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梅原聡さんらが人権侵害救済の申立をした結果、大阪弁護士会が大阪府教育委員会に出した「勧告書」の全文を紹介します。大阪弁護士会は、「君が代」不起立ならびに意向確認による再任拒否は、思想及び良心の自由の侵害であると断罪しました。
勧告書
申立人X氏及び申立人Y氏より、当会に対し、大阪府教育委員会(以下「被 申立人」という。)による人権侵害の事実があったとして、適切な救済措置 を求める旨の申立てがありました。
当会人権擁護委員会において慎重に審査した結果、人権侵害があると認めま したので、以下のとおり勧告します。
第1 勧告の趣旨
1 教職員から再任用の申込みがあった場合に、その採否を決する資料とし
て用いるために、卒業式等の学校行事にて国歌斉唱時に起立を命じる内容の 職務命令に従う意向の有無を尋ねないこと
2 教職員の再任用または非常勤講師採用を拒絶する理由として、卒業式等の 学校行事にて、過去に国歌斉唱時に起立斉唱しなかったことや、今後起立斉 唱する意向を表明しないことを用いないこと
第2 勧告の理由
1 認定した事実
(1)大阪府における学校行事時の国歌斉唱の取扱い
2011(平成23)年6月13日、府立学校の行事において行われる 君が代斉唱の際に、教職員が起立により斉唱を行うこと等を定めた「大阪 府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」 (以下「国旗国歌条例」という。)が施行された。
2012(平成24)年1月17日、府立学校教職員に対し「入学式及び卒業式等国旗を掲揚し、国歌斉唱が行われる学校行事において、式場内 のすべての教職員は、国歌斉唱に当たっては、起立して斉唱すること」、 並びに、府立学校校長・准校長に対しては、教職員に対する当該通達の趣 旨を徹底するよう「職務命令を行うこと」を求める旨を内容とする教育長 通達(教委高第3869号、以下「教育長通達 」という。)が発せられ た。
2012(平成24)年3月28日、職務命令違反を理由として懲戒処 分を受けた職員に対し、指導、研修その他必要な措置を講じなければなら ないこと等を定めた「大阪府職員基本条例」が施行された。
2014(平成26)1月14日、被申立人は教育振興室長名で、府立 学校の校長・准校長に対し、卒業式・入学式における国旗掲揚や国歌斉唱 に関して教育長通達を踏まえて教職員を指導することや、起立斉唱の実施 状況等を被申立人に対して報告することを通知した(教委高第3866 号)。
(2)大阪府における教職員の再任用手続
大阪府の教職員には、60歳となった後の3月末日に退職した後に、希望者が再任用される制度がある。 再任用を希望した教職員は、再任用教職員採用審査会にて審査されるが、その手続は以下のとおりである。 選考を受けようとする者は、被申立人の指定する日までに、所属校の校長等を通じて被申立人に対し、再任用教職員採用選考申込書を提出して申 し込む。
採用選考申込みを受けた校長等は被申立人に対し、申込者の適性等につ いて内申する。
採用選考申込みを受けた被申立人は、申込者の従前の勤務実績、勤務意 欲、心身の状況及び資格・免許、専門的知識等と面接考査の結果を総合的 に判断して合否を判定する。
なお、2013(平成25)年3月29日、総務省は、各都道府県知事 及び各指定都市市長に対し、地方公務員の雇用と年金を確実に接続するた め、定年退職する職員が再任用を希望する場合、原則として当該職員を再 任用することを要請する旨を通知(以下「総務省通知」という。)してい る。
(3)教職員再任用手続における国歌斉唱の取扱い
国旗国歌条例が施行された2011(平成23)年度以降、被申立人は、学校行事での君が代斉唱時の不起立によって戒告処分を受けた者に対 し、「今後、入学式や卒業式等における国家斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令には従います」と印字された書面を示し、その書面に署名捺印 することを促すようになった(以下「意向確認」という。)。
