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海南島における非軍人日本人の侵略犯罪 4

2012年03月01日 | 海南島史研究

■『海南島記』
 1939年2月10日未明、海南島北部海岸に奇襲上陸した日本軍は、その日の真昼に、首都海口に侵入した。
 この日本軍に、日本陸軍軍曹火野葦平(1907年~1960年)は、「軍報道員」として加わっていた。
 火野は、「今度の海南島攻略は、銃火を以ってする戦闘とともに、重大なる文化の闘いであるとの意気込みを持った」、「軍報道員として、此の度の光輝ある海南島攻略に参加致しました」と言っている(火野葦平『海南島記』改造社、1939年)。火野は、2月10日未明に天尾海岸に上陸し、途中戦車に乗って、その日のうちに海口に侵入した。侵入直後の海口で、中野実(1901年~1973年。日本の「文学者」。当時日本陸軍伍長)らとともに、日本軍の宣伝ポスターやチラシを街頭で張って回ったり、紙に赤鉛筆で「ヒノマル」を書いて「部落の主だったところに貼るように指示」したりして、「重大なる文化の闘い」をおこなった。
 火野葦平と中野実は、海南書局と出版社のカギを壊して建物を占拠した。火野は、そのときのことを恥じることなく、
    「竈には火が残り、茶碗や箸が散乱し、鍋には暖い飯が残っているのは、我々が入る直前まで誰か居たことが
   歴然としていた」
と『海南島記』に書いている。
 日本のマスメディアや火野のような日本軍宣伝員が、全面的に肯定的に報道しているとき、海南島侵略に怒りを感じた日本民衆、あるいは疑問を感じた日本民衆は、どのくらいいのだろうか。
 火野は、2月10日夕方、市場に行き、日本軍票をつかって豚肉や野菜や豆腐を買った。
 そのときのことを、火野は、
    「私達は市場に入りこんで買い物をしたが、その物価の低廉なのに先ず驚き、私達がどうであろうかと思って
    出した軍票を、支那商人が平気な顔ですぐに取ったのに更に意外の感を抱いたのである」
と書いている。
 このとき、市場の人は、突然侵入してきた日本軍の兵士がつきだしてくる、見たことのない紙切れを、紙幣として受けとらざるを得なかったのではないか。
 その後も、火野は、軍票を使っている。あるレストランの店主は、火野や中野らが集団で飲み食いしたあと、軍票で支払おうとしたとき、「なんぼでもよい、どうでもいいようにしてえ下さい」と言ったという。
 軍の暴力なしには、金額が印刷された紙切れである軍票を紙幣として流通させることはできない。
 火野葦平がこのとき海南島にもちこんで使用した日本軍票は、日本軍が、1937年11月から使い始めた「甲号軍用手票」であった。1937年7月7日の「盧溝橋事件」の後、日本軍は8月に上海に大規模に侵入した。つづいて、大量の日本軍が11月5日に杭州湾北岸の金山衛に奇襲上陸した。その2週間前の10月22日に日本政府は、軍票発行を閣議決定していた。
 11月5日に金山衛に上陸し南京に向かった日本軍が使用した「甲号軍用手票」の裏面には、漢語で「此票一到即換正面所開日本通貨」と印刷されていた。だが、それは、偽りであった。10月22日に閣議で決定された「軍用手票発行要領」では、「軍票と日本通貨との引換えは当分の間行なわないものとする」とされていた(『図録 日本の貨幣 一〇』東洋経済新報社、1974年)。
 火野葦平は、1937年11月5日に金山衛に奇襲上陸した日本兵の一人であった。
 『海南島記』のなかで、火野は、海南島民衆を、「土民」、「土民達」、「五指山中に居る蕃族」と呼び、「南洋の土人に近い表情を湛えていた」、「彼等は北方の海南人より一層南洋の土人に近い」などと言い、日本の侵略を阻止しようとして戦う抗日反日戦士たちを、「奥地に蟠居して居た共匪」と表現していた。
                                                         佐藤正人

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Unknown (山田)
2015-02-17 07:08:59
別に土人という言葉に蔑称の意は当時無いですよ
土着の人という意味の語でしかなかったですから。


