麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

工房月旦1月号

2024-04-04 19:05:25 | 短歌記事

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦1月号    鈴木麦太朗

  四十年庭に咲きたる木犀をわたしの義理
  のおとうとと思ふ    有村 桔梗 
 長く庭に咲いている木犀を血縁のない親族
である「義理のおとうと」と捉えたところに
立ち止まらざるを得なかった。近過ぎず遠過
ぎず、触れることの許されないもの。何か特
別な思い入れのある樹だったということだろ
うか。
  着物姿のコーヒー店のママさんのきりき
  りしやんとして桔梗さく 高田 芙美 
 言葉の斡旋が行き届いた文句なくいい歌。
的確で個性的なオノマトペは心地よく、その
音韻から「桔梗さく」を導き出しているのも
うまい。むろん桔梗の有り様はママさんの立
ち姿につながっている。
  映画観て髪を切つては昼を食べ洋服見て
  は買はずに帰る     薮内 栄子 
 行動の羅列が面白いのと同時に調子を整え
るように挟み込まれた副助詞の「は」が効い
ていて、読んで心地よい歌となっている。結
句のウイットもいい。
  いつまでも夏日は続きピーマンと茄子を
  たくさんもらう十月   黒川しゆう 
 昨今の地球沸騰化を捉えた歌と言っていい
だろう。収穫のよろこびのなかにピーマンと
茄子が限りなく増えていくイメージを孕んで
いて恐ろしさもある。
  みつしりと中身のつまつた白雲のふちを
  焦がして月あらはれる  峰  千尋 
 食べ物、具体的に言えば目玉焼きが夜空に
浮かんでいるような描写が楽しい。「みつし
りと」「ふちを焦がして」といった句がうま
く作用して歌を魅力的にしている。
  洋画家の昼寝は長く、客来れば叩き起こ
  すのも私の役目     河原美穂子
 作者はギャラリーの案内の仕事をしている
のだろう。ギャラリーと言えば清閑とした場
所という印象があるが、裏ではこういった事
も起こっているという事実をありのままに提
示している。現場を知らないと出来ない貴重
なリアリティの歌である。
  シャーベットグリーンにふくらむカーテ
  ンの菩提樹は抱くははそはの母
              千葉 弓子 
 作者の母親はたわむれにカーテンに身を包
んでみたのだろう。上句の「シャーベットグ
リーン」という色名の軽やかさと下句の重厚
な感じとの対比が印象的だ。また、菩提樹の
大きな樹形と母のイメージとの呼応も効いて
いる。
  上は横、下には縦の縞縞の珍妙なれどき
  ょうは在宅       安保のり子 
 さても面妖なる生き物かな、と思ったが最
後の「在宅」で合点がいった。たしかに上下
ちぐはぐな服装でも外出しなければ大丈夫だ。
  日曜の雨はひとしくふりそそぐ隣のあな
  たに遠くのわたしに   吉村 奈美 
 言うまでもなく下句の対句がこの歌の要諦
である。物理的にはパートナーと隣り合って
いるのだが心は離れている(と感じている)。
精神的にももっと寄り添いたいという願望が
あるのだろう。
  受け取れるトレイを持ちて店内へ睨みを
  利かせ踏み出す一歩   服部 一行 
 マクドナルドに出向いたときのことを詠ん
だ連作の三首目。静かな席を選んで作業(お
そらく作歌)をしようとしているのだろう。
「睨みを利かせ」に実感があってその情景が
ありありと目に浮かんでくる。

 

