vagabond の 徒然なるままに in ネリヤカナヤ
エメラルドグリーンの海,溢れる太陽の光,緑の森に包まれた奄美大島から,乾いた心を瘉す写真をお届けします。
 



離島生活をしていると,無性に,本,音楽,絵画等に触れたくなる。
晴天が続くと,そんなことさえ忘れてしまって,海へ山へと出掛けていくのだが,ここのところ,奄美地方はあいにく曇天続き。
そんなこんなでAmazonを覗いていると,「なか見検索」という新機能に気付いた。
例えば「奄美」で検索してみるとこのようにズラッと表示される。
本の表紙のサムネイル写真をクリックすると,表紙,目次,本文の一部等が掲載されていて,中身を見てからネット通販で本を購入することのできる優れもの。
これで,事前に内容を確かめてから購入することをできるようになるので,後悔する確率が低くなる。
ただし,この機能に参加している出版社はまだ限られているようで,講談社,PHP等は参加しているが,新潮社,文藝春秋等は見参加の模様で,検索結果には,マイナーな出版社が並ぶ。
また,私は,本を選ぶときには,出版社の紹介文,目次の他に,はしがきを読んだ上で本文を読むことにしているのだが,はしがきは掲載されていない気がする。
米国Amazon.comでは,同様の"Search Inside!"という機能を既に2003年から稼働しており,私も,洋書絵本等を選ぶ際には,こちらで見てから購入したりしていた(例えば,The 20th Century Children's Book Treasuryだと,こんなふうに表示される)。
米国から2年遅れての日本Amazonでの稼働ということになるが,とても便利なだけに,今後の拡充に期待したい。

奄美関係の本を探していると,島尾敏雄「新編・琉球弧の視点から」(朝日文庫)や島尾ミホ「海辺の生と死」(中公文庫)など絶版になっているものも多い(奄美関係の書籍の充実した本屋としては「あまみ庵」があるが,これらについては在庫がない模様)。
そうすると,古本を探すことになるが,10月に開設されたデータベースBOOK TOWN じんぼうが便利かもしれない。
日本一の古書店街のポータルサイトを謳うだけに期待をしたが,こちらも,在庫情報の充実度では不満があるし,お値段も若干高めな気がする。
こちらも今後の充実に期待,といったところか。

ところで,島尾夫妻の両書籍は,両方とも,10年ほど前の出版なのに,絶版になっており,そのこと自体にも大いに不満を感じる。
ただ,オンデマンド出版という手があったと気付き,早速,中央公論新社のページに飛んだ。
が,「海辺の生と死」にはヒットせず。
それどころか,「赤頭巾ちゃん気をつけて」が2,205円という値段設定には笑ってしまった(文庫本で620円)。
この値段で買う人がいるのだろうか?
オンデマンド出版もちょっと前からやられているが,まだ文化としては成熟していないということか。

音楽関係では,Appleのi-tunesが話題になっていたが,残念ながらクラシック音楽は扱っていない。
そんなところへ,ナクソス・デジタル・ジャパン、クラシック音楽専用のストリーミング配信サービスを開始との報道。
16万曲以上が聞き放題とのことだが,月額料金は1,890円と個人が支払うには少し高め。
クラシックを聴き始めた人が配信を受けるにしては値段設定が高いし,ある程度聴き込んだ人ならこの手のサービスは不要だろうし…
教育機関をメインターゲットにしているようだが,「100曲モーツァルト」等のヒットで,ちょっとしたクラシックブームが起きているだけに,個人利用者向けにもう少し安めのコースを用意してもよいのではないか,と思った。

ということで,書籍のデータベース化,音楽のネット配信等で欧米諸国に後れをとっている日本の文化事情には寂しさを感じるが,国立国会図書館では,近代デジタルライブラリー と称して,所蔵の明治期刊行図書を収録した画像データベース(平成17年8月現在 約59,900冊)を拡充中らしい。
こちらも,明治期のものであること,内容でのテキスト検索ができないことなど不満があるが,まずは,文化のデータベース化の第一歩を歩み始めたというところか。
国立国会図書館では,「描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌」という電子展覧会を行っており,こちらも楽しめる(こちらは,おおた葉一郎さんのブログで知った)。

