[※ 「裁かれるべきは警察、検察、裁判所 袴田事件」(週刊金曜日 1490号、2024年09月27日) ↑](2024年10月11日[金])
《いまも、死刑囚のまま》から、漸く完全に無罪、完全に自由の身、袴田巖さんは「完全に正しかった」ということが確定しました。
袴田冤罪事件、何の反省もない検察の《控訴断念》を受け、漸くの朝日新聞の謝罪記事…マスコミの罪も非常に重い…検察が控訴していたら、どうしたのだろうか? 再びのダンマリ? 袴田巖さんや袴田秀子さんの残酷すぎる58年間の一つの誘因はマスコミ報道にもあります。警察が拷問してまで自白を強要し、証拠や調書を捏造したことをどれほど調査報道したでしょうか? アノ畝本直美検事総長の声明からは、今後も「同じこと」をやる気満々のように感じられますが、マスコミはなぜ批判しないのでしょうか。袴田巖さんは危うく死刑執行されていたかもしれないこと、過去にも「同じこと」をやっていたのではないか、例えば、飯塚事件のように冤罪者を死刑にしてしまったケースは無いのか、今後「同じこと」やらないということの保証はどこに在るのか、マスコミは是非報道してほしいもの。(当時の村山浩昭静岡地裁裁判長)《2014年3月、静岡地裁は「捜査機関が重要な証拠を捏造(ねつぞう)した疑いがあり、その捏造証拠による死刑判決によって長期間、死の恐怖の下で身柄を拘束されてきた」「拘置をこれ以上継続することは、耐えがたいほど正義に反する」とし、再審の開始と死刑および拘置の執行停止を決定》(長周新聞)、《2014年3月、静岡地裁で再審開始決定と死刑の執行停止決定が出て釈放され》て以降も、さらに10年間、《耐えがたいほど正義に反する》ことが続きました。《いまも、死刑囚のまま》でした。
『●飯塚事件の闇…2008年10月16日足利事件の再鑑定で
死刑停止されるべきが、10月28日に死刑執行』
「西日本新聞の二つの記事【死刑下した裁判官が関与 飯塚事件の
再審請求審 識者「公正さ疑問」】…と、【飯塚事件再審認めず
福岡高裁 「目撃証言信用できる」】…」
『●冤罪で死刑執行、飯塚事件…『正義の行方』木寺一孝監督《が描いたのは、
死刑執行後だからこそ、より鮮明に浮かび上がる「人が人を裁く重み」》』
「《「飯塚事件」とは何だったのか? 私たちは自ら思考することを
促され、深く暗い迷宮のなかで、人が人を裁くことの重さと向き合う
ことになるだろう》。そして、マスコミ。《事件発生当初からの
自社の報道に疑問を持ち、事件を検証する調査報道を進める
西日本新聞社のジャーナリストたち》。《◆再審開始なら、
死刑執行事件では史上初》。《◆デスクメモ …恣意的な捜査が
えん罪を引き起こした最近の大川原化工機事件を頭に浮かべつつ、
そう強く思う》。」
最近でも、公安警察は大川原化工機でっち上げ事件を起こしたではないか、検察はその片棒を担いだではないか ――― (元木昌彦さん)《女性検事は淡々と、「起訴当時の判断を間違っているとは思っていない。謝罪する気持ちなどない」と答えた》 ――――。この「女性検事」は塚部貴子検事で、村木厚子さん冤罪・証拠捏造事件(郵便不正事件)の際には、《この主任検事の証拠改ざんを「告発」した》真っ当な検事だったのです…でも、いまや、大川原化工機でっち上げ事件ではコノ有様。現畝本直美検事総長を彷彿とさせる。
さらには、原口アヤ子さんの大崎事件、そして、なんと言っても、志布志事件の鹿児島県警。(東京新聞)《鹿児島県警が昨年、捜査書類の速やかな廃棄を促す内部文書を捜査員らに配布していたことが明らかになった。後に訂正されたが、「即時廃棄」されると再審請求などで被告に有利な証拠が失われる可能性があり、冤罪(えんざい)を招きかねない文書だった。同県警ではほかにも不祥事が続発しており、迷走する組織の立て直しが必要だ。文書は昨年10月、「刑事企画課だより」と題した公文書で、県警本部各部や各署を通じて、捜査員にメールで送られた。再審請求などで、「警察にとって都合の悪い書類だったので(検察に)送致しなかったのではないか、と疑われかねないため、未送致書類であっても、不要な書類は適宜廃棄する必要があります」などと記載されていた。また、末尾では「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません!!」と捜査員らに呼びかけていた》。
