つぶやき、遊び・仕事・日常

一日の出来事のあれこれを雑多に記録していきます

人生を流れの中で見てみる

2020-12-31 06:57:01 | 日記
年末がせまってきている。
柄にもなく、「人生の生きる意味は」なんてことも考えてみる。
だが、心理学者のヴィクトール・フランクルによると、その考え方は正しくないそうだ。
氏によれば、正しいアプローチは、こうらしい。

◆人生が問いかけてくるもの
 我々は様々な状況に直面しながら、その都度「人生から問われていること」に全力で応ずるべきらしい。
 つまり、人生に意味があるのではなく、自分がいま何をすることが求められているのか、ということらしい。
 現在起きている現実の中に、人生から問われているテーマが隠れているということだ。
 人生を点で見ると、幸、不幸は存在するが、流れの中で見ればひとつの物語でもある。
 だから、どん底のときほど人生から問われているテーマが隠されているということなのだ。

 我々は普段から常識と言う枠組みの中で生活している。
 行き詰ったときというものは、従来の常識の枠外にこそ答えがあるものだ。
 そんなときに、常識の範囲でいくら探しても答えは見つかるはずもない。
 我々の常識の追い付いていない、「非常識」とか「未常識」の中にこそ未来の萌芽があるのだ。

 難しそうだが、たしかにそういう前向きの考え方が世の中を変えていくのでしょうね。
 まぁ それは、おいら以外の誰かにお任せします。

人生不遇の時

2020-12-30 06:37:10 | 日記
80年90年と長い人生だ、時には不遇の時もあるはずだ。
だが、そんな時の過ごし方に次の運命が決まるものかもしれない。
こんな言葉が、不遇の時の過ごし方の参考になるかもしれません。

◆阪急東宝グループ創業者の小林一三はこう言う
 「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にはしておかぬ。」
 なるほど、下足番でくさっている場合ではないのかもしれません、常にのし上がってやるという気概が必要なのかもね。
 あの豊臣秀吉も、草履とりから出世したらしいし。
 どんな役割においても、そこで秀でれば施政者の目に留まるものかもしれませんね。

 おそらくは、世界一の自由平等の国(合わせて自己責任の国)の元大統領ジョン・F・ケネディも言っています。
 「人生は公平であると思うな」とね。
 自由とはなんだ、平等とはなんだ、公平とはなんだ。
 幼稚園ならば、みんなで交代でお遊戯の役割をすればいいのだろう。
 だが、世の中はそうはいかない。
 もって生まれた能力の中で(公平ではないのかもしれないが)、出来得る限りの努力をして、
 自らの運命を切り開くことこそが、役割を得て人生を全うするということなのかもしれませんね。
 

不思議な報道

2020-12-29 06:28:44 | 日記
最近のマスコミには、安倍前首相や吉川議員の疑惑に関する捜査報道が多い。
昨年は、ゴーン氏に関する捜査報道も駄々洩れ状態だった。
たしかに、権力者への打撃は一般市井の痛快事でもある。
だが、なぜ捜査中の事案について、これほどまでに詳細な報道がされるのかと不思議だった。
そのことについて、東洋経済誌で元外務官僚の佐藤優氏が解説していた。
なお、おいら自身は情けないかもしれないが特段の政治的意思はない。
 
◆民主的統制に服さない機関が政治的意思を持っていないか
 検察官(国家公務員)には守秘義務があるそうだ。
 だから、捜査情報をマスコミにリークすることは違法ということだ。
 なのにリークするということは、自分たちの都合のいいように世論を操作する意図があるという。
 たしかに、マスコミ報道で日産の救世主だったはずのゴーン氏が、極悪非道の人物という印象が深まった。

 検察は、政治の腐敗や汚職を摘発し社会をきれいにするのが自分たちの仕事だと勘違いしているようだ。
 これは、1936年に2.26事件を起こした陸軍青年将校に似た危険な動きだ。
 陸軍青年将校も検察官も資格試験によって登用された官僚だ。
 国民の選挙で民主的に選出したり罷免したりはできない。
 このような機関が政治的意思を持つことは極めて危険だ。

