Yoz Art Space

エッセイ・書・写真・水彩画などのワンダーランド
更新終了となった「Yoz Home Page」の後継サイトです

水曜日は水彩画・ザクロ

2015-09-30 08:51:38 | 水曜日は水彩画

 

ザクロ

 

20×30cm

 

 

 

 

お向かいの家に、大きなザクロの木があり

10年ほど前に、一度頂いたことがあって、その時、絵を描いたのですが

今年も描きたくなって、「予約」しておきました。

一昨日、割れたのと、割れてないのを取り混ぜて

3個持ってきてくださったので、

割れているのを、急いで描いてみました。

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

100のエッセイ・第10期・55 「ゴミ屋敷」への道

2015-09-29 17:29:55 | 100のエッセイ・第10期

55 「ゴミ屋敷」への道

2015.9.29


 

 「雀百まで踊り忘れず」というか、「栴檀は双葉よりかんばし」というか、「バカは死ななきゃ治らない」というか、とにかく、人間の持って生まれた性癖というものは、そう簡単には変わらない。変わらないどころか、歳をとればとるほど、その性癖が増大というか、増長というか、悪化というか、とにかく、ひどくなるばかりだ。

 ぼくの場合、その性癖は、数えれば十指に余るけれども、何よりも分かりやすくまた人さまに迷惑をかけるものとして、「収集癖」がある。何かを集めたって、人さまに迷惑かけることにはならないんじゃないかというのは、「収集癖」のオソロシサを知らないからである。一番分かりやすい迷惑というのは、いわゆる「ゴミ屋敷」なんぞを作ってしまう性癖で、こうなるとほとんど病気であるけれど、それじゃあ、ゴミを集めたら病気で、昆虫を集めるのは病気じゃないのかってことになったら、そう簡単には言えないに決まっている。ゴミの場合は、ほとんどの人が「嫌なもの」「汚いもの」って思っているから、それを集めたら変な目で見られ「あの人、ビョーキじゃないの?」って言われるけど、昆虫だって、かなり多くの人からすれば、ゴミ以上に「嫌なもの」「気味悪いもの」であるに違いない。

 というわけだから、いずれにしても、「ものを際限なく集める」ということは、だいたいにおいて、「人さまに迷惑をかける」行為となってしまう可能性が高いわけだ。昆虫なら、標本箱が100個あったって、一部屋占領すれば済むことだが、これがたとえば本だったりすれば、下手をすれば二階の床が抜ける事態にもなるから、「人さま」つまり、家族に大迷惑をかけることになるのだ。

 ぼくの場合は、一時、この大量の本と大量のCDを集めてしまったことをおおいに反省して、本をおよそ3000冊、極悪非道にも「自炊」してしまい、本棚は一時かなりすっきりして、「余白の美」すら生み出していたのに、ここへきて、なんだか無性に本が欲しくなって、その余白もあっという間に埋まってしまった。しかも今度は、「自炊」する気になかなかなれない。あれほど、「紙の本」なんかもう終わりでいい! ってほざいていたのに、やっぱり本は紙の本だよなあなんて時々思ったりもするのだから始末が悪い。

 CDもいったい何千枚(いや違った、何百枚)あったのか覚えてないが、ほとんどをパソコンに取り込み、CD本体は売ってしまった。これはこれでいいやと思っていたのだが、昨今、昔はほとんど聴かなかったのに、無性にクラシックを聴きたくなって、パソコンから聴こうとするのだが、どうもなかなか見つからない。見つかっても、どうも、なんというかオモムキに欠ける。CDをデッキに入れて、アンプのボタンを押すといった動作が懐かしくなってきてしまう。だからといって、今更レコードプレーヤーやLPレコードを買いこみ「アナログ回帰」する気もないし、時間もない。せめて、CDは手元に置いておきたいよなあなんて思っているうちに、ネットで、グレン・グールドのボックスが発売されることを知った。いや知ってしまった。

 全81枚組で、およそ26000円である。1枚なんと320円である。ぼくは昔からグールドが好きで、何度、そのCDを全部買いたいと思ったか知れない。その当時は、1枚あたりだいたい2500円はしたわけだから、81枚も買ったら20万円は超してしまう。そんなことは到底できなかった。それが……。

 昨今の音楽業界は、ネット配信が中心になったのか、CDなどは投げ売り状態ということなのか。50枚組で8000円なんてもの当たり前にある。これは、ほんとにヤバイ状況である。

