三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

帝国主義諸国の侵略犯罪史における海南島侵略犯罪 年表(抄)

2017年08月27日 | 海南島近現代史文献・年表
1492年 コロンブス船団大西洋往復 → スペイン人・ポルトガル人、インディヘナ殺戮・文化
   破壊・掠奪・支配。
1592年~93年 「壬辰倭乱」。 1597年~98年 「丁酉倭乱」。
1602年 オランダ東インド会社、ジャワ島に。オランダのインドネシア植民地化開始。
1609年 薩摩軍、奄美・琉球国に侵入 → 幕府、琉球国を薩摩藩の「所管」とする。薩摩藩、
   奄美を直接支配。
1637年1月 清軍、朝鮮に侵入(「丙子胡乱」)。2月 朝鮮王、清王に降服。
1637年12月~38年4月:島原・天草烽起。籠城した37000人死亡。
1643年 ヘナウケの戦い。 1669年 シャクシャインの戦い。
1763年~65年 ポンティアック戦争(アメリカ北西部先住民諸部族が連合して、白人侵入者と
   戦う)。
1776年7月4日 アメリカ合州国独立宣言 → 先住民の大地にたいする大規模侵略開始。
1789年 フランス革命。 クナシリ・メナシの戦い(「寛政蝦夷蜂起」)。
1828年~32年 「ブラックウォー」(タスマニア人虐殺)。 1876年5月 最後のタスマニア人死亡。
1840年~42年 アヘン戦争。
1857年~59年 インド大反乱(第一次インド独立戦争)。
1869年9月 日本政府、アイヌモシリを日本領土とし「北海道」と名づける。
1872年10月 「琉球藩」設置(第1次琉球処分)。 1879年4月、「琉球藩」を「沖縄県」に(第2次
   琉球処分)。
1873年3月 オランダ、アチェ王国侵略開始(1904年、アチェ王国滅亡)。
1874年5月 西郷従道(「台湾蕃地事務局都督」)が指揮する日本軍が台湾に侵入。住民虐殺。
1875年8月:ロシアと「樺太・千島交換条約」締結(千島列島を日本の領土に)。
1875年9月 日本小型砲艦「雲揚」、江華島海域に侵入。→1876年2月26日 朝日修好条規調
   印・発効。
1875年5月7日 ロシア政府と「樺太千島交換条約」締結(「千島列島」全域を領土化)。
1877年3月 「竹島外一島之義本邦関係無之義ト可相心得事」とする太政官指令。
1883年~1885年 清フランス戦争( → 1887年 フランス領インドシナ)。
1884年11月~1885年2月:ベルリン会議(アフリカ分割会議)。
1884年12月 朝鮮で朴泳孝・金玉均ら日本の援助で「甲申クーデタ」、失敗。
1889年2月11日 「大日本帝國憲法」発布(1890年11月施行)。1890年10月、「教育勅語」発表。
1890年12月28日 ウンデットニーの虐殺(USA軍第7騎兵隊、サウスダコタ州スー族大虐殺)。
1894年7月 USAの侵略集団が「ハワイ共和国」樹立宣言(10月に日本政府が承認)。
1894年~95年 朝鮮日本戦争(甲午農民戦争)→ 清日本戦争。 1894 年11月 旅順大虐殺。
1894年12月28日 全琫準、淳昌で日本軍に逮捕されソウルに。 1895年4月23日 全琫準ら
   処刑される。
1895年4月 「日清講和条約」締結(台湾、澎湖列島、遼東半島を日本領土とする)。
1895年5月 日本軍、台湾侵入開始。以後、長期に台湾民衆を殺害。
1896年8月 フランス、メリナ王国(マダガスカル)「併合」。 USA、ハワイ「併合」。
1898年12月 USA、スペインに2千万ドル支払い、プエルトリコ、フィリピン、グアム島を植民
   地に。
1900年~1901年 義和団戦争(日本、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、USA、イタリア、オ
   ーストリア・ハンガリー〈8か国〉軍隊が連合して清国に侵入)。
1905年1月28日 日本政府、閣議で大韓帝国の独島を「竹島」と名付けて領土化。独島問題は
   植民地問題。
1905年 日本、カラフト南部・遼東半島南部(「関東州」)・「満鉄附属地」を領土化。
1905年~08年 マジ・マジ戦争(ドイツ、タンガニイカで大虐殺)。
1906年 日本占領下の大韓帝国で、反日義兵が中心になって独立戦争開始。
1910年8月 日本帝国、大韓帝国全土を植民地化。1910年9月 日本政府、朝鮮総督府設置。
1914年7月~1918年11月 「第一次世界戦争」。
1915年 日本、「南洋群島」を植民地とする。
1917年11月 ロシア革命。
1918年~22年 シベリア侵略戦争(日本・イギリス・USA・フランス・イタリア・カナダ)。
1919年3月~5月 朝鮮で、3・1独立運動。  5月~6月 中国で、5・4運動。
1919年3月 日本軍、イワノフカ村虐殺(アムール州)。1919年4月 イギリス軍、アムリットサル
   虐殺。
1919年6月 ヴェルサイユ条約(ドイツの植民地を分割。日本は「南洋諸島」占領)。 1920年8月 
   セーヴル条約。イラク・パレスチナ・エジプトをイギリスが、レバノン・シリア・モロッコ・チュニ
   ジアをフランスが支配。
1930年10月~31年5月 台湾の日本軍と警察、烽起した霧社の民衆を殺戮。
1931年9月18日 日本関東軍、中国東北部・モンゴル東南部侵略開始。  1932年3月1日「満
   洲国建国」。
1937年7月7日 日本、中国への全面的侵略開始。
1937年12月 日本軍、南京大虐殺。 日本海軍将兵、三灶島(三竈島)に侵入(民衆虐殺)。
