Yoz Art Space

エッセイ・書・写真・水彩画などのワンダーランド
更新終了となった「Yoz Home Page」の後継サイトです

木洩れ日抄 27 見えない「現実」へ 「青春ドラマ──運命の奇跡」森下高志・一人芝居を見る

2017-07-24 14:51:55 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 27 見えない「現実」へ 

       森下高志・一人芝居『青春ドラマ──運命の奇跡』を見る

2017.7.24


 

 先週の瀬田ひろ美さんの一人芝居に続く、キンダースペースの俳優による一人芝居第2弾。今度は、シベリア抑留体験者の手記をもとにしたドラマだ。

 ぼくの父がシベリア抑留者だったことは、何度も書いてきたが、ぼくは、シベリアの話を聞きながら育ったようなものだ。ぼくから質問することはほとんどなかったが、父は、繰り返し、体験談を話していた。母にもずいぶん話したようだ。けれども話は断片的なエピソードばかりで、そもそもどこの収容所にいたのかすら分からなかった。地名も何度か出たのかもしれないが、きちんとメモしておくことなどしなかったから、ぼくが忘れてしまっているのかもしれない。けれどもそのエピソードは、繰り返し語られたから鮮明だ。

 父の余命が少ないと分かったときに、ぼくは、ほんとうは、ことこまかに聞いて、「聞き書き」を作りたかった。けれども、それは父に余命の少ないことを告げるようなものだったから、おもいとどまった。それはそれでよかったのだと思う。ことこまかに語ることは、ただでさえ病気で苦しい父を更に苦しめることになるだけだったから。

 そんなわけで、今回の森下高志の発する言葉を、ぼくは、父の言葉として聞こうと思った。そして、聞くことができた。

 芝居の後の打ち上げで、瀬田さんや森下君から聞いたところによると、手記そのものは、もっとたくさんの感情が書き込まれているのだそうだ。それを瀬田さんや森下君が、再構成し、脚本化して、今回のような一人芝居に作りあげたとのことだった。

 怒り、後悔、不安などの感情が渦巻いている手記から、極力感情をそぎ落とし、事実としてのエピソードを語る。それによって、かえって事実の背後にある感情がより普遍的なものとして、聞く者、見る者に迫ってくるのだ。一人芝居で語られた言葉が、父の言葉として感じられたということ、父の思いとぴったり重なるように思えたこと、それは、こうした演者側の綿密な作業の結果だったのだ。

 個人的な感情が強く語られれば語られるほど、その感情と、ぼくらの感情の間に隙間ができてしまう。かといって、個人的な感情がまったく語られなければ、「共感」すら生まれない。その微妙なバランスの中で、語りは成立するのだということを、そして、そういう語りが成立するためには、高い演技の技量が必要なのだということを深く納得したのだった。

 それにしても、この芝居で語れるエピソードは、悲惨な体験ではあるけれど、どこか不思議なユーモアがある。そこも父の話と似ていた。これほど過酷な状況でも、それを乗り越えて生きるには、実は、こうしたユーモアが必須なのだと改めて気づかされた。ユーモアは、対象からの距離によって生まれる。苛酷な状況を、あるいは苛酷な状況におかれた自分を、客観視することからユーモアが生まれる。

 汚い話で恐縮だが、芝居の中で、ウンコを始末する話が出てくる。シベリアの寒気の中でカチンカチンに凍った「クソ」をたたき割って捨てにいく、というエピソードである。もうヤケになって、凍ったウンコの塊と格闘する筆者の姿は気の毒だけれど、どこか笑ってしまう。まさに「ヤケクソ」ならぬ「コオリクソ」である。このエピソードとほぼ同じ話を、父は何度も何度も話していた。

 便所は、穴を掘ってそこにするんだ。でも、冬になると、地面はカチカチに凍ってしまって穴なんか掘れない。だからよ、ウンコで穴がいっぱいになると、その凍ったウンコを穴から抜き出すんだ。ウンコ柱だ。それをオレたちはかついで、近くの川に捨てに行く。しかし、川っていったって、みんな凍ってるんだからどこが川だか分かりゃしない。ここら辺りが川だったはずだというところへ捨ててきて、戻って、ペーチカ(ロシア式暖炉)で暖まるんだけどよ、担いでいたウンコのかけらが解けるんだ、くせえのなんのって、といって、必ず笑った。ぼくもそのたびに笑った。

