Aさんは当時はシーズーをはじめとしてダックスブンド・ヨーキー・チワワを繁殖していました。特にシーズーには力を入れていてショーにも出ていました。スタンダードを重んじていました。あのころからミックス犬が流行りだしたので⇒彼女は、ミックス犬を売るなんてブリーダーのかざかみにもおけない!邪道だ!と怒っていました。ミックス犬は血統書を作らなくていいのでラク。タダで作った犬を有償で売るなんて、恥を知れ!と言っていました。彼女はシーズーでショーに出ていたのでショーの世界をよく知っていました。
私がAさんと知り合ったきっかけはヨーキーです。雅子さまのショコラを見てヨーキーを好きになった私は、ディジーの遊び相手としてルビーを迎えました。ディジーとルビーはとても仲が良くて、2匹で毎日遊んで、満足な様子でした。私は2匹目を迎えてよかった~と思ったものです。犬は犬同士が良いのね!とつくずく思いました。
それまではシュナのブリーダーというかショップの社長さんたちとお付き合いしてきましたが、ヨーキーの種オスならAさんがいい子を持ってるよ。と紹介していただいてAさんとのお付き合いが始まりました。
下の写真は初代のヨーキー ルビーとその娘パトラです。
右がお母さんのルビーです。左がのちに生まれたパトラです。2匹ともずいぶん前に老衰で亡くなっています。ヨーキーは本当に可愛かった。でも喧嘩もすごかったです。プチン!とキレると本気で喧嘩するのですよ。ヨーキーのブリーダーさんも、オス同士はもっとすごいよ(+o+) とおっしゃっていました。
ルビーが産んだ子犬です。生後30日くらいかな。ヨーキーの子犬は可愛いです。生きた宝石とたとえられています。もっといい可愛い写真があったのですが、随分昔の写真なので、探してもどこにしまっているのか??? 見つけられなかった。
Aさんの家に交配に行くたびに、心が救われました。Aさんは多い時で100匹以上の犬を飼っていました。しかし他のブリーダーさんと違うところは、ゲージに入れての養鶏場状態ではなくて、人と同じ部屋の中で自由にさせて飼っていました。いくつかの部屋に分けていました。すごい数のワンだったのでパートの方がお掃除に来ていました。どんなにお掃除しても、それだけの数がいるといたちごっこです。パートの方は常にマスクをかけながら作業していました。
交配の仕方も教えてくれました。ヨーキーのような小さい子は、オス・メスのサイズが違うと難しいです。また母犬が下・シモの世話をしないときのウ○チの出し方など、繁殖に関してのノウハウを教えてくださいました。ここで飼われているシーズーたちの目が明るくて、それまでに見てきた~暗く死んだような目の子がいなかったので、ワンたちにもストレスが少ないことが分かりました。
Aさんがとても良い人であることは当時の業界では有名でした。人が良すぎるので何度もショップの社長に騙されていました。どのようにかというと・・・子犬を買ったった先の社長が・・・その子犬は弱っていて死んだ!とウソをつくのです。今なら医師の診断書とかを提出させるのでしょうけれど。。。当時は言われたままに、あっ!そうですか・・・とAさんは代替えの子犬を提供していました。でも実際は最初の子犬は死んでないのです。社長がウソをついて二重取りをしているのですよ。それも一度ではありません。何度も同じことを言ってくるのです。Aさんちの子犬は両親犬ともに健康で、子犬も健康でした。
Aさんは、社長から騙されたと知っていても代替えの子犬を何度も出していました。私も、そのショップの社長から嫌な扱いを受けたことがありました。上から目線で女性のブリーダーを軽く見ていました⇒わたし・・ヘドが出そうなくらい嫌いでした。そのショップはそれから何件もチェーン店を出していて、表向きは有名なお店です。今でも有名で札幌では名が通っています。でもAさんはいつも言っていました。○○の社長は苦しいんだよ。借金が沢山あってさ。松村さん~私はわざと騙されているんだよ。騙すよりも騙されるほうがいいでしょう。とね。
それ以外でもAさんは、あちこちのブリーダーが経営困難になって倒産した時・・・他の人が決して引き取らない老犬を引き取って最後まで面倒を見ていました。ブリーダーがつぶれると⇒ 若い雌犬は引く手あまたです。これからもどんどん子犬を産んでくれますからね。争ってちょうだ~い!ちょうだ~い!の状態です。またCHのタイトルをもっている牡犬も、すぐに引き取ってくれます。CH直子は通常よりも高く売れます。自分でCHを完成していなくても、よそのブリが捨てるCH犬は引く手あまたです。CHを獲るということは、そのように肩書を重要視するブリに取っては欲しくてたまらない存在です。
しかし~お産を引退した雌犬や老犬たちは引き取り手がありません。さんざん働かせておいて・・用済みになれば大事にしないブリばかり・・(涙) そのような犬をAさんは沢山引き取って、病気があれば病院で見てもらい治療費を出して介護していました。老犬ですから・・亡くなってしまう子も多いです。Aさんは火葬費を出し葬ってあげていました。数十頭の犬の火葬費を、惜しむことなく出していました。決してお金持ちではなかったAさんですが、その様子に頭が下がりました。
電話をかけると、いつも 数日前に○○ちゃんが死んだよ。この子は若い時はショーで活躍して素晴らしかったんだよ。あの子がまさかうちに来るとはね。最後にうちに来てからはお腹いっぱいのご飯を食べさせてあげたので嬉しそうだった・・と言っていました。あと○○ちゃんも ○○ちゃんも先は長くないみたい。と老犬の話をしていました。Aさんの口癖は⇒腹いっぱいメシを食わせるんだよ!でした。ショップに並べられている子犬は、小さくするためにご飯を少ししか食べさせてもらえない!と嘆いていました。実際、大きめの子犬は、この子は大きくて可愛くないわ!と買い取り価格が下がっていました。私・・当時、経験済みです。
私は最後にAさんに引き取られた老犬ちゃん達は、まだよかったと思います。最後の短い間ですが、穏やかに過ごすことができたでしょう。
その数年後、私がショーに出るようになった頃にAさんは電話をかけてきて、松村さん、私・・ブリーダーをやめるからね(-_-;) と言いました。Aさんは、年金が出る歳になったのよ。この歳になるとね~夜中に起きてコツコ(子犬のころ)の世話をするのがきつい!体力が続かないのよ。年金が出ればこんな肉体労働ともさよならできるから。
私はAさんがブリーダーをやめるのは寂しかったけれど・・・Aさん、お疲れさまでした。と心からねぎらいの気持ちでした。その頃、ブリーダーをやめるよ。と言った時点でもまだ老犬を20数匹抱えていらっしゃいました。これからはこの最後の子たちを見送るよとおっしゃっていた。
あれから10年がたちます。わんこたちはみんなAさんの元から安らかに天国に逝かれたとおもいます。Aさん、ありがとう。お疲れさま。感謝の気持ちでいっぱいです。
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