1938年2月22日 陸軍特別志願兵令公布(「勅令」)。 2月26日の『朝鮮総督府官報』に掲載。
1938年2月~1943年8月 日本陸海軍航空部隊、重慶・成都・蘭州……爆撃。
1939年2月10日 日本陸海軍海南島に奇襲上陸。 2月~11月 日本海軍海南島で「Y一作
   戦」(地域住民虐殺)。
1939年9月1日 西からドイツ軍がポーランドに侵入。 9月17日、東からソ連軍が侵入。 分割
   占領。
1939年9月1日 朝鮮総督府、「朝鮮人労務者募集並渡航取扱要綱」を出す(「募集」方式の
   朝鮮人強制連行開始)。
1939年11月10日 朝鮮総督府、「朝鮮民事令」改悪。 → 1940年2月「創氏改名」実施。
1940年2月~4月 日本海軍海南島で「Y二作戦」(地域住民虐殺)。  1941年2月~3月 「Y三
   作戦」。
1940年7月 関東軍防疫部、関東軍防疫給水部に改編(関東軍防衛給水部本部の通称:満州
   第731部隊)。
1941年7月28日 日本陸軍第25軍約4万人、海南島楡林港からベトナム南部・カンボジア)に
   侵入。
1941年8月 日本海軍海南島で「Y四作戦」(地域住民虐殺)。 海南島澄邁県沙土・定安県黄
   竹鎮で住民虐殺。
1941年11月~42年1月 日本海軍海南島で「Y五作戦」。  1942年6月 「Y六作戦」。
1941年12月8日 海南島三亜港をでた日本軍、コタバル奇襲、アジア太平洋戦争開始。
1942年6月5日~7日 日本海軍、ハワイ西北のミッドウェーのUSA軍を攻撃。大敗。
1942年8月7日 USA軍、ガダルカナル島に上陸開始 → 日本兵約25000人戦死・餓死・病死。
1942年11月~43年4月 日本海軍海南島で「Y七作戦 1期」(海南島東北部住民虐殺)。
1943年3月30日 第1次「南方派遣朝鮮報国隊」ソウル出発 → 海南島へ。
1943年4月~5月 日本海軍海南島で「Y七作戦 2期」(海南島東部の住民虐殺)。
1943年5月12日 USA軍、アッツ島上陸開始。 5月29日、日本軍壊滅(日本兵2600人あまり
   死亡)。
1943年6月 「Y七作戦 3期」(海南島西北部の住民虐殺)。
1943年7月23 日 海軍特別志願兵令公布(「勅令」)→ 朝鮮人、海軍特別志願兵に。
1943年9月8日 イタリア、「連合軍」に全面降伏。
1943年12月から1年間断続的に  日本海軍海南島で「Y八作戦」(地域住民虐殺)。
1944年3月~7月 「インパール作戦」で日本兵約56000人・インド国民軍兵約1900人死亡(戦
   死、餓死、病死)。
1944年4月 朝鮮人にたいする徴兵検査開始。  1945 年1月 台湾人にたいする徴兵検査
   開始。
1944年6月15日 USA軍、サイパン島への再上陸開始。 7月7日、日本軍壊滅。
1944年7月24日 USA軍、テニアン島への上陸開始。 8月3日、日本軍壊滅。
1944年10月10日 USA軍、沖縄大空襲(十・十空襲)。 1945年3月2日、沖縄本島大空襲。
1944年12月 日本海軍海南島で「Y九作戦」(地域住民虐殺)。
1945年1月4日~6月~  ルソン島戦(フィリピン人犠牲110万人)。
1945年2月3日~3月3日 マニラ大虐殺(フィリピン人市民約10万人が死亡)。
1945年2月19日~3月17日 硫黄島戦(日本側死者2万人余、USA側死者6821人)。
1945年3月10日 東京大空襲、12日名古屋大空襲、13日大阪大空襲 、17日神戸大空襲、
   5月29日横浜大空襲。
1945年3月26日 USA軍、沖縄慶良間諸島の慶留間島・座間味島などに上陸。「沖縄戦」
   開始。
1945年3月26日 慶留間島で53人、「集団自決(強制集団死)」。4月2日 読谷村チビチリガマ
   で強制集団死。
1945年4月12日 佐世保第8特別陸戦隊、海南島楽会県互助郷を襲撃(被殺者777人、幸存者
   337人)。
1945年4月30日 ヒトラー自殺。 5月7日 ドイツ無条件降伏。
1945年5月2日 海南警備府佐世保鎮守府第8特別陸戦隊万寧守備隊、万寧市月塘村を襲撃。
   犠牲者190人。
1945年7月30 日 海南警備府第15 警備隊舗前守備隊、文昌市秀田村を襲撃(被殺者140 人、
   幸存者56 人)。
1945年8月6日・9日:アメリカ合州国政府・軍、広島・長崎に原爆投下(約14万人・約7万4千人
   殺害)。
1945年夏 日本海軍海南警備府第16警備隊の兵士ら、「朝鮮報国隊」の朝鮮人を虐殺。
1945年8月14日 日本無条件降伏。 8月15日「大東亜戦争終結ノ詔書」NHK放送。
1946 年5月~49年3月 朝鮮人23人・台湾人21人、「戦犯裁判」で処刑。
1946年11月3日 最悪の戦犯を日本国民統合の象徴とする「日本国憲法」公布(1947年5月3日
   施行)。
1999年8月13日 「国旗及び国歌に関する法律」(国旗国歌法)公布・施行。
2016年3月29日 「戦争法」施行。 2017年7月11日 「共謀罪法(改正組織犯罪処罰法)」施行。
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日本の海南島侵略犯罪追究にかんする新聞記事 2

2007年04月03日 | 海南島近現代史文献・年表
「日本学者考察抗日戦士网吧」(李雪山記者)、『旅商報』2004年12月14日。
「為了海南那段泣血的歴史」(岳欽記者)、『南国都市報』2004年12月14日。
「“這些暴行不能原諒”」(陳超・袁鋒記者)、『海南日報』2005年1月1日。
