野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

東京大会に期待

2016-08-24 06:24:37 | スポーツ
日本人選手の大活躍が目立ったリオ・オリンピックが22日に終了した。過去かってない41個のメダル数に、次回東京大会の目標は金20個以上だと神戸新聞にある。
東京大会は日本人が得意とする、あるいは馴染みのある競技が追加されたので、今年の勢いを持ってすれば可能な気がするも、リオでの日本人選手の金メダル獲得者に
オリンピック初参加の選手も多いことからすれば、絶対的な王者が存在しないことから他国選手が獲得する可能性もある。だから今年以上の国挙げて強化すべく、
日本オリンピック委員会の橋本強化委員長は「18年度予算は1000億としたい」と新聞にあった。現在の強化予算が324億だそうで相当な費用増だが、つまるところ、
競技の勝ち負け、優劣は掛ける予算に大きく影響する、あるいは比例すると一般的に言われており、東京大会の金増産は期待できると思う。
     「NHK WEB」

見る好きな競技の一つに、「マラソン」がある。九州延岡にある旭化成がマラシンに強かった時代、別府大分マラソンや福岡国際マラソンのテレビ観戦を楽みにしていた。
当時から、国際的にも優秀な日本人マラソンランナーが登場し、特に女子の分野ではオリンピック金ペダルを獲得するなど日本の得意種目だった。
マラソン競技は2時間以上もテレビを独占するほどにただただ長いだけの競技だが、それでも何となく最後まで見てしまう。それも強かった日本人選手がいて、
トップ争いをする場面が多かった記憶だけを頼りに、単調なレースでも一度見だすとゴールまで見てしまう。何が面白いのと問われても格段に面白いものではないが、
日本人マラソン選手が世界のトップを走っていたときから見続けているので、何とはなしの悪癖かもしれないと思っている。

リオ・オリンピックの最終を飾ったのはマラソンだった。
報道記事を読んでいると、「レースはスローペースで進んだが、左アキレス腱に不安を抱えていた北島が序盤から先頭集団についていけない。
最年長36歳の石川は、ハーフを過ぎて脱落。佐々木も27㎞過ぎからケニア・エチオピア勢を中心としたペースアップに一気に突き放された。
男女マラソンで入賞なしは、08年北京五輪以来2大会ぶり。直近3大会ではロンドン五輪男子の中本健太郎(6位)しか入賞しておらず、苦しい状況が続いている」とあった。
結果は惨敗だったが、その理由を強化委員会の宗マラソン部長は、「日本陸連は14年4月にマラソンのナショナルチーム(NT)を立ち上げた。お家芸復活へ、
肝入りのプロジェクトだったが、それぞれのチーム事情を優先したい多くの実業団は非協力的で、あっという間に形骸化。リオ五輪代表の選考基準の中にも、
当初はNTメンバーを優先すると書かれていたが、1年後に撤回するという異常な事態になった」と解説している。負けるべくして負け、その通りになった。

昨年2015年夏の世界陸上でも同じく日本マラソンは惨敗している。昨年、当時の報道の中に、「日本男子マラソンはなぜ世陸で惨敗したか」と言う記事があり、
そこには、『世界との差は相当に大きい。その差をどう埋めていくか。若手に期待していくしかない」とか、「東京五輪開催決定以来、若い選手がマラソンを意識し始め、
その練習にも取り組もうとしている。 そんな日本人選手たちが学生時代には留学生選手にも敢然と挑んで力を伸ばしたように、マラソンの日本記録を壁とも思わずに狙い、
そのための練習を着実にしてくれるようになれば。まずはそういう状況になることが最も必要だろう』と結論付けている。
若いマラソンランナーは海外の能力の極めて高い留学選手を相手にレースをすることで飛躍的に速くなってきた言う実績があるらしく、
日頃から世界のトップランナー達と一緒に寝起きし走り込みやレースをすることで、日本人の潜在能力を高め、日本記録を破ることが出来るとしている。
折しも、日本実業団連合は、男女マラソンの日本記録樹立者には1億円、その指導者にも5000万円のボーナスを出すとあった。
それから一年、世界中の注目を集めた今年のオリンピックでも日本マラソン界は復活することはなかった。2020年、東京大会はまさに夏真っ盛りの酷暑。
日本人マラソン選手はどんな活躍を約束してくれるのだろうか。


