖縄」は、沖縄の政治の新たな枠組みを作り上げた。翁長氏亡き後、一部企業グループは離脱したものの玉城デニー知事誕生以降、那覇、豊見城両市、衆院3区補選、参院選挙と5連勝するなど存在感を示し続けている。

 だが政府は辺野古沿岸に土砂を投入、新たな護岸を建設するなど、県の中止要請を無視し工事を強行している。

 玉城知事は7日、埋め立て承認撤回を取り消した国交相の裁決は違法とする抗告訴訟を起こすなど法廷闘争で対抗するが、現時点で政府への有効な対応策を打ち出せていない。翁長氏から引き継いだ政治的意思をどう具現化していくか大きな課題を背負う。今後は在沖海兵隊の再編計画を検証する米国議会へ早期に沖縄の声を発信するなど一層の働きかけが必要だ。

    ■    ■

 「一体、沖縄が日本に甘えているんですか。日本が沖縄に甘えているんですか」

 翁長氏は日本政府の辺野古が唯一とする対応本土全体の無関心、無理解をこう批判してきた。「普天間の危険性の除去」は一日も早く実現しなければならない。しかし、県内移設にこだわれば、新基地の完成も見通せず、普天間の返還は遠のく。尊厳と誇りを傷つけられたと感じる県民の魂の飢餓感が癒やされることはないだろう

 翁長氏の重い告発にどう応えるのか。歴史を踏まえた日本政府の沖縄への向き合い方が問われている
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https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/CK2019080902000141.html

「反辺野古」翁長氏なお影響 死去から1年、問われる具体策
2019年8月9日 朝刊

     (最後となった記者会見で、辺野古沿岸部の埋め立て承認撤回方針を
      表明した沖縄県の翁長雄志前知事=2018年7月27日、県庁で)

 米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の移設に伴う名護市辺野古(へのこ)の新基地建設反対を掲げ、国と対峙(たいじ)した翁長雄志(おながたけし)前知事の死去から八日で一年。翁長氏を結節点に、辺野古反対で保守と革新が集結する「オール沖縄」が支援した候補は、知事選や国政選で政権与党側候補を相次ぎ破った。県政界への影響力は今もなお残るが、目指した辺野古移設阻止の道筋は見通せない

 「翁長氏は、平和で豊かな誇りある沖縄を(目指す)と、一生懸命訴えてきた」。七月の参院選沖縄選挙区でオール沖縄の支援を受け初当選した高良鉄美(たからてつみ)氏は、街頭演説で呼び掛けた。選対幹部は「演説では、翁長氏の名前を必ず口にするよう指示した」と明かす。

 この一年、後継となった玉城(たまき)デニー氏が当選した昨年九月の知事選や、四月の衆院3区補欠選挙、七月の参院選沖縄選挙区と、オール沖縄は同様の戦術で臨んだ。

 「イデオロギーよりアイデンティティー」。「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー沖縄人を見くびってはいけませんよ)」。県幹部は、翁長氏が生前に残した数々の言葉は「血を吐くような民族の叫びで、多くの県民の心を一つにした」と評価する。

 一方で、辺野古移設を容認し、オール沖縄と対決する自民党県連は、選挙戦で名指しの翁長氏批判は控えた。県連関係者は「県民は、命懸けで沖縄のために政府と戦った知事というイメージを持っている。戦いづらかった」と打ち明ける。

 衆院解散・総選挙がない場合、沖縄の次の政治決戦は来年夏にも予定される県議選となる。県政与党であるオール沖縄の勢力が過半数を維持できるかどうかが焦点で、玉城氏にとっては「中間審判」の位置付けだ。

 ただ、この一年の間に辺野古沿岸部では土砂投入が始まり、埋め立ては今も進む。工事を止める有力な手だては見当たらず、辺野古反対派の焦りは募る。玉城氏周辺も「これまでの県政運営は、合格点だとは思っていない」と認める。

 県政与党幹部は「いつまでも翁長氏頼みではいけない」と自戒する。「埋め立ては阻止できていないし、普天間の返還も進まない。玉城氏は翁長路線の継承者として、具体的な成果こそが問われる」と厳しい見方だ。
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●《琉球アイデンティティー》が失われる危機…日本会議系バリタカ派自公お維候補に投票しては絶対にダメ!

2018年08月29日 00時00分02秒 | Weblog

[※ 《#ケチって火炎瓶 》「選挙妨害を暴力団に発注した方は、素直に挙手願います!東京新聞2018年8月27日)↑]



東京新聞の豊田洋一論説委員のコラム【【私説・論説室から】琉球アイデンティティー】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2018082702000158.html)。

 《先日亡くなった翁長雄志知事が沖縄のアイデンティティーを強調していたのも、独立国家として独自の文化を育んだ誇りと、過重な負担への反発から発しているのだろう。九月の沖縄県知事選では、名護市辺野古への米軍基地新設の是非が最大争点になるとみられるが、国家の安全保障のためにアイデンティティーを踏みにじるようなことはやめるべきだ。地域の歴史や文化の独自性や多様性を認め合う社会でありたい。 (豊田洋一)》

   『●宜野湾市長選: 直近の沖縄主要選挙で5連敗目をアベ様に
    《【園児が教育勅語を唱和…宜野湾市長が出席した大会の異様】…現職で
     与党推薦の佐喜真淳氏(51)の再選を阻めば辺野古移設の歯止めになる
     ことから、全国的な注目度も高い。もっとも、それ以前にこんな人物
     再選したら、宜野湾市民は常識を疑われることになりそうだ
     佐喜真市長が日本会議のメンバーかどうかは知らないが、
     善悪の判断がつかない園児に教育勅語を暗唱させ、一斉唱和させる
     なんて戦前そのものではないか

   『●翁長雄志知事亡くなる…「折れない、言うことをきかない
           翁長知事に対し、安倍政権が陰湿ないじめ、報復」
    「翁長さんの《うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー》の叫びが
     忘れられない」

   『●翁長雄志さん「那覇市長として…東京のど真ん中で体感した
                 むき出しの沖縄差別に「衝撃を受けた」という」
    「アベ様の取巻き連中による様々な沖縄イジメ・沖縄ヘイトを含め、
     《安倍政権が陰湿ないじめ、報復》に対しても、《折れない、
     言うことをきかない翁長知事》は、真の意味での沖縄の市民の立場に立つ、
     真の保守政治家だった」

   『●翁長雄志さん「保守は保守でも自分は沖縄の保守。
       本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖
   『●沖縄を分断・破壊し尽すような日本会議系・  
      自公系候補者では絶対にダメ! 玉城デニーさんを沖縄知事に!
   『●日本会議系バリタカ派知事など絶対にダメ!…
       「死してなお曲げられない正義というものを教えてもらった」
   『●《やまと社会への同化…
       「同化は差別する側に移るだけで、差別自体はなくならない」》

 AERAdot.のコラム【古賀茂明「沖縄県知事選 新潟と名護の敗北を教訓に左翼色払拭と経済界支持がカギ」】(https://dot.asahi.com/dot/2018082600008.html)によると、《自民・公明両党は、既に、前宜野湾市長の佐喜真淳氏を推薦することを決定し、さらに日本維新の会にも推薦を依頼している。これで知事選は、自公(維)の佐喜真氏とオール沖縄が推す玉城氏の一騎打ちになることがほぼ確実となった》。
 2018年9月沖縄知事選、日本会議系バリタカ派自公お維候補に投票しては絶対にダメ! 玉城デニーさんガンバレ! 宜野湾市長選名護市長選失敗を繰り返してはいけません
 新潟県知事選名護市長選悲劇のような事だけは避けたい。その後の経過を、是非、確認してほしいです。

   『●新潟県知事選: 「中央の紐付き忖度官僚候補
       VS再稼働反対の民意に寄り添う県議候補」という与野党激突
   『●花角英世新潟県新知事…「柳瀬氏同様、
      安倍政権下で出世してきた元官僚」…女性差別発言隠蔽は体質の体現
   『●今頃ようやく福島第二原発の廃炉を決断、
      一方、「あとは野となれ山となれ」な玄海原発4号機の再稼働…
   『●「事実無根のデマ」…「もしこれが立件されれば、
       長谷川氏逮捕や花角新知事辞任の事態もありうるだろう」

   『●新潟《県民の多数は再稼働を拒絶》なので、
       再稼働反対派の少なからずの方々が…「騙されることの責任」
   『●アベ様は「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、
           基地負担の軽減に全力を尽くす」…って、はぁ?

