まちみちふうけい

四角い枠に切り取られた風景は一瞬のもの、そんな一瞬を追い求めてこれからも相棒と走り続ける・・・

No.439 響け、ジョックロック

2016-03-31 10:31:56 | 日記
ついにです!ついにここまでやって来ました・・・おっと、通過儀礼を忘れてはならない。


おはようございます。


智辯学園、ついにここまでやって来ました、奈良県勢にとっては久しぶりの決勝戦です。大阪とか京都の人からは決勝行ったくらいで舞い上がってんな~、と言われそうですが、そうは行きません。何と言っても奈良県勢の決勝進出は1997年の天理が優勝して以来、智辯学園はもちろんこれが初めての決勝進出、これまで2度ベスト4の壁に阻まれていましたが、3度目の何とかでやっと頂点が見える所まで来ました。
まあ「智辯」と言えば同じユニホームの弟分の智辯和歌山がもうあまりにも強いので、奈良の方としてはずっともどかしい気分でした、直接対決も負けてしもたし。一方奈良県と言えばもう一つの強豪校天理がここまで3度優勝、戦前から奈良県の高校野球を支えてきた名門ですがこちらは最近没落気味、とにかくええトコ行くかな~と期待したら不祥事の連続、松井やイチローを撃破してきた名門も今は初出場校にキャンキャン言わされるほどにまで落ちてしまいました。そうなると智辯学園に期待せざるを得ないわけですが、こちらは2回戦くらいまでは勝ち進んでくれるし強豪校にも名前負けしない活躍を見せてくれるが、どうしても上へは行けない、大概はベスト8までには消えてしまうと言うのが今までの智辯学園でした。


準決勝は龍谷大平安が相手、派手さはないが要所要所をキッチリと抑えて堅実に勝ち進んできた感じ。野球がうまいなあと言う印象はこの試合でも見られて、特に守りの方ではもう付け入るスキがないくらい、智辯学園は初回から走塁ミスや相手のファインプレーに阻まれチャンスはつくるもののホームベースが遠い。攻撃の方ではチャンスはつくるものの、こちらは智辯の村上投手の要所を抑える投球で得点は3回にエラーが絡んでの1点のみ。1-0で龍谷大平安リードのまま試合は中盤から終盤へ、ここまでは野球の巧さの差が点差に出ている感じ、智辯もいい守備はあったし相手に得点を与えない野球はここまでできている感じだが劣勢は否めない。自分(一人称)はテレビを見ていたのはここまで、出なければならなくなったがラジオの方は12時になるとNHKは30分間のニュースに入るので、携帯のYahooの試合実況サイトでの観戦とする。
味気ない文字だけで経過を知ることになるわけだが、チャンスはつくるもののホームベースは相変わらず遠い、イニングの欄には0が入っていくばかり。一方の平安も同じ感じで相変わらず1-0のまま終盤戦へ、こうなるともう我慢比べだ、自分(一人称)はこう言った守り合い、せめぎ合いの試合は好きだがそれが地元の学校となるとそうは行かない。しかし野球巧者の平安から得点するのは至難の業、こうなりゃ空中戦で何とか・・・とも考えたいがそう都合よくは行かない。
試合はついに9回、サイトを見る度、9回裏の欄に0が入る恐怖を味わいながら相棒を走らせる。赤信号で止まった時にサイトを開くと1アウトからヒットが続いて満塁になっているらしい、ここまでことごとくうまい守備に得点が阻まれているだけあって、ここも悪い予感しか浮かんでこない。時間的にそろそろと思い再びサイトを開くと、スコアの9回裏の欄に「2×」の文字が・・・嘘や、と言う言葉が口から出てしまった。改めて見てみると2×-1のスコアで試合終了となっている。





