伊東静雄
秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る(全文)
204×70cm
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現在開催中の現日書展に出品しています。
12日までです。
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秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る
秧鶏(くいな)のゆく道の上に
匂ひのいい朝風は要らない
レース雲もいらない
霧がためらつてゐるので
厨房(くりや)のやうに温(ぬ)くいことが知れた
栗の矮林を宿にした夜は
反(そり)落葉にたまつた美しい露を
秧鶏はね酒にして呑んでしまふ
波のとほい 白つぽい湖辺で
そ処(こ)がいかにもアツト・ホームな雁と
道づれになるのを秧鶏は好かない
強ひるやうに哀れげな昔語(がたり)は
ちくはぐな合槌できくのは骨折れるので
まもなく秧鶏は僕の庭にくるだらう
そして この伝記作者を残して
来るときのやうに去るだらう