   『●稲嶺進さんの「この8年の実績と誠実な姿勢は、
       多くの市民が認めている」(目取真俊さんのブログ)

   『●名護市長選後の「アメとムチ」…勝たせてはいけなかった新市長と
                 負けさせてはいけなかった稲嶺進さん

   『●「米軍再編交付金を政府は再開…。なんじゃそりゃ。
         あんたは鳥取城を兵糧攻めで落とした秀吉か!」
    「《札束の力で自治体をねじ伏せ、住民を分断させる恫喝(どうかつ)政治
     これ、民主主義なんですか》? 勝たせてはいけなかったのに…
     大変に残念だった名護市長選の結果。「アメとムチ」の露骨なサツタバ
     恫喝政治…。ニッポンに…、少なくとも沖縄に民主主義は無い。
       《それでも名護市は交付金に頼らない行政を貫いて、全学校への
     冷房設置や校舎の耐震化、小中学生の医療費無料化まで実現させた》…
     負けさせてはいけなかった」

   『●速攻辞任…県民の命は政局の取引材料ではない。
          政府が真剣かどうかは、選挙後に分かる。(阿部岳)
   『●横田一さん名護市長選ルポ:
     「詐欺集団の安倍自民党が“フェイク演説”で市長ポストを騙し取った──」

   『●最低の官房長官のフェイク言説「基地容認の民意」は「架空の代物」
                      …それに悪乗りするアベ様広報紙
   『●決裁文書書き換えという犯罪…「最低の官房長官」が
       沖縄に向けて言い放った「法治国家」を取り返さねば
   『●辺野古高江裁判とヒラメ…《「人権のとりで」としての
        司法がその役割を果たさず、行政と一体化すれば…》
   『●名護市長選後の「アメとムチ」…勝たせてはいけなかった
             新市長と負けさせてはいけなかった稲嶺進さん

 《翁長氏の政治信条は「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティー」の言葉に象徴されていた》(東京新聞【【社説】翁長知事死去 沖縄の訴えに思いを】)。その《琉球アイデンティティー》が失われることがあってはなりません。日本会議系バリタカ派自公お維候補に投票しては絶対にダメ! 「選挙妨害を暴力団に発注する」アベ様や最低の官房長官の思い通りにしては、永久に沖縄での《基地負担の軽減》はあり得ません。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2018082702000158.html

【私説・論説室から】
琉球アイデンティティー
2018年8月27日

 東京・六本木のサントリー美術館で開かれている「琉球 美の宝庫」を見た。海上交易で日本や中国、東南アジアの文化が交じり合って生まれた独自の美。紅型(びんがた)などの染織や絵画、漆の工芸は至宝といってもいい。

 今では県の一つだが、沖縄には日本とは別の国家だった歴史がある。十五世紀の統一で生まれた琉球国は、江戸期の薩摩藩による侵攻後も明治政府の琉球処分まで四百年以上、存在した独立国だ。数々の美術品は琉球国がこの地に存在したことの確かな証しだろう。

 琉球は日本の国家に組み入れられてから、苦難の連続だった。太平洋戦争では大規模な地上戦の舞台となり、当時の県民の三分の一が犠牲になったとされる。琉球の美術品も多くが失われた。戦後は本土から切り離され、苛烈な米軍統治下に置かれた施政権の日本への返還後も、在日米軍専用施設の70%という重い基地負担を強いられている。

 先日亡くなった翁長雄志知事が沖縄のアイデンティティーを強調していたのも、独立国家として独自の文化を育んだ誇りと、過重な負担への反発から発しているのだろう。

 九月の沖縄県知事選では、名護市辺野古への米軍基地新設の是非が最大争点になるとみられるが、国家の安全保障のためにアイデンティティーを踏みにじるようなことはやめるべきだ。地域の歴史や文化の独自性や多様性を認め合う社会でありたい。 (豊田洋一
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●翁長雄志さん「保守は保守でも自分は沖縄の保守。本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖

2018年08月12日 00時00分40秒 | Weblog


2年前のリテラの伊勢崎馨氏による記事【万策尽きたら夫婦二人で辺野古に座り込む! 翁長知事の妻が基地反対の思いを告白、知事は「殺されても…」とも】(http://lite-ra.com/2016/01/post-1874.html)。
東京新聞の社説【翁長知事死去 沖縄の訴えに思いを】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018081002000150.html)と、
コラム【筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018081002000148.html)。
日刊スポーツのコラム【政界地獄耳/立場の違う人たちからの敬意】(https://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/201808100000235.html)。

 《こうした妻や沖縄県民の思いの一方、安倍政権の翁長知事いじめ、訴訟など強行姿勢はますます苛烈さを加速…翁長知事夫妻が基地前に座り込むような「万策尽きた」事態になる前に、私たちの手で安倍政権の横暴を食い止めなければならない》。
 《沖縄の保守政治家として、なぜ保革の垣根を越えた「オール沖縄」を率いて安倍政権と真っ向対決してきたのか。…そうした差別的構造の打破には保守も革新もなく、民意を結集して当たるしかない、オール沖縄とはそんな思いだったのだろう。言い換えれば、沖縄のことは沖縄が決めるという「自己決定権」の行使だ。翁長氏は二〇一五年に国連人権理事会で演説し、辺野古の現状について「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている」と、世界に向け訴えた…「保守は保守でも自分は沖縄の保守本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖でもあったという》。
 《<政治的に死んでも肉体的に滅んでも、沖縄を代表して言いたいことを言おう>。そう決意したという…選挙のたびに、米軍基地の是非を巡って、沖縄の人同士が、激しく対立する光景も、くり返し見ている。政治家としての原点だろう…▼道半ばではある。が、決意の通り、沖縄のために最後まで戦い抜いた人だった》。
 《権力と戦うと一口で言うが、時の政権中枢や米国の安全保障戦略を向こうに回して県民を守ろうとするのだから大変なことだ。知事は元来自民党沖縄県連幹事長を務めた人物。共産党委員長・志位和夫が「…」とツイッターに記したように、保守・革新の垣根を越えたところに政治があるのではないか。…立場の違う人たちに敬意を示される政治家へ敬意を表したい》。

   『●翁長雄志知事亡くなる…「折れない、言うことをきかない
           翁長知事に対し、安倍政権が陰湿ないじめ、報復」
    「翁長さんの《うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー》の叫びが
     忘れられない」