 だから、ぼくの中には、「悲惨な思い」が残らなかった。つまり、父は、最後は笑って終われる話しかしなかったのだと思う。シャレにならない話はできない。救われない話はできない。それでも、時に、そんなシャレにならないエピソードも混じることもあった。けれどもそれは、二度と語られなかったように思う。

 森下高志の芝居を見ながら、もう、30年も前に死んだ父の話を聞いていた。そして、ここでも、どこか笑いで終われる話を聞いた。そして、父が語らなかったこと、この手記の筆者が書かなかったことへ、思いを馳せた。

 この芝居のラストは、森下が舞鶴の港に一歩を進めて降り立つ所で突然終わる。それは見事なラストだった。つまり、やっと帰国でき、あの「岸壁の母」で有名な舞鶴の港に降り立ったその「後」に、手記の筆者を待っていた人生はどのようなものであったのか。そのことへの想像をかき立てるラストなのだ。筆者の人生がどのようなものであったかは知らないが、父の人生がどのようなものであったかは、ぼくがつぶさに知っている。ぼくは、父の復員した翌年の昭和24年に生まれた。そして、父は、昭和天皇崩御のたった数ヶ月前、昭和の終焉を見届けることなく69歳でなくなった。ぼくはこの「現実」に、今でも、ガンジガラメに縛られているように感じることがある。

 小さな舞台で演じられる一人芝居だが、そこから、無限に広がる想像の世界。非現実な空想の世界ではなく、「現実」への想像の世界。「現実」は、分かりやすい形で目の前に転がっているわけではない。想像力を全開にして、見なければ、聞かなければ、「ある」ことすら分からない。見えない「現実」、語られない「現実」へと強く誘う芝居、それが、今回の森下高志の一人芝居だった。瀬田ひろ美とともに、キンダースペースの実力を、遺憾なく発揮した舞台だった。あらためて、劇団キンダースペースに、森下高志に、瀬田ひろ美に、感謝したい。そして、今後の活躍を心から祈りたい。




 



 


この記事をはてなブックマークに追加

木洩れ日抄 26 「語る」ということ──瀬田ひろ美・一人芝居『父さんはとうとう帰って来ませんでした』を見る

2017-07-18 11:44:45 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 26 「語る」ということ

     ──瀬田ひろ美・一人芝居『父さんはとうとう帰って来ませんでした』を見る──

2017.7.18


 

 岸政彦は「語り」についてこんなことを書いている。


「ある強烈な体験をして、それを人に伝えようとするとき、私たちは、語りそのものになる。語りが私たちに乗り移り、自分自身を語らせる。私たちはそのとき、語りの乗り物や容れ物になっているのかもしれない。」『断片的なものの社会学』


 戦争体験の語り部として「語る」ときだけではなくて、ぼくらが日常のあらゆる場面で何かを語ろうとするとき、こうしたことは起こるのだという。

 たしかに、ぼくらが、あのときああしてこうしてと、夢中になって「自分語り」に熱中するとき、ぼくらは「語り」に突き動かされ、そして自分の小さな物語を作っているのかもしれない。岸政彦は、そのようにしてつくりあげてられてきた物語の組み合わせが「自己」なのだという。

 劇団キンダースペースの瀬田ひろ美による一人芝居『父さんはとうとう帰って来ませんでした』は、戦争体験者、江頭ふみ子の手記を、一人芝居にしたものだが、それは、「語り部」を演ずるという、二重の「語り」として瞠目すべきものであった。
実際の体験者の語り部が語る「語り」でも、「語り」は、語り部に乗り移り、語り部は「乗り物」になる。それなら、「語り部」を演ずる役者は、「乗り物」の「乗り物」にならなければならない。

 けれども、「乗り物」の「乗り物」なんていう二重構造が、観客に見えてしまったら、しらけるだけだ。感動どころではないだろう。その二重構造が見えないようにするためには、「役者」が透明にならなければならない。まずは、役者が透明になり、その中の「語り部」が舞台に現れ、そして、その「語り部」さえもが透明になって、舞台には、「語り」そのものが姿を現さなければならないのだ。それは至難の業だが、キンダースペースの「モノドラマ」で長い間鍛えてきた技術と芝居への思索によって可能となったのだ。

