(我が家の庭先に咲いている深紅のボタン)
昨日の新聞に「がんの哲学」という記事が載っていたので、興味深く読んだ。その結びに次のようなことが書かれていた。
「がんイコール死の時代ではないが、がんを手がかりに自分の生きる意味と命の大切さ、人間だれもが迎える死の問題などをじっくり考え直す。これががんの哲学である。」
先日、6年前に直腸癌を患い、今は元気に山に復帰している岳友との会話でも、次のようなことを話して共感し合った。
「きっとがんを経験していなければ、ただ漫然と生きているとしか考えなかったと思うが、がんに罹ったお陰で、リセットされた人生を大切に生きようと思うようになった。」
さらに、つい先週末に沢登りをしたメンバーの中に、4年前に腎臓癌で片方の腎臓を摘出した方がいた。体力は元の2/3くらいしか戻っていないとのことだが、元気に歩いていた。その方とも次のような会話をして、やはり共感した。
「人間、誰でも、いつかは死を迎える。がんに罹ったからといって守りに回る人生は送りたくない。好きなことをやって悔いのない人生を送りたい。死を迎えるときに、昔のようなハードな山はできなくなったが、好きな山を登り続けることができて良かったと思いたい。」
自分も含めて3人とも、まさに、上述した「がんの哲学」の具現者である。自分はいろいろながん患者の中で、部位的にも、転移がなかったことも、順調な回復も含めて、もっとも軽い患者であろう。
しかし、最近、いろいろな集まりの機会によく次のようなことを話す。
「2人に1人はがんに罹るのですよ。今ここにいる半分は罹るということです。非常に確率の高い身近な病気なのです。そして、3人に1人はがんで死ぬんです。がんは予防のしようがありません。助かりたかったら、早めの検査しかありません。」
去る4/24に、医療関係者が多い「道南 生と死を考える会」の6/14の例会で今回の経験を話して欲しいとの依頼を受けた。そのときは、私の拙い経験でもお役に立てるのであれば・・と快諾をした。しかし、本当に辛かったのは、術後4~5日くらいで、あとは順調に回復して、体力的にもすっかり戻ってしまって、あれは何だったのだろう?夢だったのでは?とさえ思うようになった今では、果たして、私にそんな話をする資格があるのだろうかと不安になってきた。
ただ、死をどう受け入れるかしか考えることができなかった亡妻の時の経験と、今回の生しか考えなかった自分の経験と合わせて、なんとか話すことができるだろう。
こんなことを書いて、5年間のうちに転移や再発に見舞われたりして・・・。
昨日の新聞に「がんの哲学」という記事が載っていたので、興味深く読んだ。その結びに次のようなことが書かれていた。
「がんイコール死の時代ではないが、がんを手がかりに自分の生きる意味と命の大切さ、人間だれもが迎える死の問題などをじっくり考え直す。これががんの哲学である。」
先日、6年前に直腸癌を患い、今は元気に山に復帰している岳友との会話でも、次のようなことを話して共感し合った。
「きっとがんを経験していなければ、ただ漫然と生きているとしか考えなかったと思うが、がんに罹ったお陰で、リセットされた人生を大切に生きようと思うようになった。」
さらに、つい先週末に沢登りをしたメンバーの中に、4年前に腎臓癌で片方の腎臓を摘出した方がいた。体力は元の2/3くらいしか戻っていないとのことだが、元気に歩いていた。その方とも次のような会話をして、やはり共感した。
「人間、誰でも、いつかは死を迎える。がんに罹ったからといって守りに回る人生は送りたくない。好きなことをやって悔いのない人生を送りたい。死を迎えるときに、昔のようなハードな山はできなくなったが、好きな山を登り続けることができて良かったと思いたい。」
自分も含めて3人とも、まさに、上述した「がんの哲学」の具現者である。自分はいろいろながん患者の中で、部位的にも、転移がなかったことも、順調な回復も含めて、もっとも軽い患者であろう。
しかし、最近、いろいろな集まりの機会によく次のようなことを話す。
「2人に1人はがんに罹るのですよ。今ここにいる半分は罹るということです。非常に確率の高い身近な病気なのです。そして、3人に1人はがんで死ぬんです。がんは予防のしようがありません。助かりたかったら、早めの検査しかありません。」
去る4/24に、医療関係者が多い「道南 生と死を考える会」の6/14の例会で今回の経験を話して欲しいとの依頼を受けた。そのときは、私の拙い経験でもお役に立てるのであれば・・と快諾をした。しかし、本当に辛かったのは、術後4~5日くらいで、あとは順調に回復して、体力的にもすっかり戻ってしまって、あれは何だったのだろう?夢だったのでは?とさえ思うようになった今では、果たして、私にそんな話をする資格があるのだろうかと不安になってきた。
ただ、死をどう受け入れるかしか考えることができなかった亡妻の時の経験と、今回の生しか考えなかった自分の経験と合わせて、なんとか話すことができるだろう。
こんなことを書いて、5年間のうちに転移や再発に見舞われたりして・・・。