わん太夫の迷路

気ままに人生を送りたいな~、との希望的観測と共に

西洋絵画の父「ジョットとその遺産展」 ~ジョットからルネサンス初めまでのフィレンツェ絵画~

2008年10月30日 14時37分13秒 | 美術散歩

     

西洋絵画の父 ジョットとその遺産展が11月9日まで開催されています

   
   会場の入り口付近

損保ジャパン東郷青児美術館
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html

 

池上先生の引率によりVTCのイヴェントも行われましたので、

ちょっと関連記事を書きます。


ジョットは1267年ごろフィレンツェ近郊で生まれたとされています。

ジョットは羊飼いの少年だった頃、

チマブーエに認められその弟子になったとされています。

しかし、同時代のダンテは『神曲』のなかで、

ジョットの出現により、チマブーエが第一人者ではなくなったと記しています。


さてそのジョットですが、

絵の中の人物が持つ心や感情を外に引き出してきました。

つまり、我々見る側の目線で描いています。

例えば、顔の輪郭線や頬などにうっすらと陰影をつけたりして立体感を出しています。

ジョットはその優れた技法により、イタリア各地に呼ばれて仕事をしています。

そしてその土地土地で、地元の画家達と共同で作業をすることにより、

ジョットの影響が各地に広がったわけです。

その彼らはジョッテスキと呼ばれています。

ジョットの影響はシエナ派などの画家にも受け継がれていきます。

そして、その華麗な技法へと発展させたシモーネ・マルティーニも登場します。

ジョットによって開かれたルネッサンスへの扉は、

夭逝の画家マザッチョにより決定的となりました。

マザッチオは科学的に遠近法を取り入れた初めての人といわれています。

そのマザッチョの作品はブランカッチ礼拝堂に観ることができます。

   カルミネ聖堂ブランカッチ礼拝堂 
   

   聖三位一体:マザッチョ
      


ルネサンスの画家、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロを初めとして、

多くの画家たちがジョットを尊敬しておりました。

ミケランジェロはジョットの絵を模写していたことが伝えられています。

ジョットの人物画の技法を完成させたのは、ダ・ヴィンチでしょう。

特にモナリザを見ると、ジョットからの到達点にあるように思われます。

   《聖母子》:ジョット・ディ・ボンドーネ
   

   モナリザ :レオナルド・ダ・ヴィンチ
   


ルネサンスの時代の画家たちがジョットを尊敬していたのとは異なり、

17世紀以降のイタリアでは、ジョットの評価ははかばかしいものではありませんでした。

それはイタリアにおける絵画芸術進歩の停滞と期を一にします。


近世のイタリアでは、作品の修復等に当っては、

ジョットの作品については、額縁等の修復をしても、

ジョットそのものの手による部分については修復の手を入れなかったそうです。

それはジョットに対する大いなる尊敬の現われといわれています。

ジョットの作品に手を加えることは、恐れ多いということですね。

 


以下はジョットを世に知らしめた、聖フランチェスコ聖堂の壁画

『聖フランチェスコの生涯』です。

ただ、第1の場面と第26~28場面は、ジョットの作ではなく、

『サンタチェチリアの画家』と呼ばれている人の手になるものと考えられています。

 

1.素朴な男の聖フランチェスコへの表敬

   

 

2. 貧者にマントを与える聖フランチェスコ

   


3. 武具のある宮殿の夢

   


4.サン・ダミアーノの廃堂で神の声

   


5.財産放棄

   


6.イノケンティウス3世の夢

   


7.会則の認可

   


8.火の車の幻視

   


9.玉座の幻視

   


10.アレッツオでの悪魔退治

   


11.火の証

   


12.聖フランチェスコの法悦

   


13.グレッチョでの降誕祭

   


14.泉の奇跡

   


15.小鳥への説教

   


16.チェラーノの騎士の死

   


17.ホノリウス3世の前での説教

   


18.アルルの修道院に現れた聖フランチェスコの幻影

     


19.聖痕を受ける聖フランチェスコ

   


20.聖フランチェスコの死

   


21.修道士アゴスティーノと司教グイドのもとに現れた聖フランチェスコ

   


22.聖痕の検証

   


23.聖フランチェスコに別れを告げる聖女キアラと修道女たち

   


24.列聖

   


25.グレゴリオ9世のもとに現れた聖フラ ンチェスコ

   


26.レリダから来た傷ついた男

   


27.ベネヴェントの婦人の告白

   


28.悔恨する異端者の牢獄からの解放

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


芸術祭十月大歌舞伎

2008年10月17日 15時37分24秒 | お楽しみ

           

中央区民カレッジ『歌舞伎ものしり講座 楽しみながら覚えよう』を受講していますが、

区民カレッジでも人気の講座で~す。教室講座は5回、歌舞伎鑑賞は2回。


今回は芸術祭十月大歌舞伎に行ってきました。

歌舞伎を見るのは数十年ぶりです。

鑑賞の前に、見所や、歌舞伎に関する講義を受けて、いざ歌舞伎座へ。


歌舞伎座前の絵看板
       

本日の演目は、

一、本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)
  
