沖縄を考える

ブログを使用しての種々の論考

詩623 かつて独立国であった琉球国の主体性を回復すること 16

2016年10月22日 20時46分42秒 | 政治論

 この、曖昧な民族性が根幹にある大和民族にあって、仮にも同じ日本人、同朋に対する沖縄差別などという大それた悪事をはたらくほどの凝り固まった偏見的主張性(確固として形成された米国並みの有色人種差別意識)、又は明らかに傾向化された国民的心性など恐らく皆無であろう(ネトウヨや安倍晋三シンパや腐りきった右翼集団は除く----この狂気の一塊にはどんな言葉も通じないか通用しない)。

 従って今回の事件(高江での大阪府警機動隊隊員によるヘイトスピーチ事件)には見るべき重大要件は----安倍晋三が平身低頭、沖縄県民に謝罪する報道写真でもあればちょっとばかり見ものだが----見当たらない(但し事件への府知事の発言からはこれを選出した大阪府民自身として自己反省すべき選挙民責任問題が引き出される)。米軍属による沖縄女性強姦殺人死体遺棄事件同様、相変わらずひと騒ぎして終わりだろうと筆者は思っているが、辺野古でも高江でも市民の人権保障に関する権利闘争は大和民族がいよいよ諦めて琉球島嶼から引き上げない限り決して終わることはない。恐らくこの闘争は沖縄流儀で弛まず根強く続けられる。

 一方20年以上引きずる普天間問題は、長引けば長引く程、この国とアメリカの外交的政治的堕落を証明する働きをしている。「負担軽減」の大嘘、為政者の偽善性欺瞞性、沖縄愚弄の醜悪な実態が浮かび上がる。よくよく眺めればこういう停頓、停滞状態を彼ら自身望んでいることだと思わないわけにはいかない。普天間は固定化どころか現状の機能強化さえ米軍側から出されているのである(辺野古が進捗しないことに業を煮やした、というよりこれ幸いとやっているようにしか見えない)。高江の強行は安倍晋三のアメリカ阿り政治を地で行っているが、被害者は沖縄県民であり、アメリカのために犠牲になって唯々諾々とぼんやり彼らの殺人的暴挙を眺めてるわけにはいかない。

 世界ミサイル戦略実情からは、沖縄に基地があれば、そしてこれを、これ見よがしに増強拡大していけば、いかに安穏に見過ごしても先ず真っ先に東京はじめ嘉手納、普天間等重要米軍基地が標的とされ、沖縄県土は勿論関東首都圏も火の海と化すであろう。北朝鮮のミサイル実験(ロケット発射実験ともいわれるが)はここのところ立て続けに行われ所謂日米安保体制の抑止力は全く意味を成さないことが明白となった。そして朝鮮半島から見れば沖縄諸島は九州よりはるかに遠いので地政学的にも優位性がないことははっきりしている。つまり為政者の言う「辺野古唯一」」は根拠なき言揚げにすぎず、沖縄に基地を置く何らの軍事的戦略的理由も存在しないことは既に常識となっている。

 今沖縄にあるのは、高江ヘリパッド建設を暴力的権力的に強行している安倍晋三政権への憎悪である。又、国が自治体と争うという醜悪な実態を晒してさえなお、県内辺野古に新基地を建設し米国米軍に提供しようという日本国政府への激しい怒りである。そして国家、国民総ぐるみで琉球島嶼を侵略的に、軍事要塞化し尽そうというヤマトゥ日本人全てに対する軽蔑と哀れみ、更にはこれに対する徹底した拒否の意思だ。

 今琉球沖縄は、恐らく日琉関係史上かつてないほど自覚的にこの日本国家と鋭く対峙している。そしてこの国に潜在的にある様々な国家的な矛盾を少しづつ明らかにしている。それは沖縄自体が持っている潜在的な問題点の洗い出しでもある。(つづく)

  

 

 

 

 

 



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