経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

情報操作で日本が行き着く先

2011年10月20日 | 経済(主なもの)
 内閣府の「経済社会構造に関する有識者会議」というところから、「経済成長と財政健全化に関する研究報告書」という、何とも覚えにくい名称の報告書が出された。内容は、要するに、「成長しても、財政は改善されないので、消費税増税しかない」という趣旨のものだ。世論をそこへ持っていこうとする、情報操作のための政治的文書である。

 報告書をまとめた座長の岩田一政先生は、学識も豊かだし、人当たりも柔らかで、そんなことをする「悪人」とは思えないのだが、どうやって、財政当局は、こういう文書を作ったのか。情報操作の、なかなかのテクニックが使われているので、それを読み取るだけで、とても勉強になると思う。インテリジェンスに興味がある人にとってはね。

 その秘密は、報告書ポイントの「はじめに」にある。成長すれば、どの程度の税収増が見込めるかは、経済的にも、政治的にも非常に関心を集める問題だ。その推計方法には様々な手法があるのだが、報告書は「税収弾性値」で推計するとしている。実は、報告書の「本編」にある会議メンバーのコメントからうかがわれるように、この手法では、まともなモノは出てこないのである。

 むろん、財政当局は、それを承知で、学識者に「発注」をしている。おそらく、「今後の税収予測をしてほしい」という発注なら、学識者は別の手法を採用して、精度の高いものを導き出しただろう。しかし、「税収弾性値を推計してくれ」と言われれば、こういう内容の報告書にせざるを得ないのである。

 学識者の本音が分かる本編の「コメント」部分を読めば、2000年代に入って、税収弾性値は揺れ動いており、基礎データとなる名目成長率もゼロ近傍にあって不安定なことが触れられている。統計を扱っている者なら、誰でも分かるように、こうしたものを頼りに、政策や経営の判断をしてはならない。

 税収予測については、財政当局は隠蔽しておきたいことがある。それは、2007年度に14.7兆円もあった法人税の税収が、リーマンショックの影響で、2009年度の6.4兆円まで、一気に8.3兆円も減ってしまったことである。常識で考えても、ショックから立ち直り、企業収益が戻れば、税収がV字で伸びることは容易に予測できる。

 これは、消費増税を果たしたい財政当局にとっては、非常に都合の悪い事実である。大幅な自然増収が見込めるとなれば、増税の機運が薄れてしまう。本当は、自然増収が見込めるときに、増税や緊縮をするのは、二重に需要ショックを与えることになりかねないので、危険ですらあるのだが。財政当局は、どうしても、これをやりたいようだ。

 実際、2010年度には自然増収と緊縮のダブルパンチになって、年度後半はマイナス成長に沈んだ。決算ベースで見れば、前年度から2.8兆円もの自然増収が発生している。その点で、報告書では、2010年度の自然増収の実態が分からないよう、マクロ経済モデルの構築を学識者に発注することで、GDP統計の年報が出ている2009年度までのデータしか扱えないように仕向けてある。

 言わずもがなだが、時系列データの分析では、直近のデータが何より貴重なことは、イロハだろう。それを敢えてネグるのだから、あきれてしまう。読者の皆さんは、直近のデータが抜けている予測レポートを信用したりするかね。こんなものを部下や院生が持ってきたら、筆者なら叱りつけているところだ。

 前にも書いたが、お役所の報告書の「概要版」の鵜呑みは禁物だ。時間がなくても、本編まで目を通す必要がある。今回の報告書の巻末の学識者のコメントを読むと、いろいろと留保が書かれている。本編まで目を通されてしまうと、ボロが出てしまうのだが、こういうものでも付けなければ、学識者が名前を貸すのに納得してくれなかったのだろう。

 ボロついでに、一つ指摘しておくと、概要版には、税収の実績値と税制改正がなかったと仮定した場合の推計値のグラフが載っている。これからは、ハシモトデフレで消費税を上げ、法人税を下げたことが、税収に大穴をあけたことが読み取れる。1998年以降、「ワニの口」が大きく開いているのだ。

 こうしてみると、当局流の無用な「財政再建」をしていなければ、財政再建が達成されていたわけである。日本の財政当局は、本当に財政再建をする気があるのだろうか。財政再建そっちのけで、消費増税が自己目的化している観がある。この消費増税と法人減税の抱き合わせは、決して偶然ではない。経済界の支持を得るために必須のことがらである。

