三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会からのお知らせです

2024年08月19日 | 集会
■李基允氏と裵相度氏を追悼する31回目の集会■
 31回目となる李基允さんと裵相度さんの追悼集会を開催しますので、みなさん、ぜひ、ご参加ください。

と き:2024年11月17日(日) 午前11時~12時30分
ところ:李基允氏と裵相度氏の追悼碑前(木本トンネル熊野市側入り口)
         JR熊野市駅から左に出て尾鷲方面に徒歩10分ほどです。

主催:三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会   連絡先 pada@syd.odn.ne.jp


■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会■ 
と き:2023年11月17日(日) 午後14時開会  15時30分解散
ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑前
      熊野市紀和鉱山資料館(紀和町板屋110)のななめ前です

主催:紀州鉱山の真実を明らかにする会   連絡先 pada@syd.odn.ne.jp


 時間は多少の変更があるかもしれません。
 10月中旬に発行予定の、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』69号・24号で詳細をお知らせします。
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30回目と16回目の追悼集会に参加してください

2023年11月13日 | 集会
■李基允氏と裵相度氏を追悼する30回目の集会■
 30回目となる李基允さんと裵相度さんの追悼集会を開催しますので、みなさん、ぜひ、ご参加ください。

と き:2023年11月19日(日) 午前11時 開会
ところ:李基允氏と裵相度氏の追悼碑前(木本トンネル熊野市側入り口)
         JR熊野市駅から左に出て尾鷲方面に徒歩8分ほどです。

【写真】1994年11月20日の除幕集会での追悼碑 
【写真】碑文板
【写真】追悼碑

主催:三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会   連絡先 pada@syd.odn.ne.jp


■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会■ 
と き:2023年11月19日(日) 午後14時 開会 15時30分、紀和町解散
ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑前
      熊野市紀和鉱山資料館(紀和町板屋110)のななめ前です

 16回目となる 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会を開催します。
 「追悼碑建立宣言」をはめ込んだ石ともうひとつの石の除幕をおこないます。

主催:紀州鉱山の真実を明らかにする会   連絡先 pada@syd.odn.ne.jp
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29回目と15回目の追悼集会に参加してください

2022年11月11日 | 集会
■李基允氏と裵相度氏の29回目の追悼集会のご案内■
  29回目となる李基允さんと裵相度さんの追悼集会を開催します。
  みなさん、ぜひ、ご参加ください。
  と き:2022年11月20日(日) 午前11時 開会
   ところ:李基允氏と裵相度氏の追悼碑前(木本トンネル熊野市側入り口)
           JR熊野市駅から左に出て尾鷲方面に徒歩8分です。

■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会のご案内■
  15回目となる紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会を開催します。
  ぜひ、参加してください。
  と き:2022年11月20日(日) 午後1時30分 開会  3時30分、紀和町解散
  ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑前
           熊野市紀和鉱山資料館(三重県熊野市紀和町板屋110 から徒歩2分です

 今年も、コロナウィルス感染防止のため、2つの集会を同じ日に開催します。
 参加をご希望の方は、次のメールアドレスまたは住所にご連絡願います。 
   pada@syd.odn.ne.jp  和歌山県海南市日方1168 

主催:三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
      http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/ 
   紀州鉱山の真実を明らかにする会
      http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html 
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28回目の追悼集会と14回目の追悼集会

2022年11月01日 | 集会
■李基允氏と裵相度氏を追悼する28回目の集い   2021年11月14日午前
 山あいにひびくトランペットのアリランにみちびかれて、第28回目の李基允氏と裵相度氏を追悼する集いがはじまりました。
 小学校低学年生から80代までの参加者60人あまりがみまもる中、司会が開会のあいさつをし、その後、会から「木本事件」と「事件」現場の説明をしました。
 献杯のあいさつは、在日本大韓民国民団三重県地方本部団長の殷慶基さんがおこない、「継続は力」と強調しました。
 献杯、献花をしたあと、参加者の方たちから発言がありました。
 註駐名古屋大韓民国総領事館の領事、Kさんは、“日本で韓国の辛い歴史を忘れないように、このような行事が毎年おこなわれていることを知っておどろくとともに感動した”と話しました。
 三重から参加した学校教師を退職したI(日本人)さんは、“戦争のことは教えるが、どんなひどいことをしたかは教えない。学校でこういう歴史を教えるべき”と話しました。同じ三重から参加した教師のO(日本人)さんは、“日本史を教えている。世代が交代する中で、歴史を伝えることの重要性を思う”、また、同じ三重から参加した教師のA(日本人)さんは、“地元のこういう歴史を、未来を担う子どもに伝えていきたい”と話しました。
 在日本大韓民国民団三重県地方本部副団長のHさんは、“毎年、追悼集会の準備が大変だと思う。三重の韓国人の歴史をこういう形で伝えていくことはとても大切です。これからもいっしょにがんばっていきましょう”と話しました。婦人会会長のYさんからは励ましのことばがありました。
 その後、朝鮮人が掘り進めた木本トンネル、河川敷に朝鮮人飯場があった西郷川をわたり、極楽寺に行きました。

