授業の厚みと広がり

2013-06-30 17:20:00 | 学習塾・勉強の仕方

私は、好きなので、ほぼ毎年京都の祇園祭を見に出かけています。

今年も、もうまもなくその祇園祭がやってきます。

あまりにぴったりきて、その中にいると、うっとりしている自分がいます。

実際のこの祭りのころの京都は、実はあまりに暑く、とても落ち着いてこれを眺めていられるような環境ではありません。

それでも、「見る」「眺める」というよりも、「参加している」というくらい祭りに意識が入り込んでしまっている私にとっては、そんな暑さもまた祭りを構成する魅力的な要素の一つとなっています。

何が書きたいのでしょうか。

 

私自身は、塾においては英語・国語・社会全般・それに大学受験生のための論文講座などを受け持っていますが、そうした授業をするに当たっては、常に考えていることがあります。基本的な姿勢と言ってもよいでしょうか。

それは「授業をいかに楽しく展開するか」です。

言い方を換えれば「ただ単元指導をするのではなく、そこに厚みと広がりとを持たせる努力をする」、ということです。

 

冒頭書いた、京都の祇園祭に当てはめてみれば、この事項は中世の歴史の中で触れるべきものです。

通常は、この祭りが京都の町衆によって行われていたということを含め、二つか三つのことにのみ触れておけば、それで授業は成り立ちます。

でも、それで終わってしまったのでは、これを教えられた子供たちの頭の中に、これらがしっかり定着することはあまり望めないかもしれません。

「定着を促す」ためだけでは必ずしもなく、子供たちには「歴史ってこんなに面白いんだ」と思ってもらえるような、そしてその助けになるような授業を意識して、たとえ次のようなことおw重層的にそこで話して聞かせたりします。

●京都という町がどのようにしてこの地に建設されたか

●京都の地理が歴史の中でどのように利用・活用されてきたか

●どんな人物が、どんな働きをここでしてきたか。どんな事件がここで起こったか

●神社・仏閣の話

●歴史上の人物の屋敷や事件の現場を今の京都の町に当てはめるとどうなるか

などなど。

 

こうしたことを、ただの話ではなく、地図その他の資料を活用したり、時には映像も使ったりしながら子供たちに伝えることで、授業は2倍3倍の濃さになります。

勿論、それにばかり時間をかけすぎて、全体の進度に差し障ることのないよう、その点は十分に配慮しますが、いずれにせよ、歴代の子供たちのほぼ全員が、歴史については、その取り組み方が非常に前向きであったことは事実ですし、結果として、これに関する学校や入試の試験では、満点も含め、みんなかなりの高得点を叩き出してくれました。

今年もまた、ACSにおけるそのヒストリーが更新されようとしています。


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