 朗読は、さまざまなスタイルがあるだろうが、あくまで「テキスト」が主体であることは確かだろう。しかし、「モノドラマ」あるいは「一人芝居」となると、あくまで演劇である。演劇の主体は、もちろん、役者であり、役者の肉体、そして役者の肉体が語る言葉である。生身の人間が舞台に立っている以上、それは、「朗読者」ではなくて、「役者=演じている人間」なのだ。その役者が「語り部」となって語る。しかも、役者は「語り部」を演じているのではなくて、手記を書いた体験者を演じるのだ。

 この一人芝居で、瀬田が語れば語るほど、「語り部」は姿を消し、くっきりと「江頭ふみ子」という人間が、そして、彼女を取り巻く様々な人間の姿が、浮かびあがってきた。江頭ふみ子という人が実際に目の前にいて、ぼくらに向かって語りかけてくる思いがした。それだけでも、十分に感動的だったけれど、瀬田がそこを突き抜けて、瀬田は「語り」の乗り物となっていった。そして小さな舞台に現出し、溢れたのは、江頭ふみ子という人の、悲しみ、怒り、恐れ、喜びなどの、本当は言葉にならない心の現実だった。言葉にならない、言葉にできない心の現実を、言葉によって表現する。なんという矛盾に満ちた、困難な作業だろう。それを成し遂げようと懸命に努力し、みごとに成し遂げた瀬田ひろ美さんに、心から敬意をはらいたい。そして、今回、素晴らしいギターの演奏で、芝居の背景をつくりあげてくださった、下梶谷雅人さんにも感謝したい。

 岸政彦は、ぼくらが作りあげていく「物語」の外側から、何かが覗き込んでいるのかもしれない、とも言っている。それはたぶん、今回瀬田が見事に表現したように、語れば語るほど立ち現れてくる、「言葉にならない心の現実」なのではなかろうか。ぼくらが「語る」のは、ちょうど、ろうけつ染めが色を染めることで模様が浮かびあがるように、「語り得ないもの」の模様をなんとかして捉えたいがためではなかろうか。

 「語り」の外側にも、「物語」の外側にも、「言葉」の外側にも、実は、無限のひろい時空が広がっているのだ。




2017.7.17 平和祈念展示資料館(新宿)14:00〜




この記事をはてなブックマークに追加

木洩れ日抄 25 「このハゲ〜〜〜〜」問題

2017-07-04 16:12:09 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 25 「このハゲ〜〜〜〜」問題

2017.7.4


 

 ああだこうだと言いながら、あっちへこっちへと彷徨っているうちに、今年も「上半期」(会社に通っているわけじゃないから関係ないが)を過ぎてしまい、「後半戦」(野球にはとんと興味を失ってしまったからこれも関係ないが)に突入したようだが、この「上半期」ないしは「前半戦」で、もっとも耳に嫌な感じを残して残り、いまだにそれを思い出すと怒りに震えるのが、あの、なんとかいう議員の「このハゲ〜〜〜〜」という罵声だった。もちろん、それ以外にも、数限りない嫌な声、嫌な言葉を耳にしてきたのは言うまでもないことだが、この罵声ほど、我が心を千々に乱れさせたものはない。

 若い頃から、特別にハゲていたわけではないが、それでも、おでこが広いねえ、から始まって、すでに30代半ばにして、都立高校のある教師が、机に向かって座っているぼくの後ろに立って、あれ、ヤマモトさん、つむじのところが薄くなってるねえと言ったときも、そのことを家に帰って家人に伝えたところ、あ、ワタシもそう思ってたけど、かわいそうだから言わなかったのよと言われたときも、ぼくは、怒りに震えたりはしなかった。