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工房月旦12月号

2024-04-04 19:00:27 | 短歌記事


未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦12月号    鈴木麦太朗

  ほんにちひさな骨壺だつたゆふぐれは残
  りの骨のゆくへを思ふ  藤田 正代 
 初句二句のモノローグと下句の思慮の間に
「ゆふぐれ」を置くことで、作者と「ゆふぐ
れ」とが混然一体となったような、不思議な
感覚が生まれている。
  春の夜の闇に木目より生るる猫睦みて腹
  を見せるものあり(卯月) 柏原 怜子
 「木目より生るる猫」とは何とも奇怪であ
るが一連の歌は版画を見て作られたものと分
かれば納得がいく。斎藤茂吉の「地獄極楽図
」に通ずるものがあり面白く読んだ。
  まだ蓑をまとはぬ虫の垂れ下がる父よ母
  よと夜ごと鳴くらむ   上條  茜 
 ミノガが幼虫から蛹へと変態するところを
捉えた歌。下句の表現が秀逸。幼虫に仮託し
て作者の心情を描出したのかもしれない。
  グラッと沸きそのまま火を止め十五分ど
  んな日もある半熟卵   北野 幸子 
 「どんな日もある」がこの歌の肝であろう
。半熟卵のレシピのなかにこの七文字を差し
込む手際に感服した。
  部屋中を探しさがしたシニアグラスあら
  前髪に留めてあったわ  丸山さかえ 
 われら高齢者にはありがちな光景。下句の
工夫により諧謔味のある歌に仕上がった。
  手の甲をすべらせ位置を確かめて目薬の
  瓶を水平に置く     細沼三千代 
 枕元だろうか。見えにくい場所に目薬の瓶
を置いている場面だろう。ていねいな描写に
より情景がありありと伝わってきた。
  病床の子規食べつくす蜜柑十個いかにも
  食べそう旨かりしかな  秋本としこ 
 『仰臥漫録』を読むと子規の旺盛な食欲に
驚く。「蜜柑十個」という記述はあったかど
うか、定かではないが、あっても不思議はな
い。蜜柑を通して子規と心通わせたひととき
が歌に結実したのだろう。
  人生は吾だけのものだ缶詰にされたトマ
  トを鍋へと放つ     酒匂 瑞貴 
 初句二句の言挙げとその後の叙景により成
り立っている歌。前向きな言葉の裏にうっす
らと哀感が滲んでいるように感じられた。
  おそらくは豆腐とわかめ 汁だけの味噌
  汁をまたひと口と噛む  紺野ちあき 
 虫垂炎のため具入りの味噌汁を飲むことが
できない作者。早く固形物を食べられるよう
になりたいのだろう。具を想像したり噛んじ
ゃったりしているのが面白い。
  兄姉もおとうと妹もう亡くてわたくしひ
  とりお月見してる    江口マサミ 
 天体は亡きひとの魂に通じるものがある。
月を見ることで兄弟姉妹のことを偲ぶ感じは
よくわかる。
  酔の字を入れられなくてごめんねと新し
  い位牌に手を合わす   氏橋奈津子 
 故人が酒好きだったことが端的に伝わる。
仏教的には戒名に「酔」の字を入れるのは難
しそうではあるが……。
  馬追虫と似ても似つかぬゴキブリの髭も
  そよろに秋風に揺れ   赤木  恵 
 長塚節の「馬追虫の髭のそよろに来る秋は
まなこを閉ぢて想ひ見るべし」の本歌取り、
と言うよりパロディーと言った方がいいだろ
うか。ちょっと笑ってしまった。
  おえつって仮名に開くとどう見ても吐い
  てるよねとずっと笑った 西村  曜 
 たしかに仮名だと吐いてる感がある。結句
でバランスを取っているのが巧みだ。

 

