よろしくお願いします。
広島の旅2日目もいよいよ大詰め、広駅から始めたJR呉線各駅巡りも終わり、走り慣れた三原市の中心部を通り抜けて糸崎へとたどり着きました。昨年のGWのしまなみの旅では糸崎駅から輪行だったが、今回はもう少しだけ先へ、と言ってもここから10キロ近く先にある尾道を最終目的地に決めていました、大晦日だし旅の最後は賑やかな所で終わりとしたかったのでしょうねえ。糸崎の町並を抜けると穏やかな瀬戸の海の風景が見えてくる、夕景の空の下に浮かぶ島々には相変わらず旅心を掻き立てられてしまうが今回は我慢の子、今後の宿題と言うことにして尾道へと急ぎます・・・、とは言うものの夕暮れの瀬戸の海が隣り合わせだと、どうしても四角い枠に収めておきたくなるんだよなあ~。走っては止まって海を撮り、橋を撮り、電車を撮りの繰り返し、時間は午後4時頃、尾道駅前へとたどり着きました。
大晦日の夕方なのに尾道の中心街は人でいっぱい、観光地はどこも一緒だな。電車の時間まで町をあちらこちらと走り回り、なんやかんやと写真を撮る、ここが旅の最後の地、2022年最後の空の明るみを感じながら町を一回りして駅前へと戻ってくる。海を挟んで向こう側には向島、さっき走って来た三原の方には夕陽が今にも沈もうとしている、相棒君を寝床につかせてJR尾道駅を未練たっぷりに去ることに。今回もいろいろと宿題を残した旅でした、次回はいつ来ることになるでしょうか・・・。
福山駅で新幹線に乗り換えることに、改札を入ってホームに上る長いエスカレーターを乗ろうとするとおばちゃんに話しかけられた。その女性は「ナゴヤ、ナゴヤ」と言っている、どうやら日本人ではなさそう、とりあえずこちらのエスカレーターを上って次の『こだま』のその次の『のぞみ』が早く着くと教えてあげた。女性は先にホームに上がり、自分(一人称)は重い相棒君を抱えてホームへ・・・、とさっきの女性がホームにいた男性に「ナゴヤ、ナゴヤ」と聞いていた。さっき自分(一人称)が教えてあげたのに、とカチ~ン!!と来たが、すぐにまた自分(一人称)の方に来てさっきと同じことを聞いてきた。とりあえず行先案内板を指さして、次の『こだま』は✕、その次の『のぞみ』に乗るようにと教えてあげた。ホームの窓からは福山城でプロジェクションマッピングが映し出されている、窓からそれを見ているとさっき女性に尋ねられていた男性が「シン大阪、シン大阪」と聞いてきた、この人も外国人だったのか・・・。
おばちゃんと同じように次の次の『のぞみ』に乗るように教えてあげた、のに自分(一人称)が乗ろうとしている『こだま』・・・自分(一人称)は岡山駅で姫路駅に停車する列車に乗り換え・・・に乗ってしまった。もうええわ!!と思って列車は発車、さっきの女性はそのままホームに残っていた、どうやら自分(一人称)の教えを守ってくれたようだ。
自分(一人称)の方は姫路駅で新快速に乗り換え、尼崎駅で東西線~学研都市線で放出駅、そこからおおさか東線、大和路線と乗り継いで奈良へと帰って来ました。おおさか東線だったら新大阪駅まで行った方が、と思われそうだが、前に新大阪駅であわや下りられなくなったことがあったので、放出からはお立ち覚悟で東西線経由で乗り継ぐことにしました。案の定放出からの久宝寺行は満員、大晦日の夜と言えど、新幹線から乗り換えたお客さんが多く、大きな荷物を抱えている人ばかりだった、おおさか東線も新大阪延伸で育ったなあ~、来年(2023年)は大阪駅延伸もあっていずれは大和路線のように乗りにくい路線になってしまうのだろうか・・・。奈良駅に着いたのは年が変わるほんの数分前、除夜の鐘を聞きながら帰ることとしよう、今回もご覧いただきましてありがとうございました。・・・・・・・・・・まちみち