   『●翁長雄志さん「那覇市長として…東京のど真ん中で体感した
                 むき出しの沖縄差別に「衝撃を受けた」という」
    「アベ様の取巻き連中による様々な沖縄イジメ・沖縄ヘイトを含め、
     《安倍政権が陰湿ないじめ、報復》に対しても、《折れない、
     言うことをきかない翁長知事》は、真の意味での沖縄の市民の立場に立つ、
     真の保守政治家だった」

 週刊朝日の記事【追悼 翁長知事が果たせなかった妻との約束「万策尽きたら夫婦で一緒に…」】(https://dot.asahi.com/wa/2018080900019.html)によると、《新基地建設反対の信念は最後まで揺るがなかった。闘う知事を支えた妻の樹子さんは、過去に「万策尽きたら夫婦で一緒に(辺野古基地前に)座り込むことを約束している」と明かしたこともある。16年に「朝日ジャーナル」のインタビューに応じた翁長氏は、この“約束”について問われている。そのときは、言葉を選びながらも「座り込みについて妻が言ったことは、話が違うわけではありません」と否定せず、さらに「辺野古移設阻止が挫折して、一人間、一市民、一県民に戻った場合に何をするかは、沖縄県民のみんなと一緒です」と語っていた》…そうだ。
 2016年1月8日のリテラの記事を改めて読み直してみた。《翁長知事夫妻が基地前に座り込むような「万策尽きた」事態になる前に私たちの手で安倍政権の横暴を食い止めなければならない》…いま、辺野古破壊のトドメまであと一歩、そこまでアベ様や最低の官房長官らに許してしまった。辺野古の「美ら海」が醜悪に囲い込まれ、土砂投入を待つ。翁長さんの望んだように「辺野古埋め立て承認を撤回」し、この醜悪な〝檻〟を取り去り、元の美しい海の姿に戻すべきだ。

   『●「最低裁」のコールが聞こえる…沖縄負担軽減担当相らの
             「辺野古が唯一の解決策」をオウム返しでしょう…

 それにしても、《唯一の解決策》《基地負担軽減》を、まだ言うか、最低の官房長官
 東京新聞の記事【菅氏「新基地建設 唯一の解決策」】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201808/CK2018080902000258.html)によると、《菅義偉官房長官は…名護市辺野古への新基地建設に関しては「日米同盟の抑止力維持、普天間飛行場の危険除去を考えたとき、唯一の解決策ということに変わりはない」と強調した。…「政府として、翁長氏の沖縄にかける思いをしっかりと受け止め、できることは全て行うという思いで、沖縄の基地負担軽減に取り組む」と説明》…って、あまりに酷すぎないか?
 保守を詐称する政治屋・最悪最低の官房長官《菅義偉官房長官は九日の記者会見でも、辺野古移設を「唯一の解決策」と繰り返すのみだ》…なぜ、唯一なのか? 普天間の撤収のために、なぜ辺野古が破壊されなければならないのか? しかも、辺野古は破壊「損」の可能性が高いときている。そして、一体、どこが負担軽減なのか?

   『●「番犬様の尾っぽ」=世界一危険な基地・普天間は 
        返還されない!? 辺野古は単なる破壊損なのか??

 「本土」ではニセ保守政治屋だらけ…。《立場の違う人たちに敬意を示される政治家》は稀有だ。翁長雄志さんは本物の保守政治家だった。
 翁長雄志さんは、《「保守は保守でも自分は沖縄の保守本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖》だった。

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http://lite-ra.com/2016/01/post-1874.html

万策尽きたら夫婦二人で辺野古に座り込む! 翁長知事の妻が基地反対の思いを告白、知事は「殺されても…」とも
2016.01.08

     (翁長雄志オフィシャルウェブサイトより)

   「とにかく新基地は造らせない。でも、もし万策尽きたら、
    その時は2人で座り込もうな

 沖縄県の翁長雄志知事は知事当選を果たした夜、自宅に戻って晩酌を傾けながら妻にこう語ったという。証言したのは、その翁長知事の妻・樹子夫人(60)。
 夫婦二人で辺野古に座り込むというのは、かなり悲壮な覚悟だが、たしかに、辺野古移転を巡る翁長知事と安倍政権の対立は緊迫の度を増している。昨年12月2日には国が翁長知事に対して埋め立て承認取り消し撤回を求めた代行訴訟弁論が始まり、同月25日には、翁長知事の辺野古埋め立て承認取り消しに対し、石井啓一国交相がその効力を一時停止したのは違法であるとして、県が国を提訴する事態となっている。
 そんな中、妻の樹子さんが「女性自身」(光文社)1月19日号の連載ルポ「シリーズ人間」に登場し、沖縄が抱える基地問題や平和への想いを語っている。その中でも興味深いのは夫・翁長知事の基地に対する考えの変遷が“妻の目から”語られていることだ。
 よく知られているように翁長知事は知事出馬以前、自民党に所属する議員であり基地容認派”で“辺野古移転賛成でもあった。それが一転、2014年の知事選では辺野古移転反対やオスプレイ配備撤回を求めたことで、保守派から批判される材料ともなったが、そこには翁長家、いや沖縄全体を襲った事件と翁長氏の苦悩が存在した。
 那覇市で生まれた樹子さんが翁長氏と結婚したのは1982年。夫である翁長氏が那覇市議選に初出馬し当選したのはその3年後だった。その後も沖縄県議、那覇市長と歴任した翁長氏だが、その間一貫して自民党からの出馬であり、基地問題や辺野古移転に関しても容認、賛成の立場だった。もちろん当時の樹子さんも夫の選挙や政治活動を支えている。

   「本当にありがたいことなんですが、選挙がないときも、妻の私も
    いろんな会合に顔を出さないといけない。選挙中ともなれば、朝、
    家を飛び出したら、帰宅できるのは毎日夜中です。それでも
    いろんな人が支えてくれていますから」

 そんな樹子さんが「ああ、もう無理」と衝撃を受ける大事件が起こった。それが95年9月に起きた米軍兵士3人による小学6年生少女集団暴行事件だ。

   「そのときね、うちの長女は5年生だった。そばにいた長女を見て
    『この子だったかもしれないんだ』と思ったら、ショックでね……
    私のなかで、ハッキリ、もう地位協定も基地も無理って思ったのは、
    この事件がキッカケでした」

 この問題は沖縄だけでなく日本全体を震撼させ、その後の日米地位協定の運用改善の契機ともなった事件だ。ショックを受けた樹子さんは、夫の翁長氏へ議論を挑み、激論を交わし詰め寄った。

   「あたし、直情型だから。毎晩のように翁長とけんかしてました。
    『地位協定、おかしいでしょ』『自民党、おかしいでしょ!』って。
    その時の翁長? 思っていることの半分も出さずにためておける人なんです。
    胸のなかでは私と同じような怒りを共有していたと思うけど、
    私が感情的になればなるほど、抑制したというか……でも、彼だって人の親、
    苦しかったと思います」

 翁長知事の実父・助静氏は保守系の政治家だった。幼いころから周囲には敵対陣営となる革新派が多い中、翁長氏は言いたいことが言えず、多くを溜め込む性格になったのだというのが樹子さんの分析だ。
 とはいえ少女暴行事件が起きてから、基地反対に変わるまで約20年もの年月がかかってしまった。しかし少女暴行事件に端を発した妻・樹子さんの思いに呼応し、翁長知事自身、「長年の怒りや悲しみの感情が積もり積もっていたはず」だと樹子さんは言う。そして、保守の壁を打ち破るために知事選で打ち出したスローガンが「イデオロギーよりもアイデンティティ」だった。