 そんなこんなで、我が家に、グールドの、コンプリートコレクションなるものがどっかと届いた。ものすごく大きな箱に入っている。いくらCD81枚といっても、こんなに大きな箱はいらないだろうと思って開けてみると、LP版の大きさの分厚い本が入っていた。それは、81枚のLP版のジャケット写真を中心にした写真集だった。その他にも、今まで目にしたことのないグールドの写真などもたくさん収録されている。感激した。

 しかし、こんなことをしていたら切りがない。今度こそ、ほんとうの「ゴミ屋敷」になってしまう。「資金」もそろそろ底をついてきたことだし、買うことはそこそこにして、聴く、読むことに重心を移していかねばならぬと、自分を強く戒めている(つもりの)昨今である。




 


この記事をはてなブックマークに追加

一日一書 701 「Eiko High Forever」2(コラ書)

2015-09-28 09:27:31 | 一日一書

 

 

「Eiko High Forever」より


We will stand by you,


With faithful hearts and true, loyal till we die.



アルファベットを書くのが面白くなってしまいました。

筆遣いの規則なんてないわけですから

勝手に、やってます。

 

筆記体の方が、筆に馴染みそうですが

そうでもないようです。

 

バックは、クレパス画。

 

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

一日一書 700 「Eiko High Forever」(コラ書)

2015-09-27 10:48:28 | 一日一書

 

Eiko High Forever

 

作詞:G.Voss and R.T.Rush

曲:German Melody

 

 

校舎移転に伴い、校歌も変わったわけですが、

栄光学園には、いわば「第二校歌」ともいうべき英語の歌があります。

これは、初代校長グスタフ・フォス神父と、ロバート・ラッシュ神父による作詞になるものです。

曲は、German Melodyとなっていますから、フォス神父がよく知っていた曲だったのでしょう。

 

これを中1から習い、ことあるごとに歌っていました。

今でも、卒業生の結婚式などでは、この歌が歌われることがおおいようです。

 

とにかくフォスさんらしい、勇ましい歌詞ですが

難しい言葉も多く、2番以降はほとんど歌った記憶がありません。

 

Eiko High Forever以下のメロディーに入ると二部合唱になって

ぼくなんかは、上の方のメロディーを得意になって歌ったものです。

 

同窓会の方から、こんどは「Eiko High Forever」を書いてみて! って言われたので

試しに書いてみました。

英語を筆で書くというのも、けっこう面白いですね。

 

背景は、創立間もない頃の田浦での体育祭。

プロムネードをやっています。

今年も、もうすぐ体育祭。

改築中の中での体育祭は大変でしょうが、この時代にくらべればまだマシというもの。

頑張ってほしいものです。

 

 

歌詞の全文は以下の通りです。

 

Eiko High Forever 

 

1

Come all ye friends , join hearts and hands,
We sail for Eiko High.
Don't mind the gale, unfurl the sail,
Take up the battle cry:
Eiko High, forever, in any storm and weather,
We will stand by you,
With faithful hearts and true, loyal till we die.

 

2

The rigging’s fast, and strong the mast,
We are a fighting crew.
Through schoolboy years and manhood fears,
We’11 keep our course set true:
Let the oldsters mumble; let the critics grumble;
Young we are and brave,
In spite of wind and wave,
We sail for Eiko High.

 

3

Life's voyage run, a job well done,
We sing of days gone by.
With voices strong, the final song,
Our dear old battle cry:
Eiko High, forever, in any storm and weather,
We will stand by you,
With faithful hearts and true, loyal till we die.

(2番末尾は、現在は1、3番と共通)

 

 

訳すとどうなるんでしょうか。

試しに訳してみますが、

間違っていたら、直してください。

 

さあ友よ、やってこい。

心を合わせ、手をつなぎ、

栄光へむかって帆をあげて出発だ。

強風なんて気にするな、帆を広げるんだ。

闘いの雄叫びをあげよ。

栄光よ、永遠なれ。

どんな嵐や暴風雨の中でも

我等はいつもいつも死ぬまで忠実に君たちのそばにいる、

誠実で嘘のない心をもって。

 

2

ロープはすばやく巻き上げられ、マストは頑強だ。

オレたちは、闘う仲間なんだ。

学生の日々、そして大人としての様々な心配事を生きる中で

オレたちは、ずっと真実のコースをはずれはしない。

老人たちには繰り言を言わせておけ、批評家どもには不平を言わせておけ

若いオレたちは、勇敢なのだ。

風や波なんて気にしないで

栄光に向かって帆を上げるのだ。

 