「日本学者“我想明白歴史的真相”」(陳超・袁鋒記者)、『海南日報』2005年1月4日。
「日軍侵瓊調査記録片在海口放映」(陳超・袁鋒記者)、『海南日報』2005年1月5日。
「熊野から惨劇発掘」(奥山隆也記者)、『伊勢新聞』2005年1月5日。
「我想知道日軍侵瓊真相」(許欣。王海燕記者)、『南国都市報』2005年1月9日。
「海南“慰安婦”林亜金大娘再赴日本討公道」、『南国都市報』2005年3月11日。
「『海南島で日本は何をしたのか』出版 日本軍占領下の実態暴く」、『伊勢新聞』2005年6月
   29日。
「日本有個“海南NET”」(周元記者)、『海南日報』2005年9月14日。
「日韓学者結束尋訪日軍侵瓊罪証之行」(周元記者)、『海南日報』2005年9月16日。
「通訊:日本学者十下天涯 追査日軍侵瓊真相」(王辛莉記者)、中国新聞社、2005年9月17日。
「侵瓊真相 東京学者窮追査」、『世界日報』2005年9月18日。
「中国・海南島占領の実態暴く」(奥山隆也記者)、『伊勢新聞』2005年12月27日。
「海南"慰安婦"事件即将結審、中日律師来取証」(岳欽記者)、『南国都市報』2006年3月1日。
「律師探訪"慰安婦"、日本女士在海大鞠躬道歉」(岳欽、張蕾、許欣記者)、『南国都市報』
   2006年3月2日。
「我活着就要幇她們討回公道」(許欣記者)、『南国都市報』2006年3月3日。
「1700名学生簽名支持"慰安婦"」(岳欽、張蕾記者)、『南国都市報』2006年3月11日。
「2万人簽名支持"慰安婦"訴訟案 簽名表已寄往東京」(岳欽、張蕾記者)、『南国都市報』
   2006年3月16日。
「日韓学者来瓊 尋訪日軍罪証」(周元記者)、『海南日報』2006年3月24日。
「海南島 無念の骨探る」(佐藤純記者)、『朝日新聞』西部版、2006年4月4日夕刊。
「故紙堆里牽出日占瓊海関書証」(卓蘭花記者)、『海南日報』2006年4月18日。
「海南島戦時性暴力被害訴訟 請求棄却、事実は認定」『赤旗』2006年8月31日。
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日本の海南島侵略犯罪追究にかんする新聞記事 1

2007年04月02日 | 海南島近現代史文献・年表
「“我是那段歴史的見証”」(華暁東、満国徽記者)、『海南日報』1998年2月16日。
「不能忘却的記憶――与韓国老人張達雄探訪侵瓊日軍暴行遺跡」(満国徽、華暁東記者)、
   『海南日報』1998年2月24日。
「中國하이난島서 한국인 학살」(朴雅蘭記者)、『朝鮮日報』1998年3月2日。
「“日帝만행 해방후 더 잔혹했다”」『佛新聞』1998年3月3日。
「旧日本軍が朝鮮人連行者1000人を虐殺」『民族時報』1998年3月11日。
「三亜朝鮮村的亡霊在哭泣」(邢中正記者)、『三亜晨報』(中共三亜市委員会機関報)、2000年
   6月24日。
「海南朝鮮村亡霊泣訴日軍滔天罪」(邢中正記者)、『羊城晩報』2000年7月24日。
「侵華日軍老兵向新村人道歉」(趙紅記者)、『海南日報』2000年12月22日。
「鉄蹄下的海南“慰安婦”」(連載4回。林瑩・余家亮・周楴記者)、『南国都市報』2001年12月3日
   (1.2)、12月9日(3)、12月10日(4)。
「我們向中国人民道歉! 日本見習律師考察団来瓊調査“慰安婦”状況」(黄青文記者)、『海南
   日報』2002年3月4日。
「慰問“慰安婦”」(余家亮記者)、『南国都市報』2002年3月8日。
「隠蔵了半個多世紀的傷痛」(余家亮記者)、『南国都市報』2002年3月31日。
「日軍労工的悲惨経歴」(余家亮記者)、『南国都市報』2002年3月31日。
「“慰安婦”報道引来日本学者」(余家亮記者)、『南国都市報』2002年4月2日。
「“海南島の悲劇”真相は」、『北海道新聞』2003年2月21日夕刊。
「日韓学者調査日軍侵瓊史証」(連載3回)、『海南日報』2003年3月28日、3月31日、4月4日。
「하이난섬 조선인 학살…… 한국정부 왜 침묵하나」(金基哲記者)、『朝鮮日報』2003年
   4月29日。
「‘하이난섬 징용’ 유족 찾습니다 재일교포•일 시민운동가 “학살 진상규명에 필요”」
   (양선아記者)、『한겨레』2003年5月31日。
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海南島現代史関係論著 5

2007年03月31日 | 海南島近現代史文献・年表
『中国・海南島でおきたこと ――元「慰安婦」の証言――』アジア・フォーラム、2003年12月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人)「海南島2003年夏 日本の侵略の時代
   は、おわっていない」、『パトローネ』56号、2004年1月。
許金生「日本の海南島占領期における鉄道開発活動について」、『立命館言語文化研究』15巻
   3号、2004年2月。
『中国・海南島 焼畑農耕の終焉』東京大学出版会、2004年2月。
斎藤日出治「日本の海南島侵略(1939~45年) 軍事占領から空間の総体的領有へ」、『大阪
   産業大学経済論集』第5巻第3号、2004年6月。
張興吉『日本侵占海南島罪行研究』海南出版社、2004年10月。
張興吉「抗戦時期日軍総体軍事戦略中海南島的地位」、『海南大学学報(人文社会科学版)』、
   2004年第2期。
陳光良『海南経済史研究』中山大学出版社、2004年11月。
小谷英治「ビデオ『日本が占領した海南島で』完成」、『科学的社会主義』№80、社会主義協会、