■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する14回目の集い   2021年11月14日午後
 紀州鉱山があった紀和町板屋は、周囲を山に囲まれています。
 トランペットのアリランの響きが追悼のつどいのはじまりでした。
 青ペンキで自然石に書かれた亡くなった35人のお名前は、月日とともにかすれてきています。地元の会員が新しい石を運びいれたり、文字がかすれたお名前を、そのつど書きなぞっていました。2021年の追悼の集いでは、劉太相(ユ テサン)さんと車連伊(チャ ヨニ)さんのお名前を、参加者に書きなぞりをしていただくことにしました。
 司会の開会のあいさつにつづき、劉太相さんのお名前は、兪関志瑯くん、車連伊さんのお名前は、井上裕太くんが書きました。このとき、兪関志瑯くんは小学5年生、井上裕太くんは小学4年生。さきに漢字を見せて、“書ける?”と尋ねると、ふたりとも、“書ける”という、頼もしい返事でした。ふたりとも、ていねいに、書きなぞってくれました。どうもありがとう。
 その後、献杯と献花につづき、参加者からの発言の時間を持ちました。
 さいしょに、亀山市の兪柄煥さんは、“多数の出席ありがとうございます。(「追悼の場」の石標について)「朝鮮人追悼碑」の石の下にたくさんの小石を置いたのは、みんなでこの場所を支えますよ、という意味。小石は朝鮮半島の形に敷き詰めました。朝鮮半島の上に人がいるという意味でもあります”と話しました。兪柄煥さんは「朝鮮人追悼碑」の石を寄贈してくださり、みずからデザインして設置してくれました。
 三重のYさんは、“先人たちのもとにわたしたちの生活がある。北も南もない。朝鮮半島の上に人がいる。先人たちが眠っているこういう場のたいせつさを知ってほしい”と話しました。
 大阪で民族学級の教師をしているZさんは、“ここまでの山道を来るたびに、歴史を想う。
 こんな山深いところまで朝鮮人は連れてこられたのか、何十年も過ぎたが、忘れてはならないことだ"、同じく民族学級の教師をしているKさんは、“日本が責任あるのになかったことにされている。強制連行の歴史を知る大切さ、そのことを目に見える形にすることをここであらためて思った。追悼碑の前の通りを、地元の子どもたちが素通りしていった。地元では、学校でどう教えているのか、気になった”と話しました。
 和歌山から初めて参加したNさん(日本人)は、“怒りを感じる”と話しました。三重から参加したIさん(日本人)は、“朝鮮人差別をなくす責任は日本人にある”と話しました。
 東京から参加したYさん(日本人)は、“世代が変わる中で、このような活動を続けていくためには日本人と朝鮮人の連帯がたいせつ”と話しました。
 2021年11月14日の追悼の集いは、子どもたちが7人参加しました。トランペットの響きとともに、子どもたちのこえも山あいに響きました。
 トランペットは、東京から参加した米持匡純さんでした。長時間の演奏、ありがとうございました。ここで書き記すことができた参加者の発言は、ごく一部です。ありがとうございました。
 追悼集会に参加した子どもたちの記憶に、熊野の朝鮮人の歴史が刻まれることを願っています。
                                 金靜美 記
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28回目と14回目の追悼集会に参加してください