   「知事選に出るときに、あの人は『ぼくはピエロになるかもしれない』
    と言っていたの。一歩間違えれば、保革双方の支持者が離れていくって。
    でも彼は『自分はそれでも構わない』とも。もっと言うとね、私言ったの。
    『あなた、殺されちゃうかもしれないよ』って。それでも翁長は
    『それでもしょうがないと思っている』って」

 現在辺野古のゲート前で声を上げるなど基地反対を叫ぶ樹子さんだが、夫とともに沖縄のため平和のために闘っていく決意をしている。

   「裁判の行方はわからない。でも勝とうが負けようが、沖縄のプライドだけは、
    もう捨てたくない。そして、1人でも多くの子どもたちに、沖縄戦のことを、
    平和がいかに大切かを、伝え続けていきたい

 こうした妻や沖縄県民の思いの一方、安倍政権の翁長知事いじめ、訴訟など強行姿勢はますます苛烈さを加速させている。同時に宜野湾のディズニーリゾート誘致、復興予算の増額など、なりふり構わぬ切り崩しに躍起だ
 安倍政権はこれからもますます、圧力を強め、次々と強行策を繰り出してくるだろう。しかし、今年1月には宜野湾市長選、6月に県議選、そして7月の参院選と、有権者が基地問題に意思を表明するチャンスは残されている。翁長知事夫妻が基地前に座り込むような「万策尽きた」事態になる前に私たちの手で安倍政権の横暴を食い止めなければならない

伊勢崎馨
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018081002000150.html

【社説】
翁長知事死去 沖縄の訴えに思いを
2018年8月10日

 沖縄の保守政治家として、なぜ保革の垣根を越えた「オール沖縄」を率いて安倍政権と真っ向対決してきたのか。翁長雄志知事が亡くなった。その訴え、沖縄の現状をよく思い起こそう。
 翁長氏の政治信条は「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティー」の言葉に象徴されていた。
 国土の0・6%の広さしかない沖縄県に、国内の米軍専用施設の70%が集中する。にもかかわらず政府は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の代替施設として、同じ県内の名護市辺野古に新基地建設を強行している。日本国憲法よりも日米地位協定が優先され、県民の人権が軽視される
 そうした差別的構造の打破には保守も革新もなく、民意を結集して当たるしかない、オール沖縄とはそんな思いだったのだろう。
 言い換えれば、沖縄のことは沖縄が決めるという自己決定権の行使だ。翁長氏は二〇一五年に国連人権理事会で演説し、辺野古の現状について「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている」と、世界に向け訴えた。
 父、兄が市長、副知事などを務めた政治家一家に生まれ、那覇市議、県議、自民党県連幹事長などを歴任した。県議時代には辺野古移設を容認していたが、那覇市長当時の〇七年、沖縄戦の集団自決に日本軍の強制を示す記述が削除された教科書検定問題を巡る県民大会に参加。さらに、民主党政権の県外移設方針が迷走したことなどを機に移設反対にかじを切る。
 戦争につながる基地問題に敏感なのは、沖縄戦後、激戦地に散乱したままだった戦死者の遺骨集めに奔走した実父の影響も強いとされる。「保守は保守でも自分は沖縄の保守本土の保守政権対して言うべきことは言う」が口癖でもあったという。
 翁長県政の四年弱、安倍政権はどう沖縄と向き合ったか。県内を選挙区とする国政選挙のほとんどで移設反対派が勝利したが、その民意に耳を傾けようとせず、辺野古の基地建設を進めた。菅義偉官房長官は九日の記者会見でも、辺野古移設を「唯一の解決策」と繰り返すのみだ。
 内閣府が三月に発表した自衛隊・防衛問題に関する世論調査で、「日米安保が日本の平和と安全に役立っている」との回答が約78%を占めた。安保を支持するのなら、その負担は全国で分かち合うべきではないか。翁長氏の訴えをあらためて胸に刻みたい。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018081002000148.html

【コラム】
筆洗
2018年8月10日

 ほほはこけて、声の量も乏しい。それでもなお、迫力を感じるのは、視線の力強さか、冷静で決然とした語り口か。亡くなる十日余り前の先月下旬、記者会見に臨んだ翁長雄志沖縄県知事の映像をみると、衰えぬ強い意思を感じさせる顔がある▼那覇市長時代、胃がんの手術を受けている。<政治的に死んでも肉体的に滅んでも、沖縄を代表して言いたいことを言おう>。そう決意したという(『戦う民意』)▼長く沖縄の保守勢力の重鎮として活動しながら、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対を唱えた。革新勢力からの支持も広く集めて、県知事に当選するのは、その八年後のことだ▼保守政治家の家系に生まれている。沖縄戦を生き延びた父が、敵味方を問わず、遺骨収集に走り回る姿をみてきた。東西冷戦下、沖縄に集中する米軍基地が、ソ連の核ミサイルに狙われるのではないか、という恐怖を感じながら育ったという。選挙のたびに、米軍基地の是非を巡って、沖縄の人同士が、激しく対立する光景も、くり返し見ている。政治家としての原点だろう▼「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」。座右の銘の通り、戦後の沖縄に課された数々の困難の解決に、身をささげようと決意したときに保守、革新の枠を超えた「オール沖縄」の道が開けた▼道半ばではある。が、決意の通り、沖縄のために最後まで戦い抜いた人だった。
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https://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/201808100000235.html

政界地獄耳
2018年8月10日9時51分
立場の違う人たちからの敬意

 ★政治家とは命を擦り減らす仕事だと改めて感じさせられた。沖縄県知事・翁長雄志が志半ばで亡くなった。がん闘病中の67歳。早すぎる死だった。権力と戦うと一口で言うが、時の政権中枢や米国の安全保障戦略を向こうに回して県民を守ろうとするのだから大変なことだ。知事は元来自民党沖縄県連幹事長を務めた人物。共産党委員長・志位和夫が「不屈の信念と烈々たる気概で辺野古新基地反対を貫いた4年間のたたかいに、深い敬意と感謝をささげます。保守・革新の垣根を越えた共闘にこそ沖縄の未来がある。ご遺志を継ぎたたかう決意です」とツイッターに記したように、保守・革新の垣根を越えたところに政治があるのではないか。

 ★5月23日、引退を表明している沖縄出身の歌手・安室奈美恵に県民栄誉賞が授与されたが、闘病中だった知事は授与に出席し安室に表彰状を手渡した。安室は訃報に接し、ホームページで「翁長知事の突然の訃報に大変驚いております。ご病気の事はニュースで拝見しており、県民栄誉賞の授賞式でお会いした際には、お痩せになられた印象がありました。今思えばあの時も、体調が優れなかったにも関わらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました。沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております」と哀悼の意を表した。

 ★8日、米国務省の報道担当官もお悔やみの言葉とともに「日米関係に対する翁長知事の貢献に感謝しているし、沖縄県民にとって重要な問題をめぐる翁長氏との長年の協力をとても大切だと考えてきた。この困難な時期にあって、われわれの思いと祈りは翁長氏の家族や沖縄県民と共にある」と語ったという。元県知事・大田昌秀、元沖縄開発庁長官・上原康助、元官房長官・野中広務、沖縄本土復帰に尽力した福地広昭と相次いで他界しているが、いずれも広い視野に立った政治家だった。立場の違う人たちに敬意を示される政治家へ敬意を表したい。合掌。(K)※敬称略
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●翁長雄志さん「那覇市長として…東京のど真ん中で体感したむき出しの沖縄差別に「衝撃を受けた」という」