   2004年12月。
符和積・呉暁紅「日本軍隊対海南的侵略与暴行」、2005年。
独立紀念館韓国独立運動史研究所編『일제하 국외 한인피해 실태조사보고 1 중국 해남도
   지역 』独立紀念館、2005年4月。
     金靜美「일본점령하 하이난섬에 있어서의 조선인」。
     佐藤正人「海南島에 있어서  日本政府・日本軍・日本企業의 侵略犯罪調査」。
     金勝一「海南島의 朝鮮報国隊와 韓国人慰安婦의 強制連行経緯와 暴行惨状」。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2004年12月~2005年
   1月 あらたな共同作業をめざして」、『パトローネ』61号、2005年4月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会『海南島で日本は何をしたのか 虐殺・略奪・性奴隷化、
   抗日反日闘争』写真の会パトローネ、2005年5月。
佐藤正人「海南島と“カラフト”における朝鮮人虐殺の真相糾明」、三重県木本で虐殺された   
   朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』41号、2005年5月。
『ハイナンNETニュース』ハイナンNET(海南島戦時性暴力被害者への謝罪と賠償を求める
   ネットワーク)、第1号(2005年5月)、第2号(2005年11月)、第3号(2006年6月)。
張興吉「≪日文海南資料綜録」訂補」、『海南師範学院学報(社会科学版)』、2005年第2期。
水野明著・王翔訳・中共海南省委党史研究室編『日本軍隊対海南島的侵占与暴政(1939―
   1945)』南海出版公司(海口)、2005年7月。
陳慶港『血痛 26個慰安婦的控訴』北京出版社、2005年8月。
海口市委宣伝部・海口警備区政治部・海口市委党史研究室『勿忘歴史 警鐘長鳴――紀念抗日
   戦争勝利60周年展覧』2005年9月。
朱徳蘭編『台湾総督府と慰安婦』明石書店、2005年11月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2005年秋 日本が
   占領した時代に生きた人たちはいま」、『パトローネ』64号、2006年1月。
斎藤日出治「日本の戦争責任を問う 紀伊半島から海南島への旅」、『もうひとつの世界へ』
   第2号、ロゴス社、2006年4月。
『海南島で日本は何をしたのか――戦時朝鮮人強制労働・虐殺 日本軍“慰安婦”――』高麗
   博物館、2006年6月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2006年春 海南島
   抗日根拠地と日本軍侵略拠点で」、『パトローネ』66号、2006年7月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2006年5月 「朝鮮村試掘」にいたるまで、そして、それ
   から」、『パトローネ』67号、2006年10月。
竹本昇「初めての海南島訪問で考えたこと」、崔文子「海南島で 2005年9月」、三重県木本
   で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』44号、
   2006年11月。
坂口禎彦「中国人慰安婦訴訟・海南島事件」、『軍縮問題資料』、軍縮市民の会・軍縮研究室、
   2006年12月号。
紀州鉱山の真実を明らかにする会制作『《写真集》日本の海南島侵略と抗日反日闘争』写真の会
   パトローネ、2007年2月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2007年1月 人びとの平和なくらしを、日本軍は
   壊した」、『パトローネ』69号、2007年4月。
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海南島現代史関係論著 4

2007年03月30日 | 海南島近現代史文献・年表
久保雅和「日本軍に占領された島 海南島調査報告記①~④」、『むすぶ』№377、378、380、
   382、ロシナンテ社、2002年5、6、8、10月。
久保雅和「日本軍に占領された海南島調査からの問いかけ」、『立評タイムス』53号、立命評論
   編集部、2002年6月。
林日挙『海南史』吉林人民出版社、2002年7月。
VAWW-NET Japan編『女性国際戦犯法廷の全記録Ⅱ』(日本軍性奴隷制度を裁く 2000年女性
   国際戦犯法廷の記録6)、2002年7月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、斎藤日出治、佐藤正人)「海南島2002年春 海南島
   で日本政府・日本軍・日本企業がおこなった侵略犯罪にかんする「現地調査」報告」、『パトロ
   ーネ』50号、2002年7月。
日置真理子「海南島調査に参加して」、久保雅和「海南島調査に参加して」、三重県木本で虐殺
   された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』36号、2002年10月。
三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会編刊『紀伊半
   島・海南島の朝鮮人――木本トンネル・紀州鉱山・「朝鮮村」――』2002年11月。