勝ったんやなあ・・・ホンマに勝ったんや、智辯学園初めての決勝進出かあ・・・。家に帰ってからMBSのニュース動画サイトを見たが、もう最高の終わり方やないか。試合前は今年の平安はあんまり得点してないからこれは行けるで、と思っていたが、試合が始まってからはイライラの連続っぷり。先制した方が押し切る形で終わると思っていたからやばいなあと感じていたが、終わってみれば1-0から2-1へのサヨナラ勝ち、試合中でリードしている時間が全くなかったと言う、もうこれ以上はないと言う形での決勝進出となりました。こうなりゃあとひとつ、ここはスカッと勝って久しぶりに奈良県に4本目の優勝旗を持って帰って来てもらいたいものです。


その決勝の相手は高松商となりました。勢いでは秀岳館が来そうな感じだったがここはさすが去年の神宮王者、その勢いのままと言うよりは、この春に保っていた強さを十分に発揮してここまで来た感じ、相手としては不足ないと言ったところです。まあ智辯学園は挑戦者です、向こうが野球の巧さを巧みに繰り出してきたのと同じように、こちらもチャンスは作られるものの要所要所を抑えて得点を与えない、少ないチャンスで確実に得点する(龍谷大平安戦では不発だったが)智辯らしさの野球で、何としても勝利を収めてほしいところです。
ちなみに奈良県勢の香川県勢との対戦成績はこちらにて。これを見ると春は2回とも高松商vs天理で2回とも負け、まあ天理お得意の名前負けみたいなものでしょう。今回の智辯学園は2回戦で鹿実、準決勝では甲子園100勝がかかる龍谷大平安相手に粘りの野球で逆転で勝ち進んできました。高松商と言えばセンバツ第1回大会の優勝校、その後も春2回、夏2回の優勝経験あり、この大会までの通算勝利数は54勝、そのうちの32勝がセンバツ大会と言うことで春に強いイメージがあります。最近は新興校の台頭で影は薄くなってましたが、去年の神宮王者であり今年の春の勝ち進みの伝統の力が為せる業と言ったところでしょう。ここは智辯学園も胸を借りると言う気持ちで臨んでいってほしいところです。
でも自分(一人称)は智辯の勝利を信じてますからね、何たって奈良県勢は過去3度決勝進出して、まあ全部天理ですが、全部勝っていますから。最初の優勝は相手が松山商、もう名門中の名門、前回の優勝の相手は中京大中京、こちらも泣く子も黙るほどの名門校、両方とも久しぶりに古豪復活と言う感じで勝ち進んできたわけで、その辺りは今回の高松商とイメージがダブる感じもします。これはええジンクスかも・・・とプラスになることだけを考えて試合に臨んで行くことにしましょう。とにかく絶対勝てよ!智辯学園、勝ってあの歌いにくそうな校歌を聞きたいものです、ただ自分(一人称)は仕事中なので実況を聞くことはできません。朗報を楽しみにワクワクさせてもらうこととしておきます、そんなわけで今回もお付き合いのほど、どうもありがとうございました。      まちみち

No.438 相模路(10)・箱根湯本へ

2016-03-30 09:42:50 | 旅行記
おはようございます。










相模路の旅もいよいよ最終章、前回は旧東海道となる国道1号線を走って小田原まで走って来ました。午前中はまったりと江ノ電各駅巡りだったのが、午後に入ってからは一目散に相模路を走り抜けてここまでやって来たのですが最終目標は箱根湯本、早速行ってみることとしましょう。

箱根の旅はいつも山から下りてくるばかりで、この区間を湯本方面に走るのは実は今回が初めて、いつもは旅の最後に見る小田原の町並も今日は途中経過です。日はもうほとんど沈みかけで夕暮れ時の風景が町を覆っているが、こんな時間でも国道1号線の箱根方面は写真を見てもお分かりの通りの大渋滞、皆さんこんな時間にどこへと行こうとしているのでしょうか。板橋見附からは旧東海道へと入る、ここは普通の民家が建ち並ぶ所でこの家ももう夜の準備をしている時間、風景からもそういう雰囲気が漂ってきて少し寂しい気分になってくる。そんな旧道もやがて国道1号線へと合流、目の前にそびえる山の風景が箱根への旅情を誘ってくるが今回は湯本まで、それより上はまた来る機会を見つけて、と言うことで。







