三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「‘韓国戦争民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’ 第4次遺骸発掘調査することに」

2017年02月28日 | 韓国で
http://m.sgtv.co.kr/news/articleView.html?idxno=658
「올레티비세종공주방송」2017.02.24 22:21:09
■‘韓国戦争民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’ 第4次遺骸発掘調査することに
  24日から3月2日まで...慶尚南道晋州市鳴石面発掘地

【写真】2014年、忠清北道報恩郡北面峨谷里で一時的に遺骸発掘したあと、遺骨を採取し祭礼儀式をしている様子

 停戦協定が締結されてから60年が過ぎたが、韓国戦争当時、犠牲になった無辜の民間人の遺骸は、全国各地に放置されたままだ。
 共同調査団は、過去3回の遺骸発掘調査につづいて、2月24日から3月2日まで、慶尚南道晋州市鳴石面龍山里山425番地で第4次遺骨発掘調査をおこなう。
 共同調査団は、去る2014年2月24日から3月4日まで、慶尚南道晋州鳴石面龍山里“晋州地域保導連盟事件関連の民間人虐殺の犠牲者”の1次遺骸発掘調査をつうじて、少なくとも39人の遺骸、弾頭と薬莢、バックルなど多数の遺品を発掘した。2015年2月23日から3月2日まで大田広域市東区郎月洞では、“大田刑務所事件関連民間人虐殺の犠牲者”の2次遺骸発掘調査をつうじて、少なくとも20体の遺骸、弾頭、薬莢、義眼など多数の遺品を発掘している。

【写真】2014年、忠清北道報恩郡内北面峨谷里遺骸発掘現場をKBSが取材している。

 また、2015年11月15日、忠南洪城郡広川邑淡山里山92番地の試掘調査をつうじて、多数の遺骸と弾頭を発見したため、2016年2月25日から29日、3月4日から8日にかけて、第3次遺骨発掘調査をおこない、最小21人の遺骸と、ライターなど、多数の遺品を発掘した。
 今回の第4次発掘調査地域は、第1次発掘地から約20メートル離れたところに位置している。第1次発掘地をはじめ、龍山とうげ(別名龍山峙)一帯は、晋州地域でもっとも多くの犠牲者がでたところで、当時の村の住民の証言によると、龍山峙の3つの谷の5か所に718人の遺体が埋めたと証言している。
 真実和解委員会報告書でも、目撃者は、“死んだ人はすべて40歳未満の成人男性であった。 囚人服に髪を短く刈った人たちもいた ”、“兄の遺体を探して龍山里の谷に行くと、縄に縛られたまま銃で撃たれた遺体がひっくり返っていた。ひとつの穴に40〜50人の遺体があり、そうした穴が20〜30個あった”と証言している。

【写真】2014年忠清北道報恩郡内北面峨谷里遺体発掘をしている様子

 韓国戦争遺族会、晋州遺族会会長であるカンビョンヒョン会長は、戦争犠牲者の遺族として、韓国戦争当時、オモニがあたらしくゆでていた麺を村役場から戻って食べると言って、ちょっと家を出たまま戻ってこなかったアボヂを、一生の恨として胸に抱いて生きている。カンビョンヒョン会長はいまでも龍山とうげに入ると胸がつまると、共同調査団の遺骨発掘作業を積極的に推進してきた。
 韓国戦争当時、数多くの民間人が明確な理由もなく殺されたあと、地下鉱山や名前の分からない山の中に棄てられ、数十年間放置されてきた。わずかに真実和解委員会が一部の遺骸と遺品を収拾し、忠北大学校に一時的に安置していたが、昨年、世宗市追慕の家に移して安置している。しかし、真実和解委員会の活動が終了したあとは、国家レベルでのなんらの後続措置もないのが現実である。
 国が被害者と遺族にとうぜん持つべき法的、政治的責任はさておき、最小限の倫理的責任すら負わないのだ。わが国が過去の傷を克服し、社会統合を成し遂げ人権国家として成長するためには、国家暴力の犠牲になった方がたの真相究明が優先的におこなわれなければならない。

【写真】忠清北道報恩郡北面峨谷里で収拾した遺骸

 今回の遺骸発掘共同調査は、盧武鉉政権後中断された過去清算作業の一環として、民間人犠牲者の遺骸を人道的次元で発掘・安置することにある。また、実質的な過去清算に必要な法と制度が完備されるように国民の関心を集める一方で、今後民間レベルでの過去清算作業を継続的につづけていくきっかけを用意するために推進するものである。
 おりしも20代国会が開院して以来、“張俊河事件など真相究明と正義実現のための過去史清算特別法案”をはじめ、“真実和解のための過去史整理基本法改正案”などが議員立法で発議されて係留中である。国会は、国民の代議機関として、国家暴力の被害者にたいする真相究明と名誉回復のためにあらゆる努力を払うべきである。
 今後共同調査団は、“継続的な遺骸発掘をつうじて民間人虐殺事件の実状を記録し、一日も早く国が立ち上がるよう強力に働きかけ要求する。そのために、国民もまた、力と知恵を集めてくれることを期待している”と語った。 <写真提供:韓国戦争民間人犠牲者忠清北道遺族会>

   イヂャンウォン記者 jangwon1604@hanmail.net            
                                           佐藤正人訳 
                                

http://m.sgtv.co.kr/news/articleView.html?idxno=658
「올레티비세종공주방송」기사승인 2017.02.24 22:21:09
■‘한국전쟁민간인학살 유해발굴 공동조사단’ 제4차 유해발굴조사 키로
  24일부터 3월 2일까지...경남 진주시 명석면 발굴지

【写真】2014년 충북 보은군 '아곡리 임시 유해발굴 후 유골을 채취해 제례의식을 하고있는 모습.

 정전협정이 체결된 지 60년이 넘었지만, 한국전쟁 당시 무고하게 희생된 민간인들에 대한 유해들은 전국 곳곳에 아직까지 방치되어 있다.
 공동조사단은 지난 세 차례의 유해발굴조사에 이어 오는 2월 24일부터 3월 2일까지 경남 진주시 명석면 용산리 산 425번지에서 제4차 유해발굴조사를 벌인다.
 공동조사단은 지난 2014년 2월 24일부터 3월 4일까지 경남 진주 명석면 용산리 “진주지역 보도연맹사건 관련 민간인 학살 희생자”에 대한 1차 유해발굴조사를 통해 최소 39명의 유해와 탄두와 탄피, 버클 등 다수의 유품을 발굴한 바 있으며, 2015년 2월 23일부터 3월 2일까지 대전광역시 동구 낭월동 “대전형무소사건 관련 민간인 학살 희생자”에 대한 2차 유해발굴조사를 통해 최소 20구의 유해와 탄두, 탄피, 의안 등 다수의 유품을 발굴한 바 있다.

【写真】2014년 충북 보은군 '아곡리 유해발굴 장면을 KBS가 취재하고있다.

 또한 2015년 11월 15일 충남 홍성군 광천읍 담산리 산 92번지에 대한 시굴조사를 통해 다수의 유해와 탄두를 발견함에 따라 2016년 2월 25일부터 29일, 3월 4일에서 8일에 걸쳐 3차 유해발굴조사를 벌여 최소 21명의 유해와 라이터 등 다수의 유품을 발굴하였다.
 이번 4차 발굴조사지역은 지난 1차 발굴지에서 약 20여 미터 떨어진 곳에 위치하고 있다. 1차 발굴지를 비롯한 용산고개(일명 용산치) 일대는 진주지역에서 가장 많은 희생자가 발생한 곳으로서, 당시 마을주민들의 증언에 따르면 용산치 3개 골짜기 5군데에 718구의 시신이 매장되었다고 증언하고 있다.
 진실화해위원회 보고서에서도 목격자들은 “죽은 사람들은 전부 40대 미만의 성인 남자였다. 죄수 복장에 머리를 짧게 깍은 사람들도 있었다.”, “형의 시신을 찾으러 용산리 골짜기에 갔더니 포승에 묶인 채 총을 맞은 시신들이 엎어져 있었다. 한 구덩이에 4~50구의 시신이 있었고 그런 구덩이가 2~30개가 있었다.”고 증언하고 있다.

【写真】2014년 충북 보은군 '아곡리 유해발굴을 하고있는 모습.

 한국전쟁유족회 진주유족회장인 강병현 회장은 전쟁 유복자로서, 한국전쟁 당시 어머니가 새참으로 삶고 있던 국수를 면사무소에 다녀와서 드시겠다며 잠시 집을 나섰다 영영 돌아오시지 못했던 아버지를 가슴에 평생의 한으로 품고 살아가고 있다. 강병현 회장은 지금도 용산고개에 들어서면 가슴이 먹먹하다며, 공동조사단의 유해발굴 작업을 적극적으로 추진해 왔다.
 한국전쟁 당시 무수히 많은 민간인들이 뚜렷한 이유도 없이 죽임을 당한 뒤, 지하 광산이나 이름 모를 산속에 수 십 년 동안 버려진 채 방치되어 왔다. 그나마 진실화해위원회가 일부 유해와 유품을 수습해 충북대학교에 임시 안치하였다가 지난해 세종시 추모의집으로 옮겨 모셨으나 진실화해위원회의 활동이 종료된 후에는 국가 차원의 아무런 후속조치가 없는 것이 현실이다.
 국가가 피해자와 유족들에게 마땅히 가져야 할 법적․정치적 책임은 고사하고 최소한의 윤리적 책임조차 지지 않고 있는 것이다. 우리나라가 과거의 상처를 극복하고 사회통합을 이뤄내 인권국가로 발돋음 하기 위해서는 국가폭력에 의해 희생된 분들의 진상규명이 우선적으로 이루어져야 한다.

【写真】충북 보은군 아곡리에서 수습한 유해를 보여주고 있다.