韓国挺身隊研究所『2002年国外居住日本軍‘慰安婦’被害者実態調査』女性部権益企画課、
   2002年12月。
       韓国挺身隊研究所「해남도 조사 보고」。
       金静美・佐藤正人「海南島있어서의 日本軍隊性奴隷制度와 強制連行・強制労働 
      2002年10月海南島「現地調査」報告」。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人)「海南島2002年10月 海南島における日
   本の国家犯罪の共同調査」、『パトローネ』52号、2003年1月。
黎雄峰『海南社会簡史』海南出版社、2003年3月。
日置真理子「海南島 この島で日本軍は何をしたのか1、2」、『むすぶ』№388、ロシナンテ社、
   2003年4月、5月。
金勝一「中国海南島에強制連行된韓国人帰還問題――朝鮮報国隊와慰安婦를中心으로――」、
   『解放後海外韓人의帰還問題研究』国民大学校韓国学研究所、2003年5月。
『해외 독립운동-강제징용 유적지 답사자료집』한일역사공동연구위원회 3분과 5주제 ‘일제
   의 조선지배와 한민족의 대응’ 팀, 일시:2003년7월 16―22일, 장소:중국해남도,  광
   동성 광주。 (『海外独立運動・強制徴用遺跡地 踏査資料集』。2003年7月16―22日、中国
   海南島、廣東省広州)。
隋麗娟「試述日本侵占海南島策略」、『世紀橋』2003年第2期。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2003年春① 60年前の日本軍による虐殺は、きのう
   のこと」、『パトローネ』54号、2003年7月。
馬建「海南回族的歴史來源与社会変遷」、『国立民族学博物館研究報告』28巻2号、2003年
   10月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2003年春② 1939年2月以後、日本人は、海南島で
   なにをやったか」、『パトローネ』55号、2003年10月。
金靜美「国民国家日本の他地域・他国における暴力――海南島の場合」、『東北亜歴史의 諸問
   題』(南陽洪鍾泌博士定年退任記念論叢)、2003年10月。
金靜美「海南島からの朝鮮人帰還について――植民地国家からの出国、国民国家への帰還」、
   『解放後中国地域韓人の帰還問題研究』、国民大学校韓国学研究所、2003年11月。
鐘翠雅「海南島の聞き取り調査に同伴して」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
   相度)の追悼碑を建立する会『会報』38号、2003年11月。
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海南島現代史関係論著 3

2007年03月29日 | 海南島近現代史文献・年表
張興吉・王裕秋「日本軍隊侵占海南島的過程及其影響」、『海南師範学院学報』、2000年。
張興吉・王裕秋「歴史上日本人和海南島的関係」、『海南大学学報』、2000年。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人、斎藤日出治)「海南島2000年春 朝鮮村・
   后石村・大坡村・羊角嶺水晶鉱山」、『パトローネ』42号、2000年7月。
柴洋子「海南島へつれていかれた盧満妹阿媽の場合」、『FIFTY  YEARS OF SILENCE  50年
   間の沈黙 (台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会 会報)』第6号、2000年11月。
忠北大学校중원文化研究所遺骸発掘센터「中国海南島朝鮮村発掘結果報告」、2001年2月。
金靜美「海南島・「朝鮮村」で 2001年1月」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
   相度)の追悼碑を建立する会『会報』33号、2001年3月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人)「海南島2001年1月 海南島駐屯日本海軍
   第16警備隊に虐殺された朝鮮人の遺骨が「発掘」された」、『パトローネ』45号、2001年4月。
우은진「중국 하이난섬(海南島) 의 대학살 발굴현장을 다녀온 후」、『독립기념관 관보』
   독립기념관、2001年4月。
王裕秋「歴史上日本人和海南島的関係」、『海南師範学院学報』、2001年第3期(総第53期)、
   2001年5月。
王裕秋「日本勝間田家族研究」、『日本問題研究』2001年第2期(総第119期)、河北大学《日本問
   題研究》雑誌社、2001年6月。
張興吉・隋麗娟「日本占領海南島時期的日軍軍事機構及兵力沿革研究」、『海南師範学院
   学報』、2001年第1期。
海南省教育庁教研室編『海南歴史』、海南出版社、2001年7月(第5次印刷)。
朱徳蘭編・解説『台湾慰安婦関係資料集』不二出版、2001年8月。
中国人戦争被害賠償請求事件弁護団『返してください、私の名誉を、尊厳を!!(海南島謝罪文
   交付等請求事件)』中国人戦争被害者の要求を支える会、2001年11月28日。
佐藤正人「日本占領下の海南島における朝鮮人虐殺 アジア民衆共同の東アジア近現代史認識
   をめざして」(2001年10月24日、上海での第10次国際歴史教科書学術会議第2主題「亜
   細亜諸国의 歴史教科書에 비친 抗日運動」における報告)。『亜細亜諸国의 歴史教科書에
