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大発見!

今日は大変いいことがありました! 
ギターの名曲「アルハンブラの思い出」で、40年以上も「難しいな」と思ってきた箇所の、新しい左手の運指を発見したのです。
「アルハンブラの思い出」の右手(トレモロ奏法)は難しいですが、実は左手もけっこう難しいのです。「トレモロ奏法を基本から徹底的にやってマスターしたのに、やはりこの曲は弾けない」という方の多くは、左手の押え方、運び方に問題があるようです。……と生意気に言う私自身も左手に課題があることはわかっています。要するに押えきれていなかったら、いくら右手がいいタッチで弾こうとも「歯抜け」または「別の音」になってしまうわけです。

問題の箇所は、曲の冒頭から数えて9小節目の低音部分で、親指の奏でる音はファ(第5弦)、ド(第4弦)、ラ(第2弦)、ド(第4弦)……と続きます。ほとんどの譜面の左手指は第4弦のドの音を3指(薬指)、第2弦のラの音を4指(小指)で押えるように書かれています。
私は今日、「もしや」と思ってこれを逆さにして、つまりドを4指(小指)、ラを3指(薬指)で押さえて弾いてみました。
するとどうでしょう。左手指全体が軽くなり、次の箇所への運びがグッと楽に、スムーズになったのです。その結果、(練習すれば)トレモロの「歯抜け」を作らずに弾けるようになったのです。
ただ、この左手運指が使えるかどうかは、関節の柔らかさや指の太さ等の個人差があって、すべての方にお勧めできると言えそうにはありません。でもこの曲に挑戦されるほとんどの方が苦労されるところです。この曲を弾かれる方、ここの箇所が弾けなくて困っている方は、だまされたと思って、一度やってみてください。
……以上です。「企業秘密」にしておこうかも思いましたが、「アルハンブラが弾けるようになりました」という方が出てみえたら、さそかし私の方もうれしいだろうな……と考えて、今日の日記に記しました。長々とごめんなさい。
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もう少し大人しく

ここのところ、フェイスブックをのぞいている時間がやたらと多くなってきました。
ツイッターをはじめたころ、「どんなシステムなのかな」とわけがわからないままにいじっていたら、どんどんフォローしたりされたりが増えていって、気がついたら、自分に関係のない情報や興味もない情報、はては面白いけどこんなの見ていてもいいのかなという情報(笑)が飛び込んでくるようになって、どこかで間違えたかなと、ちょっと距離を置くようになりました。
フェイスブックもそうなのかと、なかば放置してあったのが、いつのまにか、何十年もご無沙汰している知人から連絡が‌来るようになって、なかなか面白いもんだな、人気の秘密はこれだなと、少し「友達の輪」みたいなのを広げてみたところ、あっという間に、たくさんの「友達の友達」のような方々とつながってしまいました。
こうしている間にも「お知らせ」やら「メッセージ」が次から次にとどいているようです。「もうちょっと大人しくしていないと今度のコンサートに影響が出てくるな」と思いなおしています。
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シャコンヌを弾く日

午後の練習でバッハの「シャコンヌ」を通しました。一度通して、自分の練習記録表に「△」の印をつけただけです。相変わらず技術的な課題、音楽的な課題がともにたくさん残っていますが、今日もそれらに時間と体力を費やす余裕はありません。
演奏時間は(私で)14分、言わずと知れた大曲です。「自分の手に余る曲」と言ってもいいでしょう。今日の「自己判定」は「△」ですが、「×」がつくことも多いです。
「間を置くと弾けなくなる」との思いで、ここ数年は、演奏予定がなくても週に2~3度は弾くようにしています。昨年、右手親指を腱鞘炎で痛め、何ヶ月も中断した練習を再開したときは苦しかったですが、懲りずにまた弾きはじめました。今日はその「シャコンヌを弾く日」です。
11月15日のコンサートでこの曲を弾くつもりですが、その前の10月17日には、秋の特別企画「ギターの個展2020」てのが入っています。10月のコンサートの翌日、「まったく弾けない」という状態になってから「シャコンヌ」の準備を始めることのないよう、「週に2~3度」のペースを、今から崩したくないわけです。
「シャコンヌ」を弾けば時間と体力が喰われます。先週あたりから「シャコンヌを弾く日」の通し練習では、10月のコンサートで弾く曲しか弾かない……と決めてやっています。当然、大事にしてきた他の曲が弾けなくなる可能性も出てきて、これまた苦しくなります。
「そんなに苦しいなら、やめときゃいいのに」と思われるかもしれませんが、高い山にのぼる人や、フルマラソンを走る人に「やめときゃいいのに」と言っても無駄なのと同じです。「弾きたいから、これからも弾き続けます」と言うだけですね。
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山の空気を吸いながら