 이번 유해발굴 공동조사는 노무현 정부 이후 중단된 과거청산 작업의 일환으로 민간인 희생자들의 유해를 인도적 차원에서 발굴 · 안치하는데 있다. 또한 실질적인 과거청산에 필요한 법과 제도가 구비될 수 있도록 국민적 관심을 모아내는 한편, 이후 민간 차원에서 과거청산 작업을 지속적으로 이어나가는 계기를 마련하기 위해서 추진하는 것이다.
 마침 20대 국회가 개원한 이후 “장준하사건등진상규명과정의실현을위한과거사청산특별법안”을 비롯하여 “진실화해를위한과거사정리기본법개정안” 등이 의원입법으로 발의되어 계류 중에 있다. 국회는 국민의 대의기관으로서 국가폭력 피해자들에 대한 진상규명과 명예회복을 위해 모든 노력을 기울여야 한다.
 향후 공동조사단은 "지속적인 유해 발굴을 통하여 민간인학살 사건의 실상을 기록하고, 하루속히 국가가 나설 수 있도록 강력하게 촉구하고 요구할 것이다. 이를 위해 국민들 또한 힘과 지혜를 모아줄 것을 기대한다."고 말했다. 〈사진제공: 한국전쟁민간인희생자 충북유족회〉

     이장원 기자 jangwon1604@hanmail.net
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「晋州で虐殺民間人遺骸発掘開土祭 第二次調査」

2017年02月27日 | 韓国で
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/02/24/0200000000AKR20170224093300052.HTML
「連合ニュース」 送稿時間 2017/02/24 13:30
■晋州で虐殺民間人遺骸発掘開土祭 第二次調査

【写真】晋州で虐殺民間人遺骸発掘開土祭
(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=‘韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’が24日、慶尚南道晋州市鳴石面龍山里龍山とうげ(ヨンサンコゲ)近くの山で開土祭をおこなっている。 2017.2.24 shchi@yna.co.kr

(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=‘韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’が24日、慶尚南道晋州市鳴石面龍山里龍山とうげ近くの山で開土祭を開き、集団虐殺された民間人の第4次遺体発掘調査に乗り出した。
 共同調査団と韓国戦争前後の晋州の民間人犠牲者遺族会は、追悼祭礼をおこない、献花して、無念に犠牲になった民間人たちの魂を慰めた。
 かれらは“67年ぶりに闇を取り払い、犠牲者を明るい場所におつれする”と誓った。
 共同調査団は、来月4日までに遺体発掘作業をおこなう。
 来月1日、発掘現場で説明会を開く計画だ。
 共同調査団は、以前2014年2月24日から3月4日まで、ここで発掘調査をおこなった。 ここでは二回目の発掘調査である。
ここでは、晋州地域でもっとも多くの犠牲者が出た。龍山とうげの3つの谷の5か所に718人の遺体が埋葬されたという住民と遺族の証言にもとづいて、共同調査団がふたたび調査をおこなうことにしたものである。

 【写真】晋州虐殺民間人遺骸発掘現場
(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=‘韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’が2回目の発掘調査をおこなう慶南晋州市鳴石面龍山里龍山とうげ近くの山 2017.2.24 shchi@yna.co.kr

 今回の発掘調査地域は、1次発掘地から20メートル離れたところにある。
 1次調査で共同調査団は少なくとも39人の遺骸と弾頭、薬莢、バックルなどの遺品を発掘している。
 共同調査団は、大田広域市東区郎月洞、忠南洪城郡広川邑淡山里で、2次、3次遺骸発掘調査をおこなった。
 晋州龍山とうげ発掘現場は韓国戦争時、晋州地域の国民保導連盟事件関連の犠牲者と民間人、数百人が、国軍防諜隊と警察によって集団虐殺され埋められた場所として知られている。
 カンビョンヒョン晋州遺族会会長は、“今回の遺骸発掘調査をつうじて、公権力によって犠牲になりひそかに埋葬された犠牲者の惨状を明らかにし、この人たちを明るい場所に安置する」と語った。

      shchi@yna.co.kr
                                 佐藤正人訳


http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/02/24/0200000000AKR20170224093300052.HTML
「연합뉴스」 송고시간 2017/02/24 13:30
■진주서 학살 민간인 유해 발굴 개토제…두번째 조사

【写真】진주서 학살 민간인 유해 발굴 개토제
    (진주=연합뉴스) 지성호 기자 = '한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단'이 24일 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 인근 야산에서 개토제를 열고 있다. 2017.2.24 shchi@yna.co.kr

(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = '한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단'이 24일 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 인근 야산에서 개토제를 열고 집단학살된 민간인 제4차 유해발굴조사에 나섰다.

공동조사단과 한국전쟁 전후 진주 민간인 희생자유족회는 추모 제례를 올리고 헌화하며 억울하게 희생된 민간인들의 넋을 위로했다.
 이들은 "67년 만에 어둠을 거두어 내고 희생자들을 밝은 곳으로 모시겠다"고 다짐했다.
 공동조사단은 다음 달 4일까지 유해발굴작업을 벌인다.
 다음 달 1일 발굴 현장에서 설명회를 열 계획이다.
 공동조사단은 앞서 2014년 2월 24일부터 3월 4일까지 이곳에서 발굴조사를 벌였다. 이곳에서만 두 번째 진행된다.
 이곳은 진주지역에서 가장 많은 희생자가 나왔고, 용산고개 3개 골짜기 다섯 군데에 718구의 시신이 매장됐다는 주민과 유족들의 증언에 따라 공동조사단이 다시 조사를 벌이기로 한 것이다.

【写真】진주 학살 민간인 유해 발굴 현장
(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = '한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단'이 두번째 발굴조사를 벌이는 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 인근 야산. 2017.2.24 shchi@yna.co.kr

 이번 발굴조사지역은 1차 발굴지에서 20여m 떨어진 곳에 있다.
 1차 조사에서 공동조사단이 최소 39명의 유해와 탄두, 탄피, 버클 등 유품을 발굴한 바 있다.
 공동조사단은 대전광역시 동구 낭월동, 충남 홍성군 광천읍 담산리 야산에서 2차, 3차 유해발굴조사를 벌였다.
 진주 용산고개 발굴현장은 한국전쟁 때 진주지역 국민보도연맹 사건 관련 희생자와 민간인 수백 명이  국군방첩대와 경찰에 의해 집단학살돼 묻힌 곳으로 알려졌다.
 강병현 진주유족회 회장은 "이번 유해발굴조사를 통해 공권력에 희생되고 암매장당한 희생자들의 참상을 밝히고 이들을 밝은 곳으로 안치하겠다"고 말했다.

      shchi@yna.co.kr


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「韓国戦争時、晋州龍山とうげで何が? ……第2次遺骸発掘」

2017年02月26日 | 韓国で
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/02/24/0200000000AKR20170224157100052.HTML
「連合ニュース」 送稿時間 2017/02/26 08:00
■韓国戦争時、晋州龍山とうげで何が? ……第2次遺骸発掘
  ‟頭部銃創で顔が見分けられず、服で父の遺体を見つけた"
  虐殺民間人遺族たち‟無念の犠牲者が多い″……真相究明訴え

【写真】晋州龍山とうげ民間人犠牲者の発掘
(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=‘韓国戦争期の民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’と晋州民間人被虐殺者遺族会が第2次発掘調査をおこなう慶南晋州市鳴石面龍山とうげ。 2017.2.26 shchi@yna.co.kr

(晋州=連合ニュース)チソンホ記者= "相当数が頭に銃創を受けたため顔を見分けられない状況で、父の遺体は、母と叔父が服を見て、見つけました。"
 韓国戦争前後の晋州の民間人被虐殺者遺族会チョンヨンヂョ(68)事務局長は26日、韓国戦争当時、慶南晋州市鳴石面龍山とうげで起きた民間人虐殺事件当時の状況をつらそうに説明した。
 彼は“母と叔父が虐殺三日目に行った。蒸し暑い天気で遺体が腐敗した臭いがあまりにもひどく、ヨモギで鼻を防いだという話を、母から聞いた”と言った。
 しかし、虐殺の現場から見える3番国道で軍人が銃を撃ちながら「出て行け」とどなるので、遺体を見つけられずにもどるしかなかったと、生前に母が嘆き悲しんでいた、と回想した。
 彼は父が、“(その日)村にある派出所で会議があるという連絡を受けて行ったが、保導連盟に加入したという理由で逮捕され、刑務所に連れて行かれ、その後虐殺された”と話し、“戦時であったが、なぜそのようなことが起きることができたのかわからない”と嘆いた。

【写真】“服を見て、父の遺体を見つける”
(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=韓国戦争前後の晋州民間人被虐殺者遺族会チョンヨンヂョ(68)事務局長が、韓国戦争時、慶南晋州鳴石面龍山とうげで起きた民間人虐殺の状況を伝えている。彼は“相当数の遺体が頭に銃創を受けているため顔を見分けられない状況で、母と叔父が服を見て、父の遺体を見つけました”と語った。 2017.2.26 shchi@yna.co.kr

 横でチョン局長の話を聞いていた遺族会カンビョンヒョン(68)会長も、“アボヂは、麺のしたくをするオモニに、村役場で会議があるので行って来て食べると出て行って、そのまま帰ってこなかった”と目頭を赤くした。
 カン会長は、“韓国戦争時、無数の民間人が明確な理由もなく殺され、地下鉱山や山の中に数十年間放置されている”と指摘した。
 彼は、虐殺当時、リヤカーに農産物を載せて3番国道を歩いたチョさん(93歳、死亡)が、生前に酒の席でよく話した状況も紹介した。
 チョさんは、“その日、銃をもった軍人たちが通行を遮断した。30分間あまり機関銃を撃つような音が聞こえた。あとで民間人などを銃殺したことがわかった”と話しながら涙を流した、とカン会長は伝えた。
 チョン事務局長とカン遺族会会長の証言は、1950年7月中旬、国民保導連盟事件のさいに虐殺された民間人犠牲者たちの話だ。
 韓国戦争当時、晋州が人民軍に占領される危機に直面すると、警察などが撤収する前の7月22日から26日まで、保導連盟と関連する民間人を集団虐殺した。
 犠牲者は国民保導連盟(1949~1950年、政府が左翼関係者を管理・統制するためにつくった組織)事件など巻き込まれたり、人民軍に協力したという理由で殺害された。
 当時、軍・警は、左翼活動前歴者や、パルチザンに食糧などを提供した人だけでなく、国民保導連盟がどのような団体かも知らない農民まで加入するようにしたと、遺族会は説明した。
 とくにこのため、なにも知らない多くの民間人が保導連盟員と烙印を押され、国軍防諜隊と警察に無念に殺されたと主張した。
 晋州龍山とうげは、晋州地域5か所の民間人虐殺の現場の一つである。

【写真】晋州虐殺民間人遺骸発掘現場
(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=‘韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’が第2次発掘調査をおこなう慶南晋州市鳴石面龍山里龍山とうげ近くの山。 2017.2.26 shchi@yna.co.kr