それ以降、2017(平成29)年度までに、申立人らを含めて16名 の者が意向確認を受けたが、そのうち、意向確認に応じる旨の書面捺印を した9名は再任用され、意向確認に応じなかった7名は再任用されなかっ た。
なお、意向確認が始まるまでに、国歌斉唱時の起立斉唱以外に、被申立 人が職務命令を発したことはない。また、当会からの照会に対する大阪府 教育庁の回答によれば、被申立人は、平成29年5月以降、意向確認の印 字を「今後、上司の職務命令に従います。」に変更しているとのことであ る。
(4)申立人X氏の再任用手続 申立人X氏は、1981(昭和56)年4月に被申立人に教職員として採用され、2007(平成19)年4月から2017(平成29)年3月 まで大阪府立A高等学校で理科教諭として勤務した。
2011(平成23)年度の卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱しな かったとして、2012(平成24)年3月27日に被申立人から戒告処 分を受けた。
2013(平成25)年4月8日及び2014(平成26)年1月28 日、有給休暇を取得し、A高校の校門前において、他の教職員とともに、 国歌の起立斉唱を強制されることの不当性を訴えるビラを撒いたところ、 いずれも、同校校長から、国や大阪府、被申立人の方針と異なる内容のビ ラを撒くことを控えるよう口頭で指導された 。
2013(平成25)年度の卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱しな かったとして、2014(平成26年)3月27日に被申立人から戒告処 分を受け、その戒告処分に伴う研修終了後の意向確認に対し、「地方公務 員法に定める上司の職務命令に従います。ただし、今回の研修では十分な 説明が得られなかったため、憲法その他の上位法規に触れると判断した場 合はこれを留保します。」と記載した意向確認書を提出した。
2016(平成28)年3月18日、上記各指導及び戒告処分につい て、申立人X氏からの人権救済申立に基づき、当会は被申立人に対し、 「教育現場の管理者、教職員、生徒、保護者らの思想及び良心の自由を尊 重し、『君が代』の起立斉唱を教職員及び生徒に強制してその思想及び良 心の自由を侵害することのないよう」、「教職員が勤務時間外かつ学校外 において行うビラの配布につき、当該ビラの内容が国、大阪府及び大阪府 教育委員会の考えと異なる内容になっていることを理由に制限することのないよう」勧告した。 2016(平成28)年4月8日、同校入学式の際、申立人X氏は有給休暇を取得し、同校正門前で、当会が行なった勧告の内容を踏まえて、府 の条例、被申立人の施策、同校校長の言動や職務命令を批判するビラを撒 いたところ、同校校長から、このようなビラを撒かないよう、口頭指導を 受けた。
2016(平成28)年12月、申立人X氏は、翌年3月に迎える定年 退職に伴う再任用に関する希望調査に対し、フルタイムでの勤務を希望し た。
2017(平成29)年1月24日、同校校長は申立人X氏に対し、再 任用の採否を決するために、入学式等の国歌起立斉唱の職務命令に従うか 否かについての意向確認を改めて行った。それに対し、申立人X氏は、 「思想信条にかかわる質問であり、生徒の就職の面接でも、このような質 問には答えないように指導しているので、答えることはできない」と言っ て回答を拒絶した。
同月26日、同校校長は府教育庁に対し、申立人X氏が上記職務命令に 従う意向であることが確認できなかった旨を報告した。
同月30日、府教育庁は再任用教職員採用審査会を開催し、申立人X氏 の選考結果を「否」とした。その理由は、過去の卒業式における国歌斉唱 時の不起立を理由とする各戒告処分と、その後の職務命令遵守意向を確認 できなかったことにより、「上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希 薄であり、教育公務員としての適格性が欠如しており、勤務実績が良好で あったとはみなせない」というものであった。
なお、同校校長が作成した再任用選考内申書では、勤務実績等の4項目 (勤務実績、勤務意欲、専門的知識等、心身の状況)ともに「適」であ り、総合評価も「適」とされていた。