国道1号線はここも相変わらずの渋滞ぶり、空の色も川の色も夕暮れの色に染まっていて、箱根の旅ではあまり見ることのないこの時間の風景に新鮮な気持ちになってくる。ちょうど国道に沿っている箱根登山鉄道線に電車が走り過ぎて行ったが、車体は夕日を浴びて眩しく光り輝いている。ここから見る限りでは湯本方面の電車も人が多そうだ、みんなこんな時間なのにそれでも箱根を目指そうとしているのか?って自分(一人称)もそうなんですが。






箱根駅伝の7区のスタート地点となる『鈴廣』の前を通り過ぎてやがて箱根町へと入る。自分(一人称)の感覚では小田原の中心地も箱根の旅の一端と言う感じでは捉えてしまっているが、いつもは湯本方面から走って来て通り過ぎるこの境界線が旅の終わりを感じさせられる所、いっそのこと箱根町と小田原市で合併して箱根市にするとか、第三新東京市に・・・ってこれはアカンな、やっぱり、小田原の人が怒ってきそうなのでこの話はもうおしまい。
写真2枚目は3日後に行われる箱根駅伝の出場校の旗が掲げられている店を撮ったもの、大磯からずっと駅伝コースを走って来たわけだが、当日はその沿道が応援で人があふれるくらいに繰り出して来るんだろうな。自分(一人称)も一度生で見てみたいなあ、とは思っているのですが、見るんなら人がいっぱいのところよりは箱根の山の方がいいかな・・・って、観戦はやっぱりテレビが一番か、実際に見に行ったら自由に走らせてもらえないことだろうから。
小田原を出てからさほど感じなかったが道は緩やかに上っている、旧東海道をまとわりつくように通っている西湘バイパスの厳つい感じのインターチェンジの下を越えるとその上りはいよいよ本番に差し掛かってくる、と言っても山とは比べ物にならないほどの緩やかさだが。もうこの辺りでは日は完全に暮れてしまった、それでも空にはまだ明るさの余韻は残っているので急いで箱根湯本へと向かうことにする、目指す場所はもうすぐだ。


三枚橋にたどり着くと目の前には箱根湯本駅が見えている、ここはもう見慣れた風景だがこの時間に来るのはもちろん初めての事、さて、ここからは時間と空の明るさが許す限り写真を撮っていこう。








穏やかな早川の流れ、駅前に架かる赤い橋付近は観光客でいっぱい、一時期は火山活動による風評被害で観光客数も減ったとのことだったが、そんなこともへっちゃらさ~てな具合で箱根は何食わぬ顔つきで人を迎えてくれている。この後も相棒のギアは落として人も車もいっぱいの湯本の町並をいろいろと、時間が許す限り巡ってみることにしよう。さて、この相模路の旅、走ってからもうまる3ヶ月経ってしまったわけですが、やっと次回で一応終局を迎えることができそうです、その模様はまた1週間後にでもお伝えすることとして、今回もお付き合いのほど、どうもありがとうございました。          まちみち

No.437 古代の風を感じて

2016-03-29 02:19:19 | ふうけい
おはようございます。





センバツも今日(28日)でベスト4が出揃いましたが、その中に何と奈良県代表智辯学園が入っているじゃないですか。2回戦鹿実戦は先制されるも終盤に逆転、本塁打も飛び出しました、そして準々決勝は滋賀学園、何かバットをブンブン回す変な奴がいましたがそこはキッチリ抑えて、初回から見事な先制攻撃、危なげない試合運びでついにここまでやって来ました。奈良県勢のベスト4は1997年春天理が優勝して以来で19年ぶり、智辯学園のベスト4は1995年夏以来、長かったなあ~ここまで。とにかく21世紀になってからは初めてのベスト4進出、近畿では唯一決勝進出がないので、ここは是非とも次回の龍谷大平安には何としても勝って決勝へ行きましょう。そして去年天理が覆い尽くしてくれた奈良県勢暗黒時代の霧を何としても取っ払ってほしいところです。ついでに今日は第4試合で長崎県代表の海星が負けてしまったのですが、福山雅治結婚効果はまだ奈良県が持っているので、ここはゲン担ぎでもいいので勝ち進んで行ってほしいところです、その決着は明後日の第1試合、明日(29日)はちょっと一服小休止です。