そもそも、推定無罪の原則はどこに行ってしまったのか? 警察や検察の広報ばかりして、冤罪に加担し、マスコミが犯人視報道してどうするのか。さらには、ボクサーに対する偏見もあったのではないですか。また、真の犯人を逮捕することを怠り、事件の被害者にも大変に失礼な結果となりました。被害者の皆さんは、袴田さんを犯人と思って懐いてきた感情をどこにぶつければいいのでしょうか。
アサヒコムの記事【朝日新聞の当時の報道、おわびします 袴田巌さん無罪確定へ】(https://www.asahi.com/articles/ASSB810JGSB8ULZU001M.html?ref=tw_asahi)。《再審を経て、いったん死刑囚となった袴田巌さんの無罪が確定します。無実の人を死刑にしていたかもしれないことの重大性を改めて痛切に感じます。袴田さんが逮捕された1966年当時、朝日新聞は犯人視して報道していました》。
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【https://www.asahi.com/articles/ASSB810JGSB8ULZU001M.html?ref=tw_asahi】
朝日新聞の当時の報道、おわびします 袴田巌さん無罪確定へ
2024年10月8日 17時51分
(袴田巌さんが逮捕された事件を報道した朝日新聞の紙面)
ゼネラルエディター兼東京本社編集局長 春日芳晃
再審を経て、いったん死刑囚となった袴田巌さんの無罪が確定します。無実の人を死刑にしていたかもしれないことの重大性を改めて痛切に感じます。
袴田さんが逮捕された1966年当時、朝日新聞は犯人視して報道していました。逮捕当初は「葬儀にも参列 顔色も変えず」といった見出しで伝え、「自白」した際には「検察側の追及をふてぶてしい態度ではねつけてきていたが、ついに自供した」とも書いています。明らかに人権感覚を欠いていました。こうした報道が袴田さんやご家族を苦しめたことは慚愧(ざんき)に堪えません。袴田さん、ご家族、関係者のみなさまに心からおわびいたします。
事件報道は世の中の関心に応え、より安全な社会を作っていくために必要だと考えています。ただ、発生や逮捕の時点では情報が少なく、捜査当局の情報に偏りがちです。これまでにも捜査側の情報に依存して事実関係を誤り、人権を傷つけた苦い経験があります。
こうした反省に立ち、朝日新聞は80年代から事件報道の見直しを進めてきました。推定無罪の原則を念頭に、捜査当局の情報を断定的に報じない▽容疑者、弁護側の主張をできるだけ対等に報じる▽否認している場合は目立つよう伝えるなどと社内指針で取り決めています。
科学捜査が大きく進歩したとはいえ、供述頼みや見込み捜査による冤罪(えんざい)は今もありますし、今後も起こり得ます。捜査や司法をチェックする視点を忘れず、取材、報道を続けてまいります。
犯人視報道、捜査当局に偏った内容を掲載
袴田巌さん(88)が逮捕された事件について、当時のメディアでは、人権侵害につながるような内容が報道されていた。朝日新聞も、犯人視するような表現や、捜査当局側に偏った内容をたびたび掲載した。
初報は発生当日の1966年6月30日の夕刊。その後は地域面を中心に記事を掲載した。7月5日、「従業員寮の一室から血のついたパジャマ、作業衣などを発見」「持主Hさん(三〇)に出頭を求め、事情聴取した」と報じた。捜査幹部による「返り血ではなく、事件と直接結びつかないだろう」との談話を載せつつも「Hさん」の指に切り傷や擦り傷があり「(6月29日午後)十時半以後のアリバイが証明されない」とも記した。
初めて実名で触れたのは8月18日夕刊。同日朝、県警が任意同行を求めたことを「従業員の袴田取調べ」の見出しで報じた。「清水署に連行されてからも笑顔さえうかべていた」とも記した。当時は、刑事事件の被疑者らを呼び捨てで報じるのが一般的だった。