(5)申立人Y氏の再任用手続と非常勤講師採用手続 申立人Y氏は、1979(昭和54)年4月に被申立人に教職員として採用され、2010(平成22)年4月から2017(平成29)年3月 まで、大阪府立B高等学校で社会科教諭として勤務していた。
2011(平成23)年度の卒業式における国歌斉唱時に着席したとして、被申立人から戒告処分を受け、その戒告処分に伴う研修終了後の意向 確認に対し、「その都度、真剣に考え、行動していきたいと考えていま す」と記載した意向確認書を提出した。 それ以降、卒業式では会場外の業 務に従事していたため、国歌斉唱の局面に接することはなかった。
2016(平成28)年12月、申立人Y氏は、翌年3月に迎える定年退職に伴う再任用に関する希望調査に対し、フルタイムでの勤務を希望し た。
2017(平成29)年1月26日、同校校長は申立人Y氏に対し、再 任用の採否を決するために、過去の戒告処分時に申立人Y氏が提出した意 向確認書を示しながら、その入学式等の国歌起立斉唱の職務命令に従うか 否かについての意向確認を改めて行った。それに対し申立人Y氏は、撤回 する意思のないことを伝えた。
2017(平成29)年1月30日、府教育庁は再任用教職員採用審査 会を開催し、申立人Y氏の選考結果を「否」とした。その理由は、201 1(平成23)年度卒業式における国歌斉唱時の不起立を理由とする戒告 処分と、その後の職務命令遵守意向を確認できなかったことにより、「上 司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり、教育公務員としての 適格性が欠如しており、勤務実績が良好であったとはみなせない」という ものであった。
なお、同校校長が作成した再任用選考内申書では、勤務実績等の4項目 (勤務成績、勤務意欲、専門知識等、心身の状況)ともに「適」であり、 総合評価も「適」とされていた。
2017(平成29)年2月22日頃、申立人Y氏が大阪府のウエブ サイトにて非常勤講師の登録をしたところ、同年3月中旬頃、同校校長か ら、同年4月から同校及び大阪府立C高校に非常勤講師として採用する旨 の打診を受けたので受諾した。
同年4月6日、同校校長が申立人Y氏に対し、被申立人が非常勤講師と して採用しないことを決定した旨、口頭で告げた。なお、その理由は 、 「大阪府教育委員会の裁量に任されている」というものであった。
(6)申立人らが国歌を起立斉唱しなかった理由
申立人らは、「君が代」が、過去に現人神たる天皇陛下の統べる大日本帝国の未来永劫の繁栄を祈るものとして歌われ、日の丸とともに、侵略戦 争を遂行するために大々的に利用されてきたことから、侵略国家たる過去 の日本の「シンボル」であると考えており、それが戦争の加害責任を総括 しないまま国歌とされたことや、そのことに問題がないかのように振る舞 われている風潮に憂慮を抱いている。
さらに、申立人X氏は、教え子に在日朝鮮韓国人等、過去に日本の侵略 を受けた国にルーツを持つ生徒が存在し、その生徒の一人から、「君が代 斉唱時には立ちたくないし、歌いたくもない」との思いを聞いていた。
かかる事情から、申立人らは、生徒達を前にして君が代を起立斉唱する ことができなかったとのことである。
2 当会の判断
(1)被申立人が再任用及び非常勤講師採用を拒絶した理由
被申立人は、定年退職に伴う再任用を希望した申立人らに対し、その再 任用の採否を決するために、学校長を通じて、入学式等の国歌斉唱時の起 立斉唱を含む上司の職務命令に従うか否かについての意向確認を行った上 で、その職務命令に従う旨の意向確認ができなかったことに加えて、同人 らが過去に受けた、卒業式における国歌斉唱時の不起立を理由とする戒告 処分の存在を理由にして、「上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希 薄であり、教育公務員としての適格性が欠如しており、勤務実績が良好で あったとはみなせない」として、同人らの再任用を拒絶した。被申立人 は、学校行事での君が代斉唱時の不起立によって戒告処分を受けた、申立 人らを含む16名について、国旗国歌条例が施行された2011(平成2 3)年度以降2017(平成29)年度までに、意向確認に応じる旨の書 面捺印をした9名を再任用し、意向確認に応じなかった7名を再任用しな かった。このことは、申立人らの再任用の拒絶理由が、入学式等の国歌起 立斉唱をしないことを理由とするものであることを明らかにしている。