 それから、もう、30年以上の歳月の間、どれだけ「ハゲ」をネタにされてきたか知れやしない。それどころか、どれだけ自虐ネタにしてきたことか。

 真夏の空の下に立っていれば、マブシイといわれ、秋の月のころともなれば、月だと言われ、全面鏡張りの天井のある中華街の料理店では、年端もいかない小学生のオイとメイに、天井に映った頭のてっぺんを指さされてゲラゲラと大笑いされ、横浜のダイアモンド地下街のレストランのトイレの三面鏡に映った頭をみて、これ誰の後頭部と思わず独りごちて、あ、オレだと思ってオロオロし、遠藤周作が使っていると聞けばその毛生え薬を何本も買っては使い、床屋では、頼んでもいないのに「頭皮ケア」をされつづけ、新聞に、イタリアではハゲている方が女にもてるという記事が載れば、それをエッセイにも書き、生徒にも吹聴し、挙げ句の果ては「ハゲいずビューティフル!」と教壇で叫び、そのフレーズの普及にいそしんだものの、「ミヨイクログロ」なんて失礼なアデランスのキャッチフレーズを、せいぜいただの「クログロ」に修正させるぐらいの成果をあげる(ま、別にオレのせいじゃないけど)にとどまり、近年では、ようやく「ハゲ」という言葉は、少なくともマスメディアでは「薄毛」というなんとも気持ちの悪い言葉にとってかわられ、絶滅したとばかり思っていたのに、これだ。「このハゲ〜〜〜〜」だ。

 それがテレビで、何回も何回も流された。とんでもない時代になったものである。

 録音したほうに何か政治的な意図があったんじゃないかとか、高速道路を降り間違えて、逆に入ろうとしたからだとか、まあ、いろいろな「解説」はあったようだが、また、そういう個人的な罵詈雑言をテレビで流して政局に利用するのはいかがなものかとか、いろいろな意見もあったようだが、そんなことはこの際どうでもいい。ただ、頭に来た。ものすごく傷ついた。そして正直驚いているのだ。自分がこんなに傷ついたことに。そして改めて気づいたのだ。今までも数限りない「ハゲ」への揶揄が、いつも暖かい愛情の裏返しだったことに。

 今回の罵声にはそうした愛情が一切感じられないことは言うまでもないことだが、問題は、その罵倒の非合理性である。

 たとえその秘書氏が、とんでもない失態を演じたとしても、「ハゲだから」失敗したわけじゃないだろう。たとえ秘書氏が高速道路を逆走しまくったとしても、「ハゲだから」じゃないだろう。「テメ〜、何やってんだ!」ってのは分かる。女だからそんな言葉はハシタナイなんて言わない。そんな言葉使いなんて、珍しくもなんともない。怒りは言葉を汚くする。ザマス言葉で、怒りは表せない。萩原朔太郎は、口語自由詩の完成者と言われているのに、晩年の絶望感を柔らかい口語ではとても表現できないから、固い漢文調の文語で詩を書いた。だから、そのなんとか言う議員が、秘書氏に怒りまくり、汚い言葉で罵ることがあってはならないなんてぜんぜん思わないのだ。

 けれども、「ハゲ」は、失敗と関係ない。関係ないことを、罵倒の言葉に使うのは絶対許せない。人の言動に対して、それとはぜんぜん関係のないその人の「属性」をもって罵倒することが、「差別」の根源だ。ぼくは、「差別」を許せない。許さない。

 今回のことは、属性が「ハゲ」だったから、そのなんとかいう議員も、のうのうと居座っている(らしい)。これがもっと別の「差別語」だったら、とっくに首がとんでいる。つまりは、世間は、そしてマスメディアは、いちおう「薄毛」とか言い換えてお茶を濁しているけど、結局「ハゲ」は差別語だと思っていないのだ。

 「ハゲ」は、別に差別じゃない。気にするほうがおかしい、とよく言われる。もちろん、ぼくは、普段は(今回は別だが)、ハゲといわれて怒るほど料簡が狭くはないつもりだ(今回のことでだいぶアヤシクなってきたが)。問題は、「ものすごく傷つく」人がいる、ということなのだ。ぼくも、えらそうなことは言えなくて、いろいろなトコロで、人を傷つけるようなことをずいぶん言ってきたという自覚と悔恨はあるが、それでも、やっぱり、差別の問題は、「言う」側ではなくて、「言われる」側から考えなくちゃいけないと思っているし、そのことは、ちゃんと言っておきたいと思うのだ。

 最近、また「叩っ斬ってやる」なんて、破れ傘刀州みたいなイサマシイこと言って物議を醸している政治家がいるらしいが、まあ、品がないことは確かだが、それだけのこと。(許してるわけじゃない。)「このハゲ〜〜〜〜」とは次元が違うのである。

 

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

木洩れ日抄 24 かぞく、ってなんだ

2017-05-27 11:04:17 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 24 かぞく、ってなんだ

2017.5.27


 