一方、4年前の惨敗を見事な華として咲かせた競技の代表と絶賛されたのが、「柔道」と「シンクロ」。
共に、その監督もしくはヘッドコーチの指導方法が高く評価されている。それは例えば、井上康生と井村雅代に共通点が?真逆の指導法の底に「選手のため」にある。
それには『指導者の手法に「正解」はあるのか。手法そのものに、可否はない。そして言葉もまた、根本を問えば正解はない。
井上監督が選手にかけてきた言葉も、井村コーチが選手にかけてきた言葉も、どちらがいい悪いもないのだ。 ただし、両者には共通している事実がある。
選手の力を最大限に引き出し、結果を出させたいという思いだ』と結論つけている。特に、中国コーチ辞退から日本チームのコーチに復帰したシンクロの井村コーチの指導法は
度々テレビにも放送されており、その指導の激しさは相当にきついらしく、指導についてこれずに強化選手を辞退する選手もあったらしい。
その井村コーチが中国代表チーム退任後、日本水泳連盟から再度オファーを受けたときの様子が、「リオ大躍進のシンクロ “売国奴”と呼ばれたコーチが日本代表に戻ったワケ」にある。
『日本水泳連盟から代表コーチのオファーがあったのは、2013年のこの頃だった。
 日本水泳界を去り、中国に渡った井村氏と水泳連盟の間には、当時“しこり”があったという。そんな状況での打診について、「吃驚(びっくり)しましたよ」』
 北京五輪が終わったとき、『年寄りの力を利用しなさい』とあれだけ言ったのに、『心配しなくて大丈夫。これからは若い選手とコーチで、日本を成長させます』と言っていた水泳連盟から、
 そんな誘いがあるなんて、思いもしませんでしたから』と。
若い選手とコーチで日本シンクロは低迷し続け、リオ五輪へのチーム出場すら危ぶまれている状況だったそうだ。それがどうだ、年寄が加わった途端、オリンピック銅メダル。

引退すると、代わって活動の中心を支えるべき現役は引退した実力者を得てして過去の人としてしまう。それはそれである側面からみると一つの回答だから、別に問題はない。
しかし、活動の長い歴史的な観点から見るば、それは決して正しくない。何故なら、今現在ある活動は、その原点から連綿と続く先輩諸氏の汗と涙の苦労の流れの中にあり、
今だけが突出し存在しているのではなく、現在も未来へと続く流れの一場面に過ぎないからである。勝負は厳しい。事業のトップが真から必要と思い構築したハード、ソフトを含む
組織でも競争相手がそれ以上であれば負けるし、どうしようもなく体たらくな組織でも敵失で勝つことだってある。幸不幸の時代は背中合わせで、それは時の運不運のなせるもの
かもしれない。勝者や敗者の歴史や体験は連綿と後輩に受け繋がれているのも事実であり、否定しようもない。そして、その結果がチャンピオンとして華開き評価される。
だがそれも歴史のなかでは一場面に過ぎず、引退した人は過去の人と軽々しく言うものでもない。代変わりすると先代を超えようと先代の実績や行動を否定する動きが
往々にしてあると聞く。しかし、現実の、現役の行動そのものは、それまで連綿と続いた歴史の流れでみると一瞬でしかないので、既に過去になっている。
フェイスブック(「FB)には、現役活動の側面支援をしている引退メンバーが度々投稿している。そんな企業は生き生きとし、企業価値指標の一つである株価も高い。
こんなことを、井村ヘッドコーチの成功体験に思いだした。





 
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