OL主婦の小さな幸せ。

日々の出来事や小さな幸せ、お出かけ、身近なエコ、環境問題、フェアトレード、鳥のこと、アロマなどを綴っています。

今年は早い☆八重桜とツツジ

2021年04月08日 | 桜のある風景

久々の更新となります
昨年は見に行けなかったので、このカテゴリー2年振り

でも撮影したのは仕事の休憩中です。
なかなか時間をとってゆっくり花も見に行けないけど、
コロナ禍の今、ササっと撮って後でゆっくり見るのもいいかなぁと思います。

今月前半は亀戸で仕事なので、
休憩時間はフルに活用して、密を避けつつレトロ建築撮影をしていますが
1回だけ隣駅の錦糸町に行きました。
しかし、駅近くの錦糸公園はすっごい人!!

入口の八重桜だけ秒で撮影してすぐに退散



なので、ちょっとピンボケですみません・・



構図を考える暇もなく・・(いろいろ言い訳^^;)



でも八重桜の可愛らしさは堪能できました。







そしてここからはつい先日の根津神社。
コロナ禍で、お1人様限定・予約制になった大好きなカフェへ行った帰り。


こちらはツツジの名所として有名ですが、それほど混んでませんでした。




ここも八重桜満開。
八重桜は例年は4月中旬が見頃ですが、今年は本当に何もかも早いですね!




大木も見所のひとつ。




画像右下が出入口。
以前は通路が人でごった返していましたが・・
今はまばら。

















この、源平桃みたいな二色(三色?)っぽいツツジが好き。



そして、桜と関係ないけど、


根津神社入口で謎の煉瓦、発見!
文京区弥生、台東区池之端あたりはほんと謎の煉瓦多い。

以前に載せたのは、ノスタルジック東京28~文京区白山の歴史ある建物~での最後の方のみですが、
実はこれ以降、文京区・台東区エリアでたくさん見付けています。


結構奥まで続いてる。
こればっかりは偶然に頼るしかないので(たまにインスタで教えてもらうけど)
見付けた時は嬉しいです。
※古い歴史ありそうな煉瓦に限る。

それにしても、今年こそ八重桜の名所と聞いた「足立区立都市農業公園」へ行きたかったけど、
やっぱりこの時期、多忙で無理そうです(;∀;)



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手編みのネックレスとシュシュ

2021年03月12日 | 暮らしの中で

冬はハイネックのセーターをよく着るので、少し大ぶりなネックレスが欲しい、
そして仕事ではシュシュが必需品なので、
編み物等ハンドメイドを生業とされる @miwayamaguchi38 さんに
シュシュとネックレスをオーダーしました。




ネックレスは二重にして使います。
こんな感じ↓↓



ちょっと華やかにしたい時は、ネックレスにはコサージュを付けます


色々撮影。
色は画像だと伝わりづらいのですが、ゴールドとシルバーの中間色です。
色は希望を伝えました。
ラメ入りで、素材はキュプラ63%とポリエステル37%の糸です。


シュシュはもちろん洗濯も出来ます。


こちらはお任せで編んでもらったもので綿60・レーヨン40。
コサージュも編んでくれました♪



こちらもお任せで編んでもらった冬用シュシュ。
ウールとアクリルでふわふわ!
ブローチも作ってくれました。真ん中にアンティークのボタンがあしらわれています。


ネックレスは通勤で、シュシュは仕事で活躍中です!

そしてシュシュつながりですが、、、

今の仕事に就く時に、
前の職場でお世話になった方が最終日にプレゼントしてくれたシュシュ。
こちらも7年半以上、大事に使っています。


☆今迄の購入品(一部頂き物)
洗って繰り返し使えます☆手編みのニットマスク♪
またまた手編みのニットマスク購入☆
夏の街歩き用に♪ニットのポシェットをオーダー
ニット小物いろいろ
ニットのポシェット頂きました♪

気になる方は、 @miwayamaguchi38 さんのインスタのダイレクトメールにて問い合わせ・オーダー出来ます!
もちろんこれらだけでなく、エコバッグやストールにミニストール、帽子に小物入れ、ペットボトルホルダーや羽織ものまで色々ありますよ^^
プレセントにも喜ばれまーす♪

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あの日は忘れない

2021年03月11日 | 暮らしの中で

2011年3月11日東日本大震災から丸10年。
14時46分、小田急町田駅でのあの瞬間はもちろん、約12時間後に帰宅した後のテレビで見た衝撃、忘れません。

災害の犠牲となった方々に改めてご冥福をお祈り致します。
被災された方々も、復興まだ半ばの地域も、1日も早い復興・心の安寧が訪れますように。

そこそこ忙しい日々の中で、つい忘れがちな防災意識。
ただ、私は仕事で色々な駅へ行くので、近くの非常階段や避難経路は意識的に(今では無意識に)探すようになりました。
駅で帰宅難民になったから余計にそうなったのかも。