 晋州遺族会は、2014年2月に‘韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’とともに晋州龍山とうげで、民間レベルの最初の犠牲者遺骸発掘調査をおこなった。
 共同調査団は、韓国戦争遺族会、4.9統一平和財団、民族問題研究所、民主社会のための弁護士会、民主化運動精神継承国民連帯、張俊河特別法制定市民行動などの市民団体が集まって発足した。
 共同調査団は、最初の調査当時少なく見ても39人の遺骸と弾頭、薬莢、バックルなど遺品を発掘した。
 犠牲者は警察などが持っていたカービン銃で射殺され、一部は、とどめの射殺までされた可能性が高いと、共同調査団は推定した。
 発掘現場は晋州地域でもっとも多くの犠牲者が出たと推定されるところである。龍山とうげにある3つの谷の5か所に718人の遺体が埋葬されたと、住民と遺族の証言がつぎつぎと明らかになった。
 そのため、共同調査団は、第2次大田広域市東区郎月洞、第3次忠南洪城郡広川邑淡山里につづいて、4回目の発掘調査地域を再度、晋州龍山とうげに決めた。
 今回の発掘調査地域は、第1次発掘地から20メートルあまり離れたところである。
 共同調査団は、来月2日まで発掘調査をおこなうことにした。発掘進行中の来月1日、現場説明会も開く。
 晋州遺族会との共同調査団は24日、現場で開いた開土祭で“67年の闇を取りはらい、犠牲者を明るい場所に迎えるために発掘調査に乗り出すことにした」と強調した。
 カン会長は“今回の発掘調査は、不当に殺され埋められた犠牲者の惨状を明らかにし、民間レベルで盧武鉉政権後中断された過去清算作業を継続するきっかけをつくるために進める」とのべた。

【写真】晋州龍山とうげ民間人虐殺の紹介
(晋州=連合ニュース)チソンホ記者=韓国戦争前後の晋州の民間人被虐殺者遺族会カンビョンヒョン(68)会長が韓国戦争時、慶南晋州鳴石面龍山とうげで発生した民間人虐殺の状況を紹介している。 2017.2.26 shchi@yna.co.kr
 
                                 佐藤正人訳



http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/02/24/0200000000AKR20170224157100052.HTML
「연합뉴스」 송고시간 2017/02/26 08:00
■한국전쟁 때 진주 용산고개서 무슨 일이?…두번째 유해발굴
  "머리 총상으로 얼굴 분간 안돼 옷으로 아버지 시신 찾았다"
  학살 민간인 유족들 "억울한 희생자 많아"…진상 규명 호소

【写真】진주 용산고개 민간인 희생자 발굴
(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = '한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단'과 진주 민간인 피학살자 유족회가 두번째 발굴조사를 벌이는 경남 진주시 명석면 용산고개. 2017.2.26 shchi@yna.co.kr

(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = "상당수가 머리에 총을 맞은 탓에 얼굴을 분간하지 못할 지경이어서 어머니와 삼촌이 옷을 보며 아버지 시신을 찾았습니다."
 한국전쟁 전후 진주 민간인 피학살자 유족회 정연조(68) 사무국장은 26일 한국전쟁 당시 경남 진주시 명석면 용산고개에서 발생한 민간인 학살 사건 당시 상황을 어렵게 설명했다.
 그는 "어머니와 삼촌이 학살 사흘 만에 갔는데 무더운 날씨에 시신이 부패한 냄새가 너무 심해 쑥으로 코를 막았다는 말을 어머니에게서 들었다"라고 했다.
 하지만 학살 현장에서 바라보이는 3번 국도에서 군인들이 총을 쏘면서 '나가라'고 고함을 질러 아버지 시신을 찾지 못하고 발길을 돌릴 수밖에 없었고 어머니가 이를 생전에 안타까워했다고 회상했다.
 그는 아버지가 "(그날)마을에 있는 파출소에서 회의가 있다는 연락을 받고 나갔는데 보도연맹에 가입했다는 이유로 체포돼 교도소로 끌려 갔고 이후 학살당했다"며 "전시지만 어떻게 그런 일이 생길 수 있었는지 모르겠다"고 통탄했다.

【写真】"옷 보며 아버지 시신 찾아"
(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = 한국전쟁 전후 진주 민간인 피학살자 유족회 정연조(68) 사무국장이 한국전쟁 때 경남 진주 명석면 용산고개서 발생한 민간인 학살 상황을 전하고 있다. 그는 "상당수 시신이 머리에 총을 맞은 탓에 얼굴을 분간하지 못할 지경이어서 어머니와 삼촌이 옷을 보며 아버지 시신을 찾았습니다."고 말했다. 2017.2.26 shchi@yna.co.kr

 옆에서 정 국장 이야기를 듣던 유족회 강병현(68) 회장도 "아버지가 국수를 준비하는 어머니에게 면사무소에 회의가 있으니 갔다 와서 먹겠다며 나갔는데 영영 돌아오지 않았다"며 눈시울을 붉혔다.
 강 회장은 "한국전쟁 때 무수히 많은 민간인이 뚜렷한 이유도 없이 죽임을 당하고 지하광산이나 산속에 수 십 년간 방치돼 있다"고 지적했다.
 그는 학살 당시 리어카에 농산물을 싣고 3번 국도를 가던 조모(93·작고) 씨가 생전에 술자리에서 자주 이야기했던 상황도 소개했다.
 조 씨는 '그날 총을 든 군인들이 통행을 막았다. 30여 분간 기관총을 쏘는 듯한 소리가 들렸고 뒤에 알고 보니 민간인 등을 총살하는 것이었다'고 말하며 눈물을 흘렸다고 강 회장은 전했다.
 정 사무국장과 강 유족회장의 증언은 1950년 7월 중순 국민보도연맹 사건 때 학살당한 민간인 희생자들의 이야기다.
 한국전쟁 당시 진주가 인민군에 점령당할 위기에 처하자 경찰 등이 철수하기 전인 7월 22일부터 26일까지 보도연맹과 관련한 민간인들을 집단학살한 것이다.
 희생자들은 국민보도연맹(1949∼1950년 정부가 좌익 관련자들을 관리·통제하기 위해 만든 조직) 사건 등에 연루되거나 인민군에게 협조했다는 이유로 피살됐다.
 당시 군·경은 좌익활동 전력자, 빨치산에게 식량 등을 제공한 사람뿐 아니라 국민보도연맹이 어떤 단체인지도 모르는 농민들까지 가입토록 했다고 유족회는 설명했다.
 특히 이 때문에 아무것도 모르는 상당수 민간인이 보도연맹원이란 낙인이 찍혀 국군방첩대와 경찰에 억울한 죽임을 당했다고 주장했다.
 진주 용산고개는 진주지역 5곳의 민간인 학살 현장 중 한 곳이다.

【写真】진주 학살 민간인 유해 발굴현장
(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = '한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단'이 두번째 발굴조사를 벌이는 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 인근 야산. 2017.2.26 shchi@yna.co.kr

 진주유족회는 2014년 2월 '한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단'과 함께 진주 용산고개에서 민간차원의 첫 희생자 유해발굴 조사를 벌였다.
 공동조사단은 한국전쟁유족회, 4.9통일평화재단, 민족문제연구소, 민주사회를위한변호사모임, 민주화운동정신계승국민연대, 장준하특별법제정시민행동 등 시민단체들이 모여 출범했다.
 공동조사단은 첫 조사 당시 최소 39명의 유해와 탄두, 탄피, 버클 등 유품을 발굴했다.
 희생자들은 경찰 등이 갖고 있던 카빈총에 의해 사살됐고 일부는 확인 사살까지 됐을 가능성이 큰 것으로 공동조사단은 추정했다.
 발굴현장은 진주지역에서 가장 많은 희생자가 나왔다고 추정되는 곳이다. 용산고개 3개 골짜기 다섯 군데에 718구의 시신이 매장됐다는 주민과 유족들의 증언이 계속 나왔다.
 이에 따라 공동조사단은 2차 대전광역시 동구 낭월동, 3차 충남 홍성군 광천읍 담산리 야산에 이어 4차 발굴조사 지역을 다시 진주 용산고개로 정했다.
 이번 발굴조사지역은 1차 발굴지에서 20여m 떨어진 곳이다.
 공동조사단은 내달 2일까지 발굴조사를 벌이기로 했다. 발굴진행 중인 내달 1일 현장 설명회도 연다.
 진주유족회와 공동조사단은 지난 24일 현장에서 연 개토제에서 "67년의 어둠을 걷어내고 희생자들을 밝은 곳으로 모시기 위해 발굴조사에 나서기로 했다"고 강조했다.
 강 회장은 "이번 발굴조사는 억울하게 죽임을 당해 매장된 희생자들의 참상을 밝히고 민간차원에서 노무현 정부 이후 중단된 과거청산 작업을 이어가는 계기를 마련하기 위해 진행한다"고 말했다.

【写真】진주 용산고개 민간인 학살 소개
(진주=연합뉴스) 지성호 기자 = 한국전쟁 전후 진주 민간인 피학살자 유족회 강병현(68) 회장이 한국전쟁 때 경남 진주 명석면 용산고개서 발생한 민간인 학살 상황을 소개하고 있다. 2017.2.26 shchi@yna.co.kr
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「67年ぶりに現れた「保導連盟虐殺」の遺骸」

2017年02月25日 | 韓国で
http://www.vop.co.kr/A00001126768.html
「民衆の声」2017-02-24   ク ヂャファン記者 hanhit@vop.co.kr
■67年ぶりに現れた「保導連盟虐殺」の遺骸
 晋州鳴石面民間人遺骸発掘 初日から「遺骸・遺品」現れる

