花守

四季の花はそれぞれやさしく咲きこころなごみます
折々に咲く花を守りこころかすめる思い出など綴ってみたいです

母からの

2018年10月17日 10時03分39秒 | 母を想う

随分昔のことです
母は私が持っている着物を見て“いざというとき”に困るからと言って(というのは
私が持っている着物が幼げな若者風と言う意味だったようです)
加賀友禅の付け下げの着物を買ってくれたのです
私は母が言う“いざというとき”とはどんな時のことだろうかとおもったものです
たとえば息子の結納のようなときかな
そんな時にはもう自分が健在でないかも知れないから
私が困らないように準備をしてやらなくてはと思ったのかもしれない
私はその頃はよく母のお伴をして着物を着こんでお茶会にも出かけたものです

でもそうは言ってもその後に母は受験生の子供を持つ私に対して
陣中見舞いといって絞りのきものも買ってくれたのですが
それだって結構綸子の地に赤や紺色黄色の小花が染められた絞紋様で
若い年代から着れるものでした
だから母にとって私は何時までも子供のままだったのかなと

今年も文化祭で詩吟に出場する際皆さん和服を着らます
今年は母からプレゼントされた加賀友禅の付け下げを着ようかとおもっています
これも〝いざというとき“になるものかどうか





他の山茶花よりひと足早く咲く花です
一輪だけ咲きました
母が亡くなった朝にも咲いていました
悲嘆の涙をして見つめたものです
もう散るかも



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いつのまにか

2018年10月08日 10時11分07秒 | 母を想う
友禅染を思わせるような可愛い菊の花が
いつのまにか咲いていたのです
今年の夏はいやに暑い日の連続でその上に雨がよく降って
我が家の狭い裏庭にはどうしようもなく草が繁ってしまいました
夜明けを待って今朝は草取りを少しだけ
でもまだまだ草が沢山に私を嘲笑っているのです



ふとやさしい気分になれました
あの菊が咲いていたからです
来年はもっと花も葉も大きく育てたいです


今年は遅いと思っていましたが金木犀の花あっという間に満開です
馨しい香り待っていたのです




山茶花のつぼみがふくらんでいます
この山茶花はピンク色のつぼみですが花がひらくと真っ白く
やわらかな八重の花になります





母が亡くなった朝にこの山茶花が一輪だけ咲いていました
その年の最初に咲いた一輪でした
私にとってそのときは母の死が世の中にこんなにも悲しいものかと
打ちひしがれるような悲嘆のときでした
静かな夜明けに咲いたその花をみて
この花は母を見送る花なのかな
いいえあちらの世からお迎えの花なのかなと
私にとってはいづれにしても悲し過ぎることでした
でもあれから30年経ちました
毎年同じようにこの山茶花は咲いています
母から与えられた数々の慈愛を思い起こしながら今日があること
とてもとても大きな感謝です
それなのにこんなことを想うとどうしようもなく涙が出て文字もにじんでしまいます
そんなとき心の中で叫ぶのです
“あなたの娘です”と
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もう こんなに秋の花

2018年09月28日 08時36分13秒 | 母を想う
もう秋の花が咲こうとしているのです
お茶の花つぼみが膨らんでいます
下を向いて咲く「お茶の花は優しくて」と母が言ったのです
そんな時の母の顔 なんと優しくて
もう 咲きますね




ツワブキのつぼみ育っていますね
秋の庭に黄色いツワブキの花が咲くとこころが明るくなるのです




そうなんです
もう金木犀が咲くころなのに今年はまだつぼみも見せなくて
母の通夜にはあんなにも馨しく咲いていたのに
母の死からもう30年 充分に歳月は経過しましたのに
私には金木犀のかおりは母を想って悲しくなるのです
だから遅れて咲くのかしら


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お盆だから

2018年08月11日 12時57分52秒 | 母を想う

今日の産経新聞「朝の詩」に
“逢いて”という詩が掲載されていました

  お盆だからちょっとでもいいから
  お母さんに逢いたい
  逢えば喧嘩するかも 喧嘩してもいいから逢いたい
という意味でかかれていました

もしお盆だから逢えるのなら
お母さん
私も是非ともあなたに逢いたいです

もう30年も逢っていないけど私のこときっと全部全部覚えて貰っている筈です
ちょっとでもとは言わないで
是非とも何日も滞在して欲しいのです
あなたに逝かれた当初はそれが受け入れられないで当分は
あなたが二階のあなたの部屋に居るのだと
おもうことでこころの安らぎがあったものです
あなたが好きだった花を9か所に活けて
出かけるときは直ぐに座れるように仏壇の前に座布団を置き
玄関にはお洒落だったあなたの大好きだった草履を揃えて
いろいろと喜んで褒めて貰えるようなことを考えていたものです
もし逢えたなら勿体なくて喧嘩なんかできないと思うのです
私もしかしたらあなたと別れたときから成長していないのかも
洋服だってあの頃のものを着ています
お茶のときに着る和服だってあなたに誂えて貰ったものを
今でも着ています
でも熱心に導かれた茶道傳物の点前なら大丈夫です
あの頃以上にできるかも

逢っていない30年間のこと何から話せばいいかしら
きっと何日も何日も話すことでしょう
そして
これからの私の老後のこと相談にのっていただけるかしら
私の命が終える頃のこと
あなたはやさしく道案内してくださるかしら




小エビ草咲き始めました
昨年根元から伐っておいたので少し遅い開花です

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神様の杖

2018年07月06日 09時55分03秒 | 母を想う

我が家の裏庭は道路に面したところは石崖となっていて
大人がちょっと腰かけて一休みするには丁度良い花影の場所なんです
ある日その石崖のところにおばあさまが腰かけて一休みされておられました
私の顔をみてにこにこしながら言われたのです
「ちょっと一休みさせてくださいね」
石崖に腰をおろして
杖にもたれかかっておられたのです

暫くして其処に行ってみると笑顔の可愛いおばあさまの姿はもう見られなくて
杖だけが残されていました
私は辺りを見渡しましたがどこにもおばあさまの姿は見えないのです
ふと想ったのです
あれは神様だったのかも知れない
神様がこの家の住人をみに来られたのだと
私は主人に言ったのです
「これは神様の杖」だと
神様の杖はあれからずっと長く車庫に置かれていました

先日主人が使っている杖の先端が傷んできたので
私は云ったのです
「新しく買い求めるまで 神様の杖を使わしてもらいましょうよ」
すると主人は聞くのです
「神様の杖?」
主人はもうあの時のことを忘れているのだねと思いました
そして私の差し出す神様の杖を見て主人は言ったのです
「これはおばあちゃん(私の母のこと)の杖だ」

私のこころが動揺するではありませんか
では何年も前のあの時に私が神様とおもった
笑顔の可愛いおばあさまは私の母だったのかしら




琉球月見草かよわそうですがまだまだ花を咲かせています
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