2021年10月22日 | 集会
■28回目と14回目の追悼集会に参加してください■
 1994年11月20日に李基允さんと裵相度さんを追悼する碑が除幕されてから27年になり、2008年3月9日に紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼するはじめての集会が開かれてから13年半あまりが過ぎました。
 李基允さんと裵相度さんを追悼する28回目の追悼集会と紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する14回目の追悼集会を開きます。
 みなさんの参加をお待ちしています。  
     三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会        
     紀州鉱山の真実を明らかにする会

■李基允さんと裵相度さんを追悼するつどいのご案内
 李基允さんと裵相度さんを追悼する28回目の集会をひらきますので、みなさん、ぜひ、ご参加ください。
 と き:2021年11月14日(日) 午前11時 開会
 ところ:李基允さんと裵相度さんの追悼碑の前(木本トンネル熊野市側入り口)
       JR熊野市駅から左に出て尾鷲方面に歩いて10分ほどです。


■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会のご案内
 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する14回目の追悼集会を開催します。
 ぜひ、参加してください。
 と き:2021年11月14日(日) 午後14時 開会
 ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑の前
        熊野市紀和鉱山資料館(三重県熊野市紀和町板屋110)から徒歩2分です。


 今年も、新型コロナウィルス感染防止のため、2つの集会を同じ日に開催します。

主催:三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
      http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
   紀州鉱山の真実を明らかにする会
      http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html
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「朝鮮人犠牲者を追悼 強制連行・労働犠牲者刻む二つの碑」

2020年12月02日 | 集会
https://www.asahi.com/articles/ASNCW7DWBNCSPXLB008.html
「朝日新聞デジタル」 2020年11月28日 10時00分
『朝日新聞』2020年11月28日朝刊(和歌山版)
■朝鮮人犠牲者を追悼 強制連行・労働犠牲者刻む二つの碑
                               下地毅 

 写真:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する参列者=2020年11月22日午後1時52分、三重県熊野市紀和町板屋、下地毅撮影
 写真:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑に花を手向ける参列者=2020年11月22日午後1時39分、三重県熊野市紀和町板屋、下地毅撮影
 写真:「木本事件」の追悼碑の前で話す金靜美さん(左)=2020年11月22日午前11時22分、三重県熊野市木本町、下地毅撮影
 写真:「木本事件」の追悼碑に献杯する参列者=2020年11月22日午前11時16分、三重県熊野市木本町、下地毅撮影
 写真:「木本事件」の追悼碑に花を手向ける参列者=2020年11月22日午前11時14分、三重県熊野市木本町、下地毅撮影

 日本が朝鮮半島を植民地としていた時代、住民に虐殺されたり強制連行・労働で命を落としたりした朝鮮人を追悼する集いが22日、和歌山県南部に接する三重県熊野市であった。海南市の歴史研究者金靜美(キムチョンミ)さん(71)らが呼びかけ、異郷で果てた同胞を悼んだ。
 金さんらが建立した追悼碑は2基ある。一つは熊野市木本町の古いトンネル前にある李基允(イギユン)さんと裵相度(ペサンド)さんの碑。1926年、トンネル工事に就いていた当時25歳と29歳の2人は、「朝鮮人が襲ってくる」といったデマにあおられた地域の住民らに殺された。もう一つは熊野市紀和町板屋にあり、40年から45年にかけて紀州鉱山へ強制連行された朝鮮人のうち、名前が判明した犠牲者35人を刻んでいる。
 金さんらは「木本事件」の地に94年、鉱山の地には2010年に碑を建てて追悼式を毎年開いている。
 参列者はこの日、この二つの碑をめぐり、献花・献杯をして冥福を祈った。三重県亀山市の小学校教諭岩脇彰さん(59)は「日本が植民地支配をした証拠がここにある。正確な歴史を知ることが、在日の人や中国の人とつながる道だ」と話した。
 そのほかの参列者も「この歴史をみんなに知らせることが大切だ」「たんに追悼するだけではなく、どうして殺されたのかという歴史的原因を追究することで未来につながる」「北の人も南の人も日本の人も助けあう世の中であってほしい」と語った。
 大阪府八尾市から参列した会社員徐文平(ソムンピョン)さん(59)は、紀州鉱山に連行された英国人捕虜のうち亡くなった16人の墓地は史跡に指定されていると指摘し、「朝鮮人については行政も知らんふりしている。こんな差別がまかり通っていいのか。日本人は自分たちがやったことに向きあうべきだ」と怒った。
 金さんも「植民地にしたことは日本人の歴史であり、日本人が自分たちの歴史を知ろうとしなくてどうするのか。何をしたのかを知ることが『二度と繰りかえさない』という意思表明になる」と話した。(下地毅)
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2019年の追悼集会報告