午後3時過ぎ、レッスンを終えて、大雨警報が解除されたので、ネットで雲の動きを確認し、いつものように朝の練習を収録した録音機を手に、三郷山(近所の山、標高150M)に向かいました。
歩き始めたときは、傘をたたく雨の音がイヤホンを通して聴こえる自分の演奏と重なって、うるさく感じましたが、次第におさまりました。
「自分の部屋で聴いた方が、余分な音が入ってこないから、ずっと集中できるのに」とお思いでしょうが、実はそうすると必ずや、眠気がすぐ来るのです。
ついつい「ギリギリまで睡眠時間を削って練習しているので」という言い訳をしたくなりますが、これまた「時間の使い方が下手」という自分の弱点を吐露するだけです。
ま、それはともかく、要するに「山の空気を吸いながら歩いている方が、まだよく聴こえる」というわけでして、「毎朝3時半過ぎに起きて4時半から基本練習、5時頃から収録した音源を持って、一日のどこかで三郷山に向かう」という生活は、まだまだ続きそうです。


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仕事が減ったおかげ

今日は、たったひとりみえるはずの生徒さんが、またしてもコロナの関係でお休みです。「今日も行けません」というメールが入るたびに、医療機関に勤める方々のご苦労はいかばかりかと思います。
私の方は、緊急事態宣言が解除され、実家の母が亡くなってからも、仕事の一部がもどってきていないので、時間はわりとあります。
自然とギターの練習量が増えてきていますが、「最近少し体力が落ちたかな」と思わないでもありません。毎日自分自身に課している基本的な技術練習と、演奏予定曲の通し練習を消化していくだけでバテてしまった……という日も多くあります。
でも、年齢を考えれば「これが普通かな」とも思います。
仕事が減ったおかげで、毎日疲れるまでギターが弾け、それでも健康状態が維持できているとすれば、それはそれとして、ありがたく受け入れるしかありません。
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今日は敬老の日

先ほど、今月のコンサートで久々に弾いたソルの「幻想曲第六番」を2週間ぶりに通してみました。若いころよく練習した曲です。
難なく最後まで行きました。「良かった。まだ感覚は鈍っていないな」「無理なく弾けるこんな曲をもっと大事にしなきゃ」と思いました
今日は敬老の日ですね。何だか「自分に関わりがない日」と勝手に思っていた日が、わりと近くまで来ていることにがくぜんとします。「老いを認めたくない自分」と「老いを認めなきゃという自分」が同居している今日この頃です。大事なのは、自分が今そういう場所にいるのを自覚することなんでしょう。
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ギター弾きの草引き

ここ3日間、夕方になると庭の草引きをやっています。
土いじりは嫌いではないんですが、あまりやれていません……と言うと「時間がないので」と聞こえますが、最近は実家通い(母の介護)がありませんし、コロナのせいで仕事も減っているので、草を引くくらいの時間はあります。
それは、指が疲れるのが嫌だからです。慎重にやれば爪や指を痛めることはあまりありませんが、確実に指の疲れはきます。引くのが朝でなく夕方なのは、朝引くと指が疲れて昼間の練習ができなくなるからです。夕方引いても夜の練習はできなくなります。
それで少し考えました。(どうせ全部は引けっこないので)すでに長くなってしまった草を選び、手首を草で巻くようにしてからグッと引きます。この方法で引くようにしましたら、夜の練習がずいぶんと楽になりました。当面、これでいきたいと思います。手首に巻けない短い草については……もう少し伸びるのを待ちましょう(笑)。