長谷寺を後にして国道165号線を桜井方面へと戻っています。行きしなは主に旧街道となる初瀬街道を走ったのですが、帰りは車の速さに混じるようにしての国道を快走・・・と行っていたのですが、途中でさっき走った旧街道に入りすぐに相棒を止める。行きしなに気になった看板、その時は年配の方が前の方でその看板を見ていて、こちらはゆっくりしている時間がなかったので帰りに寄ろうと決めていた。
写真3枚目にあるその看板に書かれていたのは長谷軽便鉄道、明治後期から昭和13年まで桜井と初瀬を結んでいた鉄道線の説明だった。旧街道は宇陀ヶ辻から長谷寺参道までずっとほとんどが国道165号線に沿うように通っているが、その国道の方は元は線路が敷かれていて小さな蒸気機関車が客車を引っ張って走っていたとのこと。区間の途中には北口、宇陀ヶ辻、慈恩寺、黒崎と4つの停留所があって、ここは黒崎と言う場所に当たる。下3枚の写真がその鉄道が走っていた所となるわけですが、もちろん今となってはそこに線路があったと言う痕跡など感じられるものはない。ところで最後の写真にあるレンガ積みの斜めになっている物、ここを通る時にはいつも見る物なのですが、これは一体何なのでしょう?気になって仕方ありません。








慈恩寺からは桜井の中心地へは向かわずに三輪方面へと向かう道へと入る。しばらく走ると古い町並が軒を為す通りへと入って行く、ここが山の辺の道の終点となる辺りで、その場にあったのが海柘榴市、この辺りは各方面からの道が集まって宿場町として賑わった交通の要所で合った所だと看板の説明には記されている。ここから北へ向かう狭い道が山の辺の道だが、ここは途中自転車で走るには厳しい所もあるのでそちらに入ることはせず、普通にある道を走ってJR三輪駅方面へと走って行くこととする。








JR三輪駅の東側、三輪神社の駐車場は車が多く列を為していて空きを待っている状態、そこを横切ってJR万葉まほろば線の東側の道を走って行くとやがて集落の中を通り抜け、写真1枚目、2枚目にある円形の墳墓が積まれた形の古墳の横を通り過ぎる。その向こう側に見えているのは箸墓、ここは纏向古墳群の東側に当たる所で、一時期卑弥呼の墓か?と話題になったホケノ山古墳もここから近い所にある。写真3枚目は箸墓の向こう側に大和三山のうちの二つ、耳成山と畝傍山が見ることができる場所で撮ったもの、その下は箸墓の向こう側にある二上山から金剛葛城の山並。風景は現代のものであっても自然は古代からそのまま受け継いできたもの、この辺りではそんな古代の雰囲気を肌で感じることができる所、ここは当時の人の気持ちになってその風景を眺めてみるのもまた趣深いことだと思います。さて、何回かに渡ってお送りしてきた長谷寺を目指しての走りは一応ここで幕を引くこととしておきます、今回もお付き合いのほど、ありがとうございました。        まちみち

No.436 登録有形文化財巡り・北浜、淀屋橋界隈

2016-03-28 09:10:32 | 文化財
おはようございます。





今回は文化財巡り大阪市内編をお送りして行くのですが、実は一昨日(26日)も走って来て、このテーマだけでもう3回目の走りとなりました。それだけ文化財が多いと言うことですが、住所や場所などは前以て調べておいても、いざ実際に走ってみるとなかなか見つけられないものばかりで、探し当てるのに結構時間がかかってしまいます。この間も詳しい場所を携帯にメモして行ったのですが、それでも時間がかかってしまうものばかりで宿題は残りっ放しな状態です。今回お送りするのは以前お伝えした文化財巡り下寺町の寺院の山門編の続きで、北浜、淀屋橋付近で登録有形文化財を巡った時の写真を中心に進めていきたいと思います。