2018年08月11日 00時00分09秒 | Weblog


沖縄タイムスの田嶋正雄記者のコラム【[大弦小弦]生粋の保守政治家だった翁長雄志知事の転機は…】(http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/296083)。
琉球新報の社説【<社説>翁長知事が死去 命懸けで職務を全うした】(https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-778581.html)。

 《前知事による辺野古埋め立て承認の撤回を、7月27日に表明したばかりだった。がんの苦痛を押して記者会見に臨んだと思われる。文字通り、命懸けで政治家の職務を全うした。もとより、沖縄県の知事は他県とは比較にならないほど厳しい重圧にさらされる。国土の0・6%にすぎない県土に全国の米軍専用施設面積の70%が集中し、凶悪事件や米軍機の墜落といった重大事故が繰り返されてきたからだ。歴代の沖縄県知事はことごとく、過重な基地負担という深刻な課題に向き合い、苦悩してきたその重みは健康をむしばむほど過酷だ》。

   『●翁長雄志知事亡くなる…「折れない、言うことをきかない翁長知事に対し、
                       安倍政権が陰湿ないじめ、報復」
    「翁長さんの《うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー》の叫びが
     忘れられない」

 《2013年1月、那覇市長として参加したオスプレイ配備撤回を求める東京行動だったのではないか。「沖縄の総意」を示そうと銀座をパレードした県内全市町村長らが、沿道から売国奴」「琉球人は日本から出て行けなどの罵声を浴びた ▼東京のど真ん中で体感したむき出しの沖縄差別に「衝撃を受けた」という》。

   『●仲井真氏は「空手形」を承知の上で「いい正月」を
      迎えていたのでは?…米側が「空想のような見通し」と
    《横田・辺野古「問題は同じ」 住民の反対無視
     国は県や住民の反対をよそに強行する構えだ。何の説明もなく
     決まった横田配備に、首都圏の基地周辺住民からも
     「民意無視は全く同じだ」と憤りの声が上がる
     …「『計画はない、知らない』と言いながら、国民に知らせるときには
     決定している。普天間の移設問題でもそうだ」》

   『●「本土」のデマ・ヘイトなオトナ達…
     《子どもたちの日常にある「異常」を放置しているのはだれなのか?》
    《事実かどうかは二の次弱い立場の者をに仕立てて暴言を吐く
     基地に反対する沖縄の人たちを一方的にたたき、留飲を下げる
       基地問題でヘイトスピーチ(憎悪表現)まがいの言説があからさまに
     表面化したのは13年1月。全市町村長らがオスプレイ配備の撤回などを
     求め、東京・銀座でデモ行進した。沿道から浴びせられたのは
     「売国奴」「中国のスパイ」などの罵声だった

   『●「米軍機接近による児童の避難は…39日間に合計242回」、
                   「最も多い日は一日に29回」…異常な現実
    「いま、横田基地へのオスプレイの配備で、大騒ぎになっています。
      まず、《沿道》に居なかった反戦派の皆さんには申し訳ないけれど、
     差別者・ヘイト者は、《13年1月。全市町村長らがオスプレイ配備の
     撤回などを求め、東京・銀座でデモ行進した。
     沿道から浴びせられたのは…》…。」
    「東京新聞の「2015年5月10日 朝刊」には、【横田・辺野古
     「問題は同じ」 住民の反対無視】とあります」

 《生粋の保守政治家だった翁長雄志知事の転機は2013年1月、那覇市長として参加したオスプレイ配備撤回を求める東京行動だったのではないか。…などの罵声を浴びた ▼東京のど真ん中で体感したむき出しの沖縄差別に「衝撃を受けた」という。翌年の知事選に「イデオロギーよりアイデンティティー」を掲げて出馬した際、動機の一つとして繰り返し語っていた》…そうだ。
 アベ様の取巻き連中による様々な沖縄イジメ・沖縄ヘイトを含め、《安倍政権が陰湿ないじめ、報復》に対しても、《折れない、言うことをきかない翁長知事》は、真の意味での沖縄の市民の立場に立つ、真の保守政治家だった。米軍基地を受け入れ、《不条理で不公平極まりない日米地位協定》、日米合同委員会、〝在日米軍特権〟…《そこに真正面から向き合わず、基地周辺の住民に苦痛を強いて安穏としているのが政府・与党》に真の保守政治家など居るのか? 

   『●「植民地気分」な日米共犯・両政府から
      「犠牲だけを強いられる沖縄」…両国に「真の文明」はあるのか?
    「在日米軍特権な番犬様と、その横暴を許す、見て見ぬふりな、
     それどころか積極的に後押ししているとしか見えない日米共犯
     《沖縄は今も日本の植民地だその日本はさらに米国の植民地である》」

 琉球新報の記事【沖縄の自治、問われる事態に 翁長知事死去】(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-778605.html)によると、《翁長雄志知事は、知事選で示された新基地建設反対の民意を一貫して体現しながら、その訴えを無視して基地建設工事を強行してきた政権の強大な権力と対決してきた。その重圧は計り知れない翁長知事の心身を削ってきたとみられる。歴代県政の中でも高い支持率を背景に国策の押し付けに異議を申し立ててきた翁長県政の終焉(しゅうえん)により、沖縄の自治の在り方が改めて問われることになる》。

 東京新聞の記事【「オール沖縄」声上げ続け 怒りの翁長氏、県民率い】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201808/CK2018080902000158.html)によると、《知事就任後に刊行した著書「戦う民意」では「政治的に死んでも肉体的に滅んでも、沖縄を代表して言いたいことを言おう」と宣言していた…庭にあるガジュマルの木を見せてくれた。両手を広げても抱えきれない太い幹。木の前には、知事が自ら発注したという、琉歌が刻まれた石板があった。「芯や天冠みてぃ、枝や國廣ぎ、根や地の底に、果ていん無らむ」 広く枝や根を張るとの意味。しかし枝を伸ばすべき空には米軍機が飛び、根を張るはずの県土には米軍専用施設が集中し、新基地も造られようとしている》

   『●ガジュマル:瀬長亀次郎さん「不屈」の精神…
     「忖度政治を危ぶむ全国の多くの人々の心に響くに違いない」

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http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/296083

[大弦小弦]生粋の保守政治家だった翁長雄志知事の転機は…
2018年8月9日 06:27

 生粋の保守政治家だった翁長雄志知事の転機は2013年1月、那覇市長として参加したオスプレイ配備撤回を求める東京行動だったのではないか。「沖縄の総意」を示そうと銀座をパレードした県内全市町村長らが、沿道から売国奴」「琉球人は日本から出て行けなどの罵声を浴びた

東京のど真ん中で体感したむき出しの沖縄差別に衝撃を受けたという。翌年の知事選に「イデオロギーよりアイデンティティー」を掲げて出馬した際、動機の一つとして繰り返し語っていた

政府と鋭く対立して一歩も引かなかった背景にはあの日の屈辱があったはずだ。15年、辺野古新基地建設反対の県民大会での「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー」の言葉は多くの県民の心に響いた

▼6月の県議会でやせ細った姿で懸命に机の縁につかまって歩いていた。本来は治療に専念すべき病状だったのだろう

▼7月27日の埋め立て承認撤回を表明した会見。基地建設阻止の公約の実現性を疑問視する質問に一瞬笑みを浮かべ、気色ばんで反論した。「何十年先も沖縄は振興策をもらって基地を預かったらいいですよなどというのはとても容認できない」。最後の公の場となった

