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自然はともだち ひともすき

おもいつくままきのむくままの 絵&文

落葉の頃

2015年11月28日 | 写真と文
   (季節外れで咲いていたラベンダーです)

久しぶりで会ったPちゃんに「一日何をして過ごしているの?」と尋ねられたらば、とたんに
え?あの、その…としどろもどろになってしまった!!

楽しいランチの席は
遠く市街と海を一望し、近くに紅葉した楓や桜の幹、蔦の絡まる黒い木肌が靄った空を背景に
朱や緑など原色に染め上げられた上から一面極薄の紗を纏わせたように和らいで見える薄曇りの日でした。

葉も花も群がった一群の小鳥たちも申し合わせたように小さくてかわいらしく、これは何と呼ぶのでしょう
帰るなり早速に開いた図鑑でしたが~、
文字の小ささに一服してしまったんです。 なんだか根を詰めて調べる元気が出てきません。

そうですこのところ痛みの取れない足と、手術以来狭く絞られたような視界をどうしたら元に戻せるかと
それだけでもう一日がのんびり終わってしまう長閑さです。
この1ヶ月間ですっかりba~ちゃんが名実とも定着してしまったようで、やれやれという感じ
(今更何を?)Pちゃんは名実ともba~ちゃんにウソはありません、とつれない言い方(*_*)
傍目には今までと少しも変化なく見えてるって…喜ぶべき?悲しむべき?

今日もしっかり指先は消毒しました 
3種類の目薬を4回欠かさず点眼しています 
その都度遮光の黒いビニール袋へ出し入れして冷蔵庫にしまいます。
5分おきの点眼だからそれだけで40分ね(>_<)
あとは~?   
何か所かの医者通いに何日かつぶして
合間合間に絵の構想を練って(こんなにのんびりできるのもある意味嬉しくて)
どれだけ続くか分かりませんが、これも当分の間自分に与えられた生活なのかもと都合よく解釈することにしました。



十六夜の月

2015年09月29日 | 写真と文


仲秋名月のおとといは、東の空に無情の雲で見ることができなかったのですが
昨夜はきれいな十六夜の月が夜空に輝いて期待にこたえてくれました。







(一作年庭へ出て月の真下から撮ったもの)


どこかで戦禍にあえぐ人たちにも、平和ボケに近い自分にも、等しく変わらぬ月の光です。

ただ庭へ降りず家の中で縁側から撮ったという事実だけ
2年間の時の流れを実感いたしました(*_*)

めげずに今夜は立待月、明日は居待月、続く寝待月…と、見られるかなぁ?


梅雨晴れ間

2015年07月03日 | 写真と文



梅雨空が明るく晴れた一瞬に見た私の情景

低い山並みの中腹に緑が浮き上がりました

明るく柔らかで、光と輝きの中間くらい

薄墨の中から誘うようにまたたくので

急いで撮ってみたら…平凡な風景でした





 

あの静かに光る緑をもう一度見てみたい

こんなかんじのみどりです
 



五月雑感

2015年05月05日 | 写真と文


今年5日もの連休の間家族はひとりも帰ってこなかったんですよ
おかげで4日間続けて外の空気を吸いながら家周辺の草むしりを達成!
これも体調に合わせてスローライフに切り替えたおかげです。
いつになったら人並みにゴールデンウィークを楽しめるやらと諦めていたのもついこの間まで
頭を切りかえて、というより自然現象で落ち着くところへ落ち着いたということでしょうか。

ひとつことにしか打ちこめない性格を呪いながら、
連日生い茂ってゆく庭の雑草を眺め、賑わう観光地のテレビを眺め
友人の誘いも断って日がないちにちパネルとにらめっこ
そんな過ごし方でよくもまァ今まで通してきたこと。

追い立てられるようにわずかな暇を見つけて庭に降り立ったとき雑草を引き抜くたび
ふっと申し訳ないようなちょっと気遅れめいた気持に包まれたのは不思議でしたが
今ゆとりを持って草とりに挑んだら、見る目が変わったわけでもないのに何故か快感です。

その理由を解明しようといろいろ考えているうち、ふわふわ頭が空回り、いつのまにかうとうとしてしまいました
二晩や三晩徹夜しても昼寝はしたことないし、乗り物の中でうたた寝なんてイヤ~なこと、そんなパターンだったはずが
あら?めざめても何の抵抗もなくうすぼんやりとしてるのは?
大嫌いな湿布薬をべたべた貼って、どたりと伸びて、人さまには見せられない格好です。
変わったのは動作だけでなく頭の巡りもすっかりスローモード。