 ある人にとっては、何でもない当然の言葉であっても、それが、別のある人にとっては、とても辛い、傷つけられる言葉であったりする。これはとても微妙なことで、いちいち気にしていたら、何にも言えなくなってしまうようなことだが、それでも、そういうことがあるということを、頭の片隅に置いている人と、そうでない人とでは何か、生きていくうえで大きな違いができるような気がする。

 例えばぼくが大嫌いな言葉に「健全な魂は、健全な肉体に宿る」というヤツがあって、今ではあまり言われなくなったからいいけど、ちっとも「健全な肉体」を持っていなかったぼくには、辛いというか、嫌な言葉だった。後で、この言葉は、本来は「健全な肉体に、健全な魂を!」という目標みたいなものだと聞いたような気がするが、それにしても、どんなに頑張ったって、健康な肉体を望めない人だってたくさんいるのだから、そういう人にしてみれば、やっぱり辛い標語になるわけだ。元気なジイサン、バアサンが、誇らしげに「やっぱり健康が一番だよ」って笑って言うのは勝手だが、健康じゃない人にしてみれば、それほど残酷な言葉はない。

 日テレで、ここ一週間「7daysTV かぞくって、なんだ。」というテーマで番組を構成していて、いろいろな企画をやっているようだ。日テレは、ヒルナンデスとか、メレンゲの気持ちとかぐらいしか見ないから、詳しいことは知らないが、それにしても、1週間「かぞく、かぞく」って連呼されたらめげる人も多いだろうなあとは容易に想像がつく。「かぞくって、なんだ」というわけだから、別に、あるきまった「家族像」を押しつけるわけじゃないだろうけど、ぼくなんかは、違和感がある。「家族」は大事だけど、それがすべてじゃないし、場合によっては、「家族」なんてこと考えてられないときだってあると思っているし、また経験上、「家族」が必ずしも「幸せ」に結び付かないことだってあることも身にしみて知っている。

 アメリカの映画とかドラマなんか見ていると、ものすごく「家族中心主義」が強調される場面があって、「家族のためなら命も捨てる」なんてセリフがごく普通に出てくる。それがアメリカの男の「あるべき姿」とでもいうように。この前、全話見終わった「キャッスル」でも、それは徹底していた。ドラマ自体は、とても面白かったのだが、その疑問なき「家族主義」にはやっぱり違和感があった。

 学校五日制が導入された時も、「家族と過ごす時間を多くする」というような理由が堂々と主張されていて、そこで前提とされているのは、昔のアメリカ的な、絵に描いたような「家族像」だったのではないかと思う。しかし、世の家族がそんな理想的な家族ばかりであるわけじゃなし、土曜日に子どもが家にいたって邪魔なだけという家族はごまんとあったはずだ。というか、そっちのほうがよっぽど多かったに違いない。案の定、学校五日制なんて、とっくに崩壊している(と思う。)

 ところで、キリスト教は、「家族」をどう考えているのだろうか。少なくとも、「家族礼賛」でないことは確かだろう。イエスは、弟子を集めるときに、「家族を捨てろ」といっていたはずだし、母マリアに対しても、「お母さんがいちばん大事だ」なんて言っていない。むしろ、「家族」から離れたもの、「家族」から排除されたものへの暖かい視線こそがイエスの特徴なのではなかろうか。

 なんて、ふと思ったのだが、その点については、もう少し、聖書もきちんと読んでみたいと思う。キリスト教=クリスマス=家族団らん、といった図式は、いったいどこで、いつから始まったのか、興味深いところである。




 


この記事をはてなブックマークに追加

木洩れ日抄 23 「目が合う」ということ

2017-05-10 19:38:17 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 23 「目が合う」ということ

2017.5.10


 

 「目が合う」ということが、ときどき不思議に感じられることがある。人間の身体の中でもとりわけ小さいのが目で、その小さい目が見つめる先は、非常に限られた一点であるはずだ。それなのに、電車の中などで、ふと前に座っている人と目が合ってしまうのは何故なのだろう。

 縦横に広がっている視界の中に、同じ視界をもっている相手がいたとして、その両者の一点が、ピタッと、あるいはカチッと「合う」のは、どうしてだろう。

 何を言っているんだ、オマエは、という人は、例えば、ピッチングマシンを2台、向かい合わせに置いて、同時にボールを発射させたとして、その二つのボールが、空中でぶつかるかどうかを考えてみてほしい。ピッチングマシンから、ごく限られた方向へ投げ出された二つのボールでさえ、それが空中でぶつかる可能性はごく低い。それなのに、人間の目は、ということだ。

