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news commentary

まるで不条理劇を見るような

2016-05-17 21:17:04 | Weblog

新聞各紙が5月17日の朝刊で、元東京大学学長で80歳の蓮實重彦氏の小説『伯爵夫人』が、三島由紀夫賞(新潮文芸振興会)に選ばれたと報じた。選考会は16日に開かれ、そのあと蓮實氏の記者会見があった。その一問一答をインターネット新聞『ハフィントン・ポスト』が比較的に克明に伝えていた。

ハフィントン・ポスト紙は、「蓮實さんは『まったく喜んではおりません。はた迷惑な話だと思っております』と受賞の感想を不愉快そうに述べた。報道陣からの質問には『馬鹿な質問はやめていただけますか』などと切り返す場面もあり、会見場は異例の重苦しい雰囲気に包まれた」と前置きし、一問一答を以下のように伝えた(要旨)。

受賞の知らせを受けてのご心境は、という質問に「『ご心境』という言葉は、私の中には存在しておりません。ですからお答えしません」と蓮實氏。今日はどこで待機していたかの問いに、「個人的なことなので申しあげません」。

三島賞の候補になったとき、事務局から連絡があり、そのことを了解されたと思いますが蓮實さんはどのような思いでお受けになったのでしょうかの質問にも「それもお答えいたしません」。選考委員の作品評価についての思いを問われても「ありません」。

司会者が「他にございますでしょうか」と質問を促すと「ないことを期待します」と蓮實氏。木で鼻をくくったような、けんもほろろ、取りつく島もない対応だった。

受賞を喜んでいるのかの質問に、「まったく喜んではおりません。はた迷惑な話だと思っております。80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって非常に嘆かわしいことだと思っております……選考委員の方が、いわば『蓮實を選ぶ』という暴挙に出られたわけであり、その暴挙そのものは、非常に迷惑な話だと思っています」。

こんな調子の問答がしばらく続いた後で、記者が「『三島賞を与えたことは暴挙』とおっしゃったのですが、なぜ候補を断ることをしなかったのでしょうか」とまっとう至極な疑問をぶつけると「なぜかについては一切お答えしません。お答えする必要ないでしょう」と蓮實氏は説明を拒絶した。

ここまで読んできて、思わず笑ってしまった。数日前の舛添・東京都知事の記者会見の問答を思い出したからである。

家族旅行で宿泊したホテルの代金を政治資金で支払ったのは、そのホテルに関係者がやって来て政治活動の打ち合わせをしたからだ、と説明した舛添氏に対して、記者が「今のホテルの会議費のことなのですけれども、それぞれ2回分ですが、どういう人が何人来たのでしょうか」と質問すると、舛添氏は「非常に政治的な機微に関わることでありますし、相手方のプライバシーもありますから、これはお答えを差し控えさせていただきたいと思います」。記者が「人数もだめですか」とたたみかけると「ええ。それも差し控えさせていただきたいと思います」。

舛添氏も、蓮實氏も答えようがなかったのである。

選考委員の暴挙だ、迷惑だ、と言いつつ三島文学賞を受賞し、記者会見では記者からの質問を受けていらだち、そのいら立ちが記者たちを戸惑わせ、不快にさせたようである。会見の場にいた記者たちは不条理劇の舞台を見ているような気がしたのではあるまいか。あるいは、蓮實氏はへそ曲がりの軽口・冗談のつもりで言ったのだが、蓮實氏の態度物腰があまりに堅苦しいものだったので、記者たちがつむじ曲がりの後期高齢者の軽口とうけとらず、蓮實発言を額面通りに受け取ってしまった可能性もある。

多くの人がハッピーな気分に浸れなかった三島賞受賞会見だったが、新潮文芸振興会を抱える出版社・新潮社にはほんのちょっとだけだが、メリットがあった。

朝日新聞の17日付朝刊では、三島賞の受賞記事は第3社会面左肩の短信ふうの小さな扱いだったが、受賞者である蓮實氏については2面のコラム「ひと」で大きく紹介された。雑誌『新潮』(2016年4月)に掲載された蓮實氏の小説『伯爵夫人』は、6月下旬には単行本『伯爵夫人』となって新潮社から出版される予定だ。

ありきたりの受賞発表・記者会見よりもずっと刺激的なこの一件が新聞各紙に報道されて、いい前宣伝になったのはまちがいない。

(2016.5.17 花崎泰雄)


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