そして思うのは、10年前より明らかに「エキナカ」もしくは「エキソト」という商業施設が非常に充実したこと。
都内・神奈川の都市部は、
こんな小さな駅(失礼)にも!というくらい駅で何でも買えるようになりました。
いざという時、役に立つ。(そういう時はすぐ売り切れるけど・・)

とにかく絶句、言い表せない衝撃、その後も胸がしめつけられ心が痛い毎日。
仕事以外は出掛ける気にもなれない。
そんな日々が続きましたが、4月に入って義母が誘い出してくれ、やっと外に出始める。
自分にできることは「被災地や風評被害にあった地域のものを買う」ことや「大震災を忘れない」ことでした。
それは今も同じです。


10年前の
駅の中で帰宅難民に。での内容を、忘れないために再度載せておこうと思います。

以下、転載です。

3月12日午前3時、ようやく帰宅した私はテレビをつけて、私なんて被害のうちに入らない・・と思い知ることになったのでした。

3月11日14:46、私はひとり小田急線の町田駅ホームにいました。

立っていた駅のホームが激しく横に揺れました。
ちょうど隣りのホームに停車していた特急列車が傾き、恐怖を覚えたほど。

その後も余震が続き、もちろん電車はストップ。

伊東の母宅へ向かう途中だったので母へ電話するも出ず。夫も姉も義父母にもつながらない。
メールも送れない届かない。ワンセグも受信できない。

やっとこさwebにて震源地と震度などを知る。
しかしそれ以上の情報はつかめない。その時点では事の重大さがわからない。

駅の放送は私鉄もJRも停止していることを告げるだけ(しかたないけど)

駅のホームで寒さに震えながら1時間半を過ごす。
みんな、ホームから動かない。

長くなるかもしれないトイレに行っておこうと思い、階下の構内に降りると大勢の人でごった返し、トイレも当然長蛇の列。

30分ほど並んでトイレを済ませ、構内のコンビニでパンと飲料を購入し、そのまま構内で3時間待つ。
(この時点でJRは終日ストップ→自宅はJR沿線なのでまともには帰れないことが決定)
見知らぬ女性が、これを敷いて座ったら・・と、新聞紙を1枚くれた。
嬉しかった。

確かこの頃、やっと夫や義父母と電話がつながる。

やがてホームにて車両を待合室代わりに開放するとの放送があり、皆でどやどやと上がる。

椅子に座れるのはありがたいが、構内より寒い・・寒い・・再びトイレへ。が、さっきより長蛇の列。

少し構内をウロウロしてから改札を出てタクシー乗り場に行ってみる。

予想通り。駅ビルを囲うように、超長蛇の列。人気映画の公開初日のよう。
しかもホームより激寒。(そりゃそーだ)
公衆電話もシャレにならないくらい並んでた。

タクシーはとても並べない・・と、再びホームの車両に入り、座る。

しばらくすると、駅から徒歩7分の町田市民ホールを避難場所として提供してくれるとの放送有り。

でも誰も動かない。復旧の目処はたたないから行ってくれと言わんばかりの放送あるも、誰も動かない。

うーーん市民ホールならトイレもあるし暖かいし、座り心地よさそうな椅子もありそうだし
私は行こう!と立つ。
結局7時間を駅で過ごした。

しかし市民ホールは西口と放送していたが北口だったぞ コラっ

市民ホールへの道中、コンビニで食料調達・・と思ったら何もない!!飲み物もHOTは売り切れ!
(あとで考えたら当たり前なんだけど、この時点ではまだ実感がない)

市民ホールでひたすら復旧を待った。2時間くらいかな?
タクシーは無理だし(お金も相当かかるし)道路はとっくに大渋滞だろうし、
JRは終日動かないんだから。

やがて午前零時過ぎ、小田急線がかろうじて復旧したとの連絡。
夫に電話して(これもなかなかつながらなかった)JRとの乗り換え駅まで迎えに来てもらう。
しかし思ったとおり大渋滞でその駅で1時間待ち、帰りも1時間以上かかった。
駅で過ごした時間を思うと短いものだけど。

そんなこんなで午前3時にやっとこさ帰宅。最初に揺れてから約12時間。

川崎市も7時間停電して大変だったらしいが、テレビをつけて、東北の尋常でない被害の大きさに言葉を失いました。
私なんて・・えらい目にあった、なんてさっきまで思ったけど命あっただけでもいいじゃない。

