礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

勝ったのは、ヤスオ君のバントのおかげだよ

2018-04-17 06:08:38 | コラムと名言

◎勝ったのは、ヤスオ君のバントのおかげだよ

 一昨日までの話題の続きである。吉田甲子太郎に、「一マイル競走」という作品(初出、一九四六年六月)、そして、「星野君の二塁打」という作品(初出、一九四七年八月)があることは、すでに紹介した。
 実は、同じころ吉田は、雑誌『少年クラブ』に、『兄弟いとこものがたり』という連載小説を発表していた(一九四七年一月~一二月)。そして、その第三話「ネコの巣」(一九四七年三月)に、「星野君の二塁打」の原型とも言うべき、野球の試合の場面が登場する。情報源は、あいもかわらず、功刀俊雄氏の論文(二〇〇七、二〇〇八)である。
 以下、功刀論文〔2007〕から引用する。

2.「兄弟いとこものがたり」におけるヤスオの犠牲バント
 最初に取り上げるのは〔吉田〕甲子太郎の長編小説の代表作「兄弟いとこものがたり」である。まずはこの作品から野球の試合の場面を引用してみよう。
《いとこ・チ一ムとクラス・チームとは3対3で六回戦をおわった。第七回、ラスト・イニングである。
 いとこ・チームの先攻だ。ヒロシが安打で一塁へでた。つぎの打者はヤスオだ。主将のコロクが、ヤスオをわきへ引っぱっていった。
「ヤスオ君、バントでヒロシ君を二塁へ送ってくれ。どうしても、ここで一点とらなきゃ勝てないんだから。」
 だが、ヤスオは不平そうな顔をした。
「ぼく、打ちたいんだ。打てるよ、あんな球。」
「試合は、きみひとりでしているんじゃないぜ。九人でしているんだ。きみが打ちたくても自分の思うとおりにはいかないよ。ダブル・プレイをくったらおしまいじゃないか。」
 いくら、ひとりむすこでわがままなヤスオでも、野球の試合では主将の命令にそむくことができないくらいのことは知っていた。で、これが最後だから、二塁打か三塁打をと思っていたのも、あきらめた。そして、一塁がわに、ゆるいゴロをバントしてヒロシを二塁に送りこんだ。
 あとの一番打者が、第一球をねらい打ちしたのが三塁打になりヒロシはホーム・イン、つづいて安打が一本出て、また一点獲得。さいわい、敵を三点のままでくいとめることができたので、いとこ・チームはけっきょく二点の差で勝利をおさめたのだった。
「勝ったのは、ヤスオ君のバントのおかげだよ。」
 そういわれると、さっき、バントしろとコロクにいいつけられたときの不平などわすれて、ヤスオもいい気持ちだった。》
「兄弟いとこものがたり」の主人公は国民学校5年生のヤマネ・ヒロシと彼の兄弟、いとこたちである。この作品はそれぞれにタイトルが付けられた12話からなり、引用は第3話「ネコの巣」からの一場面である。引用文中に登場するヤスオはヒロシの同い年のいとこ、コロクもヒロシやヤスオのいとこで1年上の6年生である。ヤスオは、自分の学校のクラスで、自分にはいとこが大勢いるのでいとこ・チ一ムをつくりクラスのチームと野球の試合をしようと約束をする。試合当日、ヤスオはヒロシに子猫を見せようとするが、子猫が行方不明で見つからない。試合時間が迫って、ヒロシがみんなとの約束を破ることになるよと忠告してもヤスオは子猫を探し続けるのであった。ヒロシのきつい口調の忠告でやっと試合会場の学校に行く。試合開始時間にはなんとか間に合ったが、皆に心配させてしまった。その後の野球の試合場面の描写が先の引用文である。【以下、略】

 ヤスオは「バント」を命じられて、それに従い、星野君は「犠牲バント」のサインを無視して、二塁打を打った。前者は、『兄弟いとこものがたり』の第三話「ネコの巣」(一九四七年三月)に出てくる話であり、後者は「星野君の二塁打」(初出、一九四七年八月)に出てくる話である。作者は、ともに吉田甲子太郎。時系列からいって、「ネコの巣」で使った挿話を、「星野君の二塁打」という作品に発展させたといってよいだろう。
 ただし、「ネコの巣」には、「抜け駆けの功名」という要素がなかった。「ネコの巣」の挿話の場面設定を替え、それに、「抜け駆けの功名」という要素を加えたものが、「星野君の二塁打」という作品だと言ってよいだろう。ちなみに、同じく吉田甲子太郎の作品である「一マイル競走」(初出、一九四六年六月)にも、「抜け駆けの功名」という要素は見られなかった。
 どうして吉田甲子太郎は、「星野君の二塁打」に「抜け駆けの功名」という要素を加えたのだろうか。この間、紹介している功刀俊雄氏の論文は、実に周到な論文であって、この点についても、説得力のある考察をおこなっている。【この話、続く】

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