広島の旅2日目もいよいよ大詰め、広駅から始めたJR呉線各駅巡りも終わり、走り慣れた三原市の中心部を通り抜けて糸崎へとたどり着きました。昨年のGWのしまなみの旅では糸崎駅から輪行だったが、今回はもう少しだけ先へ、と言ってもここから10キロ近く先にある尾道を最終目的地に決めていました、大晦日だし旅の最後は賑やかな所で終わりとしたかったのでしょうねえ。糸崎の町並を抜けると穏やかな瀬戸の海の風景が見えてくる、夕景の空の下に浮かぶ島々には相変わらず旅心を掻き立てられてしまうが今回は我慢の子、今後の宿題と言うことにして尾道へと急ぎます・・・、とは言うものの夕暮れの瀬戸の海が隣り合わせだと、どうしても四角い枠に収めておきたくなるんだよなあ~。走っては止まって海を撮り、橋を撮り、電車を撮りの繰り返し、時間は午後4時頃、尾道駅前へとたどり着きました。
大晦日の夕方なのに尾道の中心街は人でいっぱい、観光地はどこも一緒だな。電車の時間まで町をあちらこちらと走り回り、なんやかんやと写真を撮る、ここが旅の最後の地、2022年最後の空の明るみを感じながら町を一回りして駅前へと戻ってくる。海を挟んで向こう側には向島、さっき走って来た三原の方には夕陽が今にも沈もうとしている、相棒君を寝床につかせてJR尾道駅を未練たっぷりに去ることに。今回もいろいろと宿題を残した旅でした、次回はいつ来ることになるでしょうか・・・。
福山駅で新幹線に乗り換えることに、改札を入ってホームに上る長いエスカレーターを乗ろうとするとおばちゃんに話しかけられた。その女性は「ナゴヤ、ナゴヤ」と言っている、どうやら日本人ではなさそう、とりあえずこちらのエスカレーターを上って次の『こだま』のその次の『のぞみ』が早く着くと教えてあげた。女性は先にホームに上がり、自分(一人称)は重い相棒君を抱えてホームへ・・・、とさっきの女性がホームにいた男性に「ナゴヤ、ナゴヤ」と聞いていた。さっき自分(一人称)が教えてあげたのに、とカチ~ン!!と来たが、すぐにまた自分(一人称)の方に来てさっきと同じことを聞いてきた。とりあえず行先案内板を指さして、次の『こだま』は✕、その次の『のぞみ』に乗るようにと教えてあげた。ホームの窓からは福山城でプロジェクションマッピングが映し出されている、窓からそれを見ているとさっき女性に尋ねられていた男性が「シン大阪、シン大阪」と聞いてきた、この人も外国人だったのか・・・。
おばちゃんと同じように次の次の『のぞみ』に乗るように教えてあげた、のに自分(一人称)が乗ろうとしている『こだま』・・・自分(一人称)は岡山駅で姫路駅に停車する列車に乗り換え・・・に乗ってしまった。もうええわ!!と思って列車は発車、さっきの女性はそのままホームに残っていた、どうやら自分(一人称)の教えを守ってくれたようだ。
自分(一人称)の方は姫路駅で新快速に乗り換え、尼崎駅で東西線~学研都市線で放出駅、そこからおおさか東線、大和路線と乗り継いで奈良へと帰って来ました。おおさか東線だったら新大阪駅まで行った方が、と思われそうだが、前に新大阪駅であわや下りられなくなったことがあったので、放出からはお立ち覚悟で東西線経由で乗り継ぐことにしました。案の定放出からの久宝寺行は満員、大晦日の夜と言えど、新幹線から乗り換えたお客さんが多く、大きな荷物を抱えている人ばかりだった、おおさか東線も新大阪延伸で育ったなあ~、来年(2023年)は大阪駅延伸もあっていずれは大和路線のように乗りにくい路線になってしまうのだろうか・・・。奈良駅に着いたのは年が変わるほんの数分前、除夜の鐘を聞きながら帰ることとしよう、今回もご覧いただきましてありがとうございました。・・・・・・・・・・まちみち