3

人生は、走り抜ける旅だ。

仕事が成就したとき、オレたちは過ぎ去った日々を歌うのだ。

力強い声で、最後の歌を。

オレたちの大切な昔歌ったあの闘いの歌を。

栄光よ、永遠なれ。

どんな嵐や暴風雨の中でも

我等はいつもいつも死ぬまで忠実に君たちのそばにいる、

誠実で嘘のない心をもって。

 

 

 

う~ん、あやしいところもあるけど

だいたいこんな意味みたいです。

歌ったことのない2番や3番は

今回、訳してみて、初めて意味を知ったのですが

なかなかいい。

 

3番なんて、人生の最後まで歌っている。

 

ここで言われる「Eiko High」は

もちろん「栄光学園」を指すわけですが

それは、学校にとどまるのではなく、

最終的には「神の栄光」を指すのだと思います。

「神の栄光」って何のこと? っていうことにもなるけれど

それは、「世界が人々が愛し合う平和な世の中であること」のことだと

ぼくは思っています。

 

くり返される「We will stand by you」

在学中は、何となく「you」を「栄光学園」ととっていたような気がして

反発を感じたこともあります。

けれど今思えば、

「死ぬまで忠実」であるのは「栄光学園」に対してではなく

「友である君」に対してなのだと思うのです。

言ってみれば、この歌は、友情の歌。

だからこそ、今でも、歌いつがれているのでしょう。

 

教育観では、決して共感できることばかりではなかったフォス校長ですが

この潔さ、この困難に立ち向かう勇気は

確かに、学んだはずです。

これからも、人生の様々な場面で、

この歌はぼくらを鼓舞してくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

一日一書 699 栄光学園校歌・校歌「みどりなす相模野」(コラ書)

2015-09-26 12:04:21 | 一日一書

 

栄光学園校歌(みどりなす相模野)

 

 

大船に校舎が移転して、「大横須賀のひんがしに」というような歌詞は使えなくなりました。

で、新しい校歌をということになり、歌詞の公募が行われました。

ぼくの同級生たちも、応募したらしいのですが見事に落選。

作詞は国語科の阿部忠也先生、作曲は音楽家の沖喜英雄先生のものに決まりました。

応募した友人たちは、先生のが採用されるなんてズルイとかいって怒っていたようです。

(その話は、卒業してずいぶんたっての同窓会で聞いたのでした。)

 

歌詞の全体は以下の通りです。

 

みどりなす 相模野の野辺

果てしなき 学びの道に

つどひたる 若人われら

とこしへの 真理(まこと)もとめて

栄光の ひかりかかげむ

 

丹沢はむらさきに染み

大いなる 使命に今ぞ

むすばれし 一千の友

友情の 花はひらきて

栄光の 平和はここに

 

しろがねに 輝く富士の

けがれなき またけきすがた

広壮の 気宇(こころ)を胸に

若き日の 命は燃えて

栄光の 理想は高し

 

 

こんどは3番までなので、ずいぶんホッとした思いをしたことを覚えています。

ただ、それぞれ末尾の「ひかりかかげむ」「平和はここに」「理想は高し」が

何番の末尾だかいっこうに覚えられない生徒がいて

「栄光の、栄光の」と二度くり返したあと

「平和は」と歌うべきところを「理想は」と歌い出してしまって

恥ずかしい思いをすることがよくあって、

それで、このところにくると、急にみんな声が小さくなってしまったものです。

 

そこで、ぼくは、生徒たちに

いいか、1番は、先ず「栄光の」のつながりで素直に「ひかり」なんだ。

2番は「丹沢」で始まる。それは、丹沢にヒュッテがあって、そこでキャンプをするだろう、

だからその楽しいキャンプが「平和」を象徴しているわけだ。

3番は、「富士」が出てくるわけだから、それは当然「理想」の象徴なわけだ。

これを覚えておけば、間違えずにすむぞ、って説明をよくしたわけですが

生徒たちは「コジツケだあ」といって、あまり納得しませんでした。

コジツケではなく、ほんとだったのになあ。

 

全国的に子どもが増えて、どの学校でも学級数を増やさなければならなかったころ

栄光も、神奈川県の方から、学級数を増やせ、さもないと助成金を減らすぞ、

みたいな脅し(?)まがいの要請があったらしいのですが、

それに屈することなく、4学級を守り抜きました。

これは今でも偉かったと思います。4学級というのがいちばん、授業をやりやすいのです。

学校経営としては、生徒数が多いほうがいいに決まってますけどね。

でも

ひょっとすると、学級数を増やすと「むすばれし一千の友」の歌詞を

修正しなければならなかったからも、なんて思ったりします。冗談ですけど。

栄光学園の定員は、ぼくが在学中から変わらず1080人です。

 

 

 

 


この記事をはてなブックマークに追加