 →情報のリークは良くないことだと思いますが、そこに政治的意図と言われてもちょっと?ですかね。
  案外、組織や検察官個人の手柄争いだったりして・・
 

大掃除の武器

2020-12-28 06:34:50 | 日記
普段の生活の中では、忙しさにかまけて手抜き掃除をしている。
そんなおいらなのだが、年末くらいは少し念を入れて掃除したいと考えている。
そしてそのための武器はないものかと、情報収集から始めてみた。

◆100円ショップで手に入る武器の数々
 普段きちんと掃除をしている主婦の方々は、とうにご存じのことだとは思う。
 だが、おいらは初めて知ったのだが、各種の汚れにはそれにふさわしい洗剤等があるようだ。
 しかもそれは、100円ショップで手に入るという。
 それでは、各種汚れに対する対象法を順に見ていこう。

 まず、その汚れが酸性かアルカリ性かを見極める必要がある。
 酸性汚れの代表が「油汚れ」で、これにはアルカリ性の過炭酸ソーダが適している。
 100円ショップでは粉末で販売しており、50度の湯に溶かして食器や洗濯槽、衣類にも使えるそうだ。
 対酸性汚れのもうひとつがセスキ炭酸ソーダだそうだ。しゃれているわけではない。
 こちらはアルカリ度は中くらいだが、洗浄力があるので換気扇やキッチンは周りはこれがいいそうだ、使用法は上記と同様。
 重曹はアルカリ度は低いが、クレンザーのようにペースト状にして使うと研磨効果があるそうだ。
 家の中の汚れの8割は酸性で、アルカリ性により汚れが緩んで汚れ落ちしやすいというわけだ。

 対して、水アカやトイレ汚れなどはアルカリ汚れで、酸性であるクエン酸が利くそうだ。
 クエン酸水を吹き付けてスポンジでこすればOKで、アンモニア臭も軽減できるみたいだ。
 これらはすべてナチュラル系の洗剤で、人体への安全性が高いのもいいようだ。
 よしよし、まずは情報収集は完璧だ。で肝心の掃除はいつやるのか・・・

 
 

猫のように

2020-12-27 06:55:29 | 日記
毎日毎日、コロナに関するニュースとか情報とかばかりで嫌になる。
そんな日々の生活について、東大名誉教授の養老孟氏はこう言う。
今こそ、人生を生活を根源的に考える時なのだそうだ。
それは決して青臭いことではなく、自らを省みることにつながるようだ。

◆嫌いなことはしなくても良い
 死ぬということは、二人称での考えなのだ。
 一人称つまり自分は、死を自覚することはできない。
 逆に三人称、コロナで世界で何十万人死のうが、それは単なる知識に過ぎない。
 自分が死んで困るのは、自分ではなく残された家族や周囲だ。
 病気も同様だ、働き手が病気になったら家族や周囲が困るということだ。
 
 つまり、死や病気と言うものは、自分のものじゃないんです。
 そう考えれば、社会的な関係がいかに大切かわかるものです。
 「今だけ、金だけ、自分だけ」ということはダメだということがわかるはずなんだがな。
 若い人だけでなく、大人も少し考えを深めたほうがいいよね。
 参考になるのは、ウチの猫だね。
 嫌いなことはしない、気が向けばやって来て撫でろと言う、
 腹がすいたら食い物をよこせと鳴くし、あとはどこかで昼寝している。

 コロナで外国との通商や往来ができなくなるということも経験できた。
 エネルギーと食料の自給自足は重要だ。
 エネルギーは、太陽光でもバイオマスでも小水力でも地熱でもいいが自給がもっと必要だろう。
 食料はほぼ自給できている、終戦直後でも農村や漁村には食料はあり、流通が止まっていただけだから。
 いざとなれば、それだけで猫のように気ままに生きればいいだけなのだ。