   「十種香」
   
   「狐火」

ここでは、坂東玉三郎の八重垣姫が見応えがありました。

大名の娘としての気品と、恋する女としての立ち居振る舞い。

華麗なる、さすがの演技です。

八重垣姫は赤い衣装ですが、これは恋に狂ったことを示しいるそうです。

この八重垣姫は『歌舞伎三姫』として『金閣寺の雪姫』『鎌倉三代記の時姫』とともに人気があ

りますが、

この八重垣姫が一番人気だそうです。


ここで幕間
       

お知らせ看板
       

通路西側の売店群
       

二、雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)
     
   「直侍」

この話しには、尾上菊五郎が、「直侍」(なおざむらい)を演じています。

蕎麦を食べる場面がありますが、それが「いなせ」で格好良いんです。

その昔は、この演目が終わると、歌舞伎小屋の近所の蕎麦屋が賑わうとか・・・・

ちなみに歌舞伎では、『消え物』というのがありまして、舞台の上から消えてしまうもの。

例えば蕎麦のように食べられてしまうものなどなど・・・


三、英執着獅子(はなぶさしゅうじゃくじし)

ここでは、福助が華麗に獅子を舞います。

獅子のたてがみを、くるんくるんと振り回しますが、何度回したことか(笑)・・・

とにかく華麗に立ち回ります。


そして木が入り幕。

幕間に皆さん夕食をとりますが、昔懐かしい『オリエンタルカレー』が人気とのことでした。

歌舞伎座を後にし、空を眺めると、秋の満月が輝いていました。

 

   


詳しい『筋書き』は歌舞伎座のホームページからどうぞ

歌舞伎座ホームページ
http://www.kabuki-za.co.jp/


始まりはジョットだったのか・・・・

2008年10月12日 10時39分37秒 | 美術散歩

始まりはジョットだったのか・・・・

 

池上先生のご引率の下、ジョットとその遺産展に行ってきました。

参加された皆さんが素敵な記事をすでに書かれているので、

少し違った切り口からアプローチしてみます。

 

ポンペイの古代遺跡が発掘・発見されてたよりもはるか以前の時代の西洋では、

女性を描くことは、聖母子やキリスト教に関するものだけでした。

そしてその描き方は、東ローマ帝国、即ち「ビザンチン様式」でなされていました。

その描き方は、厳格に規定されていて、その中に感情表現を書込むことなどは、論外でした。

それは、絵を見る人が、高貴な階級の王侯貴族に限られていたことにもよるようです。

しかし、中世になると、修道院が作られ、そこで宗教活動をする修道僧たちは、

近隣の住民たちとも接するようになり、

しだいにキリスト教が農民などの一般人にも浸透していくようになります。

当然彼らは文字も読めませんので、布教に当たっては、「絵画」を通してということになります。

中世ロマネスクの頃の聖母子像は規格化されたものから、

徐々に聖書の物語が分かるようにと変化していきます。

 

今回展示のジョット・ディ・ボンドーネの『聖母子』
        

この作品はジョット初期の作品ですが、この作品を見てピンときました。

そうか、ジョットが始まりだったのか・・・・・

それでは次に、ジョットの影響を受けたシエナ派、シモーネ・マルティーニの『受胎告知の聖母』

      

そしていよいよ、ジョットのスタイルを一歩進めて、

ルネッサンスの扉を開けたマザッチオです。

彼は絵画の中に生身の人間そのものの如く表現しています。

「喜怒哀楽」が伝わって来ます。

マザッチオの『聖母子』
      

マザッチオの『楽園追放』(ブランカッチ礼拝堂)
      

そして、「ビーナスの誕生」や「春」で有名なボッチチェリです。

こんなに女性を美しく描いたのは彼ならです

ボッチチェリの『聖母子と天使』
      

そしていいよ、レオナルド・ダ・ヴィンチです。

彼は人間を解剖学的にも徹底的に追及しました。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『リッタの聖母』
      


レオナルド・ダ・ヴィンチの『聖アンナと聖母子』
    

レオナルド・ダ・ヴィンチの『白紹を抱く貴婦人』
    
ここまで見てきてお気づきでしょうか

女性を女性らしく写真を撮るときには

真正面からではなく、やや斜めから、

そして、《親指を見せない》という約束事。

ジョットの聖母子のポーズが始まりでした。

そしてこの女性ポートレートのお約束事の到達点が


レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』
    


そしてその後の絵画では、ラファエッロがダ・ヴィンチを踏襲し定型となっています。

ただし、ルーベンスのような、女性にダイナミックな躍動感を与える絵画では、

逆に積極的に親指を見せるようにしています。

 

皆さんも女性の優しさを強調して撮りたい時は、

ちょっと「親指」を隠すようにすること、

そして真正面からではなく、やや斜めのアングルにすること。

きっと彼女の女性らしい素敵な写真が撮れますよ

 

 西洋絵画の父「ジョットとその遺産展」
~ジョットからルネサンス初めまでのフィレンツェ絵画~
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html

 