2020年11月06日 | 集会
■2019年の追悼集会報告■

■李基允氏と裵相度氏を追悼する集会  11月9日
 李基允氏と裵相度氏を追悼する碑の前で、第26回目の追悼集会をおこないました。 その後、「木本事件」現場である木本隧道、西郷川にかかる笛吹橋を渡り、親爺町を歩いて、極楽寺に行きました。「木本事件」当時、西郷川の河川敷にトンネル工事で働く労働者の飯場がありました。
 極楽寺では、足立知典住職がつくった李基允氏と裵相度氏の墓地に敷き詰められた石の文字がまだ読めました(2007年12月、尾鷲の小学校の6年生たち100人が一人10個づつ、七里御浜海岸で拾った石に、それぞれ思うことばを書いて、李基允氏と裵相度氏の墓に敷き詰めました)。

 ■紀州鉱山でなくなった朝鮮人を追悼する集会 11月10日
 紀州鉱山でなくなった朝鮮人を追悼する第12回目の追悼集会をおこないました。
 この日、追悼集会の前に、2015月8日に除幕式をおこなった「조선인추도비 」「朝鮮人追悼碑」の文字に、黒で墨入れをしました。通りから見ると、石に彫られた文字がはっきりと見えるようになりました。
 石に濃紺の色で書きいれた紀州鉱山で亡くなった35人の名前は、色が薄くなってきたものもありましたが、近くに住む会員が塗りなおしてくれていました。
 この日、一本の赤い椿を植えました。
 数十人の参加者が、「追悼の場」で、追悼碑、名前が書かれた石をかこみ、追悼の集まりが進められました。
 開会のあいさつのあと、献花、献杯をし、参加者一人ひとりが追悼碑前での思いをのべました。 

 2019年11月9日~10日、熊野市民交流センターで展示していたパネル展で、アンケートに書いてくださった内容を紹介します。
★とおりがかって、展示を見てくださった熊野市民の方
 「以前から、木本事件については知っていましたが、海南島でのことは、初めて知りました。日本は、被害の歴史だけでなく、加害の歴史も、冷静に、受け止めねば、と思います」。
★会場に来て知った70代の熊野市民の方
 「こうゆう事件があったのは初めて知った。よい勉強になります。
  これからも頑張ってください。応援します」。
                                 金靜美 記
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2018年の追悼集会報告

2020年11月06日 | 集会
■2018年の追悼集会報告■

■李基允氏と裵相度氏を追悼する集会  11月17日
 李基允氏と裵相度氏を追悼する碑の前で、第25回目の追悼集会をおこないました。
木本隧道の木本口左崖上の追悼碑は、建立から24年という年月をへて、雨水がしみ込んだのか、黒い筋がはいり、渋みを増して周りのみどりの風景とよりなじんできたように思います。
 いつものように、開会のあいさつのあと、献花、献杯をし、参加者一人ひとりが追悼碑前で、1年の報告をしました。
 その後、木本隧道を歩き、笛吹橋、親爺町など「木本事件」の現場をたどりつつ、極楽寺に行きました。

■紀州鉱山でなくなった朝鮮人を追悼する集会 11月18日
 毎年、午前中は、紀州鉱山「現地調査」に行く人たち、「追悼の場」を整備する人たちの2つのグループに分かれます。紀和町の「追悼の場」は、まだ、みんなで完成させる途上にあります。近くの会員が手作りのベンチを置いていました。
 午後、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する第11回目の追悼集会をおこないました。
 数十人の参加者が、「追悼の場」で、追悼碑、名前が書かれた石をかこみ、追悼の集まりが進められました。
 開会のあいさつのあと、献花、献杯をし、参加者一人ひとりが追悼碑前での思いをのべました。
 追悼集会が終わったあと、ひさしぶりに、数人で板屋の共同墓地に行きました。こ
には、石原産業がつくった火葬場、地元の人の証言で、朝鮮人の遺骨が埋まっているといういくつかの石の墓標があります。