▼沖縄の知事が在任中に亡くなったのは初めて。志半ばでこの世を去った無念さは想像に余りある。ご冥福を祈りたい。(田嶋正雄)
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https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-778581.html

<社説>翁長知事が死去 命懸けで職務を全うした
2018年8月9日 06:01

 膵臓(すいぞう)がんの治療を続けていた翁長雄志知事が8日、死去した。67歳だった。4月に手術を受けたが、がん細胞が肝臓に転移していたという。心から冥福をお祈りしたい。

 翁長氏は、名護市辺野古沿岸の新基地建設阻止を公約に掲げ、2014年の知事選で36万票余りを獲得し初当選した。復帰後7代目の知事だ。

 就任直後から基地建設を強行する政府と全面的に対立してきた。さまざまな心労、疲労が積み重なったのだろう。

 前知事による辺野古埋め立て承認の撤回を、7月27日に表明したばかりだった。がんの苦痛を押して記者会見に臨んだと思われる。文字通り、命懸けで政治家の職務を全うした

 もとより、沖縄県の知事は他県とは比較にならないほど厳しい重圧さらされる。国土の0・6%にすぎない県土に全国の米軍専用施設面積の70%が集中し、凶悪事件や米軍機の墜落といった重大事故が繰り返されてきたからだ

 歴代の沖縄県知事はことごとく、過重な基地負担という深刻な課題に向き合い、苦悩してきたその重みは健康をむしばむほど過酷だ

 屋良朝苗氏から革新県政を引き継いだ第2代知事の平良幸市氏は山積する政治課題の処理に追われる中、1978年7月、東京に公務出張中、脳血栓で倒れた。入院を経て同年10月に辞任している。

 第3代の西銘順治氏も84年に都内の病院で胃がんの手術を受けた。当時は胃潰瘍と胆のう炎と発表され、本人にもがんであることは知らされていなかったという。

 第4代の大田昌秀氏は92年の2月定例県議会開会中に風邪やめまいの症状が出るなど体調を崩して入院した。51日後に公務復帰している。

 第5代の稲嶺恵一氏は入院こそしなかったが、基地問題のことが常に頭を離れず、日々大きな精神的重圧にさらされていたと語っている。

 第6代の仲井真弘多氏も、07年6月23日の沖縄全戦没者追悼式に出席した直後に、軽い脳梗塞のため緊急入院している。

 翁長氏は機会あるごとに「辺野古に新基地は造らせない」と言い続けた。志半ばで病に倒れ、さぞかし無念だったことだろう。

 知事職務代理者は、謝花喜一郎副知事に続いて、富川盛武副知事が務める。9日には辺野古沿岸部の埋め立て承認の撤回に関し、沖縄防衛局側の言い分を聞く「聴聞」が控えている。まずは、基地問題への対応を含め、県政運営に混乱を来さないよう万全の態勢を取ってほしい。

 現職知事の死去に伴う知事選挙は50日以内に行われる。既に自民党など野党が推す宜野湾市長・佐喜真淳氏らが出馬を表明している。今後、与党側の後継候補人選が本格化する。どのような対決構図になるにせよ、基地問題に真正面から向き合い選挙戦を展開してもらいたい。
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●独裁国家・アベ様政権相手に「けんか」できる翁長雄志知事の叫び、「うしぇーてぃないびらんどー」

2015年12月16日 00時00分42秒 | Weblog


asahi.comの記事【強気な翁長知事 「うしぇーてぃないびらんどー」の叫び】(http://www.asahi.com/articles/ASHDB4VL6HDBTPOB004.html?iref=comtop_pickup_05)。

 《沖縄の言葉で「見くびるな」「なめるなよ」という意味を含む、けんか腰の言葉だ。9月にはスイスの国連人権理事会に出席し、「沖縄の人々は自己決定権、人権がないがしろにされている」と訴えた》。

 独裁王国・人治主義国家の最低・最悪の王様・アベ様、そして、ブログ主「最低の官房長官」認定済みの、「上から目線」「キャラウェイを思い起こ」させるスガ殿、そういったアベ様政権相手に「けんか」できる翁長雄志知事、「「うしぇーてぃないびらんどー」の叫び」、「沖縄人を見くびってはいけない」の叫び。

   『●「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー
               (沖縄人を見くびってはいけない)」

 アベ様らによる辺野古破壊、「沖縄差別」等を直ちに止めさせなければ。

   『●辺野古破壊: 「いい正月になる」なんて、
     仲井真氏もアベ様らも猿芝居をしていたんじゃないのか?
   『●「法令に基づいて粛々と対応する」「法治国家」ニッポンならば
                         辺野古破壊を直ぐに停止すべき

   『●菅義偉官房長官は辺野古破壊の「工事を
      再開させていただく」と表明: 「時間稼ぎ…あまりにも不誠実」

   『●沖縄差別は続く: 黙殺により、「『日本を取り戻す』の
           中に沖縄は入っていない」ことをアベ様が表明
   『●稲嶺進名護市長「やり方が普通じゃない。
      地方分権の無視だ。法治国家としてやることか」
   『●本体工事=辺野古沖の埋め立て工事は
      「翁長知事があらゆる知事権限を駆使すれば絶対できない」
   『●一体どこが法治国家か? アベ様やスガ殿ら
      自公議員(公明も同罪)がやっていることは「傲慢」で沖縄差別
   『●アベ様らは何が何でも辺野古破壊、
     「ヒラメ裁判官が、よりによってこのタイミングで那覇支部長」に就任

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http://www.asahi.com/articles/ASHDB4VL6HDBTPOB004.html?iref=comtop_pickup_05

強気な翁長知事 「うしぇーてぃないびらんどー」の叫び
上遠野郷 2015年12月11日10時01分

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設阻止を目指し、沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事は10日、国を相手取った訴訟を起こすための議案を県議会に提案した。翁長氏が知事に就任して、この日で1年。移設に突き進む安倍政権相手に一歩も引かないまま、翁長県政は2年目に入った。

 「県としては、国土交通大臣の決定は違法と考えている」。10日の本会議。翁長氏は、辺野古の埋め立て承認取り消しの効力を止めた国交相の決定をさらに取り消すよう求める「抗告訴訟」を起こす方針を説明した。承認取り消し撤回を求めて国が翁長氏を訴えている「代執行訴訟」への反撃に出た格好だ。

 この1年、翁長氏は機会をとらえて強烈なメッセージを発し、県民を引きつけてきた

 「県内移設反対」を掲げて初当選した翁長氏に、移設を進める安倍政権は当初、冷遇を徹底した。菅義偉官房長官が会談に応じたのは就任から4カ月後の今年4月。翁長氏は席上、「上から目線」と政府の姿勢を批判し、米軍施政下時代に高圧的として知られた高等弁務官の名を引き、「キャラウェイを思い起こす」と語った。

 5月に那覇市であった県民大会では、約3万5千人(主催者発表)を前に「うしぇーてぃないびらんどー」と叫んだ。沖縄の言葉で「見くびるな」「なめるなよ」という意味を含む、けんか腰の言葉だ。9月にはスイスの国連人権理事会に出席し、「沖縄の人々は自己決定権、人権がないがしろにされている」と訴えた。