【写真】発掘初日、67年ぶりに外の世界に現れた民間人の遺骸 ⓒク ヂャファン記者

 韓国戦争期、刑務所の受刑者と国民保導連盟員約700人が虐殺されたことで知られている晋州市鳴石面で民間人遺骸発掘が始まった。
 24日、開土祭をおこなってから進められた慶尚南道晋州市鳴石面龍山里山425番地での第2次遺骸発掘は、最初のシャベルで、すぐに地下10センチの地点から、遺骸の一部と遺品のボタンが現われた。
 第2次遺骸発掘地は、第1次遺骸発掘地からわずか20メートル離れているところだ。この日現れた遺骸の一部は67年間地中に埋まっていたため、腐食されまるで木の根のような形で現れた。
 カン ビョンヒョン晋州遺族会長は、ここはかなり前、果樹園を作るために一度地面を掘り返した場所だという。そのため、遺骸がかなり損傷されたのではないかと憂慮している。ここでは、2014年2月、第1次遺骸発掘調査時、最小に見ても39人の遺骸と薬莢、バックルなど多数の遺品が発掘された。
 韓国戦争期の民間人虐殺遺骸発掘共同調査団(団長朴善周忠北大名誉教授)は、「韓国戦争時、無数の民間人が明確な理由もなく殺された後、地下鉱山や名前のわからない山の中に捨てられ、数十年間放置されてきた」とし、「国が被害者と遺族に当然持つべき法的・政治的責任はさておき、最小限の倫理的責任も負わないでいる」と批判した。
 また、「わが国が過去の傷を克服し、社会統合を成し遂げ人権国家に成長するためには、国家暴力の犠牲になった方たちの真相究明が優先的におこなわれるべきだ」と明言した。
 別名龍山とうげ(ヨンサンコゲ)とも呼ばれる龍山峙(ヨンサンチ)は、晋州地域でもっとも多くの人が虐殺された場所で、当時を目撃した住民たちは龍山峙の3つの谷の5か所に718人の遺体が埋められたと証言している。
 真実和解委員会の調査でも、目撃者たちは「死んだ人たちはすべて40歳未満の成人男性だった」、「囚人服で髪を短く刈った人もいた」と証言した。また、兄の遺体を探し龍山峠に行ったという遺族は、「龍山里の谷間に行ったら、縄に縛られたまま銃で撃たれた遺体が倒れ込んでいた」、「一つの穴に40〜50人の遺体があり、そのような穴が20〜30個あった」と証言した。

【写真】遺骸発掘を開始する共同調査団 ⓒク ヂャファン記者

★国家によって虐殺された民間人の遺骸発掘にかかわろうとしない慶尚南道と晋州市
 今回の遺骸発掘について、慶尚南道と晋州市が一貫して知らぬふりをし、ひんしゅくをかっている。
 カン ビョンヒョン晋州遺族会会長は、慶尚南道と晋州市に遺骸発掘費用の一部支援を要請したが拒否されたことを明らかにした。
 カン会長によると、慶尚南道は財政的に遺骸発掘費用を支援することができないという立場だ。晋州市のばあいは、韓国戦争当時虐殺された民間人の遺骸発掘は自治体が担当する業務ではないという理由で断った。
 カン会長は、「韓国戦争前後、無念にも国軍と警察によって亡くなった方たちの問題は、中央政府が解決しないのであれば、地方政府でも取り組まなければならない」とのべ、「中央政府は地方政府に押しつけ、地方政府は、中央政府に押しつけている」と糾弾した。
 このため、今回の発掘費用は全額、市民団体と個人の後援で準備された。2016年に共同調査団がおこなった忠南洪城郡の遺骸発掘のばあい、洪城郡は、遺骸発掘支援金2千5百万ウォンとコンテナ費用など、計3千3百万ウォンを支援した。
 一方、停戦協定が締結されてから60年が過ぎたが、韓国戦争時虐殺された無辜の民間人の遺体は全国各地に放置されており、李明博政権に続き、朴槿恵政権も無関心を通している。
かつて盧武鉉政権当時、真実和解委員会が発足し、一部の遺骸発掘を開始したが、李明博政権になって中断し、その後、現政権でも遺骸発掘はおこなわれていない。
 このため、韓国戦争遺族会、4.9統一平和財団、民族問題研究所、民主社会のための弁護士の会、民主化運動精神継承国民連帯、張俊河特別法制定市民行動、フォーラム真実と正義などの市民団体が集まり、2014年2月、「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団」を発足させ、市民団体次元で遺骸発掘を進めてきている。

【写真】朴善周共同調査団団長が発掘された遺体を説明している。 ⓒク ヂャファン記者
【写真】遺体発掘に先立ちカンビョンヒョン晋州遺族会長が開土祭をおこなっている。 ⓒク ヂャファン記者
【写真】晋州鳴石面遺骸発掘 第二次遺骸発掘地。 ⓒク ヂャファン記者

                          佐藤正人訳


http://www.vop.co.kr/A00001126768.html
「민중의소리」 발행 2017-02-24 15:55:44 수정 2017-02-24 17:13:06
구자환 기자 hanhit@vop.co.kr
■67년만에 드러난 ‘보도연맹 학살’ 유골
 진주 명석면 민간인 유해 발굴 첫날부터 ‘유해·유품’ 드러나

【写真】발굴 첫날 67년 만에 세상밖으로 나온 민간인 유해 ⓒ구자환 기자

 한국전쟁기 형무소 재소자와 국민보도연맹원 700여명이 학살된 것으로 알려진 진주시 명석면 민간인 유해발굴이 시작됐다.
 24일 개토제를 시작으로 진행된 경남 진주시 명석면 24일 경남 진주시 명석면 용산리 산 425번지 2차 유해발굴은 첫 삽을 뜨기 시작하자마자 땅속 10cm 지점에서 유골 일부와 유품인 단추가 세상 밖으로 드러나기 시작했다.
 2차 유해발굴지는 1차 유해발굴지와 불과 20여미터 떨어져 있다. 이날 드러난 유해 일부는 67년 동안 땅속에 묻혔던 까닭에 부식돼 흡사 나무뿌리와 같은 형태로 드러났다.
 강병현 진주유족회장은 오래전 과수원을 조성하면서 땅을 한번 파 헤쳤던 곳이라며 이 때문에 유해가 많이 손상됐을 것으로 우려했다. 이곳은 지난 2014년 2월 1차 유해발굴조사 시기에 최소 39명의 유해와 탄피, 버클 등 다수의 유품이 발굴되기도 했다.
 한국전쟁기 민간인학살 유해발굴 공동조사단(단장 박선주 충북대 명예교수)은 “한국전쟁 당시 무수히 많은 민간인들이 뚜렷한 이유도 없이 죽임을 당한 뒤 지하광산이나 이름 모를 산속에 수 십 년 동안 버려진 채 방치되어 왔다”며, “국가가 피해자와 유족에게 마땅히 가져야 할 법적·정치적 책임은 고사하고 최소한의 윤리적 책임을 지지 않고 있다”고 비판했다.
 또, “우리나라가 과거의 상처를 극복하고 사회통합을 이뤄내 인권국가로 발돋움하기 위해서는 국가 폭력에 의해 희생된 분들의 진상규명이 우선적으로 이루어져야 한다”고 밝혔다.
 일명 용산고개라고도 불리는 용산치는 진주지역에서 가장 많은 피학살자가 발생한 곳으로 당시를 목격한 주민들은 용산치 3개 골짜기 5군데에 718구의 시신이 매장되었다고 증언한 바 있다.
 진실화해위원회의 조사에서도 목격자들은 “죽은 사람들은 전부 40대 미만의 성인남자였다”며, “죄수 복장에 머리를 짧게 깍은 사람들도 있었다”고 증언했다. 또, 형의 시신을 찾으러 용산고개 갔다는 한 유족은 “용산리 골짜기에 갔더니 포승에 묶인 채 총을 맞은 시신들이 엎어져 있었다”며, “한 구덩이에 40~50구의 시신이 있었고 그런 구덩이가 20~30개가 있었다”고 증언했다.

【写真】유해발굴을 시작하는 공동조사단 ⓒ구자환 기자

★국가로부터 피학살된 민간인 유해 발굴 외면한 경남도와 진주시
 이번 유해발굴에 대해 경남도와 진주시가 모르쇠로 일관해 빈축을 사고 있다.
 강병현 진주유족회 회장은 경남도와 진주시에 유해발굴 일부 비용 지원을 요청했으나 모두 거부당했다고 밝혔다.
 강 회장에 따르면 경상남도는 재정적으로 유해발굴 비용을 지원할 수 없다는 입장이다. 진주시의 경우는 한국전쟁 당시 피학살된 민간인의 유해발굴은 지자체가 담당할 업무가 아니라는 이유로 거절했다.
 강 회장은 “한국전쟁을 전후해 억울하게 국군과 경찰에 의해 돌아가신 분들의 문제는 중앙정부가 해결하지 못하면 지방정부라도 나서야 한다”며, “중앙정부는 지방정부에 미루고 지방정부는 중앙정부에 미루고 있다”고 성토했다.
 이 때문에 이번 발굴비용은 전액 시민단체와 개인의 후원으로 마련됐다. 지난 2016년 공동조사단이 진행한 충남 홍성군의 유해발굴의 경우 홍성군은 유해발굴지원금 2천5백만원과 컨테이너 비용 등으로 모두 3천3백만원을 지원했다.
 한편, 정정협정이 체결된 지 60년이 지났지만 한국전쟁 당시 무고하게 피학살된 민간인들의 유해는 전국 곳곳에 방치되어 있으나 이명박 정부에 이어 박근혜 정부도 무관심으로 일관하고 있다.
 지난 노무현 정부 당시 진실화해위원회가 출범하면서 일부 유해발굴을 시작했으나 이명박 정부가 들어서면서 중단 이후 현 정부에서도 유해발굴은 이루어지지 않고 있다.
 이 때문에 한국전쟁유족회, 4.9통일평화재단, 민족문제연구소, 민주사회를위한변호사모임, 민주화운동정신계승국민연대, 장중하특별법제정시민행동, 포럼 진실과정의 등 시민단체들이 모여 2014년 2월 ‘한국전쟁기 민간인학살 유해발굴 공동조사단’을 출범하고 시민단체 차원의 유해발굴을 진행해 오고 있다.