脇に添えた記事では、知人などによる人物評として「モッサリしたタイプで人とあまり口をきかない陰気な男だったが(中略)静岡県一のアマボクサーといわれた」「練習はサボる、生活はルーズ」などと書いた。
袴田さんは同日夜に逮捕された。翌19日の社会面では「追及すると黙りこくって係官をけむにまいていた」と書いた。地域面では、取調官に「私は取調べを受ける覚えはなにもない」と供述したことを、「うそぶいた」と表現。袴田さんが「自供」した翌日の9月7日には「やはり袴田は犯人だった」などと報じた。
「冤罪(えんざい)」との訴えを大きく取り上げるようになったのは、最高裁で判決が確定した後の翌81年ごろになってのことだ。弁護団による再審請求の動きや、支援者の支援活動などを報じた。
袴田さんの呼称については、判決確定後は「元被告」や「死刑囚」の肩書を使っていた。2014年3月、静岡地裁で再審開始決定と死刑の執行停止決定が出て釈放されたことを受け、釈放翌日の紙面から「袴田巌さん」と改めた。
袴田さんの姉・秀子さんの話
事件の発生から数年間の報道はひどかった。巌を犯人だと決めつけるかのようだった。文句を言ってもしょうがないから、新聞やテレビ、ラジオは一切、見聞きしなかった。
当時は、警察は正義の味方だ、警察が悪いことをするわけがない、とみんなが思っていた時代だ。報道に恨みも何もない。でも、いまの記者のみなさんも、ひどい報道だったと思っているのではないか。
最近は、(現在の報道に携わる)みなさんのおかげで、ちょっとはマシになった。直していくのは、今の記者である、みなさんの力だ。
記者になると、その世界につかってしまうのではないか。中に入って溶け込んでしまったら、おしまい。疑問に思うことには抵抗しないといけない。「上司がそう言うから」ではダメだと思う。
弁護団の小川秀世事務局長の話
逮捕後はもちろんのこと、逮捕前から袴田巌さんを犯人視するような報道があったのは問題だ。捜査機関のリークや記者会見による情報で、自分たちで十分な裏付けを取ることなく、決めつけの報道がなされていたのではないか。事実に様々な矛盾が出てきてもその姿勢は変わらなかったように思う。「疑わしきは被告人の利益に」を前提に片方の立場に立つのではなく、しっかりと調べて報道することを心がけてもらいたい。
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[↑ ※袴田事件《捜査機関による証拠捏造》…《第三者は捜査機関の者である可能性が極めて高いと思われる》(『報道特集』、2023年03月18日[土])] (2023年07月28日[金])
(元木昌彦さん)《女性検事は淡々と、「起訴当時の判断を間違っているとは思っていない。謝罪する気持ちなどない」と答えた》。《青木は今回、歯止めが利かなかったのは、「大阪地検で発覚した証拠改ざん事件(2010年=筆者注)でもその名前が取りざたされた問題検事が東京地検でこの事件を担当し、公安部と共に暴走してムチャな起訴に踏み切ったのが原因」だと見る。くだんの女性検事も証人として出廷した》。
『●人質司法による《身柄拘束は実に約十一カ月間》、大川原化工機の
大川原社長ら…《こんなにひどいことはないと感じたという》青木理さん』
『●大川原化工機事件…でっち上げ事件、《勾留後に亡くなった1人を
含め、会社側は起訴取り消しになっても大きな不利益を被りました》』
『●日刊ゲンダイ【辛口の経済評論家 佐高信氏が「いい会社」と就活生に
薦めたい企業3社】《城南信用金庫…久遠チョコレート…大川原化工機》』
『●男性警部補「捏造ですね」…とんでもない冤罪事件・捏造事件・でっち
上げ事件、国賠が認められても《勾留後に亡くなった1人》の命は戻らない』
『●大川原化工機事件は公安によるでっち上げ…《警視庁公安部が捜査し、
公判直前に起訴が取り消された事件…現職警部補が「事件は捏造」と証言》』
『●《警察と検察が事件を捏造して、無辜の人たちを犯罪者に仕立て上げる。
…大川原化工機の例は、この国がすでに“新しい戦前化”している…》』
『●大川原化工機捏造事件国賠…《女性検事は淡々と、「起訴当時の判断を
間違っているとは思っていない。謝罪する気持ちなどない」と答えた》』