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工房月旦11月号

2024-04-04 18:58:12 | 短歌記事


未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦11月号    鈴木麦太朗

  パクチーがよけられた皿さげるときうか
  ぶあの日のビールのぬるさ 飯豊まりこ
 視覚の記憶から温度の記憶を呼び起こして
いるのが工夫であり印象深い。
  とび箱の中に隠れる夢をみてそれから数
  年間の真夜中      太代 祐一 
 ひたすらに暗い世界が続いている様を表し
た。誇張表現が活きている。
  連絡を待ちつつ直すしろくまの鼻のフェ
  ルトの小さな歪み    氏橋奈津子 
 「連絡」と「小さな歪み」が響き合ってい
て何か不穏な感じがある。
  兄さんの鷲鼻 すこし生きづらく壁にぶ
  つけたりしたでせう。好き 新井 きわ
 部分をていねいに述べることで「兄さん」
への惜しみない愛情が伝わってきた。
  友達の嘔吐物を片付けてやり平気でいた
  ら叱られたっけ     和田 晴美 
 褒められることはあっても叱られることは
なさそうに思うが……。気になる歌だ。
  ハイいいですとためらいながら返事して
  義歯填め込みはやっと終了 赤木 恵 
 「ためらいながら」にその時の感覚が集約
されていて状況がよくわかる。
  寿がきやのスープの面にネギの輪が偶然
  ハート描けば掬う    藤島 優作 
 微笑ましくこころ温まる感じの歌。結句を
言い過ぎずにまとめたのがいい。
  ゴーヤーを切ればどこからにんじんにな
  るのだろうか、みたいな天気 西村 曜
 独特な比喩。はっきりしない天気なのだろ
う。付け句の題材にすると面白そうだ。
  雨傘を開いてできた空間は雨の匂いと私
  の自由         岡田 淳一 
 結句の意外性にしびれた。世の男性の悲哀
を感じたのは私だけだろうか。
  七つある信号青に変わり行くわが越ゆる
  なき夕ぐれの道     西城 燁子 
 どこか懐かしいような風景が目にうかぶ。
「七つ」がちょうどいい塩梅だ。
  制服を着て教室に来る九月 きみはきの
  ふの雲を秘むるか    三田村広隆 
 謎めいた感じの内容も良いが、カ行の音を
巧みに使った調べの良さに注目した。
  「あにきー」と声にするときの甘やかさ
  三男坊の夫の口から   野口 道子 
 パートナーの意外な一面をみたときの感情
をうまくまとめている。
  中一で故郷離れる汽車に乗りそれからず
  っと旅をしている    さかき 傘 
 「人生は旅」という普遍的な事象を詠んだ
歌だろう。「中一」にリアリティがある。
  うごかざる水鳥の眼とわれの眼の出会い
  いたるをしずかに外す  立原  唯 
 水鳥と作者が対峙している場面。静かな緊
張感がいい。
  幸せかと夫が時おり聞いてくる多分あの
  世のあなたより幸せ   谷口ひろみ 
 皮肉めいた感じにドキリとしたが、作者の
幸せを旦那様は喜んでいることだろう。
  「見ましたか」「ええ夜遅く」「わたく
  しも」タヌキが結ぶ近所の絆     
              坂井花代子 
 なるほど、そういう事もあるだろう。台詞
を五七五にうまく収めて一首がきまった。
  それさつき言つたぢやないとは応ふまじ
  君もさういふ年齢だから 森 由佳里 
 「さういふ年齢」がどれほどの年齢なのか
述べずともよくわかる。

 

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さえざえと

2024-03-02 20:21:14 | 短歌

 

さえざえとしたる真冬の蒼穹に個人情報漏れ出ずるかも

もういちど湯を注ぐとき紅茶葉は最後の力をふり絞るのだ

モノクロの映画はいいねいきり立つ山田五十鈴の白目がいいね

裏側の世界はここにあるだろか三面鏡のすきまを覗く

使用期限とうに過ぎたる風邪ぐすり振ればざらざら音が楽しい

落ちてたら拾い集めることだろうレースクイーンたちのほほえみ

いつの日か蹴り飛ばしたいモアイ像ぼくはおそらく脚を傷める

パスワードを記憶の底から取り戻しぼくの脳内は盛り上がる

例えれば叶姉妹と十姉妹くらいの違いと言えばわかるか

いつのまにか獲得してたポイントがいつのまにかに消えている夜


_/_/_/ 未来3月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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老酒に

2024-02-04 18:54:58 | 短歌

 

老酒にゆらゆらとける角砂糖世界の終わりを見ているみたい

からころと振れば音する角缶のサクマドロップスそのハッカ味

そこここにころがっている幸せのきれいに焼けているパンケーキ

三十年がんばっている冷蔵庫ときどき変な音たてながら

たましいの停留所には屋根があるたやすく蒸発しないようにと

ほそぼそとことば遊びをしてる間にああ還暦が近づいてくる

「柿の実よ甘~くな~れ」と唱えればわずかながらに渋抜けるかも

今はもうそうなっているのかもしれず核のボタンをダブルクリック

美術室のとなりは美術準備室閉じ込められている空がある

しまむらのワゴンにごろごろ置かれたる狂いたいのよの靴下の束


_/_/_/ 未来2月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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退屈な

2023-12-30 10:29:56 | 短歌

 