関連ブログ

池上先生 池上英洋の第弐研究室
http://blog.livedoor.jp/ikedesu/

とらさん Art & Bell by Tora
http://cardiac.exblog.jp/9667152/

Tak(たけ)さん 弐代目・青い日記帳 
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1510

Nikkiさん Megurigami Nikki
http://megurigami.jugem.cc/?eid=742

一村雨さん つまずく石も縁の端くれ
http://plaza.rakuten.co.jp/ennohasikure/diary/200809130000/


茶人のまなざし「森川如春庵の世界」

2008年10月09日 13時10分39秒 | 美術散歩

茶人のまなざし「森川如春庵の世界」

10月4日(土)から始まった、頭書の展覧会に行ってきました。

空いているかと思いきや、初日ということもあり、結構な賑わいでした。


森川如春庵は愛知県出身の茶人です。

彼は16歳という若さで、本阿弥光悦の黒楽茶碗「時雨」(現 重要文化財)を入手するなど、

その審美眼は確かなものでした。

  
   本阿弥光悦:黒楽茶碗「時雨」(現 重要文化財)

    
  本阿弥光悦:赤楽茶碗 銘 「乙御前」

益田鈍翁は三井物産初代の社長で、文化人であり茶人でした。

彼は若い如春庵と親交を深めていきます。

鈍翁の晩年に佐竹本『三十六歌仙絵巻』が海外流出されそうになったとき、

鈍翁は買い手を求めましたが、当時としても破格の金額であり、

買い手が見つからない有様でした。

そこで、万止むを得ず、絵巻物を切断して売りたてることになりました。

そのとき如春庵は、巻頭の「柿本人麿」を引き当て注目されました。

対する、提唱者の鈍翁は、「蝉丸」でしたので非常に落胆したそうです。

そこで、三十六歌仙の「齋宮女御」を買われた方が交換を申し出られ、

鈍翁の所有となった次第です。

  
   佐竹本三十六歌仙切「齋宮女御」

ところでこの売り立てを行った場所が、益田鈍翁の茶室『応挙館』だったのです。

その応挙館の襖絵などの設えは、当然丸山応挙の手によるものですが、

現在は、東京国立博物館の庭園に移築されています。

中の襖などは取外され、模写が飾られています。

本物は、東博の所蔵館にありますが、是非見たいものですね。


ところでこの応挙館では、毎月茶席が催されていますが、

茶席のあとに、この佐竹本『三十六歌仙絵巻』の切断前の模写品が見れます。

そして切断される当時の解説もあります。

模写といっても切断前の長い、長~い巻物は感動ものです。

是非参加されてみては如何ですか ♪ d(⌒o⌒)b♪

   
    応挙館:東京国立博物館

   
    応挙館での茶席で佐竹本『三十六歌仙絵巻(模本)に見入る人たち

それから、本展のチラシには小さく書いてあるのですが、

何と、国宝 志野茶碗 銘『卯花墻』が展示されていました。

ほかの展示物の前は結構混雑しているのでしたが、

こちらは誰もいないので、遠めで見たとき、一瞬はっとしましたが・・・


こちらは、日本国内で焼かれた国宝茶碗2点のうちの1点だそうです。

気品の漂う中に、志野茶碗独特の暖かさが伝わってくる、名品中の名品です。

間近に見られるので、是非ご覧下さい。

  
   国宝 志野茶碗 銘『卯花墻』

三井美術館
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition_01.html


応挙館
http://www.tnm.go.jp/jp/guide/map/garden.html

 


 


映画『消えたフェルメールを探して/絵画探偵ハロルド・スミス』&トークショー

2008年10月06日 17時20分10秒 | 美術散歩

          
          合奏:ヨハネス・フェルメール

昨日、渋谷のアップリンク(UPLINK)で

映画『消えたフェルメールを探して/絵画探偵ハロルド・スミス』&

国学院大学教授の小池寿子先生とわれらがTak(たけ)さんとの座談会に行ってきました。


映画は、ドキュメンタリータッチで、ボストンのガードナー美術館創立者の

イザベラ・スチュワート・ガードナー婦人の絵画収集の熱意に関するもの、

そして、フェルメールの名画『合奏』の盗難の顛末とその後の捜査に関する部分とが、

交互に織り交ざった展開内容です。

彼女があれだけ素敵なコレクションを集められたのは、

目が利く画商と知己であったためと思われます。

それにしても当該美術館の警備体制の甘さには驚かされました。

 

   

映画鑑賞後は小池先生とTakさんとのお話でしたが、

その中で特に印象に残ったのは(私し的にですが・・・)、

フェルメールは、色の三原色のうちの『緑色』の絵具を使わなかったということです。

   

では、どうしたかというと、黄色と青色の絵具の点描により、

緑色に見える効果を出したということでした。

   


Takさんは、フェルメールに関しては一家言でありますので、

小池先生が逆に質問をされる場面もしばしばありました。


御両名の対談は30分でしたが、あっという間に終わってしまった感じで、

話に吸い込まれてしまいました。


ただ、会場内の冷房がやけに効きすぎたのが・・・・・でした。

 

Takさんのブログ 弐代目・青い日記帳 

http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1534#sequel