   비친 抗日運動』国際教科書研究所、2001年12月。
水野明「海南島における植民地教育政策」、『愛知学院大学 教養部紀要』49巻1号、2001年。
水野明「日本海軍の海南島占領支配 1939年~1945年(一)」、『愛知学院大学 教養部紀要』
   49巻2号、2001年。
水野明「日本海軍の海南島占領支配 1939年~1945年(二)」、『愛知学院大学 教養部紀要』
   49巻3号、2002年。
胡海英「海南瓊北慰安婦調査」、中国社会科学院近代史研究所近代史資料編輯部編『近代史
   資料』中国社会科学出版社、2002年3月。
張興吉「論海南淪陥時期的日本占領政策」、『日本学論壇』、2002年第2期。
隋麗娟・張興吉「台湾総督府在日本侵占海南島時期“海南島開発”中的作用」、『中国辺彊
   史地研究』2002年第4期。
VAWW-NET Japan編『女性国際戦犯法廷の全記録Ⅰ』(日本軍性奴隷制度を裁く 2000年女性
   国際戦犯法廷の記録5)、2002年5月。
朱徳蘭「1939~1945年日占海南下的皇軍慰安婦」、『人文学報』第25期、中央大学文学院、
   2002年6月。
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海南島現代史関係論著 2

2007年03月28日 | 海南島近現代史文献・年表
佐藤正人「日本の国境と「周辺」の歴史 日本人はクナシリ・与那国・独島・海南島でなにを
   したか」、日本の侵略の歴史を知るわかやまの会『第二周年活動報告集』1999年6月。
陳貽僑「文昌市羅豆農場秀田村歴史惨案記実」、『海南陳氏譜』第二巻 秀田村分冊、1999年。
譚玉蓮口述、張応勇整理「幸存女人的経歴」1999年筆。
陳金玉口述、張応勇整理「陳金玉的遭遇」1999年筆。
張応勇「関于“慰安婦”資料的来源」1999年6月筆。
藤原彰「海南島における日本海軍の「三光作戦」」『戦争責任研究』24、1999年6月。
相沢淳「太平洋上の「満州事変」? 日本海軍による海南島占領・統治」、『防衛研究所紀要』
   1999年6月。
朱徳蘭編『台湾慰安婦調査と研究資料集』中央研究院中山人文社会科学研究所、1999年7月。
金靜美「일본점령하 중국海南島에서의 강제노동」、朴慶植先生追悼論文集『近現代韓日
   関係와 在日同胞』、ソウル大学校出版部、1999年8月。「日本占領下の海南島における
   強制労働――強制連行・強制労働の歴史の総体的把握のために――」①・②、『戦争責任
   研究』27・28、日本の戦争責任資料センター、2000年3月・6月。
佐藤正人「国民国家日本의 領土와  “周辺”」、朴慶植先生追悼論文集『近現代韓日関係와
   在日同胞』。
韓国挺身隊研究所・韓国挺身隊対策協議会編『강제로 끌려간 조선인 군위안부들(強制的に
   つれていかれた朝鮮人軍慰安婦)3、図書出版한을(서을)、1999年10月。
蘇智良『日軍性奴隷――中国“慰安婦”真相』人民出版社、2000年2月。
相沢淳「海軍の海南島占領決定経緯」、『海軍史研究』5、総和社、2000年3月。
金靜美「海南島の場合(とくに「朝鮮村」と「朝鮮報国隊」について)」(2000年5月24日、ソウルでの
   第9次国際歴史教科書学術会議第3主題「日本에 있어서의 過去清算問題」における報告
   (「日帝期의 強制連行 問題에 関하여」のなかで)。『各国의 歴史教科書에 비친 過去清算
   問題』国際教科書研究所、2000年5月。
斎藤日出治「海南島での聞き取り調査」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
   相度)の追悼碑を建立する会『会報』32号、2000年10月。
田川定男『激流に生きる』文芸社、2000年10月。
胡茂震「亜扁婆花季時節悲惨的“慰安婦”遭遇」、2000年11月16日筆。
蘇智良・榮維木・陳麗菲主編『滔天罪孽 二戦時期的日軍“慰安婦”制度』学林出版社、2000年
   11月。
VAWW-NET Japan編『「慰安婦」戦時性暴力の実態Ⅰ 日本・台湾・朝鮮編』(日本軍性奴隷制度
   を裁く 2000年女性国際戦犯法廷の記録3)、緑風出版、2000年11月。
VAWW-NET Japan編『「慰安婦」戦時性暴力の実態Ⅱ 中国・東南アジア・太平洋編』(日本軍
   性奴隷制度を裁く 2000年女性国際戦犯法廷の記録4)、2000年12月。
西野瑠美子「置き去りにされてきた日本人「慰安婦」 誰が誰によりどう移送されたか――海南島
   の場合」、『世界』2000年12月号、岩波書店。
三亜市茘枝溝鎭人民政府「千人坑簡介」、2000年1月8日。
張興吉・王裕秋「略論日本占領海南島時期的経済政策及其活動」(原題:「日本侵占海南時期的
   経済“開発”政策及活動」)、『海南大学学報(人文社会科学版)』第18巻第1期、2000年
   3月。
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海南島現代史関係論著 1

2007年03月27日 | 海南島近現代史文献・年表
江川きく(中里チヨ)「撃沈」、医療文芸集団『白の墓碑銘』東邦出版社、1968年6月。
河野司編著『海南島石碌鉄山開発誌』石碌鉄山開発誌刊行会、1974年。
防衛庁防衛研修所戦史室編『中国方面海軍作戦〈2〉――1938年4月以降――』朝雲出版社、
   1975年。
長岡新次郎「日中戦争における海南島の占領」、『南方文化』5、天理南方文化研究会、1978年。