陽光に映えて木々の新緑がキラキラ輝いています。
土の中で一生懸命力を蓄えている雑草たちの歌声もわっと聞こえてくるようでした。
今頃息子夫婦はどのあたり珍道中してるかしら?
太郎も次郎もアルバイトとか遊びとか、とにかく多忙なのはいいことです
間違っても布団の中でむさくるしく欠伸などして過ごしてはいないでしょうね
勿体ない一日がまた何事もなく暮れてゆきました。



ドローン怖い

2015年04月23日 | 写真と文
   
        何処の製品か分かりません

じっくりと腰を落ち着けて鑑賞したいドラマやドキュメンタリーがプツンと切れて
全く関係の無い商品のコマーシャルなどに切り替わると、乗りかかった気分もしらけてしまいます
民放であるからには当然、とはいえ肝心の視聴率との相互関係を考えるとこれは泣き所でもあるのでしょうか。

ドラマが中断するのを待って、
大人たちはトイレに走り、代わって遊びの手を止め画面に見入るのが子どもたち
そんなパターンもはじめの頃の現象で、今はもう何の不思議も矛盾も生まれなくなりました。

昨夜も聞くともなし聞いていたら、ちょっと引っかかるものがあり、
おや?と顔をあげてみたときにはもう次のコマーシャルにと次々切り替わっていきます。
 ・・・首相官邸に無人飛行機侵入
 ・・・放射性物質が検出され・・・ 
確か、そんな風に聞き取れたのだけど。

(あ、最近はやりの刑事ドラマの宣伝か
今風のネタを使って規模も広げて大掛かりにしてゆかないと視聴率稼げないもんね)

ところが次のニュースの時間に報道されてはじめて事実と知りました。
それまでは現実の世界かバーチャルの世界の出来事なのかさえ考えもしなかったので… (+_+)
なにもニュースまでちらちら小出しにして気を惹くことないじゃない?

ドローン?
アマゾンで明日にも手に入るのものもあるよ
小型でカメラも付いていて、液体の入った容器もついていて
ホワイトハウスにも墜落したことがあるそうなのに何の規制もないんですって。

そしていつのまにか日本の首相官邸に居座って おまけにセシウムなど検出され?!
考えると、この事実でさまざまの重大な問題を抱えていることを改めて教えられ、慄然としながら
報道関係だけでなく、いろいろイチャモン付けては市井の片隅でひとり憂えたのでしたが・・・

天空の鏡

2015年03月21日 | 写真と文

ウユニ塩原 標高約3,700m面積は四国の約半分(ウィキペディア資料)


デジャ.ビュ…
いいえそれよりももっと生々しく私はこの地を肌に感じ、鳥肌が立つような思いに捕らわれて画面に見入りました。
何処までも無限に広がる雪原、雲とともに空間にそびえ立つ氷山らしきもの
白い裳裾をなびかせながら跳ぶように駆ける人は私の手をひいて、振り向いては微笑んで…

姉が逝って魂までなくしたように虚ろでいた頃、ある夜みた不思議な夢にどれほど救われたことでしょう
気づけば40年以上の月日が流れていました。
今では思いだすことさえ少ない遠いひととなり、あの夢の強烈な印象さえ忘れていたのに
前夜見るともなし眺めたテレビで一挙にタイムスリップ
一切の思考が止まった真っ白な頭の中って、きっとこんな状態のことです( ̄△ ̄)o〇O

中南米ボリビア ウユニ塩原「天空の鏡」。
NHKドキュメンタリー夜の放映でしたから、ご覧になった方も大勢いると思いますが
それは「塩湖」と呼ばれる塩の大地、ウユニ塩原と名付けられた処なのでした。
地殻の変動でアンデス山脈が隆起したとき大量の海水が山の上に残されて
流出する川がなかったことから出来上がった広大な塩の地は、
夢で見た果てしない雪原の光景がそのまま現実となって私の目に飛び込んできました。

中央に立って見渡せば視界の限り真っ白な平地であたかも雪原の真中にいるような錯覚が起きるといいます。
広大な地の高低差はわずか50センチ「世界でもっとも平らな場所」なので雨季に冠水すると水は一面薄く広く行き渡り
そこに立つと水面に鮮やかに影を落とし、巨大な鏡が出現するさまから「天空の鏡」と称されるそうです。