【写真】박선주 공동조사단 단장이 발굴된 유해를 설명하고 있다.ⓒ구자환 기자
【写真】유해발굴에 앞서 강병현 진주유족회장이 개토제를 지내고 있다.ⓒ구자환 기자
【写真】진주 명석면 유해발굴 2차 유해발굴지ⓒ구자환 기자
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第4回韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査 2017年2月24日~3月2日

2017年02月24日 | 韓国で
 「한국전쟁기 민간인학살 유해발굴 공동조사단(韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団)」は、きょう(2月24日)から3月2日まで、慶尚南道晋州市鳴石面龍山里(ミョンソクミョンヨンサンリ)で「発掘調査」をおこないます。
 朝鮮戦争前後に虐殺された民間人の「遺骨発掘調査」は、盧武鉉大統領の時に開始されましたが、李明博政府の時に中止されました。
 2014年2月18日に、韓国戦争遺族会、民主社会のための弁護士の会、民族問題研究所、民主化運動精神継承国民連帯、4・9統一平和財団、フォーラム真実と正義の6組織が、ソウルで記者会見をおこない、「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団」を結成したことを明らかにしました。
 共同調査団は、2014年2月24日から3月2日まで慶尚南道晋州市鳴石面龍山頭で最初の「発掘調査」をおこない、2015年2月23日から3月1日まで忠清南道大田市東区郎月洞(前、忠清南道大徳郡山内面朗月里骨嶺谷)で2回目、2016年2月24日から29日まで忠清南道洪城郡広川邑淡山里で3回目の「発掘調査」をおこないました。
 今回の4回目の場所は、1回目の「発掘地」のすぐ隣の地域です。
 2回目の「共同調査団」には張俊河特別法制定市民行動が新たに参加しました。今回の「共同調査団」には、15組織が参加しています。

 このブログの2014年2月27日の「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘調査」、2015年3月15日、16日の「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査」2の1、2の2、2015年10月13日の「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査に参加して」、および佐藤正人「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査に参加して」(紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』61号、2015年10月 5日発行)をみてください。
                                     佐藤正人


http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002296384
「OhmyNews」 17.02.07
■진주 용산고개, 한국전쟁 민간인 학살유해 발굴
 공동조사단, 4차 발굴지로 선정... 오는 24일 개토제 시작부터 발굴

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002301112&PAGE_CD=N0002&CMPT_CD=M0118
「OhmyNews」 17.02.22 18:21l 최종 업데이트 17.02.23 09:01l
■"민간인 학살 유해발굴 조사에 힘 보태주세요"
 공동조사단, 오는 24~3월 2일 진주 명석 학살지 발굴 ... 후원자 등 모집
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「年間巨額の被害賠償額…「過去史委の決定案だけで国家賠償認めるのは不当」」

2017年02月23日 | 韓国で
http://japanese.joins.com/article/727/171727.html?servcode=400§code=400
http://japanese.joins.com/article/728/171728.html?servcode=400§code=400
「中央日報日本語版」2013年5月17日
■年間巨額の被害賠償額…「過去史委の決定案だけで国家賠償認めるのは不当」
 「真実・和解のための過去史整理委員会」が真実究明をしたという理由だけで、裁判所で十分な事実関係の究明なく国家賠償責任を認めるのは不当だ、という最高裁全員合議体の判決が下された。また最高裁は、過去の歴史関連訴訟は過去史委員会に真実究明を申請した人だけが可能だと一線を画した。
 最高裁全員合議体は16日、珍島国民保導連盟事件(後述)にかかわって犠牲になったパクさんとクァクさんの遺族7人が国を相手取り起こした損害賠償請求訴訟で、「遺族に1人当たり1300万ー8800万ウォンを支払うべき」と決定した原審を破棄し、光州(クァンジュ)高裁に差し戻した。パクさんとクァクさんは1950年の韓国戦争(1950-53)当時に人民軍に同調した容疑で警察に連行された後、射殺された。
 遺族は06年、真実・和解のための過去史整理委員会に真実究明を申請し、委員会から「適法な手続きなく連行されて射殺されたと推定される」という決定を受けた。これを根拠で損害賠償訴訟を起こし、1審、2審ともに勝訴した。
 最高裁は裁判の主要争点に対する判断に先立ち、「過去史関連の国家賠償訴訟で、過去史委員会の調査報告書は特別な事情がない限り有力な証拠資料」と認めた。しかし「委員会の真実究明があったという事実だけで信憑性などに対する審査なく、対象者全員を国家による犠牲者と確定することはできない」と判断した。
 今まで裁判所は、過去史委の真実究明決定文を受けた場合、別途の事実関係確認なく被害者と認めてきたた。しかし政府は「過去史委員会が個別被害者の状況を具体的に判断できないだけに、少なくとも裁判の過程で事実関係は確かめる必要がある」と主張してきた。こうした問題で最高裁が政府側に軍配をあげたのだ。
 しかしイ・インボク、イ・サンフン、イム・ヨンドク、キム・ソヨン最高裁判事は少数意見を出した。「過去史委の決定は証明力が非常に高いと見るべきで、これを覆せる証明は国家の責任」と反対の立場を明らかにした。
 賠償請求資格と関連し、裁判所は「国が過去史整理基本法を作って賠償すると明らかにした以上、委員会から真実究明決定を受けた被害者は国を相手に訴訟を起こすことができる」と整理した。しかし「過去史整理法適用対象でありながらも、真実究明申請さえしなかったとすれば、賠償請求をする資格はない」と限界を定めた。
 過去史整理法は真実究明対象を軍事政権時代の民主化運動はもちろん、韓国戦争と日帝強制占領期間前の国家不法行為までと規定し、事実上範囲を広げておいたという指摘を受けた。このため国家賠償訴訟の制限もなくなるのではという懸念が少なくなかった。国民保導連盟事件は被害者だけで30万ー100万人と推定される。
 しかしこの日の判決で、被害者のうち過去史委員会の真実究明決定を受けた人に限り訴訟が可能になった。2010年末に活動を終えた過去史委員会の資料によると、委員会が真実究明決定を下した事件は計8479件。
 これに関しパク・ヨンヒョン韓国戦争遺族会運営委員長は「今でも恐怖または時間の不足で、真実究明を要請できない被害者が多い」とし「こうした被害者の恨を解く追加の措置が必要だ」と主張した。
 一方、裁判所は「事件が発生から長い時間が経過したが、被害者は過去史委の決定まで賠償を要求できる社会的な雰囲気ではなかった」という理由で、訴訟を起こせる時効が過ぎたという政府側の主張を棄却した。
 慰謝料の規模についても「60年も過ぎ、被害者の数が多いという特殊な事情上、被害者間の公平も重要」とし「該当判決が他の判決に比べ、やや多くの慰謝料を認めたが、裁量権を超えたと判断するほどではない」とし、原審通り確定した。ユン・ソンシク最高裁報道官は「その間の下級審判決で慰謝料決定時に偏差があったのは事実」とし「今回の判決で裁判所別の慰謝料偏差はかなり緩和されるだろ」と説明した。

◆国民保導連盟事件
 概要:韓国戦争中、国軍・警察・反共極右団体などが「人民軍に同調した」とし、「国民保導連盟」組織員を集団虐殺した事件。保導連盟は、李承晩(イ・スンマン)政府が1948年、左翼活動前歴者を教育するという趣旨で設立
 対象:30万ー100万人(推定)
 真相調査:過去史整理委員会が09年11月、「韓国戦争期間、大韓民国政府の主導で国民保導連盟員4934人が犠牲になった事実を確認した」と発表
 関連訴訟:最高裁、昨年8月に蔚山保導連盟事件で犠牲になった遺族482人に国家賠償責任を認める。また梧倉保導連盟事件の遺族492人にも賠償責任を認める。
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「韓国で起こった1949年・聞慶虐殺での国の賠償責任認める」

2017年02月22日 | 韓国で
http://japanese.joins.com/article/642/143642.html?servcode=400§code=430
「中央日報日本語版」2011年09月09日08時56分
■韓国で起こった1949年・聞慶虐殺での国の賠償責任認める
 損害賠償請求権利を行使できない障害理由があったならば国が犯した反倫理的犯罪被害に対し通常の時効を適用するのは困難という最高裁の判断が出てきた。
 最高裁は8日、朝鮮戦争勃発直前に韓国軍によって強行された「聞慶(ムンギョン)虐殺事件」被害者の遺族ら4人が総額10億3000万ウォン(約7412万円)を賠償するよう求めて国を相手に起こした損害賠償請求訴訟で、原告敗訴の判決を下した原審を破棄し事件をソウル高裁に差し戻した。
 裁判所は、「過去史整理委員会の真実糾明決定があった2007年6月26日までは損害賠償請求権利を行使することができない障害理由があったとみなければならない。時効が消滅し損害賠償責任がないという被告の主張が信義誠実の原則に反したり権利乱用に該当しないと判断した原審判決には違法性がある」と明らかにした。裁判所はまた、「真実を隠し真相究明のための努力さえ怠った国が、原告があらかじめ訴えを提起できないことをとがめ、時効完成を理由に債務履行を拒否するのは不当だ」と判示した。



http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2014/07/12/0200000000AKR20140712051700004.HTML
「연합뉴스」2014/07/13 12:00 송고
■대법, 잇따라 민간인 학살 배상금 축소…유족 반발
 1인당 8천만원 안팎 제한…"국가 재정 부담 때문 아니냐" 논란 

【写真】석달마을사건 합동위령제석달마을사건 합동위령제
 (문경=연합뉴스) 손대성 기자 = 지난 2008년 12월 24일 경북 문경시 점촌역광장에서 열린 국군이 저지른 민간인 집단학살 사건인 '문경 석달마을 사건'의 희생자를 추모하는 59주기 합동위령제 및 추모행사에서 참석자들이 잔을 올리며 제례를 지내고 있다.

(서울=연합뉴스) 황철환 기자 = 한국전쟁 전후 민간인 학살에 대한 정부의 배상 책임을 희생자 1인당 8천만원 내외로 제한하는 대법원 판결이 나온 이후 수억원대 배상을 명한 과거 판결들이 잇따라 파기돼 유족들이 반발하고 있다.
 일부 유족들은 이미 국가에서 배상금을 받았기에 파기환송심에서 판결이 확정되면 받은 돈을 돌려줘야 한다.
 13일 한국전쟁유족회에 따르면 대법원은 지난 5월 16일 이른바 '나주경찰부대 사건' 유족 38명에게 55억여원을 배상하라고 판결한 원심을 깨고 사건을 서울고법으로 돌려보냈다.
 한국전쟁 초기인 1950년 전라남도 해남과 완도에서는 열세에 몰려 후퇴하던 나주경찰부대와 완도 경찰이 민간인 97명을 살해했다.
 이에 원심은 희생자 본인 2억원, 배우자·부모·자녀 1억원, 형제·자매 3천만원의 배상금을 책정했지만, 대법원은 지나친 배상이라고 판단했다.
 대법원은 "희생자와 유족들이 유사한 과거사 사건보다 더 큰 정신적 고통과 사회적 차별 등 불이익을 받았다고 인정할 자료가 없다"고 판시했다.
 같은 달 29일에는 역시 수십억대 배상금이 나온 '문경 석달마을 민간인 학살 사건'에 대한 원심이 같은 이유로 대법원에서 파기환송됐다.
 이는 어느 정도 예견된 결과라는 것이 법조계의 반응이다.
 대법원은 작년 5월 '진도 보도연맹 사건' 유족들이 국가를 상대로 낸 손해배상 청구소송을 파기환송하면서 위자료가 다소 과하다는 견해를 밝혔고, 이후 나온 민간인 학살 관련 하급심 판결은 대체로 '희생자 8천만원, 배우자 4천만원, 직계가족 2천만원'의 기준을 적용해 왔다.
 대법원이 배상 규모가 크다는 이유만으로 원심을 깨뜨리는 것은 이례적이라는 의견이 법조계에서 나온다.
 나주경찰부대 사건 소송을 대리한 민주사회를위한변호사모임 소속 변호사는 "배상금 책정은 사실심 전권사항인 만큼 법률심인 대법원에서 이런 판결이 나왔다는 것은 이해하기 어렵다"며 "정치적 고려가 있었다고 보지 않을 수 없다"고 비판했다.
 특히 문경 사건 유족들은 이미 배상금까지 받았기에 대법원이 배상금을 깎으라는 판결을 내린 것은 지나쳤다는 지적이 제기되고 있다.
 법조계 관계자는 "문경 학살 사건(聞慶虐殺事件)은 정부가 2012년 상고하면서도 이미 배상금 47억원을 지급해 이번 판결이 확정되면 30억원 이상을 유족들이 반환해야 할 상황"이라면서 "유족들이 오히려 배상금을 돌려주려고 빚을 내야 하는 2차 피해가 발생할 수 있다"고 우려했다.
 희생자 1인당 8천만원이 과연 억울하게 가족을 잃고 64년간 숨죽여야 했던 유족들의 아픔을 위로할 수 있는 금액인지, 거액 배상이 이뤄진 1970∼1980년대 과거사 사건과 형평성이 맞는지도 계속 논란거리가 될 전망이다.
 조동문 한국전쟁유족회 사무국장은 "이번 판결의 진짜 이유는 민간인 학살 사건 희생자에 대한 배상이 국가 재정에 부담된다는 것 아니겠느냐"면서 "너무나 터무니없고, 통한의 세월을 살아온 유족을 두 번 죽인 판결"이라고 분통을 터뜨렸다.
 