退屈な郵便受けに「がん保険見直しませんか」の手紙が届く

世界中のありとあらゆる手続きが無くなるならばそこは天国

火の海を渡れと言われているようでプラス思考の本はおそろし

有線であればマウスはぶら下がる無線であれば行方は知れず

梅干しをふたつに分けてそれぞれのごはんに乗せる秋のひと日よ

しぶとくも瓶の内面にへばりつく海苔の佃煮かき出すあわれ

真逆なるいて座やぎ座の命運よ星占いを疑いやまず

てきとーな時間にとび出す鳩さんよ滝に打たれに行ってください

綿菓子のあまい香りの縁日の銀のピストル欲しくて泣いた

細き枝に真珠のごとき実をむすび何を告げんとする白式部


_/_/_/ 未来1月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦10月号

2023-12-30 10:22:03 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦10月号    鈴木麦太朗

  六年を通ひしキルト教室の前をうつむき
  足早に過ぐ       坂井花代子 
 よくわかる。通うのをやめてしまった教室
の前はできれば通りたくないものだ。その日
はどうしても通らざるを得ない事情があった
のだろう。
  加圧され腕がきゆんとときめきてときめ
  き指数が表示されたり  高崎れい子 
 血圧を測っているところだろう。「ときめ
き指数」が圧巻の工夫である。血圧を測るた
びに思い出しそうだ。
  心配をしたのは僕であなたではなかった
  僕は僕が心配      太代 祐一 
 何が心配なのだろうか。つかみどころの無
い歌ではあるが、あえて「心配をしたのは僕
であなたではなかった」と述べることにより
作者の底知れぬ不安感が伝わってくる。
  サクレやレモンの味がしてたはず おぼ
  えてるのは木の匙の味  西村  曜 
 氷菓そのものの味よりも最後にしゃぶる木
の匙の味に焦点をあてることで、読む者が懐
かしさをもって共感する味覚のイメージがよ
り鮮明になっている。商品名の「サクレ」と
味名の「レモン」を等価に扱う手法、私は評
価したい。
  どしゃぶりの中を犬連れて散歩する男の
  傘の傾いている     叶 何時子 
 傘が傾いているのは犬を濡らさないための
配慮であろう。淡々とした描写のなかに温か
みが感じられる歌だ。
  「鯨の死」のニュースでニヤリと笑いた
  る女性アナウンサーをわれは許さず
              橋本 俶子 
 どうして笑ったのだろう。何か理由はあり
そうだが普通に考えれば不謹慎な行為と言え
よう。結句に置かれた作者のつよい言葉が刺
さる。
  朝々にカーテン開ける習いにて今日も開
  けない訳にはいかぬ   池田 照子 
 ごく当たり前のことを述べているだけのよ
うだが一筋縄ではいかない歌だ。もしカーテ
ンを開けなかったらどうなるだろうとか色々
と考えさせられた。
  降るやうで降らずふくらむ空のもとぱち
  んと弾くツリフネの花  北野 幸子 
 は行のやわらかい感じの頭韻にはさまれた
「ぱちん」は印象的。「ふくらむ空」との呼
応もいい。
  干し竿にひかる雨粒それぞれの小さき宇
  宙をいただきながらに  丸山さかえ 
 雨粒ひと粒ひと粒に宇宙をみている。突飛
な発想とも言えるが、そうかもしれないと思
わせる力がある。
  あ人がこんなに明るい人だったのと思え
  る時があってよかった  細沼三千代 
 無口で表情も暗い感じの人と何かの機会に
接したところ、意外にも明るい人だったこと
がわかった。そんな嬉しい驚きを素直に表現
した歌と読んだ。この歌を読む者は皆「よか
ったね」と思うことだろう。
  泥におう水田のなか蓮たちて今朝をえら
  びて白き花咲く     八島 わこ 
 蓮の白く大きな花はたしかに意思を持って
咲いている感じがある。土屋文明の睡蓮の歌
をすこし思った。
  待ちきれない夏を迎えにいくように水場
  を走る赤いスカート   秋本としこ 
 清々しい印象がある。噴水のなかにとび込
んでいく幼い子供が目にうかんだ。

 

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開くとき

2023-12-04 23:49:01 | 短歌

 