北浜、淀屋橋界隈はこの時が今年に入って2度め、その後も一昨日の走りを含めて今年だけでもう4回も走っています。もちろん文化財巡りもあるのですが、やっぱり『あさが来た』効果の方が大きいと言ったところでしょうか。ドラマはもう今週のみを残すばかりとなりました、炭鉱に始まり銀行、女子大学、保険会社と突っ走り続けてきたあさでしたが、最後はどういう結末で締めくくってくれるのでしょう。最終回にはまたドラマのことやそれにちなんで巡った場所を、一枠で取り上げてお送りしてみたいと思っています。













ここまでズラリと写真を並べてきました。文化財と言うといかにも重厚そうな、少しうがった言い方をすれば古臭い感じのする神社仏閣を思い出しますが、ここに並べたものはどれも洋風な建物ばかりです。いかにも明治、大正、昭和初期のモダンやレトロと言った言葉が似合うような建物ばかり、その名も『××ビルヂング』と当時にしては洒落た名称だったのでしょう。ただ写真をみてもお分かりの通り、ビルディングは形は残されてもその用途はいかにも現代風なカフェやらレストランに利用されていて、そのギャップがどこか可笑しな感じもします、未来に残していくにはそのような方法しかないと言うことでしょうか。

携帯サイトの住所だけでその場所を探し当てるのはなかなか苦労するところ、今回巡った所は割と狭い範囲で密集している所なのでそれほど苦労はしなかったが、それでも住所だけで見つけるのは結構大変なことです。走っていて分かったことは御堂筋にある交差点は「××町3丁目」堺筋は「××町1丁目」、この「××町」となるのが各筋を東西に通る道、「△丁目」は堺筋が1丁目で御堂筋が3丁目、となるとその間が2丁目で御堂筋から西側が4、5丁目となるので、このコツさえつかめば後はその辺りを探すだけ。限られた時間内での走りの中でまあまあ順調に見つけることができました。











登録有形文化財の中には「○○家住宅」のように歴史を感じるとは言っても普通に人が暮らしている民家もあり、そう言うところは写真を撮るにも気を使うところです。それ以前にその家を探して近辺をうろうろしていると怪しい人物とも見られかねないので十分気をつけて行きたいところです。まあこの辺りはビルが建ち並ぶところで人も多くそんな心配はない所、そんな町並の中にも写真1枚目、2枚目、5枚目にあるような民家がありました。自分(一人称)が写真を撮っているとオバちゃん3人組から「何撮ってんねんやろね~」との声が聞こえてきたが、玄関横の格子にあるプレートを見て納得してもらえたようだ。何気ない物でも箔が付いていると格別な物に見えてしまうものなのでしょう。今回巡った登録有形文化財は建物の造りに特徴はあってもこんなに雑然とした風景の中では見過ごされてしまうものばかり、そこだけがタイムスリップしたような、現代的なビルの並びの中での一種のオアシスと言ったような所でしょうか。大阪市内、それも都心の中でも登録有形文化財はたくさん存在しています、それを巡る走りもまだまだ継続中、また随時お送りして行くこととします、今回もお付き合いのほど、ありがとうございました。        まちみち

No.435 各駅巡り・関西本線(3)街道に沿って

2016-03-27 12:20:49 | 鉄道
おはようございます。










JR関西本線非電化区間の各駅巡りをお送りしています、上の写真は前回の終わり、伊賀上野駅からは少し離れた所となる市の中心地の風景です。なぜ当時の国鉄(のその前身か)はここに線路を持って来なかったんだろう、と思いたくなるが、市の中心地は小高い丘になっている場所にあって線路を持ってくるのはしんどかったのだろう、と勝手に思い込んでさて、先へと進んで行くことにしましょう。