 そんな翁長氏の政治手法の特徴は、言葉を武器に沖縄の人々が本土に抱く複雑な感情に訴えること。「イデオロギーよりアイデンティティー」と掲げて圧勝した知事選の延長といえる。県内には政権との対立激化を懸念する声もあるが、与党県議は「翁長氏は、沖縄に初めて現れた『沖縄』と『日本』を対等の関係で考えるリーダー。県民の心を把握する術(すべ)が抜群だ」と絶賛する。

 1年間に開いた記者会見やぶら下がり取材は、東京や海外でのものも含めると100回超。12月2日にあった代執行訴訟の第1回口頭弁論でも自ら法廷に立ち、10分間にわたり意見陳述した。「沖縄が日本に甘えているのか。日本が沖縄に甘えているのか。国民すべてに問いかけたい」………。
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●さあ、ここから: 高江・辺野古破壊問題等々・・・「過去のもの」や「終わり」にしてはいけない

2014年11月19日 00時00分06秒 | Weblog


asahi.comの記事【翁長氏、辺野古阻止どう動く 国は埋め立てへ淡々】(http://www.asahi.com/articles/ASGCH6T5SGCHTPOB005.html)。
東京新聞の社説【新基地拒否の重い選択 沖縄県知事に翁長氏】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014111702000130.html)。
nikkan-gendaiの記事【自民大敗…安倍政権に鉄槌を下した沖縄県民の凄まじい怒り】(http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/155034)。

   ●菅義偉官房長官曰く「この問題は過去のものだ。
        争点にはならない」・・・・・・なんという言い草!!
   『●沖縄で連敗続きのアベ様、「この問題は過去のものだ。
                   争点にはならない」で済まされるのか?


 「安倍政権は今度こそ、沖縄県民の怒りのすさまじさを思い知ったのではないか」・・・・・・。沖縄県知事選、当然の帰結。問題はこれからどうするかだ。そして、来るべき衆院選で自公政権にトドメを。 

 「初当選の翁長雄志氏の公約は「辺野古阻止」。安倍政権が移設作業を淡々と進めようとするなか、翁長氏は抵抗策を模索」・・・・・しないといけない。「この問題は過去のものだ。争点にはならない」(菅義偉官房長官)なんて許されない。そのヒント、突破口は、コレかもしれない。

   『●辺野古破壊: 「いい正月になる」なんて、
       仲井真氏もアベ様らも猿芝居をしていたんじゃないのか?


 日米合意について、「「5年以内」がまやかしに過ぎないことは、もう誰の目にも明らかであろう・・・・・・米側が「空想のような見通しだ」と反対・・・・・・米側は・・・・・・一貫して5年以内の実現性を否定」している。出来もしないことをアベ様と仲井真元沖縄県知事は辺野古破壊によってゴリ押しし、「いい正月になる」などと沖縄県民をバカにした訳だ。

 「これ以上の米軍基地建設を拒否する県民の重い選択だ。安倍内閣は真摯に受け止めるべきである」。アベ様達に「真摯」さを求めても仕方なく、来る衆院選で、自公議員に「最高の責任者は私だ・・・私たちは選挙で国民の審判を受け」させるべきだ。

 アベ様達や自公議員・翼賛野党議員は辺野古破壊を衆院選のドサクサに紛れさせようとしているし、消費税再増税に「矮小化」させようとしている。公然の「密漁」辺野古破壊を含めて、壊憲原発推進をはじめとしたアベ様達が行ってきたあらゆる事柄に、NO!、を突きつけねば。

   ●首相は産経や読売以外も読んでるのね!?:
            「首相はくず」とは言っていないけれど・・・
   『●ブレーキは無く、二つの「アクセル」な自公政権
   『●「戦争も、原発も、本当の怖さを知る人の言葉を
        かみしめたい」: あ~、アベ様らは聞く耳持たず
   『●「最高の責任者」アベ様のオツムの中身
   『●丸腰市民へ掃海母艦派遣・・・アベ様豪語
      「最高の責任者は私だ。・・私たちは選挙で国民の審判を受ける」
   『●「最高の責任者は私だ・・・私たちは選挙で
      国民の審判を受ける」のアベ様の政権、いよいよ末期的?


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http://www.asahi.com/articles/ASGCH6T5SGCHTPOB005.html

翁長氏、辺野古阻止どう動く 国は埋め立てへ淡々
山岸一生 星野典久 ワシントン=大島隆 2014年11月16日23時41分

 


[↑ブログ主注: すいません、勝手にコピペさせて頂いております
  (http://www.asahi.com/articles/photo/AS20141116001608.html)]

 沖縄県知事選で、県民は米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設という国策に「ノー」を突きつけた。初当選の翁長雄志氏(64)の公約は「辺野古阻止」。安倍政権が移設作業を淡々と進めようとするなか、翁長氏は抵抗策を模索する。

 「オール沖縄、大きな輪ができた。党利党略を超えて心を一つにできたことが大きい。日本も変わってもらい、全体で(基地)負担をしてもらいたい」。16日夜、当選を決めた翁長氏は支援者を前に語った。

 一方で「難しい課題がこれからも出てくる」と気を引き締めた。辺野古移設の「断固阻止」を主張して当選した翁長氏にとって、「課題」は自ら掲げた看板をどう実現するかだ。

 仲井真弘多知事(75)が昨年末に辺野古沿岸部の埋め立てを承認し、工事には既にゴーサインが出ている。翁長氏の当選だけではその有効性は消えない。国は、早ければ年度内にも埋め立てを始めたい考えだ。

 翁長氏は12月10日に知事に就任する。選挙戦で承認の撤回や取り消しは明言しなかったが、就任後は仲井真氏の承認の経緯を検証する方針。経緯に問題があれば撤回や取り消しも可能との考えだ。一方で、行政法の専門家らからは撤回・取り消しについて「県が審査して出した結論を覆すのは極めて難しい」といった指摘も出ている

 これとは別に翁長氏は、移設計画の「変更申請」への対応を迫られる。

 防衛省は9月、辺野古の埋め立て工事の一部の作業工程を変更したいと県に申請した。移設反対の稲嶺進・名護市長の協力が得られないことから、市が関わる手続きなしに工事を進めるためだ。県は月内にも、知事が承認・不承認を判断するための準備を終えるとみられる。

 仲井真氏の任期は12月9日まであるが、県幹部は「新知事の判断を仰ぐのが常道だろう」と話し、翁長氏に判断が委ねられる公算が大きい。翁長氏は当選を決めた後、「厳しくチェックする」と語った。

・・・・・・・・・。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014111702000130.html

【社説】
新基地拒否の重い選択 沖縄県知事に翁長氏
2014年11月17日

 沖縄県の新しい知事に翁長雄志(おながたけし)前那覇市長が選ばれた。これ以上の米軍基地建設を拒否する県民の重い選択だ。安倍内閣は真摯(しんし)に受け止めるべきである。

 仲井真弘多(なかいまひろかず)知事(75)の任期満了に伴う今回の知事選は三選を目指す自民党など推薦の仲井真氏に、翁長氏(64)、下地幹郎(しもじみきお)元郵政民営化担当相(53)、喜納昌吉(きなしょうきち)元参院議員(66)が挑む構図で、事実上、仲井真、翁長両氏の一騎打ちだ。

 沖縄県知事選は「保守」対「革新」の対決構図が続いてきたが、今回は、四年前の前回知事選で仲井真陣営の選挙対策本部長だった翁長氏が仲井真氏と袂(たもと)を分かつ、初の「保守分裂」選挙となった。


