伊勢の広垣(教室開設4年目)です。
クラシックギター1本を手に、今日も走りまわっています!
私の音楽日記
真冬なみの寒さ
今朝も4時に起きたので、睡眠時間はちょうど3時間……それで、足りるわけがありません。
なお困ったことに、今朝の冷え込みはひどく「真冬なみの寒さ」とのことでした。
冷えた指をあたためようと暖房を強めると、まず確実に猛烈な眠気が襲ってきます。
そう思ったので、暖房は極力弱く設定し、ひたすら音階とアルペジオの練習にはげみました。しかし、弾いても弾いても指は温まってきません。仕方がないので、曲の通しは断念し、ちょうと、毎日ノルマにしている基本練習をひと通り消化したところで、時間切れとなってしまいました。
冬の次には春
プログラムには「シャコンヌ」という名がついたのが2曲、「パッサカリア」という名がついたのが3曲含まれています。どちらも特定の低音進行、和音進行に基づいて作られた舞曲です。私自身、この違いは正直、よくわかりせん。ネット上のフリー百科事典「Wikipedia」を見ると、「17世紀後半以降、この2つの呼称はしばしば混同して用いられている」とあります。
「シャコンヌ」で一番有名なのがバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティ―タ第2番の終楽章で、「今年も一度はとりあげておこう」という思いが先行し、「どうせなら、他のシャコンヌやパッサカリアもあわせてさらいなおしておきたいな」というわけで、プログラムの半分が決まりました。
今日の会場はわりと温かく、「やっと指の調子がもどってきたな」という安心感もあった
ので、比較的よく弾けたのではと思います。やはり冬の次には春が来るものです。
シャコンヌのテンポは…
一昨日は朝4時に起きましたが、練習時間は、結局30分しかとれませんでした。
昨日は昨日で、帰宅が夜11時となって、クタクタに疲れていたものですから、とうとうギターに一度もさわれずじまいとなりました。
そのため、ここのところ毎朝1回ずつ通していたバッハの「シャコンヌ」が2日間全く弾けませんでした。
その代わりに、2日とも車を走らせながら(交通量の少ないところを選んで)、F・アーヨのヴァイオリンで……ギターでこの曲を弾くのをイメージしながら……この曲を聴きました。
必ずしも「イン・テンポ」でなく、けっこう速く弾いたりゆっくり弾いたりしてみえますね。
「シャコンヌ」のテンポについては、弾き始めたときから、あれやこれやと迷いがあります。「迷い」というのは「全体を速く弾こうか遅く弾こうか」という迷いではなく、「ほぼ一定のテンポで弾こうか、それとも緩急をつけようか」という迷いです。
歴史的に見てどうあるべきかということはさておき、自分の経験としては、「イン・テンポ」で弾こうとしたときは、ことごとく失敗しています(そもそもイン・テンポで弾けっこありません)。「じゃあ、緩急つけて弾こう」としたときに、「低音進行の上に組み立てられたこの音楽の一貫性が犠牲になるのでは」という思いが頭をもたげます。
でも、アーヨの演奏を聴いていて、なんだか少し気が楽になりました。「自分ももう少し
、テンポを自由にとってかまわないんじゃないかな」てなもんです。
「バッハが生きていた頃というのは、メトロノームも録音機もなかった時代だから、それぞれの演奏家が思い思いのテンポで演奏していたと思うよ。もしかしたら、けっこう情におぼれた演奏もあったんじゃないかな」
……ふと、我が師、浜田雅明さんのことばを思い出しました。「だから、どうすべき」ということは、おっしゃらなかったですが。
曲をしぼりこむ
で、疲れが重なっているはずですが、名手シェリングの「無伴奏ヴァイオリンパルティ―タ第3番」(バッハ)を心地よく聴いて帰ってきました。
この組曲、ギターでは、通常「リュート組曲第4番」として弾かれることで知られています。
例によって「また弾いてみたいな」と思うのですが、すぐに打ち消すようにしています。
最後に弾いてからすでに10年が経過しています。
ですから今はもう弾けません。
必死で取り組めば何とかなるのかもしれませんが、その間に、一昨年に弾いた「リュート組曲第3番」や昨年弾いた「リュート組曲第1番」が弾けなくなります。いえ、すでに弾けない状態であれば、これらを取り戻す方が先です。そうこうしているうちに、この1月に弾いた「無伴奏チェロ組曲第3番」も、今弾いている「シャコンヌ」も弾けなくなります。
私はもう若くはありません。
「どれをレパートリーとして残し、どれを捨てるか」を考える時期に来ていると思います。
その上で、曲を絞り込んで、「高める」「深める」「磨きをかける」ことに、エネルギーを注ぐべきでしょう。