それにしてもマスコミの報道が少なすぎやしまいか。本当にとんでもない捏造事件・でっち上げ事件だというのに、もっと公安や東京地検に対する批判の声がマスコミから上がるべきではないですか。(元木昌彦さん)《女性検事は淡々と、「起訴当時の判断を間違っているとは思っていない。謝罪する気持ちなどない」と答えた》。以前から指摘されている問題にもダンマリ…《罪を認めない限り保釈を認めない「人質司法」はここでも貫かれ、ようやく保釈が認められたのは逮捕から330日以上経ってからだった》。
この《くだんの女性検事》《問題検事》というのは誰なのかが気になっていた。今西憲之さん《実はこの検事、13年前には「正義の検事」として話題になった人物だった》。《13年前の「正義の検事」が“冤罪”事件で謝罪拒む》までに〝成長〟してしまったのかと思ったら、当時も《問題検事》であったようで、今回も立派な《問題検事》ぶりを発揮したようだ。
【女性検事「間違いあったと思っていない」 13年前の「正義の検事」が“冤罪”事件で謝罪拒む/今西憲之】(https://dot.asahi.com/articles/-/197216)によると、《警視庁公安部が大川原化工機(横浜市)の社長ら3人を外為法違反容疑で逮捕し、東京地検が起訴した事件は、捜査のずさんさを明るみにさらすことになった。起訴は取り消され、社長らが東京都や国を訴えた賠償訴訟で、現役の警察官が捜査を「捏造(ねつぞう)」だと証言。それにもかかわらず、捜査にかかわった検事は法廷で、起訴は間違いではなかったとして「謝罪」を拒んだ。実はこの検事、13年前には「正義の検事」として話題になった人物だった》。
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【https://dot.asahi.com/articles/-/197216】
女性検事「間違いあったと思っていない」 13年前の「正義の検事」が“冤罪”事件で謝罪拒む
2023/07/28/ 06:30
今西憲之
警視庁公安部が大川原化工機(横浜市)の社長ら3人を外為法違反容疑で逮捕し、東京地検が起訴した事件は、捜査のずさんさを明るみにさらすことになった。起訴は取り消され、社長らが東京都や国を訴えた賠償訴訟で、現役の警察官が捜査を「捏造(ねつぞう)」だと証言。それにもかかわらず、捜査にかかわった検事は法廷で、起訴は間違いではなかったとして「謝罪」を拒んだ。実はこの検事、13年前には「正義の検事」として話題になった人物だった。
大川原化工機が軍事転用可能な機器を輸出したとして、警視庁公安部が同社の大川原正明社長(74)らを外為法違反容疑で逮捕し、東京地検が同法違反の罪で起訴したのは2020年3月。大川原社長らは11カ月間も勾留され取り調べを受けたが、一貫して容疑を否認した。すると、2021年7月、初公判の直前になって突然、起訴が取り消されるという異例の展開となった。
この事件で大川原社長とともに逮捕された同社の元顧問は、勾留中に胃がんが見つかったが、迅速な治療を受けられず死亡した。大川原社長や元顧問の遺族らは、都と国に計約5億6千万円の賠償を求めて提訴。その裁判のなかで、冒頭のように証人として法廷に立った現役の警視庁公安部の警察官が、
「(事件を)でっち上げたと言われてもしかたないのでは」
と問われて、
「捏造ですね」
と認めたのだ。この警察官は大川原社長らの逮捕や勾留についても、
「必要がなかった」
と衝撃の証言を続けた。
■そもそも摘発すべき事件ではなかった
賠償訴訟では、輸出規制を所管する経済産業省の職員も法廷に立ち、大川原化工機の輸出機器が規制対象ではない可能性があることを警視庁に「何度も伝えた」と証言。そもそも摘発すべき事件ではなかったことを裏付けている。
この事件を担当し、逮捕、起訴にゴーサインを出した東京地検の担当検事は、塚部貴子検事だった。
7月5日、東京地裁で塚部検事に対する証人尋問が行われた。塚部検事は、事件を起訴したことや社長らへ謝罪の気持ちについて問われ、
「起訴の判断に間違いがあったと思っていないので、謝罪の気持ちはありません」
と言い張った。
大川原社長側の高田剛弁護士は、