     hwangch@yna.co.kr


http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=20432&yy=2006
http://coreawar.or.kr/xe/board_DlQI63/74045?ckattempt=1
http://wildbirder.tistory.com/78
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「"蔚山保導連盟 国家賠償責任 消滅時効を理由とする拒否は不当"」

2017年02月21日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/8488.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2011.07.01 09:23
■"蔚山(ウルサン)保導連盟 国家賠償責任 消滅時効を理由とする拒否は不当"
  最高裁、遺族敗訴 原審破棄 差し戻し

‘蔚山保導連盟事件’遺族たちが国家を相手に出した損害賠償請求訴訟で、国家の賠償責任を認める趣旨の最高裁判決が下された。
 最高裁1部(主審 キム・ヌンファン最高裁判事)は30日、韓国戦争時に左翼と見なされ銃殺された蔚山保導連盟会員の遺族たちが国家を相手に起こした損害賠償請求訴訟で原告敗訴の判決をした原審を破棄し事件をソウル高裁に差し戻した。
 裁判所は「国家はこれまで生死の確認を求める遺族たちに処刑者名簿などを3級秘密に指定し真相を隠してきた」とし「今になって‘遺族たちが集団虐殺の全貌に見当をつけていながら、前もって訴訟を提起できなかった’という趣旨で消滅時効の完成を主張し債務履行を拒否することは不当だ」と明らかにした。
 蔚山保導連盟は1950年、政府が左翼関連者を転向させ、彼らを統制するために組織した国民保導連盟傘下の蔚山地域団体であり、対外的には転向者で構成された‘左翼転向者’団体であることを標ぼうしたが、韓国戦争勃発以後に集団銃殺された。
 真実・和解のための過去史整理委員会は2006年10月、この事件の真相調査を始め、翌年11月末に蔚山地域国民保導連盟事件と関連した犠牲者名簿407人を確定し発表した。
 その後、遺族500人余りは犠牲者の無念な死とそれにともなう精神的被害を賠償せよとし訴訟を起こし、1審で 「国家は遺族に51億4600万ウォン(利子を含めて 200億ウォン余り)を支払え」という勝訴判決を受けた。だが、2審裁判所は5年の損害賠償請求権消滅時効が1955年にすでに完成されており、国家に損害賠償責任がないとし1審判決を覆した経緯がある。

キム・ジョンピル記者 原文入力:2011/06/30 22:36
原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/485276.html
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「‘山清・咸陽良民虐殺’特務隊文書原本 初公開」

2017年02月20日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/9020.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2011.09.01 14:26 原文入力:2011/08/31 22:45 イ・ギョンミ記者
■‘山清(サンチョン)・咸陽(ハミャン) 良民虐殺’特務隊文書原本 初公開
  パルチザン討伐が口実 "敵の手中にある者は全員銃殺"
  前真実和解委員 論文で発表… "明白な国家責任"

【写真】アン・ジョンエ前真実和解委調査官が31日に公開した‘特務隊文書綴’の一部。
    写真の文書は「9連隊が1951年2月7日午前11時頃、山清郡、今西面(クムソミョン)、
   芳谷部落に到着すると部落民7人が裏山に逃げたので、部落民を全員集結させ、逃
   げた奴はどいつかと尋ねても答えなかったという理由で全員の銃殺を命じた」という
   報告内容だ。 アン・ジョンエ氏提供

 韓国戦争当時、国軍がパルチザン討伐のために慶南、山清・咸陽地域の良民虐殺を指示した内容が含まれた文書原本(影印本)が初めて公開された。
 山清・咸陽事件良民犠牲者遺族会は31日、ソウル、汝矣島の国会憲政記念館で‘山清・咸陽民間人集団犠牲事件60周年学術大会’を開き、虐殺当時の国軍の指示内容などが含まれる‘特務隊文書綴’を公開した。特務隊は当時、李承晩大統領の特命を遂行した防諜部隊だ。
 山清・咸陽事件の記録は522頁分量のこの文書綴の中で憲兵司令部が作成した報告書に出てくる。報告書の‘連隊作戦命令第5号付録(1951年2月2日)’を見れば、国軍11師団が「敵の手中にある者は全員銃殺せよ」と命令したことになっている。資料を公開したアン・ジョンエ前真実和解のための過去史整理委員会(真実和解委)調査官は「当時、討伐対象地域になった山清・咸陽一帯は国連軍が北進した以後にも政府が治安を確保できなかった所」とし「‘敵の手中にある者’とは大多数の地域住民を意味する」と説明した。
 この作戦命令が含まれた報告書は特務隊に移管され特務隊文書綴に統合された。以後、この資料は数十年間眠っていたが2007年にアン前調査官が真実和解委活動中に発見し影印本を特務隊の後身である機務司から渡された。これを土台に真実和解委が報告書を発刊しアン前調査官が論文を発表し、国軍が良民虐殺を指示したという事実が明らかになった。(<ハンギョレ>2010年10月11日付10面)
 アン前調査官は「今回の公開で山清・咸陽事件虐殺が明白な国家の責任ということを確認することになった」として「加害者である国家が乗り出し被害者の傷を治癒しなければならない」と話した。
 山清・咸陽事件は1951年2月7日、慶南、山清・咸陽郡一帯で国軍第11師団9連隊が智異山(チリサン)パルチザン討伐過程で地域住民を畑に呼び集め705人(遺族会主張)を銃殺した事件だ。11師団9連隊は山清・咸陽事件の2日後の9日から11日までに居昌で700人余りを虐殺し、これは‘居昌良民虐殺’として世の中に知らされた。

イ・ギョンミ記者 kmlee@hani.co.kr
原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/494350.html

http://www.idomin.com/news/articleView.html?idxno=356351
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「"白善燁 智異山討伐作戦時 良民集団凍死"」

2017年02月19日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/8402.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2011.06.22 10:13 原文入力:2011/06/21 22:01
■"白善燁(ペク・ソンヨプ) 智異山(チリサン)討伐作戦時 良民集団凍死"■
 6・25 61周年控え‘反共英雄化’論難増幅
 作戦参謀 務め故 コン・グクチン前准将‘韓国戦争史’で証言
 "子供・婦女子ら 捕虜収容所へ行き半数以上が死亡"
 "ソン・ヨチャンもウサギ追い討伐に反対" …ペク将軍側 "返答困難
 危機から祖国を救った韓国戦争の英雄か?
 独立軍を討伐した親日賦役軍人か?

【写真】親日行跡論難をかもしている白善燁(ペク・ソンヨプ)白野戦戦闘司令官が韓国戦争がたけなわだった1951年12月30日、全北(チョンブク)、南原市(ナムォンシ)の情報(G-2)状況室で開かれた参謀会議で智異山(チリサン)パルチザン討伐のための作戦地図を示している。 <ハンギョレ>資料写真

 6・25勃発61周年を控えペク・ソンヨプ(92)将軍を巡る論議が熱くなっている。韓国軍初の4星将軍であり参謀総長を2回歴任した軍元老であるペク将軍について<韓国放送>(KBS)が特集プログラムを製作し、一部では銅像建立に動いているが、これに対しては功罪をきちんと評価しておらず一方的美化だという批判も出ている。
 こうした中<ハンギョレ>はペク将軍が主導した智異山パルチザン討伐作戦が罪のない良民の犠牲を引き起こしたという当時の軍関係者の証言記録を単独入手した。国防部戦史編纂委員会(現 軍史編纂委員会)が1960年代参戦者らの口述証言を収録した資料だが、ここでペク将軍の作戦参謀出身である予備役将軍は当時の作戦と関連して悔恨に満ちた話を打ち明けた。

■ "この方はこの中にいるのは全員敵だとし"
 1964年に発足した戦史編纂委は<韓国戦争史>編纂のために参戦者3000人余りを対象に膨大な口述収録作業を行った。この作業の一環として1965年6月15日韓国紙業(株)社長だったコン・グクチン前予備役准将を相手に証言聴取がなされた。
 "(1軍団)作戦参謀として行きました。ペク(ソンヨプ)将軍を迎えて春季、1次、2次、3次、4次攻勢まで体験し、智異山に行き…。ペク隊長と争って別れました。" 戦場で指揮官と作戦参謀は最も緊密な間なのに、なぜ別れたのであろうか?
 "智異山が4道、9ヶ郡です。9ヶ郡の住民が20万人です。この方(ペク将軍)はこの中にいるのは皆敵だ、光州(クァンジュ)に捕虜収容所を作りました。それで攻撃開始すれば子供たち、婦女子たちをすべて敵に仕立て捕虜として来るのですが、トラックに乗せ光州まで後送すれば、全員凍死するでしょう。国内戦で同族間の争いをしているのに、多少なりとも良民と敵を分けて取り扱うべきで、そうでなければ北側の土地に行き八路軍討伐するのと何の違いがあるかと言いました。それで私と争ったのです。"
 韓国戦争中の1951年末、米軍は智異山パルチザン討伐のための司令部を設け、ペク・ソンヨプ当時1軍団長に指揮を任せた。ペク(白善燁)将軍の名前を取り‘白野戦戦闘司令部’と呼ばれた部隊だ。配下には首都師団(師団長 ソン・ヨチャン)と8師団(師団長 チェ・ヨンヒ),西南地区戦闘司令部などが配置された。ペク将軍と意見対立の末に白野戦司令部作戦参謀を辞めたというコン前将軍の証言が続いた。