開くとき雨のにおいがするという村にひとつのグランドピアノ

いっぽんの傘にふたりが入るときどうあがいても濡れる半身

乾電池のぎっしり詰まった冷蔵庫ある信仰のゆきつく果てに

香りたつ蚊取り線香のぐるぐるをまるく納めて缶静かなり

犬だけがうろつくことはまずなくて橋を渡ってゆくひとと犬

面白き雑誌であれば時わすれ立ち読みのひとみな石になる

誰も彼も一度は思っていただろうとっとと変身すればいいのに

何らかの後ろめたさのあるごとしエンドロールがすこぶる速い

マヨネーズと唐辛子って神ですね夜の夜中に噛むするめいか

ややこしき国交のこと思うときあれだけひどき耳鳴りは消ゆ


_/_/_/ 未来12月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦9月号

2023-12-04 23:46:21 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦9月号    鈴木麦太朗

  ステンレスのスプーンですくう定食のス
  ープは熱しきょう五月尽 さかき 傘 
 何ということを述べている訳ではない。ス
ープが熱かったというだけである。斯様な些
事を歌にまとめる事こそ短歌の醍醐味と言え
よう。自然な感じで「す」の頭韻を使ってい
るところなど心憎い。
  大杉に着生したるセキコクの花の白さを
  またしても言う     北野 幸子 
 言ったのは作者か他者か、どちらとも取れ
るがどちらでもいい。結句の「またしても」
が効いていて四句までに述べている叙景を強
く印象付ける役割りを果たしている。
  わが庭を蛇が横切り行きしよと人らの騒
  ぐ春となりたり     谷口ひろみ 
 春のうららかなイメージからは遠い事象を
述べることで一種のねじれを生みだしている。
読む者の心をざわつかせるいい歌だ。
  ざぶざぶと活字を浴びるように読むこれ
  は私のために読む本   紺野ちあき 
 連作の中の一首として読むとより味わい深
いがこの一首だけでも十分な感慨がある。好
きな本の活字が滋養として体に沁み込んでい
く様が映像として目に浮かんだ。
  イメージのやうに動けぬ身を嘆く君のう
  しろをわが歩きおり   森 由佳里 
 「嘆く」を終止形と取るか連体形と取るか
で読みは分かれるが後者と取った。おそらく
夫婦であろう。ふたりのゆっくりとした歩み
が見えてくる。むろんこれは人生の歩みにも
つながる。
  なんかもう疲れたにょろね、と蛇じゃな
  く蛙に話しかけててこわい 氏橋奈津子
 松本人志演ずるガララニョロロ巡査を思い
起こした。九月号で槐さんが同じことを書い
ておられたが私も記しておきたかった。
  いつまでも生きてることを想定にそそと
  始まる夜の断捨離    新井 きわ 
 断捨離は死を想定して行うものという印象
があるが、いつまでも生きることを想定する
と希望が湧いてやる気が出てきそうだ。「始
める」ではなく「始まる」と自身を客観的に
みる詠み方は面白いと思った。
  入り切らず横に寝かせて本立てに押し込
  めてある「謹呈」の本  赤木  恵 
 謹呈の本のありようをうまく表現している。
自ら選んで買い求めたものではないのでちょ
っとぞんざいな扱いになっているのだろう。
むろんちゃんと縦にして置いてある謹呈本も
あるのだろうけれど。
  一粒の錠剤夫に与えんと小さき握り飯食
  べさせる朝       松原 槇子 
 錠剤は何らかの食べ物とともにのまさなけ
ればならないのだろう。「小さき握り飯」と
いう具体が効いていて作者の労が伝わってく
る。
  靴屋のおじさん九十七歳ベスト着て店番
  の椅子に深く眠りぬ   叶 何時子 
 その人物が九十七歳と知っていること、お
じいさんと呼んでも失礼にはあたらない年齢
の方をおじさんと呼んでいることから、作者
はその人物をよく知っているのだろうと推測
した。のどかな、絵になる光景だ。
  ブヨブヨで変な匂いのアスパラもワイン
  がつけば白い貴婦人   岡田 淳一 
 たしかに缶詰のホワイトアスパラは独特の
臭みがある。「ブヨブヨで変な匂い」は言い
過ぎかとも思ったが下句を活かすには効果的
な形容だ。

 

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はちみつと

2023-11-04 17:46:08 | 短歌

 