 それでも、自分も相手を見て、相手も自分を見ているんだから、目が合うのは当たり前じゃないかと言うのなら、まあ仕方がない。しかし、ぼくには、どうも当たり前じゃないと思える、ということなのだ。

 現代人は、目を合わせなくなっているのではないか、あるいはそれを恐れているのではないか、と鷲田清一が言っている。(『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書・1996)テレビやら、ポスターやらで、一方的に投げかけられてくる「視線」に慣れてしまっていて、きちんとその「視線」を受け止めることができなくなっているのではないかというのだ。

 確かに、現代人でなくとも、相手がヤクザだったりしたら、「目が合う」のはコワい。「おんどりゃ、なに、がんつけとるんじゃい!」とか言われてぶん殴られないとも限らない。けれども、電車の中で、ごく普通の見える人とも、目が合うと、すぐにそらしてしまう。「じっと見つめる」なんてことはできない。そんなことしたら、カタギの人でも、「なんですか?」ってむっとした顔をするに決まってる。

 もし、「じっと見つめる」としたら、「その席、ゆずってくれない?」とか、「ズボンのチャック開いてますよ。」とか、何か切実に相手に訴えかける場合だろう。そのように切実な訴えをもって、人を見るとき、その人の顔は、ほんとの意味で「顔」となるのだと鷲田さんは言うのだ。そして、彼は言う。「そういうだれかへの訴えとしての〈顔〉が、今とても貧しくなっているように感じられる。」と。

 渋谷の交差点で、ほとんどの人はそういう「顔」を持たない。だれかへ訴えかけようとはしない。たとえそういう「顔」があっても、「目をそらして」しまう。無数の関わりを拒否した人間が行き交うのが現代の交差点だ。

 しかしまた、だからこそ、現代は、都会は、快適なんだともいえる。すれ違う人がみんな自分に何かを「訴えかけて」きた日にはおちおち歩いてもいられない。うっとうしくてしょうがない。

 でも、再び考える。やっぱり、「目と目が合う」というのは、大げさにいえば「奇跡的な出来事」なのではないか。その「出来事」がはらんでいる奇跡性、なんて言い方は変だが、つまりは重大性に、ぼくらは思わずたじろいでしまう。面と向かって会話をしていても、なるべく目と目は合わないようにしてしまう。「目は口ほどにものを言う」から、そこに相手の本心があるかもしれない。それを見るのがコワいから、言葉でごまかそうとして、必死になって話題を探す。沈黙はコワい。沈黙のなかで「見つめられる」のはコワい。それが、たぶん、ぼくらの日常だ。

 カスヤの森現代美術館で、宮崎郁子さんの人形の写真を撮っていたとき、ふと、この人形の「カメラ目線」を撮れないかと思い、顔にズームしてその「視線の行方」を追いかけてみた。けれども、どの角度から撮っても、けっしてその視線が「カメラ目線」になることはなかった。そうか、人形は、少なくとも宮崎さんの作る人形は、どこかを「見ている」のではないんだと思って、ハッとした。

 「目が合った」とき、実は、すでに人間と人間の「こころの交流」が起きたのだということだ。目の奥には、「こころ」がある。拒否するにせよ、受け入れるにせよ、そこになんらかの「交流」が一瞬生じたことに間違いはない。だから、人間の「こころ」を持たない人形とは、どうしても「目が合わない」のだ。方向としてはピッタリ一致しても、ぼくらが目を合わせるときに感じる何かが欠如している。その「何か」こそ、実は、言葉にならない人間の「こころ」なのではなかろうか。

 人間の「こころ」を持たない人形は、それでも、何かを「見ている」ように見える。けれども、近づいて視線を合わせようとすると、ぼくらから逃げていく。それでは、人形は何を見ているのだろか。あえて言えば、それは「自分の内面を見ている」ということになるだろう。

 能面が持つあの不思議な表情も、結局、能面も、「おのれの内面を見つめている」ところから来るのではなかろうか。自分を見つめる「顔」をぼくらが見るとき、必然的に、ぼくらも自分のこころの中を見つめることになる。そんな気がする。


 




宮崎郁子 Standing Nude Girl

山本洋三撮影



 

 

 

 

 


この記事をはてなブックマークに追加