さらに、被申立人は、非常勤講師の採用を希望した申立人Y氏に対し、 学校長を通じて採用する旨の打診をしたにもかかわらず、「被申立人の裁 量に任されている」として、その採用を拒絶したが、かかる経緯からし て、その採用拒絶の理由は、再任用の拒絶と同様、入学式等の国歌 起立斉 唱の職務命令に従うか否かについての意向確認を拒絶したことと、過去に 受けた、卒業式における国歌斉唱時の不起立を理由とする戒告処分の存在 であったと断じざるを得ない。
(2)「君が代」に関する申立人らの感情ないし意見は、憲法上保障されてい ること
憲法第19条や市民的及び政治的権利に関する国際規約第18条に定め る思想及び良心の自由は、人格形成にとって必須の精神的自由の支柱を成 す重要な権利であり、絶対的に不可侵とされる基本的人権で、人の内心の 表白を強制されない自由(黙の自由)を含むものである。
また、特定の思想及び良心を理由にして不利益かつ差別的な取扱いをす ることは、憲法第19条に違反すると同時に、信条による差別を禁じた憲 法第14条にも違反する。
申立人らは、「君が代」が侵略国家たる過去の日本の「シンボル」であ り、戦争の加害責任を総括しないまま国歌とされたことなどに憂慮を抱い ていることを理由に、「君が代」斉唱時に起立斉唱することに抵抗を感じ ているところ、国民の間には、国旗及び国歌に関する法律が制定された現在においても「君が代」に関して多様な意見が存在しており、その歴史的 経緯に照らして「君が代」斉唱に抵抗を感じる者も少なくないことからし て、「君が代」斉唱時に起立斉唱しないことは、決して独善的で特異なも のではなく、それが一般に共有可能な歴史観や真摯な動機に基づくもので あると言い得るから、申立人らの有する思想は、思想及び良心の自由とし て憲法上の保護を受けるものである。
したがって、申立人らが「君が代」に関して持っている感情ないし意見 を表白するよう強制することは、憲法第19条に違反するし、申立人らの このような感情ないし意見を理由に不利益かつ差別的な取扱いをすること は、憲法第19条及び第14条に違反する。そして、申立人らを採用する か否かは、被申立人の裁量に委ねられているとしても、憲法第19条や第 14条に違反することはできないのである。
(3)当てはめ
被申立人が、申立人らの再任用を拒否し、また、申立人Y氏の非常勤講
師採用を拒否した理由は、前記(1)のとおり、意向確認の対象となった事 由や過去に受けた戒告処分の事由である、入学式等の国家斉唱時に起立斉 唱をしないことを理由としたものである。申立人らが入学式等の国家斉唱 時に起立斉唱しないことについて、申立人らが有する「君が代」に関する 感情ないし意見は、前記(2)のとおり、憲法上、思想及び良心の自由とし て保障されているものである。
しかるに、被申立人が、過去に同様の懲戒処分を受けた、申立人らを含 む者の採用をする際に、意向確認に応じた者のみを採用し、意向確認に応 じない者については意向確認に応じないことや過去に受けた懲戒処分の事 由により採用しないことは、憲法第19条によって保障されている「黙 の自由」を侵害するものであるし、思想・良心を理由に不利益かつ差別的 な取扱いをするものであり、憲法第19条及び第14条に違反するもので ある。
しかも、総務省通知が定年後の雇用と年金支給の連続によって、定年後 の生活を事実上保障しようするものであるにもかかわらず、被申立人が憲 法第19条及び第14条違反を犯して申立人らの採用を拒絶することは、 この趣旨にも反するものである。
(4)結語
以上により、被申立人が申立人らに対し、再任用及び非常勤講師採用の
採否を決する資料として用いるために、入学式等の国歌起立斉唱の職務命 令に従うか否かについての意向確認を行ったことはもちろん、その意向確 認ができなかったことと、過去に受けた、卒業式における国歌斉唱時の不起立を理由とする戒告処分の存在を理由にして再任用及び非常勤講師採用 を拒絶したことは、申立人らの思想及び良心の自由を侵害するものである から、勧告の趣旨記載のとおり、勧告する次第である。
以上
なお、大阪弁護士会HPにも既に掲載されています。