外人という語に、差別語だー!と最近言うのと同じ構図で
別に土人は蔑んだ意味は当時の感覚として無いです。
外国人を外人と略すと同じで、土着人を土人といったのです。
日本軍の海南島侵略開始当時のこと (佐藤正人)
2015-02-18 22:37:49
 山田さんは、「土人は蔑んだ意味は当時の感覚として無いです」と述べていますが、この場合「当時」とは、日本軍が海南島に侵入したときのことですね。
 「当時」だけでなく、日本政府は、19世紀後半から、「土人」というコトバを差別的につかっていました。
 日本政府は、公文書で、アイヌを「土人」と書き、「土人教育所」を設置し、さらに「旧土人保護法」を制定してアイヌモシリ植民地化をすすめました。
 山田さんは、「南洋の土人」というコトバに「蔑称の意」はないと考えているのですか。
 「当時」、火野葦平は、「土人」というコトバを、「土民」、「蕃族」というコトバと同じように使っています。
  「光輝ある海南島攻略に参加」した火野葦平は、日本の侵略を阻止しようとして戦っていた海南島の人たちを、「奥地に蟠居して居た共匪」と表現していました。
 山田さんが、「当時」の歴史的社会的状況を分析し、 「土人という言葉に蔑称の意は当時無いですよ」という断定が間違っていることを自覚してほしいと思います。
 コメントを投稿するときには、姓だけでなく名もなのってくれませんか。
差別語と差別者について一言 (笠井一朗)
2015-02-19 08:49:28
私は昭和32年生まれですが、私にとって「土人」の持つ語感は、見上げればそこにバナナやココナッツがあり、腹を空かせば、いつでも腹一杯食べるに困らない環境にあるが為に勤勉さに欠け、木登りは器用であるものの工業製品などの精密機器を組み立てるなどの器用さに欠ける「南洋の土人」という先入観を持っていました。

その後、縁あってフィリピンを訪ねることがあり、文化は違うものの、日本人より器用でたくましく、フェアーな精神を保ちつつも、家族の絆を何より大切にする素晴らしい人たちに出会うことが出来ました。私が20代半ばの頃でした。インターネットのお陰で最近ではフェイスブックを通じて四半世紀ぶりにお互いの安否を確認できるようになりました。20年前、北海道壮瞥町に移り住んだ私ですが、今でも、あの時フィリピンに移住していたら、と夢想する今日この頃です。

さて、差別問題は構造的な問題と認識する必要があります。ある社会に差別問題があるとして、被差別者にとって、その他の人は全て差別者です。私は関係ないからといってその枠組みに適用されないということはありません。差別意識を植え付ける原因が大概において社会の階級問題に根ざしているからです。

最近のシャリル・エプド事件をめぐって日本でもモスクが嫌がらせ被害を受けていると聞きます。権力者が統治するのに都合の良いということで植え付けた排外意識が日本国内のイスラムを攻撃する原因だと思いますが、この場合、被差別者はモスリムです。差別者には攻撃当事者や扇動者だけでなく、沈黙者も含まれます。

また、ムハンマドの風刺画を掲載することが表現の自由に当たるとフランス人の多数は判断したようですが、しかしながら、モスリムの精神的支柱という最も攻撃してはいけない対象に、風刺画(同性愛者であるとか裸体を描くとか)を印刷し発刊し広報するということはタブー的な暴力行為であり、唾棄すべき、恥ずべき、あってはならない、してはいけない、最悪の蹂躙行為だと考えます。フランス建国以来の理念である自由・平等・博愛が聞いて呆れます。

表現の自由といいましても何でも許されるというものではなく
フランスでは、「黒人がバナナをくわえて木から落ちる風刺画は許されない。ユダヤ人がカネを数える風刺画は許されない。」など一定の社会規範が存在します。偏見が黒人差別やユダヤ人迫害を助長した歴史があるからです。風刺画による「表現の自由」にも自ずと限度があるのです。
http://blogos.com/article/103216/

新自由主義政策の状況でアラブ移民に仕事を奪われたことがフランス市民にとって不満の種となっているようです。が、行き過ぎた表現の自由の背後には、アラブ社会の宗主国(フランスでいえば北アフリカ地域など)としての奢りが権力者にあり、差別意識が人民に宿っていると見て取れます。

最後になりますが、被差別者にとって差別発言だと感じさせる言説(ヘイトスピーチ)は支配被支配の階層構造を明確にする効果を持ち、つまり構造的な暴力で、経済的な損害を伴う人権侵害行為です。差別意識を植え付ける元凶が国家権力であることが多いので、非対称で圧倒的な暴力と云えます。

残念ながら差別者が被差別者を傷つけていると自覚は出来ません。被差別者は劣等であり、差別者は優越だとする確たる理由があると信じているので、理不尽な人権侵害だと思わないのです。ですから、自らの醜悪な暴力行為を自覚できません。ここが差別問題の悩ましい処です。

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