■ "問題が多かった…今風に言えば悪評が多かった"
 "別れてから(私は) 21連隊に行きました。結果がどうだったですか? 厳冬雪寒にパーカーを来てヒーターつけても寒いのに数多くの良民は光州(捕虜収容所)に行き半数以上が死にました。ペク将軍、あなたが政治的にどんな理由があるのか知らないが成果が遅れてもそうするべきで、この寒い時に光州に連れていけば彼らが重ね重ね生涯恨むでしょう。その後で真意が分かりました。悪評がたくさん出ました。戦時だからそうでも、今だったら悪評がたくさん立ったでしょう。"
 当時ペク将軍が採択した作戦名は‘ネズミ捕り作戦’(Operation Rat Kill)。智異山を包囲しウサギ追い方式で住民を疎開させ食べ物をなくして餓死させる方式だった。作戦成果は良好だった。51年11月に始まった討伐作戦は翌年初めには事実上完了した。捕虜と住民らが入り乱れて収容された光州捕虜収容所は劣悪な環境と良民収容で社会問題になり、李承晩大統領の指示で1953年に解体された。
 続くコン前将軍の証言。「私も参謀として過ちがあるだろう。参謀として最善を尽くし建議すれば良かったが、失敗を最小限に限定することが参謀(の役割)であるのに、その作戦の作戦参謀としてできずに、そのようにして出てきました。(中略)ソン・ヨチャンも反対しました。チェ・ヨンヒも皆反対しました。永遠に非難されても仕方ない…。」

■“一方的非難は不当だが、本人の沈黙も問題”
 コン前将軍のこういう証言と関連してペク将軍の見解を聞こうと思ったが、ペク将軍に随行する関係者は「将軍様が年老いてインタビューは難しい。返答が困難だ”と答えた。証言者のコン前将軍は数年前に亡くなった。
 証言録の性格上、一方の主張に過ぎず、すべての証言を100%信頼することはできない。だが、ペク将軍が責任者として実行した作戦で多くの犠牲者が出たことは事実だ。これと関連してペク将軍は過去に自身の著書で以下の通り明らかにした。
 “指揮部の指針と異なり、末端部隊が非行を犯し虚偽報告で揉み消す場合、それを完全に確認し真偽を分けることは真に難しい。(中略)当時としては私がとうてい知り得なかったことかもしれないが、討伐部隊の総司令官として私ももしも部下将兵の非行により犠牲になった魂があるならば彼らの冥福を祈りたい心情だ。”(<実録智異山>)
 韓国近現代史を専攻したある歴史学者は「良民虐殺問題は戦争という当時の時代的状況と併せて見なければならず、ペク将軍より更に深刻な指揮官もいたので、一方的に非難することは難しい」としつつも「本人としては(良民虐殺問題や)間島(カンド)特設隊など、自身の過去と関連して敏感な問題に沈黙する他はないのではないか」と話した。

イ・スニョク記者 hyuk@hani.co.kr
原文: http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/483838.html
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「"真実なき真実委" …虐殺慰霊祭も別々に」

2017年02月18日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/6612.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2010.12.02 07:53
■"真実なき真実委" …虐殺慰霊祭も別々に
 ‘韓国戦犠牲’遺族たち、真実委 行事 拒否 別途 追慕祭
 "真相調査・発掘対策なく 委員長妄言まで" 批判 洪水

【写真】韓国戦争前後 民間人被虐殺者 全国遺族連合会会員たちが1日昼、ソウル龍山区
孝昌公園の白凡記念館イ・ポンチャン烈士銅像の前で政府行事とは別に告由斎を行って
いる間、チョン・クムジャ(61・慶州)氏が韓国戦争当時に連行された後、生死が分からない
父親を呼び涙声で話している。 カン・ジェフン先任記者 khan@hani.co.kr

 真実・和解のための過去史整理委員会が来る12月31日の活動終了を控え、1日午後2時 ソウル、孝昌洞の白凡記念館で‘韓国戦争前後民間人犠牲者告由斎および合同追慕祭’を開いた。この日の行事にはメン・ヒョンギュ行政安全部長官をはじめ政府関係者たちと駐韓外交使節、遺族代表、市民団体関係者、遺族ら1千人余りが参加した。イ・ヨンジョ真実和解委員長は追悼辞で「国民の安全が十分に保証されることができなかったり国民の生命権が軽視されることが繰り返されてはならない」と話した。

【写真】同じ時刻、白凡記念館で真実和解委員会主催で開かれた韓国戦争民間人犠牲者
   告由斎および全国合同追慕祭でメン・ヒョンギュ行政安全部長官が焼香している。
    カン・ジェフン先任記者 khan@hani.co.kr
 
 だが、実際に長い年月、政府の無関心のために苦痛を受けた遺族たちは、この日 慰霊祭が開かれる記念館の外側で別に慰霊祭と集会を開かなければならなかった。これらは自分たちが要求してきた遺体発掘と追悼事業がきちんと進行されないまま委員会活動が終了することに怒り「真実和解委員会には真実も和解もなかった」と主張した。
 遺族たちはまた「イ・ヨンジョ委員長が4・3抗争と光州民主化運動を‘共産主義暴動’、‘民衆反乱’等と蔑視した」とし「政府が過去史真相究明作業の勧告事項に対しても翻意し、60年余りの間 苦痛にあってきた遺族たちを無視している」と反発した。
 この日もイ委員長は遺族たちが要求した‘政府の謝罪’の代わりに "遺族たちには退屈な慰労の言葉" だけを伝えた。韓国戦争前後 民間人被虐殺者全国遺族会オ・ウォルロク常任議長は真実和解委の追慕祭に参加せず 「こちらで遺族たちが開く慰霊祭が本物」と対抗した。
 先立ってこの日午後1時には、また別の遺族団体である韓国戦争前後民間人被虐殺者全国遺族連合会が白凡記念館イ・ポンチャン烈士銅像前で慰霊祭を開いた。6才の時に大田山内事件で父親と叔父が犠牲になったというキム・某(66)氏は「真実和解委は今日で民間人虐殺問題がみな終わることを願う」として「遺骸を発掘し追慕館追悼施設を建て、大統領が謝らなければならない」と強調した。
 遺族たちが反発する理由は、真実委が今まで遺族たちが要求してきた真相調査と遺体発掘をきちんとしないまま対策もなしに活動を終了しようとしているためだ。
 韓国戦争民間人虐殺真相究明汎国民委員会はこの日‘緊急決議文’を出し 「未申請遺族のために申請期間を延長し、真実和解委活動を継続するなど関連法を改正せよ」と要求した。
 遺族たちは「韓国戦争の前後に犯された反倫理的犯罪により約130余万人の民間人が虐殺された」として「それでも真実和解委は全体件数の1%にもならない8千件だけの申告を受け調査を行い、残り99%の事件は未申告処理され調査さえ進行されなかった」と主張した。

ソン・ジュンヒョン先任記者 dust@hani.co.kr
原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/rights/451655.html
原文入力:2010-12-01 午後08:15:38
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「‘補導連盟 国家賠償’…民間虐殺訴訟 続くか」

2017年02月17日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/1091.html
「The Hankyoreh」登録 : 2009.03.17 13:30
■‘補導連盟 国家賠償’…民間虐殺訴訟 続くか
 蔚山で初勝訴 青島・清州・清原 遺族たちも準備
 
 裁判所が‘蔚山補導連盟事件’の遺族たちが国家を相手に起こした損害賠償請求訴訟で先月、国家責任を認めた初めての判決(<ハンギョレ> 2月11日付)を下し、類似民間虐殺事件の遺族たちの訴訟が洪水になる動きを見せている。
 ソウル中央地裁民事合議19部(裁判長 チ・ヨンチョル)は先月10日、‘蔚山補導連盟事件遺族会’が国家を相手に出した損害賠償請求訴訟で“遺族508人に計200億ウォン余りを賠償せよ”と判決し、国家と遺族会が揃って控訴し控訴審が進行中だ。
 この判決の報に接して一番最初に動いたのは‘青島遺族会’だ。青島遺族会のパク・ヒチュン会長は15日「今月末に裁判所に損害賠償請求訴訟を起こすために遺族たちの参加申請を受けているが、現在までに80人余りが参加意向を伝えてきた」と明らかにした。青島遺族会は1949年2月~1951年2月まで、軍人と警察による共産軍討伐過程で亡くなった犠牲者たちの遺族が集まっている団体で、‘真実・和解のための過去史整理委員会’(真実和解委)が身元を確認した青島犠牲者586人の遺族たちの内122人が参加している。青島遺族会は来る17日まで訴訟参加人員が確定し次第、‘蔚山補導連盟事件’を引き受けたキム・ヒョンテ弁護士に訴訟代理人を委任する予定だ。パク会長は「蔚山事件の判決消息を聞き、一部の遺族たちは‘奇跡が起こった’と話した」として「過去には遺族たちが不利益にあうかと思い、出るのをためらっていたが今は暮らしにゆとりがない状態なのに100万ウォン程度の訴訟費用を負担するとして大きな関心を見せている」と話した。
 清州・清原補導連盟遺族会も訴訟を準備中だ。これらは15日‘民主社会のための弁護士会’のイ・サンヒ弁護士とともに遺族たちを相手に説明会を開き、来月末までに原告選定を終え訴状を出す計画だ。清州・清原遺族会のチョ・ナムハ真実糾明後続措置対策委院長は「大部分の遺族たちが連座制で公務員・陸軍士官学校・大企業採用などで不利益を受けて生きてきたが、今回の司法府の判断で希望を見た」と話した。
 韓国戦争前後、民間人被虐殺者全国遺族会(全国遺族会)側は「具体的な訴訟準備が進行中の所は青島と清州・清原程度だが、真実和解委の真実糾明が決定された遺族会40ヶ所余りの全てが訴訟に関心を見せている」と雰囲気を伝えた。真実和解委も「普段は週に10件未満だった犠牲者遺族たちの真実糾明関連問い合わせ電話が裁判所判決後、大きく増えて、今でも毎週30通以上かかってきている」と明らかにした。