太田弘毅「海軍南方占領地行政に従事せし文官――その人数と 配置――」、『日本歴史』369、
   1979年2月。
『三亜航空基地』三亜空戦友会事務局、1980年11月。
太田弘毅「戦前海南島における日本海軍の統治組織」、『アジア文化』7、アジア文化総合研
   究所、1982年。
太田弘毅「海南島における海軍の産業開発」、『政治経済史学』199、政治経済史学会、1982年
   9月。
太田弘毅「海軍の海南島統治について」、『史滴』4、早稲田大学東洋史研究室、1983年。
《海南鉄礦誌》編輯委員会編『海南鉄砿誌 1939ー1983』1984年。
鈴木正崇『中国南部少数民族誌:海南島・雲南・貴州』三和書店、1985年8月。
八所港務局《港史》編写組編『八所海港史』海南人民出版社、1987年。
相沢淳「海軍良識派と南進――海南島進出問題を中心にして」、『軍事史学』、1990年3月。
岡本達明・松崎次夫編『聞書水俣民衆史 五 植民地は天国だった』草風館、1990年。
吉田昭彦「海南島攻略作戦と海軍の南進意図」、軍事史学会編『軍事史学』錦正社、1992年
   3月。
江口圭一「日中戦争期海南島のアヘン生産」、『愛知大学国際問題研究所紀要』97、1992年
   9月。
韓海京主編、張書裔・温先評副主編『海南島歴史貨幣』中国金融出版社、1992年。
玉城素他『産業の昭和社会史』12(土木)、日本経済評論社、1993年。
神章吉・土屋実「中国 海南島 石碌鉄山開発と八所港建設の大要」、『港湾』70号、日本港湾
   協会、1993年2月。
小林英夫『日本軍政下のアジア――「大東亜共栄圏」と軍票――』岩波書店、1993年11月。
徐冰・曹燕「掠奪瓊崖鉄砿」、中共中央党史研究室科研管理部編『日軍侵華罪行紀実(1931
   -1945)、中共党史出版社、1995年9月。
疋田康行編著『「南方共栄圏」 ――戦時日本の東南アジア経済支配――』多賀出版、1995年。
符和積「世界婦女史上惨痛的一頁――侵瓊日軍推行軍妓制度罪行述析」、『海南師範学報』
   1996年第3期。
西野瑠美子「私が看た海南島海軍病院の「慰安婦」たち 元海軍従軍看護婦の体験」、
   『週刊 金曜日』1997年5月23日号。
李琳「日本占領海南及其対資源的開発和掠奪」、『海南大学学報 社会科学版』第15巻第2期、、
   1997年6月。
中国史学会・中国社会科学院近代史研究所編『抗日戦争』四川大学出版社、1997年6月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島1998年夏 田独万人坑・石碌万人坑・八所万人坑・
   朝鮮村」、『パトローネ』35号、写真の会パトローネ、1998年10月。
金智媛「海南島でのこと」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の
   追悼碑を建立する会『会報』28号、1998年10月。
金靜美「侵略の共同体と抵抗の共同体――故郷と他郷のかなたに」、『ほるもん文化』8、
   新幹社、1998年12月。
佐藤正人「日本の海南島侵略と強制連行・強制労働」、第9回朝鮮人・中国人強制連行・強制
   労働を考える交流集会実行委員会編刊『報告集』1999年4月。
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海南島抗日反日闘争文献 2

2007年03月26日 | 海南島近現代史文献・年表
政協陵水黎族自治県委員会文史学習委員会編『陵水文史』7(日軍侵陵暴行実録)、1995年
  2月。
文若谷「昌感抗日民族統一戦線的形成与発展」、中国人民政治協商会議海南省東方黎族自治
  県委員会文史組編『東方文史』第9輯、1995年3月。
呉以懐「在敵占区工作日子里」、『東方文史』第9輯。
戴澤運「日軍在昌咸若干暴行記述」、『東方文史』第9輯。
雷鐸・曹柯・謝岳雄『南粤之剣 ――粤海抗戦実録』(中国抗日戦争紀実叢書)、解放軍文
  芸出版社、1995年7月。
万寧県政協文史弁公室編『 鉄蹄下的血泪仇(日軍侵万暴行史料専輯)』1995年7月。
政協海南省瓊中黎族苗族自治県委員会文史組編『瓊中境域日軍暴行実録』1995年7月。
海南省政治協商会議文史資料委員会『鉄蹄下的腥風血雨――日軍侵瓊暴行実録』上下、
  1995年8月。
中国人民政治協商会議三亜市委員会編『日軍侵崖暴行実録』(紀念中国人民抗日戦争勝利
  50周年)、1995年8月。
政協楽東黎族自治県文史委員会編著『血泪烽烟(紀念抗日戦争勝利50周年専輯)』1995年
  8月。
政協保亭黎族苗族自治県委員会文史資料工作委員会編『保亭文史』9(紀念抗日戦争勝利
  50周年)、1995年8月。
中国人民政治協商会議海口市委員会文史資料研究委員会編『海口文史資料』11(抗日戦争
  時期専集)、1995年8月。
中共海南省委党史研究室編『瓊崖抗日英雄譜』海南出版社、1995年8月。
黄玉梅「瓊崖女性熱血豊碑――浅析抗日戦争時期瓊崖婦女運動的歴史地位」、『海南史志』
  1995年第3期、1995年8月。
王善功・班石「石山抗日闘争与日軍暴行」、『海南史志』1995年第3期。
瓊海市政協文史資料研究委員会編『瓊海文史』6(日軍暴行録専輯)、1995年9月。
海南省儋州市政協文史資料委員会編『儋州文史』8(儋県抗日史料専輯)、1995年9月。
海南省瓊山市政協文史資料委員会編『侵略与反抗(紀念抗日戦争勝利50周年専輯)』1995年
  10月。
政協陵水黎族自治県委員会文史学習委員会編『陵水文史』8(陵水抗日史料専輯)、1995年
  11月。