国道25号線と言っても一般的に知られているのは名阪国道の方、自転車で走れる国道は旧道となる道で上野の中心地を抜けると田園風家の中を進んで行く。途中からは国道を離れて大和街道に入ると、風景は旧街道の雰囲気が漂ってくる町並を通り抜けて行く、多分宿場町であった所だろう。次に目指す佐那具駅はその町並から離れた所、柘植川に架かる石橋を渡った向こう側にある。懐かしい感じのする横幅の長い木造の駅舎、駅員さんがいたので中には入れなかったので、駅舎の脇からホームの様子を写真に撮る。列車に乗っている時は特にそう感じないが、こうやって外から駅を見てみるとその構内の広さを改めて知ることになる、やはりこれも国鉄の面影を残しているからだろう。付近は宿場町だったので往時は多くの人で賑わったことなのだろう、しかし国鉄がJRへと変わり合理化で駅業務も委託化され、昔懐かしの重厚な感じのあったディーゼル車両も2両編成の軽い車両にとって代わられ、広い構内も長いホームも持て余し気味になってしまっている。古い駅舎はそんな時の流れをずっと変わらず見守ってきていると言ったところだろうか。








国道25号線へと戻ると車の流れが多く、さっきまでの古い駅や旧街道の宿場町の雰囲気もガラリと変わってしまう。ただ周辺の田園風景はずっとそのままで、いつの間にか国道はJRの線路を左側真横に見ながら走ることになる。その先にあるのが次の新堂駅、国道側は整備された感じの小さなロータリーがあり、駅舎はなく跨線橋を渡ってホームにたどり着くことができる。駅舎は国道とは反対側、集落側にあるが写真を見てもお分かりの通り、古ぼけたいい雰囲気の駅舎なのにもうただの小屋と化している、言わば雨宿り用と言った感じである。おや、こんな所にニャンコさんが独り、姿勢を低くして近づいて行くと体をゴロンとさせてお腹を見せてくれています、こちらの存在など全く気にしない感じでリラックスしている様子です。








国道25号線は少しずつ緩やかに上りになっていて、目の前には高い山が立ちはだかってくる、いよいよ伊賀の風景からお別れする時が近づいてきていると言う感じ。その前にもう一駅巡って行かなければならないが、前に一度ここを走った時にはその駅がどこにあるのか分からなかった。国道を離れて旧街道へと入り、古い町並の中を通り過ぎて行く、町の中心となる所を走っているのだからそろそろ駅と出会えてもいいはずなのだが、その駅が現れる気配がない。しばらく走ると旧街道の町並ももう終わる所となるが、その一角にある交差点を左に曲がり坂道をせっせと上って行くと、やっとの思いでJR柘植駅にたどり着く。
町からは遠く離れた小高い場所にあって趣のある古い感じの木造の駅舎、ここはJR草津線が分岐していてそちらは電化なので、この辺りではこの路線には似合わない架線の列が並ぶ風景が見られる。ホームには関西本線のディーゼル車両と草津線の電車がホームをはさんで並んで停まっている、電化と非電化と分かれてしまった今となってはどうしてもその差を感じないわけでもないが、関西本線のほうはこの区間は電化をする気はない感じだ。電化してもっと便利になってほしいと思っても、お客さんも便数も増えることがないからメリットがない面もあるのだろう、まあ長らくこの状態で来ているわけだからそれはそれでいいかも知れない。
さて、JR関西本線はここから厳しい山越えが始まる、国道25号線もそれに合わせて山を越えることになるがそこは悪評名高いあの区間。本能寺の変の後、徳川家康の一行は命からがらにこの山を越えたのであろう、フラフラボロボロになりながらの帰還・・・とまでは大河ドラマほどではないが、次回はいよいよこのシリーズの最終回としてその山越えと残りの駅を巡って行くこととします、今回もお付き合いのほど、ありがとうございました。      まちみち