 今後、2014年の春頃に消費増税が予想されているが、法人税の復興増税の臨時期間が終わり、2015年度に法人減税がなされるのは、経済界に消費税への賛成をさせるための「人質」だ。もし、消費増税の際に、景気が今一つの状況であれば、ハシモトデフレの二の舞になり、日本の経済と財政に再起不能の打撃を与えるだろう。

 ちなみに、報告書を出した会議の「経済と社会保障の中間報告への整理」では、要するに、「景気回復がハッキリする前で、多少景気が悪いような状況でも、消費増税を敢行すべし」という趣旨のことが書いてある。日本の財政当局は、何を望んでいるのだろう。そして、国民をどこに連れて行こうとしているのだろうか。

(今日の日経)
 アマゾンが日本で電子書籍。たばこ増税容認へ・公明。タイ洪水で首都に避難準備要請。海外企業、日本で資金調達。南欧国債が再び不安定。日韓が通貨融通枠5倍に。景気震災前に届かず、回復の勢い弱く。景気の山2008年2月で確定。一括交付金は政令市に限定。復旧復興事業の地方負担ゼロ。タイ利下げ見送り。中国の鈍る消費で小売り外資リストラ。コマツ・設計図は一枚。LED照明の中国集中を分散。大機・BRICsに+I・手毬。経済教室・ノーベル経済学賞・伊藤隆敏。

※韓国には金利を上げてもらわないと。そのくらいの要求を当局はしたのかね。※本コラムでは、補正の実態を見抜いて、最初から指摘していた。予測的中でも、うれしくもない。分権も現実化したね。※手毬さんに賛成。※経済教室も良いネタだったが、予告してたしね。

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 冷静で穏健な議論の基礎 | トップ | 我々はすべて消費増税論者である »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
税収弾性値 (KitaAlps)
2011-10-20 12:13:25
こんにちは

 税収弾性値は、財務省が財政出動を拒む重要な論拠の一つになっていますね。
 財務省が財政出動を拒む理由の第一は、財政出動してもしなくても景気には大した影響がないというもので、論拠は、マンデル・フレミング効果とか、リカードの公債中立命題だとかが持ち出されています(・・・ちなみに、私は景気後退期には、こうした効果等の影響は小さいと考えています)。

 第二が、仮に財政出動で景気が浮揚しても、税収がそれほど増えないので財政赤字が拡大するばかりというものです。財務省は、その根拠として税収弾性値「1.1」をずっと使ってきました(1.1とは名目成長率が1%上昇したときに税収が1.1%増える(しか増えない)というものです)。

 一般には、税収弾性値は、景気好調期には低くなり、不景気の時には高くなります。これは、景気回復過程では税収(特に法人税など)は急速に増える(景気悪化過程では逆に税収は急速に減る)というメカニズムがあることから見て自然なことです。・・・好景気の税収弾性値を不景気時に適用するのはおかしいわけです。

 ちなみに、90年代は、所得税の税収弾性値が▲1.30とマイナス(名目成長率が1%では、税収は1.3%減る)となっていたり、税全体で0.38と異常に低い数字になっています。これは、バブル崩壊の影響のほか、消費税の増税とその後の景気の急降下対策としての大規模減税など正反対の税制改正が近接して行われたことなどが関連している可能性も(ご指摘のように)強いと思います。

 財政学者の従来の研究では、長期では1.1は大体は正しいという結果が出ています。ただ、それは長期でみてということです。短期で見ると、もっと大きな数字が出るということが知られていました。
 ちなみに、今回の報告書では、1981―2009という30年弱という「長期」にしては1.61というちょっと高めの数字が出ていますが、これは、このうちの20年が長期不況下にあったためだと理解できます。

 財政出動は、景気後退期に景気対策のために行うわけですから、不景気時の短期の数字を使うべきと考えるのですが、財務省はかたくなに1.1を使ってきました。また、財務省の予算編成での税収の恒常的な過少見積もりも、こうした視点の影響があるのではと思っています。

 この数値については、変動も大きいのですが、一定期間の平均値を取ることで、ある程度は信頼できるものになり、これを参考にすることができると思います。・・・この(内閣府研究会の)報告書で財務省に多少の変化が見えるかどうかちょっと興味があります。
返信する

コメントを投稿

経済(主なもの)」カテゴリの最新記事