「彼女(塚部検事)が公安部に何一つ疑問を投げることなく逮捕を了承し、起訴したことは明らかになったと思う。彼女が捜査を担当したおかげで、公安部は不利な証拠を隠し、まんまと立件に成功したとさえいえる」
と塚部検事の不十分な捜査が「冤罪」を生んだのではないかと問題視した。
実は塚部検事の名前が知られたのは、今から13年前の「冤罪」事件だった。
2010年、厚生労働省元局長の村木厚子さんが公的証明書を不正に作成したとして虚偽有印公文書作成・同行使の罪で逮捕・起訴された郵便不正事件。この事件の裁判では、大阪地検特捜部のずさんな捜査が次々と明らかになり、村木さんは「冤罪」だったとして、一審で無罪が確定した。
さらに、事件捜査の中で、特捜部の主任検事が、証拠となるフロッピーディスクのデータを改ざんしていたことも発覚。主任検事や上司にあたる大阪地検の元特捜部長、元副部長が逮捕される異例の事態となった(いずれも有罪確定)。
この主任検事の証拠改ざんを「告発」したのが塚部検事だった。
事件の「検察ストーリー」は、村木さんが国会議員から紹介を受けた障がい者団体のための公的証明書作成を厚労省の部下に指示したというものだった。
しかし、部下が保存していたフロッピーディスクのデータの日時を調べると、「検察ストーリー」に合致しないことが判明し、主任検事はデータを改ざんしたのだ。
主任検事の改ざんは、当初、大阪地検の中でも一部の検事しか知らなかった。塚部検事は、同僚検事から主任検事の改ざんを知らされると特捜部の副部長(当時)に「告発」。それが大阪地検の大暴走を暴く端緒になった。
塚部検事は取調べや裁判での証言で、
「(主任検事なら)やりかねない。わざと書き換えたに違いない」
「大変なことをした、ありえない」
と証拠改ざんを知った時の思いを証言。副部長に報告した後も、主任検事に対する改ざんの調査や取り組みが不十分だと感じたとして、
「副部長は何度も、『改ざんするところを見たのか』と繰り返しました。主任検事をかばうために、改ざんの事実をもみ消すのかと感じました」
「私は『なんでもみ消すのか』『村木さんは無罪ではなく無実ですよ』と言い返しました。すると副部長は声を荒げて、『なんでそんなことが言える』『オレにどうしろというんだ』『少し様子を見ようと思うんだが』と反論し、煮え切らない様子でした。私は『主任が改ざんするくらいだから無実に決まっている』と怒鳴りあいになりました」
などと特捜部内でのやりとりも赤裸々に述べた。そして、
「(改ざんしたフロッピーディスクを)もう一度、大阪地検特捜部に取り戻すことができないかと副部長は言いました。フロッピーディスクのデータを元に戻そうとする魂胆であることがすぐにわかった」
「隠すなら私は(検事を)辞めますと怒鳴り返しました」
と、特捜部の「隠ぺい体質」への怒りが「告発」の理由だと語っていた。
■結果的に間違っていた
塚部検事は、当時、「冤罪」の証拠隠滅を告発した「正義の検事」として、大きな称賛を浴びることになった。
その13年後、大川原化工機にずさんな捜査をし、無実の社長らを長期勾留したうえで、謝罪を拒否する姿とは、まったく異なって見える。
元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は、
「検察が起訴取り消しなんて前代未聞のこと。それだけでもアウトですよ。事件だと言いながら1年近くも大川原社長らを勾留していたのは、検察が保釈への反対意見を書いて、裁判所に認めさせたからでしょう。逮捕されたうちのおひとりは病気を悪化させてお亡くなりになっているのです。結果的に間違っていたのですから、謝罪するのは当たり前。間違いはない、謝罪しないと証言をする塚部検事はどういう考えなのか」
と批判。村木さんの「冤罪」事件当時の塚部検事の対応についても、
「塚部検事は主任検事のことを告発しながらも、村木さんの法廷では有罪立証にかかわっていた。無実の人を罪人に仕立てようとしていたことになります」
と厳しく指摘した。
かつて「冤罪」を防ごうとした塚部検事は、今何を思うのだろうか。
(AERA dot.編集部 今西憲之)
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