被災された方の心境は、私達の想像を絶するものと思いますが、
まだ安否確認が取れない方、どうか1秒でもはやく連絡がとれますように。
避難はしたものの、孤立してまだ救出されていない方々、はやく発見されますように。
避難所で不自由な生活を強いられている皆さん、はやく物資が届きますように。
なんとか皆さん、頑張って下さい。

そして、震災の犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

最後に、町田市民ホールの皆様、場所の提供及び、親切にして下さりありがとうございました。
心より感謝いたします。



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ノスタルジック東京51~有楽町電気ビルヂングのモザイクアート~

2021年03月04日 | ノスタルジック東京

今回は有楽町電気ビルヂングですが、矢橋六郎氏のモザイクアートのみのアップです。
ネットでもあまり情報がなく、矢橋氏の作品リストで確認しました。


有楽町電気ビルヂング、竣工は北館1975年9月23日、南館1979年3月26日と
前回までのビルヂングと比べると10年ほど新しいのですが、こちらは
旧電気ビル(1933年竣工)の建て替えにより竣工したビルだそうです。

こちらの地下1階に、レリーフ彫刻のある壁とモザイクタイルが施された床があります。
矢橋太郎氏の「太陽とオリーブ」です。
リストには1979年とあったので、南館の竣工時からあったのでしょうか。




画像が左寄りなのは、右手にオジサマがいらっしゃるからです><
お店も閉まってるし、他には誰もいません。
この時は時間がなかったので構わず撮影^^;


「月とオリーブ」






月のモザイクが細かくて目を見張ります。


床のモザイクアートも素敵ですが、ヨットらしきものが。
海でしょうか。


上のライトが反射してしまう~







上からも撮ってみました。


やっぱり海とヨットですかね~
そうだとすると結構な荒波です。



月も上から。


この日はたまたまオジサマがいらっしゃいましたが、
(ちゃんと撮影しようと思う日に限って笑)
いつもは、概ねゆっくり鑑賞できます。

矢橋六郎氏のモザイクアートは東京では、東京交通会館が有名だと思いますが、持っている画像が古過ぎるので(ガラケー時代の画像)またちゃんと撮りに行きたいと思います。
名古屋にあるのもいつか見たい!


ノスタルジック東京46~有楽町ビルヂング~
ノスタルジック東京47~新有楽町ビルヂング~
ノスタルジック東京48~国際ビルヂング その1~
ノスタルジック東京49~国際ビルヂング その2~
ノスタルジック東京50~新東京ビルヂング~
ノスタルジック東京51~有楽町電機ビルヂングのモザイクアート~(この記事)

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ノスタルジック東京50~新東京ビルヂング~

2021年03月02日 | ノスタルジック東京

また間が空いてしまいましたが、高度経済成長期竣工のレトロビル特集、続きです。

今回の新東京ビルヂングは、1963年(昭和38)竣工・2期は1965年完成。
しかしそれほど古さは感じず、内部も一見レトロという雰囲気はあまりないのですが、階段周りや手すりがレトロモダンという感じです。
綺麗だから近年改修されたのかな??

そして建物内に、ノスタルジック東京48~国際ビルヂング その1~でも紹介した矢橋六郎氏の、モザイク画「彩雲・流水」があります。




銀色の扉はエレベーターです。
矢橋氏の作品を見ながらエレベーターを待つ。
タイル好きには良き時間。

しかしやはり目立つのはこちらでしょうか。
中ほどの吹き抜けドーム天井に特徴的な装飾が。



上2枚の画像は下から撮影したものです。
中心に近い部分が薄いピンクでキレイ。

これを2階から撮ってみたくて、この時はエレベーターで2階へ行きました。

2階はギャラリーになっています。※無料


先ほどの装飾を間近で見られます。

レトロな手すりも一緒に。
だからなんだと言われればそれまでですが、この感じをもう何年も撮りたかった。
それまでも何度か入ってはいるけど、上まであがる時間がなく。




エレベーターホールを上から。柱の並びもなんだか美しい。




間近で見るとカットの凹凸もよくわかります。


たまたま日曜日だったので、下のスタバくらいしか人はいませんでした。







最後に引きで。なかなかいい眺め。




いつもついでに寄ることが多かったので、
この日は改めてゆっくり撮影出来ました。


ノスタルジック東京46~有楽町ビルヂング~
ノスタルジック東京47~新有楽町ビルヂング~
ノスタルジック東京48~国際ビルヂング その1~
ノスタルジック東京49~国際ビルヂング その2~
ノスタルジック東京50~新東京ビルヂング~(この記事)
ノスタルジック東京51~有楽町電機ビルヂングのモザイクアート~

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