三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑を建立する会第2回集会

2009年07月28日 | 紀州鉱山
 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑を建立する会の第2回集会のお知らせです。

 と き 2009年9月6日(日)午後0時半開場 午後1時開会
 ところ 三重県教育文化会館 第4会議室  
           三重県津市桜橋2-142
           電話059-228-1122
           JR・近鉄津駅正面から23号線方面へ徒歩5分
 参加費・資料代  500円
 
 石原産業が経営していた熊野市紀和町の紀州鉱山には、1940年から1945年までの間に、1000人を超える朝鮮人が強制連行され強制労働させられていました。
 紀州鉱山では、家族とともに来て亡くなった幼い子たちをふくめて、30人をこす朝鮮人が亡くなりました。
 日本政府と石原産業は、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人に関する記録文書を公表しようとせず、熊野市は、紀州鉱山での朝鮮人の労働と死の事実を追及しようとしていません。
 日本政府は、他地域他国にたいする侵略犯罪を謝罪せず、賠償もしていません。
 石原産業は、紀州鉱山への朝鮮人強制連行、紀州鉱山での朝鮮人強制労働の企業責任をとろうとしていません。
 熊野市は、1926年に熊野市(当時は、木本町)で虐殺された朝鮮人労働者、李基允さんと相度さんの死にたいする行政責任をとろうとしないばかりか、住民がお二人を虐殺したことを、『熊野市史』(1983年、熊野市発行)に「まことに素朴な愛町心の発露」だと書き、いまなおその表現を取り消そうとしていません。
 紀州鉱山では日本軍の捕虜となったイギリス兵300人が強制労働させられ、そのうち16人が死亡しました。熊野市は、その16人の「墓地」を熊野市指定文化財「史跡 英国人墓地」としています。
 しかし、熊野市は、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人のためには、追悼碑を建立する土地の提供さえかたくなに拒否し続けています。

 わたしたちは、今年7月10日に、独自に紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑を建立する土地を入手しました。
 集会では、来年春の除幕式にむけ、亡くなった朝鮮人を追悼する碑文をみなさんと検討するとともに、追悼の場をどのようにつくりあげていくかを話し合いたいと思います。
 みなさんのご参加をお待ちします。
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 主な内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

報告 会創立(2008年8月31日)からの1年間
          在日本朝鮮人総聯合会三重県本部
          在日本大韓民国民団三重県地方本部
          紀州鉱山の真実を明らかにする会
ドキュメンタリー『紀州鉱山に強制連行された人たち 故郷で』上映
      江原道から、1942年~1944年に、545人が紀州鉱山に強制連行されました。
      江原道麟蹄郡・平昌郡の故郷に戻った人々の、いま、を伝えます。
報告 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人一人ひとりのこと  キム チョンミ
      紀州鉱山から生きて故郷に帰ることができなかった朝鮮人の名前も数も、日本政府・石原産業・熊野市は、はっきりさせようとしていません。 
報告 追悼碑を建立する土地をどのように確保したか    竹本 昇  
報告 熊野市指定文化財「史跡 英国人墓地」問題について    佐藤 正人
報告 入鹿捕虜収容所と“史跡 英国人墓地”    笹本 妙子 ・ 田村 佳子
話し合い 追悼碑建立のために
           碑文案について
           紀州鉱山の真実を明らかにする説明版について

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑を建立する会
     在日本大韓民国民団三重県地方本部 三重県津市西丸の内24
     在日本朝鮮人総聯合会三重県本部  三重県津市栄町4 
     紀州鉱山の真実を明らかにする会  三重県伊賀市下郡53-3 竹本昇気付
                 http://members.at.infoseek.co.jp/kisyukouzan/index.html 
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海南島近現代史研究会第三回総会

2009年07月08日 | 海南島近現代史研究会
 2007年夏に創立された海南島近現代史研究会は、会則「三 総会と定例研究会 毎年夏に、総会を開き、本会の組織および運営に関することを審議するとともに、1年間の行動計画を話し合います。総会の時に、定例研究会を併催します」にしたがって、2008年夏に第二回総会を開きました。
 ことしの第三回総会の日が近づいてきました。
 みなさんの参加をお待ちしています。

と き:2009年8月9日(日) 午後1時~午後5時  開場は12時です
ところ:大阪産業大学梅田サテライト・レクチャーA室
    (大阪駅前第三ビル19階)
参加費:500円(会員は無料です)

第三回総会プログラム
開会
1、1年間の会の活動報告
      斉藤日出治「研究会2年目の活動の軌跡と総括」
      佐藤正人「沙土、花場、石山、烈楼、樹徳、雷鳴、旧州、高峰……で」
      久保井規夫「戦跡調査による特攻基地の比較(海南島を中心に図示)」
2、研究報告Ⅰ 竹内康人「飛行第31戦隊による海南島攻撃――浜松から中国・ビルマ・フィリピンへ」
      浜松は陸軍航空爆撃隊の拠点であり、派兵された爆撃部隊は中国をはじめアジア各地を爆撃
     しました。
      報告では飛行第12戦隊、飛行第60戦隊によるアジア各地での爆撃の実態をとらえ、飛行第
     31戦隊の海南島攻撃や中国・ビルマ・フィリピンでの動きをみます。爆撃写真を紹介し、侵略の
     実態について話します。
3、研究報告Ⅱ 竹本昇「1939年、マスメディアは海南島侵略をいかに報道したか 2」
      70年前に日本軍が海南島に奇襲上陸した今年2月の海南島近現代史研究会第2回定例研究
     会では、当時の新聞報道について報告しましたが、今回は、新聞報道に加え、当時の雑誌の報
     道内容を分析します。
4、研究報告Ⅲ 日置真理子「海南島では日本をどのように報道しているか 日本では海南島をどのように
         報道しているか(2009) 2」
      前回、海南島での中国軍の軍備拡張の動きを脅威ととらえ、日本の軍拡を進めていこうとする日
     本のマスコミの論調が見えました。
      今回は海南島のマスメディアがどのように日本を報道しているかということも少し見てみようと
     思います。
5、海南島近現代史研究会制作『海南島月塘村虐殺』新版一部上映
6、参加者の発言・討論
7、大阪人権博物館セミナー(2009年春)中止について  報告:キムチョンミ
      2004年7月に予定されていた大阪人権博物館の企画展「海南島とアジア太平洋戦争――占領
    下で何がおこったのか」が、開会直前に突然中止されました。さらに、2009年2月に予定されていた
    大阪人権博物館セミナー「被差別民衆とアジア・太平洋戦争」でのキム チョンミ報告「日本占領下の
    海南島で」が大阪市市民局人権室に許可されず中止されました。人権が根本的に破壊されてしまう
    侵略の歴史を、大阪人権博物館が広く伝達する可能性を追求したいと思います。
8、こんごの研究主題・研究課題
     佐藤正人「2010年夏の海南島における海南島近現代史研究会第4回総会について」
閉会

         海南島近現代史研究会事務局 大阪産業大学経済学部 斉藤日出治研究室 
                                      saito@eco.osaka-sandai.ac.jp
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