◆「基地依存」は死語

 最大の争点は、世界一危険とされる米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)を日本側に返還するため、その代替施設を名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に建設する、いわゆる「県内移設」の是非である。

 沖縄県には在日米軍基地の約74%が集中する。その存在は、騒音や事故、米兵らの犯罪、戦争への加担という精神的重圧など、県民に重い負担を強いてきた

 基地の存在は経済発展の阻害要因でもある。返還された跡地がショッピングセンターなどになり、雇用を生んで経済的繁栄の場となる多数の例を見れば、明らかだろう。

 一九七二年の本土復帰時に15%を超えていた県民総所得における米軍基地関係収入の割合は年々減少し、今や5%台にすぎない。もはや「基地依存経済」は死語だ

 日米安全保障条約上、米軍への基地提供は日本政府の義務だとしても、一地域に過重に負担を押し付けるのはやはり不平等である。

 普天間返還のためとはいえ、米軍基地をこれ以上、沖縄県内に造るのはやめてほしい、というのは県民の素直な思いと理解する。


安倍内閣も「不信任」

 もともと県内移設を条件付きで認める立場だった仲井真氏は、前回知事選で県外移設を求める姿勢に転換し、再選された。その後も県民の反対が強い県内移設は「事実上不可能」と繰り返していた

 しかし、仲井真氏は昨年暮れ、政府が申請した辺野古沿岸部の埋め立てを承認してしまう。県内移設容認への転換であり、公約違反は明らかだった

 仲井真氏は今回の選挙戦で「サイズが(普天間の)四割になり、民家の上も飛行させない。安全性は雲泥の差だ」と辺野古移設の妥当性を訴えたが、仲井真氏の「変節」を批判し、県内移設阻止を掲げた翁長氏を県民は支持した。

 県民の思いを顧みず、公約違反でもある県内移設を進めようとした県政リーダーへの、県民による痛烈なる不信任の意思表示だ。

 同時に、今回の選挙結果は「アメとムチ」によって県内移設を強行してきた安倍内閣に対する「不信任」でもある

 県本部が県内移設に反対する公明党は仲井真氏を支援せず、自主投票で臨んだ。二〇〇二年以来続いていた知事選での協力態勢が崩れ、安倍内閣の基地政策の正当性に疑問符を投げかけている。

 選挙期間中、多くの自民党議員に加え、菅義偉官房長官も異例の選挙応援に入った。そこで訴えたのは、那覇空港第二滑走路の早期完成や米映画テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」の沖縄誘致支援だ。

 経済振興策は必要だとしても、県内移設受け入れを前提とした露骨な手法である。基地押し付けに「構造的差別」を感じ始めた沖縄県民には、もはや通用しまい。

 翁長氏の陣営には自民党を離党した県議ら「保守系」に加え、共産、社民両党など「革新系」も加わった。

 仲井真陣営は「共産党主導の県政にするな」などと保革対決構図に持ち込もうとしたが、翁長陣営の「イデオロギーよりアイデンティティー」「オール沖縄で基地問題の大きな壁をこじ開ける」との訴えの前では、説得力を欠いた。

 対立してきた革新陣営と「県内移設拒否」で結束し、支持を集めた背景にある沖縄保守勢力の「政治的目覚め」を、安倍内閣と仲井真陣営は完全に読み違えた。


「過去の問題」でない

 菅氏はかつて「県内移設」の是非をめぐる議論は「過去の問題」と言い放った。知事選で仲井真氏が敗れても県内移設を進めるために、予防線を張ったのだろう。

 しかし、安倍内閣が全面支援する仲井真氏に突き付けられた拒否の意味は重い。県民の選択を無視して、海底掘削調査や工事入札など本格着工に向けた作業を続けることなど、あってはならない

 在日米軍基地の適正な規模や配置、沖縄県民の負担軽減は引き続き、すべての日本国民が考えるべき課題である。決して過去の問題などではない
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http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/155034

自民大敗…安倍政権に鉄槌を下した沖縄県民の凄まじい怒り
2014年11月17日

     (支援者と万歳する翁長氏(中央)/(C)日刊ゲンダイ)

 安倍政権は今度こそ、沖縄県民の怒りのすさまじさを思い知ったのではないか。16日、投開票された沖縄県知事選は、夜8時の開票とほぼ同時に当確が出た。米軍基地の辺野古移設反対を掲げる翁長雄志・前那覇市長(64)が推進派の仲井真弘多知事(75)を10万票差で蹴散らした

 沖縄の憤激が炸裂したような選挙結果だったが、今度の選挙で政権与党の自民党は、辺野古推進派の仲井真氏を当選させるために、それこそ、ありとあらゆる禁じ手を繰り出してきた

 もともとは移設反対派だった仲井真氏を札束で頬を張るような形で変節させ、しかし、仲井真氏の苦戦が伝えられると、なりふり構わぬニンジン作戦やネガティブキャンペーンを展開したのだ。

   「沖縄南北縦断鉄道の建設やユニバーサル・スタジオ・ジャパンの誘致、
    カジノを含むIR開発、国際医療拠点建設構想など、ありとあらゆる
    バラマキ策をぶら下げたのが自民党です。菅官房長官を筆頭に幹部が
    何人も沖縄入りし、業界関係者を集めた秘密会合でアメ玉を配った
    かと思うと、自主投票だった創価学会を動かすために、同日投開票
    だった那覇市長選の応援に来た公明党の斉藤鉄夫幹事長代行の
    演説場所に仲井真さんが現れて、一緒に写真に納まったり、事実誤認に
    基づく共産党との癒着キャンペーンなどその選挙戦はエゲツなかった
    それでも、これだけの差がついたのですから、安倍首相は、この民意を
    厳粛に受け止めるべきです」
    (現地で取材を続けてきたジャーナリストの横田一氏)


それでも埋め立て強行が既定路線

 基地問題を争点にした沖縄の選挙は名護市長選に続く連敗になる。今度こそ、思い知ったか、自民党――。こう言いたくなるのだが、狡猾な自民党は県知事選で負けることを想定、選挙結果に左右されず、辺野古埋め立て、基地建設を強行するつもりだ。

 16日の選挙結果を聞いた自民党の茂木敏充選対委員長はイケシャーシャーとこう言っていた。

   「普天間の危険性除去に向け、政府・与党として準備を進めていく」

 要するに、普天間移転=辺野古埋め立ての計画にいささかの変更もないということだ。裏切り者の仲井真氏が公有水面埋立法に基づく埋め立てをすでに承認しているからだ

 実際、辺野古の海では今年8月、海保の巡視船が広範囲に制限海域を設定、反対運動を展開している地元民のカヌーを蹴散らし、ボーリング調査を強行した。それも「確保、確保」と叫んで、抵抗する住民を岸に投げだし、非国民のように扱っていた

 沖縄平和運動センター議長の山城博治氏は本紙の取材に「まるで明治時代の沖縄併合が戻ってきたのか、と思った」と話していたが、そうやって、既成事実をどんどん推し進め、反対派をあきらめさせようとしたのが安倍政権だ。それに対して、今度の選挙で県民は改めて、明確な「ノー」を突きつけたわけである。

 それでも安倍政権は埋め立てを強行するのか。間違いなくそのつもりだろう。集団的自衛権の行使容認でも原発再稼働でも、平気で民意を無視するのが安倍首相のファッショ政治だからだ。今度の総選挙では、政権をひっくり返すほど負けさせるしかない
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