はちみつとチーズをたっぷり練り込んだクッキーを買うサユリのために

黒豆を甘く煮たのが入ってるマドレーヌ買うマリコのために

関東では買えないカールのうすあじをひと袋買うイズミのために

面白い恋人と名をつけられたゴーフレット買うレイコのために

大阪名物たこ焼きの味がするというせんべいを買うチエミのために

朝出かけみやげを買って夜戻る 面談ふたつすき間にいれて

気がつけば昭和のしっぽを振っているさみしがり屋の小犬のように

加賀まりこ 雪村いづみ 江利チエミ 吉永小百合 大原麗子

かとうれいこ 国生さゆり 堀ちえみ 稲森いずみ 石原真理子

大阪へ行きて戻りしいちにちをまぶたのようにぱしゃんと閉じる


_/_/_/ 未来11月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦8月号

2023-11-04 17:41:09 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦8月号    鈴木麦太朗

  軽いピンクの結構似合つた半コート便利
  なコートを置き忘れたり 佐々木紀子 
 コートをどこに置き忘れたのか、述べられ
ていないがそれでいい。初句から四句までを
コートの説明に費やすことでいかに大切なコ
ートだったかがよく伝わってくる。
  背の高さ測りくれたる兄さんは二年の後
  にどこへ行きしか    池田 照子 
 幼い頃の思い出であろうか。どこへ行った
のか分からないということだから、何となく
悲しい結末を思わせる。謎多き歌で何度も読
み返してしまった。
  読めないと思ひをりしを次々と読み進め
  てはあと一冊なり    西堀 英夫 
 積ん読の本を消化してあと一冊に至ったと
いうことである。まことにすばらしい。「次
々と」に勢いを感じた。
  甘やかな悔みのごとく樟脳のほのかに香
  香る父の大島紬     高田 理久 
 比喩が印象的な歌。お父様は既に亡くなっ
ているのだろう。「甘やか」は故人を想う気
持ちと樟脳の香りの両方に掛かっていて巧み
だ。
  上京の父がひとりで買いて来し武者人形
  天袋で五十歳となる   花木 洋子 
 五十年ものあいだ大切に保管されていた武
者人形は、お父様の人生と重なるようにも思
われて感慨深い。
  温もりしひなたの椅子の冷えぬ間にすば
  やく蒼い夕暮れがくる  谷口ひろみ 
 あっという間に夕暮れが訪れたことを巧み
な表現を駆使して詠んでいる。特に椅子の温
度に注目したのがいい。
  ああこれが脳震盪というやつか星とヒヨ
  コがぐるぐる回る    紺野ちあき 
 笑ってはいけない状況ではあるが漫画チッ
クな描写に思わず笑ってしまった。結句の慣
用表現は悪くないと思う。
  駅名は日本語英語中国語次にハングルあ
  あ読み難し       大録 典子 
 まさにその通り。異国の言葉で駅名が流れ
るとほぼ読めないので日本語表記が巡ってく
るまで待たねばならない。具体的な言語名を
並べてリズムをつくったのが技ありだ。
  スポーツジムに二十四時間営業とあり真
  夜中二時に腕立てするか 堀田 幸子 
 当然の疑問である。深夜二時に腕立てをし
ても効果的に筋肉がつくような気がしない。
むろんユーザーの多様な生活リズムに対応す
るために二十四時間営業としているのだろう
けれど。
  岬までバスで行ったね持ち寄ったお菓子
  のどれも泡めいていて  氏橋奈津子 
 「泡めいていて」がいいと思った。スナッ
ク菓子などは食感を良くするために多孔質に
なっているものが多いがこの表現はなかなか
思いつかないだろう。
  弁当に過剰な愛を詰めてゆくアスパラ肉
  巻きてらてら光る    新井 きわ 
 たしかにアスパラの肉巻きは過剰な愛の暗
喩としてピタリと合っている気がする。そし
て結句のダメ押しが効いている。
  もう価値がないと言うときいままではあ
  ったみたいで可笑しい 寝なね……
              西村  曜 
 とりとめの無い思考に飽いて、自らに「も
う寝なさい」と命令している場面と読んだ。
「寝なね……」は「寝な寝な寝な……」と限
りなく続いているように読めて面白い。

 

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あなたもし

2023-10-09 11:51:19 | 短歌

 