クォン・オソン記者sage5th@hani.co.kr
原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/344285.html
原文入力:2009-03-15午後08:47:27
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「韓国戦争時の「民間人遺骨」大量に見つかる」

2017年02月16日 | 韓国で
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=51003
「中央日報日本語版」2004年04月25日17時59分
■韓国戦争時の「民間人遺骨」大量に見つかる
 慶尚南道馬山(キョンサンナムド・マサン)で、韓国戦争(1950~1952)の際、軍人や警察に虐殺されたと推定される民間人の遺骨が、大量に見つかった。
 「韓国戦争前後の民間人被虐殺者 全国遺族の会」(執行委員長:チョ・ヒョンギ)は25日、馬山市鎮田面艅陽里(チンジョンミョン・ヨヤンリ)にあるサンテゴルで発掘を行い、頭蓋骨を含む腕や脚の骨数百点を収拾したと発表した。 遺族会は、見つかった頭蓋骨は20個以上で、少なくとも40体の遺骨があると推定している。
 住民の話では「韓国動乱(韓国戦争)の時、軍人や警察と思われる集団が、縄で縛った人々をトラック4台に載せ、村の裏にあるサンテゴルと『トドゥクゴル』の廃坑で銃殺し、その後埋めた」という。
 遺族会は「村の住民の証言から察すると、これらの遺骨は、韓国戦争当時、晋州(チンジュ)刑務所に収監されていた保導連盟(当時、左翼活動から転向した人々の組織)に属していた民間人200~300人の一部と推定される」とし「今後、さらに多くの遺骨が出てくるだろう」と話した。 遺族会は、2002年9月に韓国を襲った台風15号(ルサ)により林野の土砂が崩れ、数十点遺骨が見つかってから、同地の発掘・収拾、墓地の設置を求め続けきた。今回の発掘はこれに伴い行われたもの。
 遺族会は、5月初めに追加の発掘を行い、収拾になった遺骨を1カ所に集め、馬山市が設ける合葬墓に安置する予定。 チョ・ヒョンギ執行委員長は「今後、資料を体系的に収集し、慰霊事業と名誉回復のための事業を行っていく」と話している。
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「朝鮮戦争の時、醴泉でも米軍が民間人爆撃」

2017年02月15日 | 韓国で
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=23755
「中央日報日本語版」2002年02月05日20時57分
■朝鮮戦争の時、醴泉でも米軍が民間人爆撃
 朝鮮戦争当時、米国空軍の爆撃で多数の民間人が犠牲になった事実を示す米国防総省の機密文件が発見された。
 「朝鮮戦争前後の民間人被虐殺者全国遺族会」は5日、1951年慶尚北道醴泉郡山城里(キョンサンブクド・イェチョングン・サンソンリ)で米空軍の爆撃による民間人136人の死傷または失踪したことを立証する文書(AG333.5KIG・51年3月13日)を公開した。
 この文書は、米8軍司令部が米軍事顧問団に提出した報告書で「51年1月19日午前6時~午後9時、米空軍所属F-80爆撃機4台が山城里を一度または数回空中爆撃し、民間人の被害があった」と記されている。
 報告書が明らかにした当時の爆撃の被害は▽死亡者34人▽負傷者72人▽失踪者30人▽家屋破壊69軒など。
 また同報告書は「韓国軍2師団が調べた結果、この地域でいかなる敵軍(北朝鮮軍)被害者も発見されなかった」と明らかにした。
 報告書は「爆撃する前に民間人を相手に疏開命令を下した」という内容で締めくくっており、民間人の犠牲に対して米軍の責任が無いことを主張している。
 遺族会の明成柱(ミョン・ソンジュ)事務局長は「この報告書は、米国防総省の機密文書だったが、2000年秘密から解除されて民間に公開され、昨年末入手した」とし、「米軍の民間人虐殺に対して明確に証拠が発見されただけに、韓米政府は徹底した真相糾明と犠牲者の名誉回復および補償に乗り出さなければならない」と話した。
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海南島近現代史研究会第19回定例研究会報告 3

2017年02月14日 | 海南島近現代史研究会
 討論の後、主題報告として、海南島近代史研究会が最近の2年間に元日本軍兵士だった日本人や特務機関員だった日本人から聞き取りをした証言について、斉藤日出治が報告しました。
 舞鶴鎮守府第1特別陸戦隊隊員として海南島に行った杉原剛さんは、敗戦後にベトナムに行き、フランスからの独立をめざす民族解放戦線に参加し、その後大阪でベトナムと日本の友好関係の仕事にかかわり、その経験を通して日本の海南島占領が住民に多大な迷惑をかけたものであり、日本の侵略戦争であった、と証言しました(このブログの2015年9月18日の「海南島とベトナムで 杉原剛さんの証言」をみてください)。
 海南島で日本語を教える教師の仕事に応募して海南島に渡ったIさんは、海南島に渡る船のなかで「朝鮮報国隊」として海南島に連行される朝鮮人を見た、と証言しました。
 1942年5月に舞鶴鎮守府第1特別陸戦隊兵士として海南島に行った大橋敏太郎さんは、分遣隊として前線で戦闘行為をし、捕虜を拷問し殺害したこと、1944年夏頃からはジャングルで戦闘に参加したことなどを証言しました(このブログの2016年6月5日の「ある舞鶴鎮守府第一特別陸戦隊兵士の証言 1」をみてください)。
 湊健一さんは、1944年10月に日本海軍海南警備府第16警備隊の隊員として海南島で台湾の「特別志願兵」250名を訓練する仕事にかかわり、敗戦後も元台湾兵との交流を続けてきたこと、広東の国際戦犯法廷で住民虐殺の罪で銃殺刑に処せられた前田三郎(同じ北陸地方の出身)と敗戦直後の海南島の捕虜収容所で出会ったこと、などについて証言しました(このブログの2016年9月13日の「海南島における日本の侵略犯罪と「戦犯裁判」 8」をみてください)。

 続いて、竹本昇さんが「加害展示を消し去ったピースおおさかに対する訴訟の現段階」について報告しました。
 1991年に開設された「ピースおおさか」は、戦争の加害と被害の恐ろしさを伝えるという目的で創られたにもかかわらず、その設置理念を裏切って、2015年4月にすべての加害展示を撤去し、改悪リニューアルしました。
 竹本さんは、大阪府、大阪市教育委員会、ピースおおさかにリニューアルの内容を問う開示請求をしたにもかかわらず、市民にその内容が伝えられないままにリニューアルが強行されたことに抗議し、2015年8月に一人で、大阪地方裁判所に提訴しました。
 竹本さんは、「侵略戦争の実相を知らなければ侵略戦争を讃美し戦争に協力してしまう。提訴の目的は、戦争加害の事実を隠そうとすることを許さないためだ」、と述べました。
 2016年12月の一審判決で、裁判所は、情報非公開の措置について条例違反があったことを認めました(このブログの2016年11月8日、11月9日、2017年1月14日の「ピースおおさか改悪リニューアル裁判報告」1~3をみてください)。

 続いて、佐藤正人さんが、最近海南島で出版された日本の侵略犯罪に関する4冊の書物を、つぎのように紹介しました。
 海南省文化交流促進会著『忘記過去意味着背叛』(南海出版公司、2015年12月)では、南海出版公司の若い編集者が海南島近現代史研究会の海南島「現地調査」に同行したときに歴史を知ることの重要性を強く自覚した経過が率直に述べられている(このブログの2017年1月3日の「『忘记过去意味着背叛』」をみてください)。
 海南省文化交流促進会著『控訴 採訪九位海南慰安婦実録』(南海出版公司、2015年10月)には、同じ南海出版公司の若い編集者が性暴力の犠牲者を訪問し(「海南島の若い女性が来るのははじめてだ、来るのが遅いのではないか」といわれた)、9人の女性から聞きとった深い「痛」と「恨」が記されている(このブログの2016年5月18日の「『控诉:采访九位海南“慰安妇”实录』」をみてください)。
 海南省委党史研究室編『海南省重要革命遺祉通覧』(海南出版社、2014年3月)では、海南島の革命遺跡が写真入で紹介されているが、その多くは共産党の革命烈士の記念碑で、住民虐殺の現場に関する記事は少ない。革命烈士の碑でも、村の犠牲者を村人自身が自費で追悼した記念碑は掲載されていない(このブログの2016年12月1日の「中共海南省委党史研究室編『海南省重要革命遺祉通覧』について」をみてください)。
 2015年8月付けで刊行された海南省委党史研究所室編『海南省抗日戦争時期人口傷亡和財産損失』(中共党史出版社)の内容は、2011年6月版とほぼ同じで、編集者・執筆者は4年のあいだ新しい資料を見つける努力をほとんどしていない。抗日戦争時期の海南島での死亡者と負傷者の総数を56万6千174人だったと一桁台まで示しているが、そのようなことは、実証できることではない(このブログの2015年12月31日、2016年1月8日、5月19日、2017年1月31日~2月11日の「『海南省抗日戦争時期人口傷亡和財産損失』について」1~11をみてください)。

 佐藤正人さんは、つぎに、スライドを交えて、2016年11月の海南島近現代史研究会の17回目(紀州鉱山の真実を明らかにする会としては30回目)の海南島「現地調査」の報告をおこない、さらに今年4月に予定されている18回目の海南島「現地調査」への参加を呼びかけました。

 集会の最後の挨拶で、金靜美さんがこれまでやれていないが、なんとかして海南島でのこれまでの膨大な聞き取りを証言録にまとめて残したい、と訴えました。
 
 集会では、韓国の釜山で「慰安婦」問題を象徴する「少女像」が設置された問題で、在日本大韓民国民団の団長が「少女像」の撤去を「在日同胞の共通の思い」だと語ったことを批判し、「少女像」が日本の国家犯罪の犠牲者の像であり、犠牲者の思いを伝える像であること、この像の撤去を求めることは日本の国家犯罪を免罪することにほかならない、と訴えるチラシが配布されました(このブログの2017年1月16日の「少女像の撤去を求めることは、日本の国家犯罪を免罪すること」、1月17日の「소녀상 철거 요구는 일본의 국가범죄를 면죄하는 일」、1月29日の「日本の侵略犯罪を擁護する組織:在日本大韓民国民団」、1月30日の「일본의 침략범죄를 옹호하는 조직:재일본 대한민국 민단」をみてください)。

 参加者は多くはありませんでしたが、「証言・記録・伝達」というテーマのもとに、報告者と集会参加者の全員がそれぞれの経験を相互に検証しあうことのできた充実した集会になったと感じました。
                                          斉藤日出治
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