文明の利器は居ながらにして世界の絶景をみせてくれるのですが、
この夜私はどれだけ振りかで懐かしい姉と時間を共にしたような気分を味わいました。
夢でさえも優しく手をひいてくれてホント世話好きだったお姉ちゃん、長いこと天然で生きれたのも貴女のおかげよ
二人であの雪原を駆けた甘くて爽快で神秘な歓びは、いつか再会するときまでしっかり刻み込まれたように思います。

ふるさと礼賛

2015年03月19日 | 写真と文


北陸に待望の新幹線が通って連日盛り上がっています。
一時は東海道側の、くたびれかけた新幹線より数倍早いリニアを待ちわびる状況がちょっと癪でもあったのに
でも今はこんなちっぽけな妬み心などすっかり忘れてただ素直に喜ばしい。

新聞テレビどこを見ても、おらが故郷の美しい山や海、由緒ある町並みや自然の風景をバックに
北陸の地を最新型の滑らかな車体が駆け抜けてゆく様は、やっぱり素晴らしいことでした!

都会に住んで気ぜわしい日々を送る県人会のグループが乗り合わせた車両からの写真報道を見ると
一様にふるさとへの憧れが笑顔となって溢れているのを見ました。
御当地に住む在宅オタクの私もきっと同じ表情でテレビに見入っていたのに違いありません
時間が止まったままみたいな日常に、これほど心地よい刺激を与えてくれるとは思いもかけませんでした。
青空に屹立する立山連邦の、このたとえようない輝かしさときたら!
実際に目で見れば写真とは比べられない感動と思いはより鮮やかに伝わることでしょう。



心を入れ替えて、
暇を作って外出しましょ、
日帰りで軽井沢の森の中の散歩とか
長野善光寺参りとか
銀座へ出て太郎のところに電話するとか、これはちょっと日帰りは無理かもね


きっと、疲れて帰る新幹線の中ではふるさとの好さを、そしてそこに住める幸せを改めて痛感するでしょう!

余部鉄橋

2015年02月26日 | 写真と文


あまるべ、アマルベ…
いつの頃、何処で聞き覚えたのかは知りません
30年近くも前でしょうか、初めて山陰を旅したとき、
侘びしげな風景の中にあの独特の赤い橋梁が天高くそそり立つのを見るまで
迂闊にもアマルベ鉄橋とはどこか遠くの見知らぬ国のものだと思っていました。

あまるべ、耳にすると何かエキゾチックな語韻を感じます
橋脚の下で車から降り立ったところに、人気のない寒々とした空と海と川と低い山に囲まれた田畑があり
複雑に組み合わせた赤茶けた柱が天空に伸びて、あの上を列車が走るなんてまるで夢、と想像したのでした。

明治の終わり日露戦争の余勢をかって西と東をつなぎ餘部橋梁の完成で山陰本線は貫通しました。
その威容は当時東洋一と謳われたそうですがその維持管理もまた多額の費用がかかり
老朽と突風による転落事故が起きるなどして、10年ほど前に取り壊され
今は2代目の形を変えたコンクリートの橋脚がたっているそうですから、私には真実幻の橋梁となりました。





先夜
なぜか長いこと中断したままでいた宮本輝の大河小説「流転の海」第6部が
なぜか突然目にとまり、わくわくしながらそれまでの粗筋を思い出しつつ読み始めたら
思いがけなく作中に余部の鉄橋が登場してきたのです。
薄倖な過去を持つヨネばァちゃんの遺骨を苦心して撒くところがあまるべの橋梁の上なのです。

豪胆なのに高いところが苦手の主人公と、反抗期にさしかかっているひ弱な息子
戦後の混乱期の設定ですから私が行った時期よりももっと昔なのでしょう
小説の中で余部の風景が否応なく膨れ上がりました。

  

当時は写真ほどに人家などもなく、ひっそりした寒村だった印象が強く刻み込まれて
殊更懐かしくまぼろしのように浮かびあがってくるのです。








海辺の記憶

2015年01月18日 | 写真と文

  ( 阿尾城址・氷見市の観光写真より)


“ 私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ “              
冬の日に珍しい輝くような朝、不思議なことにひとりでに体が動いて私は海へ出かけたのです!
前夜読んだ詩集の好きな一節で触発されたとしても、この寒い時期
帽子襟巻き手袋、厚手のショールも鞄に入れて。




    棲家を出て3時間、我ながら思い切った大冒険と驚きつつ、でも浮たつ思いを止めることができません
    ときどき立ち止まって休みながら記憶をたどれば、民家の間に海辺へと通じる小路があるはず… 
    半世紀以上もさかのぼったその頃と変わらぬ日本の原風景を、見ることはできるだろうか?