政協臨高県文史資料研究委員会編『臨高文史』10(日本侵臨暴行史料専輯)、1995年12月。
政協白沙黎族自治県委員会文史資料委員会編『白沙文史』8(日軍侵白暴行史料専輯)、
  1995年12月。
澄邁県政協文史資料委員会編『日軍侵澄暴行実録』1995年。
海南省政協文史資料委員会編『鉄蹄下的腥風血雨――日軍侵瓊暴行実録』続、1996年8月。
中共海南省委宣伝部・海南省社会科学界聯合会・中共海南省委党史研究室編『不朽的
  豊碑――紀念抗日戦争勝利50周年論文選』中共党史出版社、1996年12月。
政協海南省昌江黎族自治県委員会文史資料組編『昌江文史』6(暴行与反暴行専輯) 、
  1997年1月。
邢益森「抗日戦争時期日寇的経済侵略和瓊崖人民的反経済掠奪闘争」、『海南史志』
  1997年第2期、1997年3月。
中国抗日戦争史学会・中国人民抗日戦争記念館編『少数民族与抗日戦争』北京出版社、
  1997年6月。
方克『生命之旅』中華工商聯合出版社、1999年2月。
程昭星・邢詒孔著、中共海南省委党史研究室編『黎族人民闘争史』民族出版社、1999年
  3月。
中共瓊山市委党史研究室編『瓊山革命豊碑』東西文化事業公司、1999年7月。
李学山執筆整理『鉄血丹心献瓊崖 張開泰在他的那個年代里』天馬図書、2002年4月。
中共海南省委党史研究室編『海南英烈譜』海南出版社、2000年12月。
海南省軍事志領導小組辧公室編『海南戦事100例(1829~1988)』南方出版社、2004年6月。
海南省政協文史資料委員会編『海南文史資料』20(紀念中国人民抗日戦争曁世界反法西斯
  戦争勝利60周年) 2005年8月。
中共万寧市委党史研究室編『万寧革命闘争史研究』2006年3月。
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海南島抗日反日闘争文献 1

2007年03月25日 | 海南島近現代史文献・年表
梁秉謳「日冦攻陥海南前后」、『広東党史資料』第2輯、1961年9月。
張家倬「抗戦勝利后海南島劫収記」、『広州文史資料』第19輯、1965年4月。
瓊島星火編輯部『瓊島星火』1~23、1980年~1997年。
      12:『白沙起義専輯』。20:『紅色交通線専輯』。21:『瓊崖革命根拠地』。23:『紀念
     瓊崖縦隊成立七十周年専輯』。
龔日泉「日本鉄蹄下的南鵬島」、『広州文史資料』第21輯、1980年12月。
馮安全「海南革命闘争親歴記」、『広州文史資料』第30輯、1981年4月。
「抗日戦争和黎族人民的白沙起義」、《黎族簡史》編写組『黎族簡史』広東人民出版社、1982年
   5月。
中共昌江県委党史辧公室編『中共昌江党史大事記』1985年5月。
中共文昌県委党史資料征集研究領導辧公室編『紀念抗日戦争勝利四十周年専刊』1985年。
中共文昌県委党史資料征集研究領導辧公室編『文昌党史資料』第五集、1985年11月。
中共文昌県委党史資料征集研究領導小組辧公室編『文昌党史資料』第六集、1986年3月。
中共文昌県委党史辧公室編『文昌党史資料』第七集(総第八集)、1989年11月。
陳永階編『瓊崖革命先駆者文集(海南島党史資料)』瓊島星光編集部出版、1985年9月。
張世英「瓊従挺進支隊」、『広東党史資料』第7輯、1986年2月。
黄富和『六連嶺革命根拠地闘争史話』政協万寧県委員会文史資料研究委員会、1986年7月。
瓊崖武装闘争史辧公室編『瓊崖従隊史』広東人民出版社、1986年9月。
中共広東省委党史資料征集委員会・中共広東省海南行政区委員会党史公室編『瓊崖抗日
   闘争史料専編』広東省内部刊行物、1986年10月。
星火燎原編輯部編『星火燎原叢書』3(海南島革命闘争専輯)、解放軍出版社、1987年5月。
中共昌江県委党史辧公室編『昌江革命史料』第三集、1987年5月。
中共昌江県委党史辧公室編『昌江革命史料』第四集、1987年11月。
郭克承整理「抗戦前后七差峒黎族奥雅唐亜梅」、政協広東省昌江県委員会文史資料組編『昌江
   文史』2、1987年9月。
中共文昌県委党史辧編『文昌人民革命史』海南人民出版社、1988年9月。
海南財政経済史編写組編著『瓊崖革命根拠地財政経済史』中国財政経済出版社(北京)、
   1988年11月。
中共海南区党委党史辧公室編『南天一柱 懐念馮白駒将軍』海南人民出版社、1989年9月。
中共海南省委党史研究室・海南省民政庁編『瓊崖英烈伝』第一輯~第四輯、三環出版社、
   1989年8月、1990年3月、1991年6月、1992年8月。
「海南島各族人民的抗日闘争和抗日根拠地」、『中国少数民族革命運動史』四川民族出版社、
   1990年。
中共瓊海県委党史辧公室編『瓊海革命闘争史』三環出版社、1990年5月。
黄大光口述「回憶襲撃日寇的几次戦闘」、中国人民政治協商会議海南省通什市委員会文史
   資料委員会編『通什文史』第1輯、1990年4月。
南陽革命史話編写組編『南陽革命史話』瓊島星光編集部出版、1991年。
昌江黎族自治県地方志編纂委員会編『昌江二千年事記』南海出版公司、1992年1月。
中共文昌県委党史研究室編『文昌党史資料』(民主革命時期史料選集編専輯)、1991年4月。
中共文昌県委党史研究室編『文昌党史資料 文昌英魂』1993年4月。
中共昌江県委党史研究室著『昌江革命史』海南出版社、1994年7月。
中共海南省委党史研究室・海南省中共党史学会編『瓊崖革命研究論文選』中共党史出版社、
   1994年10月。
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