「あなたもし喫煙者ならもう死んでるよ」内科医は言う、淡々と言う

「あと十年くらいで死ぬよ」言い替えれば六十代で死ぬってことか

「間違って十五年ほど生きるかもしれないけれど」ダメ押しされる

LDLコレステロール《225》そこの枠だけ数字が太字

「紹介状書くから絶対に診てもらいなさい」怒りモードで保健師は言う

「おくすりを処方しますね」かかりつけ医の黒須先生やさしくて好き♡

「おくすり手帳持っているなら持ってきてくださいっ」薬剤師に叱られる

ひと月ののちにどこまで下がるのかぼくの悪玉コレステロール

LDLコレステロール《126》あと二十年ほど生きられるかな

おくすりの名前はロスバスタチン錠 一生のまねばならないくすり


  ※ 6首目は未来誌掲載歌から少し変えて載せてあります。


_/_/_/ 未来10月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦7月号

2023-10-09 11:46:45 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦7月号    鈴木麦太朗

  ぺたんこのしろい革靴はいた日のはじめ
  のいっぽのつま先のむき 飯豊まり子 
 白い革靴はおしゃれだけれど汚れが目立つ
から履くのに勇気がいりそうだ。そんな特別
な靴を履いた日の、はじめの一歩をていねい
に詠んでいる。ひらがな多めの文体は、歌の
前向きで爽やかな印象を下支えしている。
  詐欺か否か判別しにくいメッセージ ト
  マトの湯?きが上手くいかない
              三浦 ちえ 
 上句と下句に直接の関係は無いが、ともに
ある種のもどかしさを表現している。あきら
かな共通点を持ちながらふたつの事象が絡み
合うことなく屹立している感じが面白い。
  半分まで畝立てて次に目指すのは三分の
  二 一本耕すまで頑張る 赤木  恵 
 畝立てが三分の二に達したら次に目指すの
は四分の三、その次は五分の四……。アキレ
スと亀のパラドックスのように永遠に終わら
ないのではないかと思ってしまった。がんば
れ赤木さん。
  前庭のさくらを撮りて来る年の花のこよ
  みの一枚とせむ     福島 照子 
 作者は桜の写真を撮ってオリジナルのこよ
みを作ろうとしているのだろう。まずは桜の
写真映像が目に浮かぶが、それが日の目を見
るのは一年後ということになる。時間的な奥
行きが感じられる深みのある歌だ。
  「肺癌」と患者に告げるとき気づく口元
  隠すマスクの効用    岡田 淳一 
 医師が患者に深刻な病名を告げるとき、口
元が隠れているのといないのとでは聞く者に
したら大きな違いがあるだろう。さらにマス
クをしている場合は音がこもるから、言葉が
やわらかく届くように思われる。この歌では
それを「効用」と端的に言い表したところが
工夫であり、印象を深くしている。
  新しきガスコンロにて魚焼く安全装置完
  備安心         野口 道子 
 言うまでもなく下句が肝である。n音の脚
韻による小気味よいリズムがいい。歌の意味
内容と相まって楽しげな雰囲気が伝わってく
る。
  春なのにカボスの香りのような視線振り
  まきふらり現れた人   細沼三千代 
 ワンダーに満ちた歌だ。カボスはたしかに
春が旬ではないが、あえて「春なのに」と述
べることでことさらに季節外れ感を印象付け
ている。そしてその「香り」は「視線」の喩
であることに驚く。下句の「ふ」音の頭韻も
いい。
  研ぎたての包丁軽ししゃきしゃきと春の
  キャベツを山ほどきざむ 丸山さかえ 
 研ぎたての包丁をつかう喜びがよく伝わっ
てくる。「山ほど」と述べることで、すごく
たくさん、必要以上にきざんでしまった感じ
がして諧謔味がある。
  良き酒の求めてやまぬ良き肴 大和地鶏
  をたたきで食ぶ     紺野ちあき 
 上句の格助詞「の」の使い方が巧み。結句
の収め方も上品でいい。むろん固有名詞も効
いている。単なる旅の記録に留まらない隅々
まで気を配ってつくられた歌だ。
  夫逝きし家々増えれど寡婦たちは喋って
  歩いてほぼほぼ元気   小田 優子 
 「ほぼほぼ」がいい。寡婦のみなさまは集
まって喋ったり何処ぞへ出かけたりして元気
に過ごしている訳であるが、「ほぼほぼ」に
よって生活の、わずかな苦みが感じられる。

 

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どれにする

2023-09-07 23:32:23 | 短歌

 