    あった!
    表道路は軒並み改築されたらしい家々ばかり、心細くなっていたけれど。
    人ひとりやっと通れる小路を見つけたときは思わず胸が高鳴りました。
    その先に広がる砂浜、ところどころに小さな畑、残雪の中から覗く大根の葉、
    うら寂びた農漁村とひと気のない静かな海と、手の届きそうな阿尾の断崖も、あの頃のまま。

    眼前に広がる海は、色とりどりにちりばめた思い出がいっぱい乗っかった、大きなトレーです
    傾ければこぼれ落ちて、また新たに生まれ出て光の中で踊りだすもの、一瞬輝いて遠く海阪に消えゆくもの
    ひとつひとつが何かを語りかけてくるような。

    たまたま見かけたひとり黄昏の海辺を歩く人 あのひとも心に憂いを抱いていたのだろうか
    ときには無心で共に戯れた近所の子供たち みんな元気に暮らしているだろうか

    荒れた北の海にひとり向かわずにはいれなかった当時の思いや
    心の奥深く封印したはずの記憶までが鮮やかに甦ってきました。
    きっと、このときを期待して寒い北の海を訪れたのでしょう。(-。-)y-゜゜゜


         .。o○  。o○   。o○   。o○




途中でニ、三度は寝がえりをうって意識も半ば戻ったような気がします
その度夢ではないのだと反芻しつつ、再び三たび夢の中への浮遊を繰り返しました。

朝、目覚めたあとも現実との区別はおぼろに霞み、霞みの中にその体感をいつまでも確かめながら
前夜整えた旅行鞄だけが形見のように残っているのを見たのでした。
                               
                                    

新春の雪

2015年01月07日 | 写真と文
  

東京と大阪から二人の孫が帰省して、息子夫婦とともに小家族の全員がそろいました。
年末年始の御馳走の材料などあれこれ苦心して揃えただけで、献立や調理はお嫁のEちゃん中心に、私は殆どお客です。
このスムースな流れが大晦日の夜からの寒波到来で一頓挫。

いつも雪空を見上げては青息吐息の私、このときは男手にまかせてのんびり気分で白一色の世界を堪能しました。
そうだ若かったころは(今よりほんのちょっぴりだけ) 降りしきる雪にも情念を燃やしたものだっけ
気がつくと、味もそっけもなく除雪の心配ばかりで満杯のこの頭、大分干からびちゃってるなぁ

反抗期を知らない二人の孫は、両親の号令一下スコップ片手に雪道へと飛び出したまではよかったけれど
8年余り都会暮らしの太郎は雪掻きの経験があまりなく、次郎は高校時代が地元だったのでややマシながら
とても見てらンないと母親のEちゃんも勇ましく外へ…

次郎が中学生の時にも大雪で雪掻き頼んだら、スコップはへこんだし灯油のタンクあちこち傷ついたし。
何しろ玄関先に積もった雪を行く先見ずに猛烈飛ばすので、雪の山がただ移動するだけ。
(笑って眺めてるのも今回きりよ)

部屋にもどってきた二人に 「どう?少しはお腹減ったでしょ」
「ウウン、ちっとも変わらないよ」とアッケラカン。自分の視点で判断したそうで…
この地で生きるんだったら、しっかりと除雪のルール教え込むんだけど。

外ではEちゃんがせっせと後始末をしていました。
今までだったらそのあとさらに私が仕上げ、でしたが、これもそろそろお手上げだから大きなことは言えません。(#^.^#)




      樹上に雪の冠り
        < 

今年の萩

2014年09月29日 | 写真と文





萩の散る季節がまた巡ってきました。


今年は雨が多かったせいか苔の緑が一段鮮やかで


散りこぼれる花の一瞬の輝きをよりはかなく彩ります


来年の萩も変わらず美しく眺めたいものと


ときの流れが心に沁みる静かな一日でした。


散る萩ばかりが( ̄▽ ̄)。o0○







  



