自分の『生と死』についてなど、今までまともに考えたことが無かった。
しかし、最近、老いを感じ、自分はどういう死に方をするのだろうかなど漠然と思ったりするようになった。
同級生から来た年賀状にAさんは「2ヶ月間入院していました」
Bさんは「昨年2回手術を受けました」とあった。
若かりし頃、溌剌としていた同級生のこういう近況は他人事とは思えない。
昨日、電話で話した人は、年末、一人暮らしの実母(81才)がお風呂で突然気分が悪くなり救急車で病院に運ばれ一命を取り留めた。入浴中に亡くなる人が多いらしいですと話してくれた。
年賀状を頂いたがこちらから未だはがきを出していない人(私と年が同じ)に、今日、詫びの電話をした。
するといつも明るい彼女が「最近、とても気が沈んでいるの。実は、私と年が同じ75才の地域の友人が、11月末、文化祭の準備をしていて、その会場で突然倒れて亡くなったの。俳句やら手芸やらいろいろなことが何でもできるリーダー的な人だった。私はお葬式で弔辞を読んだのよ。命のはかなさを感じそれからずっと落ち込んでいるの」と話してくれた。
「あまりいろいろ気にせず、なるべく楽しく過ごしましょう」と最後はこういう話になり「あなたが電話してくれて良かった」と言ってくれた。
昨夜見たテレビの『金スマ』では石原良純さんが出演して父石原慎太郎さんの事を語られていた。
余命3ヶ月と告げられた慎太郎さんは「死ぬのはつまらない」と言っていたとのこと。
「子育てには興味が無かった」とあまり4人のお子さんと遊んだりしなかったようだが
ご自分の興味関心のあることに突き進み、充分謳歌した人生だったのではないだろうかと思う。
もっともっと生きて自分のしたいことをして人生を楽しみたいという思いが「死ぬのはつまらない」ということばに凝縮されているのではなかろうかと思った。
今まであまり考えたりしなかったことが身に染みたりする昨今。
でも、まあ、楽しくいかなくちゃ!
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