麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

日時計の軸(1)

2013-03-17 00:50:37 | 歌集『日時計の軸』

 日時計の軸(1)    鈴木麦太朗


 微調整

横風に流されつつもハンドルを微調整してわたしは進む

境内に群れなす鳩は各々のリズムを保ち豆をついばむ

鼓笛隊ずらりならんだ縦笛はその他大勢うちの子もいる

底無しのあかるさを持つ海賊に勇気の意味を教わっている

オヤジギャグ時には受けることもある娘ふたりがちょっと笑った

草むしりしようと庭に出てみれば繰り返されるピアノの調べ

昔からよく知っている頃あいでピンクレディーは透明になる

消しゴムのとがった角で消すような守りきれない約束もある

あまりにも美しすぎる夕焼けに俺ひとりでもいいと思った


 A鉄塔・B鉄塔

わが踏みしクロオオアリをまた別のクロオオアリが運びゆくなり

現実のソメイヨシノの花びらは桜色よりはるかに淡い

止まらない哀愁でいとのリフレイン不意に気付けば止まっていたり

風ばかりひたすら強く吹きしぶき運河の水はゆるく流れる

鉄塔は空色に塗り込められて青い空とは混じることなし

孤立するA鉄塔とB鉄塔をつないでいるだけのような電線


 時代の波

いくつもの夢をあきらめてきたんだなあパスタは煮え湯にクニャンと曲がる

渋滞の長さを告げるアナウンス 年々ヒトに近づいてゆく

起きぬけにマーマレードのふた開けるとき紛うことなく父親である

砂浜の砂の一粒ひとつぶも宇宙の一部であるということ

6と8と9と0の丸のなか塗りつぶすとき満ち足りている

「時代の波に乗り遅れるな」と言っている 日本全国あちらこちらで


 ののちゃん

まっさらな私たちには戻れない修正液はあまりに白い

埼玉のつかみどころのない空を支えるように電波塔立つ

ののちゃんの意味を読み解くところから私の朝は始まるのです

温度差があるから言葉はあふれ出す冷たいだとか温かいだとか

ギラギラやモコモコたちがうごめいて渋谷の街は今日も平和だ


 白い靴下

いつからかは忘れたけれど気がつけば白い靴下一足もない

甘いものを口に入れれば泣きやむと石川達三の小説に知る


 ミツバチの蜜

あさなさなハチミツびんを温めればやわらかくなるミツバチの蜜

スプーンにからみからまりからめとるびんの底なるミツバチの蜜

焼きたての全粒粉の食パンにたらりたるらりミツバチの蜜

ミツバチの蜜のあふれる食パンを歯のうらがわと舌で味わう

ミツバチの蜜のかおりのおくそこに戦いの前の血のにおいあり


 割りばしとつまよう枝

割りばしの袋のなかで尖りたるつまよう枝ひとつ注意するべし

割りばしの袋のすみに記載ありつまよう枝ひとつの存在のこと

割りばしとつまよう枝とはセットにてつまよう枝無いと何かたりない

割りばしとつまよう枝とはセットにて割りばし無いとあきらかに変

つまよう枝を使い終えたら割りばしの袋のなかにふたたびもどす

割りばしとつまよう枝とはもと通りセットになって捨てられてゆく


 黒い巨人

何をするでもない春の休日にペット売り場の犬を見ている

冬晴れの白菜畑の白菜はけり飛ばされることを恐れよ

押入れと天井裏をへだてたる杉のうす板家々にあり

聞こえないはずなんだけどふと何か聞こえたようなそれが空耳

ゆうぐれの仏壇店のあかるさよガラスケースに鈴ふたつある

あまがさに弾ける水はかろやかに貼りつく水はしとやかになれ

缶コーヒーガッチャンガッチャン合体し黒い巨人となりにけるかも


 リーダーの条件

OKのボタンを押せば次つぎに印刷されるわたしの悩み

目を閉じていれば眠りの八割とどこかで聞いた目を閉じている

真っ黒なテレビ画面に写る僕ひとりのときは手を振っている

世の中がだんだん四角くなったので四角くなった郵便ポスト

リーダーの条件という字が目に入り古新聞をしばらくの間よむ

サラダ菜と名をつけられたものだからサラダにされてしまうのだろう


 まるいあおぞら

黒板をきれいに消しておくことは大事なことと今さら思う

朝晩に喜橋を渡らなきゃ会社に行けぬ家に帰れぬ

家々で布団をたたく音がする何ということはない日曜日

青空を四角く区切る電線をぜんぶ無視してまるいあおぞら

笑いましょうなんて言わないものだから口閉じて撮る免許の写真


 ガラスのむこう

分煙のガラスの壁のむこうがわ目線をそらすひとばかりなり

明るみと闇とがあってどちらにも私は座る夜の電車に

良い嘘をついたんだって言い聞かす鏡の自分から目をそらす


 沖 縄

淡々と沖縄戦を語りいるバスガイドの声にバス内しずか

手榴弾はひとつの家族にふたつずつ配られたという 使いみちはふたつ

手榴弾ひとつは敵をたおすためにひとつは家族で自爆するために

手榴弾ひとつを囲みまるくなるひとつの家族のななつの命

手榴弾で死にきれなかったひとたちは互いに殺しあったという、こと

洞窟のわきにぽつんと立っているひめゆりの塔はとてもちいさい

国道のわきに売られていた花が洞窟の前にたくさんならぶ

ひめゆり平和祈念資料館へぞろぞろ入る観光客われら

沖縄戦で亡くなった二二七名の教師、生徒たちその顔顔顔顔

ひとりひとりの生い立ち、趣味、性格、そしてどのように死んでいったか


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