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あと1ケ月です

今日は9月17日、伊勢市クラシックギターを楽しむ会主催「ギターの個展2020」までちょうど1ケ月です。
例年10月のコンサートは「特別企画」と称し、「河崎商人館角吾座」という昔の酒蔵を改装して作られた響きの良いホールで開催しています。「300回記念コンサート」(この会だけは11月)からかぞえて10年です。
会場の利用申込書の「利用人数」の欄には15名と書きました。「不特定多数の方の参加は困る」と言われていますし「参加者名簿」の作成等で受付に人が集中するのも避けたいので、はじめて「予約制」をとることにしました。
この時世です。集客は期待できません。広報活動にかける時間を削る分、練習時間をいつも以上に増やし、気合いを入れて本番にのぞみたいと思います。
現在お申込みは1名のみ、あと14席です。「行けそう」という方、ぜひご一報ください。
⇒http://blog.goo.ne.jp/ise-guitar
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季節が動き出した

この夏(~秋)ほど「自分の技術がずいぶんと落ちたな」と感じた年はありません。
「アルハンブラの思い出」や「アストリアス」など、長年軽々と弾けていた(と思っていた)名曲の数々が本当に弾けなくって、忸怩(じくじ)たる思いになることが何度もあり、そのたびに「もう難しい曲を弾くのは止めようかな」「やさしい曲だけでもコンサートは続けて行ける」などと、軌道修正を本気で考え始めました。朝弾けた曲がもう昼には弾けなくなっていることも珍しくなく、「演奏技術よりも体力の問題かな」という気もしました。
実は単純な要因があるのです。それは練習時の服装です。朝はコンサートの本番にあわせて長袖のシャツで弾いています。猛暑の昼はそれが無理、当然のように半袖シャツになります。
袖の長さが違えば、血流の勢いも筋肉への圧迫の度合いも違います。早い話が、半袖シャツだと指の動きが鈍くなるのです。年はとりたくないものです(笑)。
今日はこの夏(~秋)はじめて、長袖のカッターシャツを着て、昼間の練習を進めました。いつになくよく弾けたと思います。
急に過ごしやすくなりました。いつまでこの夏が続くのかと思いましたが、やっと季節が動き出した感があります。
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また弾けそう

8年前の日記に「久々にヴィラ・ロボスの『練習曲第1番』を弾いてみました。ろくに弾けなくなっています」から始まる文章があります。途中、長い考察(?)があって、最後は「今日から、緩急の2種類のテンポでこの曲を1度ずつ弾くことにします。若いころそうしていたように」と締めくくっています。
この日決心した通りにしばらくは弾いていたのですが、2~3ケ月か後に挫折し、またもや放置してしまいました。
ヴィラ・ロボス作曲「練習曲第1番」は演奏会にも使える上級者向きのアルペジオ(分散和音)の練習曲です。
私は元来、「右手の練習のためには、左手がやさしい教材がいい」と思っています(逆も同様です)。つまり「この曲は左右どちらの指も非常に難しいので、左手の難しさに翻弄されて右手指の動きに集中してとりくめない」と考えたのです。
私はこの曲の代わりに、自分の作った左手のやさしいアルペジオ練習(オリジナルの技巧練習およびカルリの練習曲を作り変えた曲)を続けることにしました。
ところが最近、「練習曲第1番」を弾かなくなった時期と名曲「アルハンブラの思い出」が難しく感じるようになった時期が重なってくるのではないか……という気がしてきました。この2つに因果関係があったかどうかは、この曲の練習を再開し、根気よく続けてみればわかります。
昨日、左手の一番難しいところ(アルペジオが切れて急速のスラーが連続するところ)で、多分だれも使っていない新しい運指を発見し、何年も弾けなかったこの難曲がまた弾けそうな気がしてきました。

この年齢になると、「前に弾けた曲が弾けなくなった」というのは、数えきれないほど経験していますが、その逆の「弾けなかった曲、弾けなくなった曲が弾けるようになった」は、めったにありません。それだけに、何だか自分の中に「高揚感」みたいなものがありますね。
いえ、気持ちだけ高ぶっても仕方ありません。長い間弾けなかった曲が「すぐにとり戻せる」ということはあまりなく、「がんばればとり戻せる」ということがわかっただけです(笑)。

▼2012年4月18日の日記「練習曲第1番」
https://blog.goo.ne.jp/hiro7167/d/20120418
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