 両日、熊野市民文化交流センターでは、「木本事件」、紀州鉱山への朝鮮人強制連行、海南島への日本侵略、熊野地域と「大逆事件」などにかんするパネル展示をおこないました。
                                 金靜美 記
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27回目と13回目の追悼集会に参加してください

2020年11月01日 | 集会
■27回目と13回目の追悼集会に参加してください■
 1994年11月20日に李基允さんと裵相度さんを追悼する碑が除幕されてから26年になり、2008年3月9日に紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼するはじめての集会が開かれてから12年半あまりが過ぎました。
 李基允さんと裵相度さんを追悼する27回目の追悼集会と紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する13回目の追悼集会を開きます。
 みなさんの参加をお待ちしています。
  
     三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
         http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
     紀州鉱山の真実を明らかにする会
         http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html

■李基允さんと裵相度さんを追悼する27回目の集会のご案内 
 と き:2020年11月22日(日) 午前1時 開会
 ところ:李基允さんと裵相度さんの追悼碑前(木本トンネル熊野市側入り口)
          JR熊野市駅から尾鷲方面に歩いて徒歩約8分です。

■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会のご案内
 13回目となる紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会を開催します。

 と き:2020年11月22日(日) 午後1時30分 開会
 ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑前
          熊野市紀和鉱山資料館(熊野市紀和町板屋110)から徒歩2分です。


 今年は、新コロナウィルス感染防止のため、2つの集会を同じ日に開きます。

主催:三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
   紀州鉱山の真実を明らかにする会
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26回目と12回目の追悼集会に参加してください

2019年10月30日 | 集会
 1994年11月20日に李基允さんと裵相度さんを追悼する碑が除幕されてから25年になり、2008年3月9日に紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼するはじめての集会が開かれてから11年半あまりが過ぎました。
 李基允さんと裵相度さんを追悼する26回目の追悼集会と紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する12回目の追悼集会を開きます。
 みなさんの参加をお待ちしています。
  
     三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
         http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
     紀州鉱山の真実を明らかにする会
         http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html

■李基允さんと裵相度さんを追悼する26回目の集会のご案内 
 と き:2019年11月9日(土) 午後2時 開会
 ところ:李基允さんと裵相度さんの追悼碑前(木本トンネル熊野市側入り口)
        JR熊野市駅から尾鷲方面に歩いて徒歩約8分です。

 追悼集会の後、「木本事件」の跡をたどりつつ、おふたりの墓のある極楽寺に行きます。


★写真パネル展
 追悼集会と合わせて、「木本事件」、「紀州鉱山への朝鮮人強制連行」などに関する写真パネルなどを展示します。ぜひ見にきてください!
 場所は、熊野市文化交流センター 多目的広場です。
    熊野市井戸町643-2。 電話 0597-89-3686。 JR熊野市駅をでてすぐ右です。
 [展示時間]●11月9日:13時~17時  ●11月10日:9時~16時
         
 ※追悼集会・写真パネル展とも参加費は無料です。


■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会のご案内
 12回目となる紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会を開催します。

 と き:2019年11月10日(日) 午後1時 開会
 ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑前
       熊野市紀和鉱山資料館(熊野市紀和町板屋110)から徒歩2分です。

 当日、午前10時から12時まで、旧紀州鉱山地域の「現地調査」をおこないます。


【11月9日夜の宿泊と交流会のご案内】
 宿所は、「入鹿温泉ホテル瀞流荘」(熊野市紀和町小川口158 電話: 05979-7-1180)です。
 宿泊費は、11月9日夕食費、11月10日朝食費をふくめ7000円ほどです。
 11月9日夕食後、交流会を開きます。交流会費は1000円ほどです。
 問い合わせ、宿泊申し込みは、 pada@syd.odn.ne.jp にメールしてください。
 
 例年宿所は、朝鮮から連行されてきた朝鮮人労働者の飯場があった湯ノ口の近くの「湯ノ口温泉」でしたが、今年だけは「清流荘」にしました。
 紀州鉱山には、地下の坑道が掘られ、トロッコで鉱石・労働者が運ばれていました。「清流荘」のすぐ近くに、3号坑道と5号坑道の出口があります。
 5号坑道を西南に行くと湯ノ口に着きます。3号坑道・2号坑道・1号坑道を東北に行くと板屋に着きます。板屋にも朝鮮人労働者の飯場がありました。
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