木原光威
最上川の上空(じょうくう)にして残れるはいまだうつくしき虹の断片
(斎藤茂吉)
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「まくりの書展」で入手した木原先生の作品です。
これからときどき、入手作品をご紹介していきたいと思います。
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この歌は斎藤茂吉の晩年の短歌集「白き山」の中の一首。
昭和21年、茂吉は山形県大石田に1年程住んでいたのですが
その折りに詠まれた歌です。
そのとき茂吉は64歳。なんと今のぼくと同じ年齢です。
「日本詩人全集10 斎藤茂吉」の年譜には次のような記述があります。
昭和21年(1946)2月、金瓶(かなかめ)を去って山形県大石田の二藤部(にとべ)方の離家に移る。握飯をもち、つまごをはき、敷物用のさんだわらを抱えて最上川のほとりを歩く。最上川は茂吉の少年の日からの忘れがたい故郷の川であった。老いた茂吉の心に再び創作意欲が燃え立った。3月、肋膜炎にかかり、5月上旬まで病臥。
【注】金瓶〈山形県南村山郡堀田村大字金瓶・茂吉の出生地。茂吉は昭和20年の4月に、ここに疎開していたのです。〉つまご〈草鞋の先や全体につける藁製の覆い。また、それをつけてある草鞋。多く雪道に用いる。「爪子」「爪籠」などと書く。〉さんだわら〈米俵の両端に当てる円いわらのふた。さんだらぼうし。さんだらぼっち。〉
茂吉は昭和26年に69歳で亡くなっていますから、
まさに大石田で過ごした時期は晩年といえるでしょう。
それにしても、
64歳の茂吉を「老いた茂吉」と書くあたり、
時代を感じますねえ。
この「日本詩人全集10 斎藤茂吉」の出版は昭和42年。
この頃は、64歳というのは十分に「老いた」人間だったのですね。
う~ん。
この「大石田時代」の歌を集めたのが歌集「白き山」です。
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木原先生の作品は
「虹の断片」の4文字を大きく配置して
その下に、小さく歌の全文を書いています。
「虹の断片」という表現からは
消えゆくはかないイメージが思い浮かびますが
木原先生は、むしろ力強く書いています。
「虹」「断」の文字が左から右上へと
ゆるやかな弧を描き、虹を連想させます。
「断片」でありながら、いや「断片」であるからこそ
うつくしい。
晩年の茂吉もいわば「生の断片」を生きているというような意識が
あったのかもしれません。
活字で読むだけでは伝わってこない
歌の心が
この書にはあふれています。
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この歌の碑が大石田にあるそうです。
こちらをご覧ください。
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