どれにするどれにしようかはつなつの園芸店に苗はあふれて

コンクリの歩道の右から左から会釈のようにカラスムギ寄る

風ふけば回りそうだな花ニラのつくりものめく六弁のはな

川沿いのベンチに座っていたところ犬に二度見をされてしまった

中空にきらきら回る羽根車《六月》鯉は泳いでいない

隅々まできれいにしないと叱られるああ掃除機がカーテンを吸う

夏の日の物干し竿にひっかけた靴紐は素麺に擬態する

洗濯機そのものを洗う洗剤というものありて泡立つ日本

肌色と言ってはいけない世の中のペールオレンジ色のたそがれ

ああこれは悪のかたまり真夜中のエンゼルパイをひとついただく


_/_/_/ 未来9月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦6月号

2023-09-07 23:31:09 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦6月号    鈴木麦太朗

  ゆっくりと毀されてゆく音を聞く四十年
  を暮らしし家の     篠田 理恵 
  四十年治まりてゐし霜やけの鈍き目覚め
  を老いといふらむ    森 由佳里 
 となり合う作品のシンクロニシティは楽し
い。篠田作品、家の解体を「音」にフォーカ
スして詠んだのが工夫であり成功している。
森作品、「霜やけ」の擬人化がうまい。また、
下句の落ち着いた調べがいい。
  春の陽は黄金の針枕辺に刺さって朝を教
  えてくれる       高幡めぐみ 
 絶妙な比喩だ。季節は「春」がぴたりとは
まる。むろん「夏」のほうが日差しは強く刺
さるが針という感じではないだろう。
  回忌とう同じ季節の指先に力をこめて文
  旦を?く        氏橋奈津子 
 「回忌」は「同じ季節」という把握にはっ
とさせられた。初句二句と下句で「指先」を
共有する手際が鮮やかで、ふたつの事象がよ
どみなくつながっている。
  首が先 首が先とぞ白鳥が飛んでるすが
  たぼやっと見ている   赤木  恵 
 たしかに白鳥の飛ぶ姿は首が胴体を牽引し
ているように見える。下句のややくだけた言
い回しは作者独特の「赤木調」とも言えるよ
うなもので味わいがある。
  たいていのこと台無しにしてきたな食べ
  たくもない真冬のゼリー 太代 祐一 
 「真冬のゼリー」の寒々とした印象と台無
しの人生の虚無感がよく合っている。ネガテ
ィブな内容ながら不思議と重苦しさを感じな
い。
  白玉がぽこりぽこりと浮き上がる春の暗
  さを逃れるように  しま・しましま 
 「春」を「暗さ」と把握しているところに
立ち止まった。「春」には作者の何らかの思
いが込められているのだろう。
  「幸せな人の体はよく動く」そうかわた
  くし幸せなんだ     西城 燁子 
 全肯定の歌で実に気持ちがいい。この歌を
思い起こせば多少の悩みごとはどこかに吹っ
飛んでいってしまいそうだ。
  収束つたら会はうと何度もなんども言つ
  てひとりの花を見てゐる 藤田 正代 
 コロナ禍が収束したら会おうと約束してい
る友人がいるのだろう。「ひとりの花」とい
う表現は印象的。その花は友人でもあり作者
自身でもあるのだろう。
  日曜は週の初めか終りかとたわひなきこ
  と語りてゐたり     北野 幸子 
 下句のゆったりとした調べがいい。うらら
かな日曜の午後のひとときの会話という気が
する。
  天ぷらにするわとめいめい言いながら掌
  にいただいている蕗の薹 丸山さかえ 
 春の息吹を感じられる歌。近所のどなたか
が多く採れた蕗の薹を配っているのだろうか。
蕗の薹はやはり天ぷらがいい。
  花の芽を風が撫でゆく和解とはこの世で
  もっとも気高き勇気   高田 理久 
 風にゆれる花の芽と、「気高き勇気」と定
義した「和解」。ふたつの事柄を思うと見え
てくる景色がある。あえて花の名を特定しな
いことで想像の幅が広がった。
  侘助の花を備前の壺に活け意を決したり
  何も言わぬと      服部あや子 
 静謐な印象。何を言わないのか、分からな
いがそれでいい。備前の壺に活けられた侘助
の花は作者の決意を物語っている。

 

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