優しい時間

2014年09月07日 | 写真と文
 
 


Mさんからもう何度目かの優しいプレゼントです。

数日前には地区の社会福祉協議会からお祝いのお菓子も頂きました。
敬老の日が近づいたのを知らされて、これはいつのときも面映ゆい
できればお返ししたいような複雑な心境の中で、さまざまの葛藤にまで広げた日もいつか遠くなりました。

どうぞお体大切にとの言葉が添えられてあります。
  (有難うございます)
どなたさまにも感謝の念が素直に湧いてくるのは、きっと平穏な日常に恵まれているせいでしょう。

どんな形ででもいいから、自分に出来ることでこの想いが伝えられたらなぁ…

今夜から考える時間を追加します"o(-_-;*)



夕日

2014年05月24日 | 写真と文
 

賑やかなカエルの合唱が聞こえています。
一面広がる水田の中に取り残されたこの一画が、今また夕景の中へ沈みこもうとしています。
カメラを取りに急ぎながら笑ってしまいました。
同じ場所をもう何十枚? ブログでも何度目?(@_@。
それでも飽きず来年もまたきっと撮るだろうと思って。




(飛行雲) (虹) (落日)

 


(夕景)  (まっかっか)



 

嬉しいとき悲しいときそして何もないときでも
眺めれば必ず何かしら癒されている風景です。
 







旅立ち

2014年04月15日 | 写真と文


二週間の新人研修を終えて一時帰宅していた太郎が出発した朝は
明るく晴れ渡って柔らかな四月の陽光が降り注ぐ素敵な旅立ちの日になりました。

高校に入学する太郎を空港に見送ったのも同じ時期の7年前、
あれから、その成長ぶりは私にいやというほど時の流れを痛感させられる日々の連続となりました。
もし彼のお祖父ちゃんが生きていたら、きっと誰よりも喜んだことでしょうに。

祖父ちゃんが最終の局面で気力を振り絞って名付けた初孫は、逝ったあと追うように生まれたので
私には太郎が生まれ変わりみたいに思われ、家族みんなも仕方ないと同調してくれたようで
それをいいことにいつも遠慮なくばばバカぶりを発揮させてもらえました(*^^)v

前の夜富山のおいしいお寿司を腹いっぱい食べてから、太郎は言いましたよ
「これからは僕が奢る番だからね」って。 ニコニコして。
(当分はちょっと無理かもね)
でももう立派な社会人となったからには、そろそろキリをつけなければ~。

彼と一緒に行動するときは、虚飾を取り払った有りのまま「彼のばァちゃん」でいたい
いつもそんな気持ちで人間くさく(実は面倒くさく)それを実行もしていたけど
やがてはごく自然に、余分な感情など払い落ちそしてついには忘れ去ってしまうときが・・・( ▽ )o〇O
・・・ちょっと自虐的?

初めての赴任先は東京のド真ん中
「そのうち遊びに来たら僕が案内できるようになるよ」
といっても、まだまだ中身は田舎のぽっと出の可愛いところが残っているから
それなどなくしないように…

ひとり残ってから本当に沢山の祈念をいたしました
これが最後のばばバカになるでしょうか?

                  

何もない風景

2014年02月28日 | 写真と文

(北陸は予想に反して雪の少ない冬 こんな夕景も見られました)





民主党時代の緊縮財政でいったんは遠のいたかに見えた各地のプロジェクトが
再度の政権交代で今度は地域も含め一斉に大型予算を組んでの振興策
凍結していた多くの事業にGo!のサインが出そうです~~ やっぱりね


我が家の東側は雄大な立山連峰が誇らしいけど
西側は低い山並みと田園の広がる 「何もない風景」。  
そこに国道41号のバイパスが通るとなれば
俄かに「何もない風景」がいとおしく感じられてきました。


このバイパスは高規格道路とかで、信号の少ない幹線道路。
だから高架化のための景観阻害はあり、かもしれません!
大型のトラックの深夜疾走など雑音にも悩まされるかもしれません?


でもそれで経済効果が高まるなら、景色の変化など我慢しなくちゃ ☆?☆?






(何もございませんが せめて虹など)






華々しく東海道新幹線が日本を横断してから半世紀
忘れた頃の北陸に、ようやく待望の新幹線が開通間近かです。
太郎のところまでこんにちはと日帰りする気、起きるかなぁ
それならちょいとばかり嬉しいのだけど☆☆