奄美大島の北 約500kmに位置する鹿児島市には,
石橋記念公園という,150年間にわたって現役で活躍していた石橋をメインに据えた国内でも珍しい公園がある。
ここは,鹿児島市内の中でも私のお気に入りスポットの一つ。
入園料が無料というだけでなく,桜島を借景にした,明治末期の3つの優美な石橋を愛でることのできる素晴らしいところである。
のっぺらぼうのコンクリート製の橋ではなく,緩やかに弧を描く石橋の上から眺める桜島は格別である。
(写真はいずれも「西田橋」のもので,2005年9月撮影)
残暑厳しい鹿児島では,子供たちが石橋の下を流れる流水で,水遊びを楽しんでいた。
実は,この素晴らしい公園の歴史は比較的新しく,2000年の開設である。
そして,この開設に至る経緯が若干複雑でもある。
1993年8月6日,鹿児島市は,集中豪雨に見舞われ,市街地の約1万2000戸が浸水するなど大きな被害を被るとともに,市内に存在した「甲突川の五石橋」(鹿児島市の中心を流れる甲突川に架かっていた,上流から玉江橋,新上橋,西田橋,高麗橋,武之橋)は破損,流失した。
流失を免れた3つの橋(玉江橋,西田橋,高麗橋)については,修復の上,使用を再開することを求める市民の声も特に多かったが,市は,再度集中豪雨に見舞われた際,橋の橋脚自体が堤防のような役割を果たす可能性が高く,流域市民の安全の確保の疎外となるなどとして,石橋の撤去を決めた。
しかし,石橋存続の声は止まず,最終的に法廷闘争にまで持ち込まれた。
結局,石橋の撤去が敢行されたが,市は,市民感情の緩和策として,3つの石橋を移設し,公園として整備することを決めた。
このような経緯から,今の石橋公園があり,我々の目を楽しませてくれる。
ただ,鹿児島市に昔から住んでいる人の気持ちは,やはり複雑なようで,この公園を讃めると,「昔のままの場所に石橋が残り,この足でときどき石の感触を楽しみたかった」との声も聞かされる。
ところで,今,鹿児島市内を流れる和田川に架かる石橋「潮見橋」(鹿児島市内に現存する唯一の三連アーチ)をめぐって,再び鹿児島市が揺れている(潮見橋の撤去計画,外観等については
こちら,最近の状況については
こちらと
こちらの記事をご覧いただきたい)。
鹿児島市は,反対派住民が示した案では橋流失の可能性があると結論付け,12月には予定どおり解体作業を開始するようだ。
思えば,日本各地の町中から石橋が消えて久しくなる。
この写真のような優美な石橋を見られる場所が,町中から消えるのは少し寂しい。