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 国語教科書から消えた名作 復活本が親世代に人気(朝日新聞)とのこと。懐かしすぎる~
上の記事で紹介されている「チックとタック」は,光村図書出版発刊の国語教科書に出てくる大好きな作品でした。柱時計に住んでいる小人のチックとタックが,夜ごと時計の中から出てきて,天婦羅をはじめ,部屋に置いてある食べものを食べては,朝になると時計の中に帰っていく。ところが,ある日置いてあった食べものは,わさびのたっぶり入ったお寿司で…というお話。子供心に,食べものを美味しそうに食べるシーンが印象的だったのを覚えています。寝たふりをしながらてん末をきっちり見守っているおじさんもいい味出していました。
 『せっちゃんはおきゃんでまるで男の子みたい…』で始まる,「どろんこ祭り」も懐かしい作品(どうもジェンダーバイアスの観点から教科書から削除されたようです。たしかに,はじめて読んだ当時も,こういうストーリー展開でよいのかなと若干ひっかかった気がします。それでも,地方の風俗,幼い頃の少し緊張感のある男女関係を活き活きと描いた佳品だと思います。)。
 トルストイの「とびこめ」という作品も,他の作品に比べて異質の硬質な印象を持ちました。マストにのぼってしまった子供が降りられなくなってしまい…というお話で,スリリングな展開を比較的格調高い翻訳文で上手く表現していたように思います(な~んて,当時,そんな印象を持った風に書いちゃってますが,実は読み直してみれば全然違う印象を持ったりなんかして)。
 それと,忘れられないのは,「あかいスポーツカー」。確か,小学校1年生の教科書に載っていたと思うのですが,先生の指導でみんなで暗唱したのを今でも覚えています。『あかいスポーツカーが走ってきました…』で始まり,最後は,事故ってレッカー車に引っ張られて行ったと思います。

 小学生時代は,授業中に,迷路を作ったり,相撲の星取り表を作ったり,手紙を書いたり色々内職もしたけど,国語の教科書だけは,真新しいものが配られると,すぐ全部読んじゃいました。
 
 なお,光村図書出版の昭和46年度版から平成12年度版までの教科書の中から精選された作品について,全18巻(分売有)で復刻版が出ているようで,かなり惹かれました。まずは第1巻から手始めに読んでみようかな。

良かったら,皆さんの「想い出の作品」を聞かせてください。

ところで,算数で,円周率が「3.14」から「3」になって随分経ちました。今の,国語の授業って一体どんな状況なんでしょうかね?その辺りの事情に詳しい人がいらっしゃったらコメント頂けるととても嬉しく思います。

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 森村桂さんが亡くなった。どうしてこうも立て続けに好きな作家が逝ってしまうのだろうか…
 私は,角川映画全盛期に中学・高校生だった世代である。角川映画については,世間では余り高く評価されていないと思う。しかし,私にとっては,青春時代を語るとき,角川映画を抜きにすることはできない(今となっては少し恥ずかしい気もするが,青春時代の青さゆえ勘弁してもらおう。)。そして,角川映画の生みの親である角川春樹氏は,後にコカイン使用等で服役する等,起伏の激しい人生を歩まれているが,日本においてはじめて「メディアミックス」(映画,書籍,雑誌,レコード等を複合的に用いて相乗効果を狙い商業芸術を成功させる手法)というコンセプトを持ち込み,かつ大成功を収めた人である。そのメディア界における存在感は,70年代後半から80年代に青春期を過ごした世代にとっては圧倒的だと思う。
 同時代の人たちなら,薬師丸ひろ子,原田知世,渡辺典子の「角川三人娘」を覚えておいでだろう。彼女たちは,それぞれに今もメディアで活躍されており,時の流れの残酷さを感じさせられることもままあるが,それでも,浮き沈みの激しい芸能界に生き残られており,夢中にさせられたあの頃を懐かしく思い出すには,十分すぎるほどの存在感である(時折,同居人から,「あ,知世ちゃんがラップのコマーシャルに出てるよ」と冷やかされる始末である…)。
しかし,私にとって,彼女たちの存在以上に財産として残ったのは,「読書する習慣」である。角川氏の「戦略」にまんまと乗っかっり,赤川次郎,眉村卓,森村桂,そして筒井康隆(!)の作品群を読むにつれ,次第に読書の楽しさを知ったといっても過言ではない。なかでも,ニューカレドニアへの旅行記「天国に一番近い島」をはじめとする森村桂さんの作品は,純粋さとしなやかさを感じさせるとともに,素直に行動すること,いつも溌剌とした気分でいることの大切さを教えてくれた。そして,受験勉強等で落ち込みがちな毎日に元気を与えてくれた。そして,同名の映画も,原作に比べると,若干の青臭さを感じるものの,未だ海外へ行ったことのない高校生にとって,透き通るような空と海の青さが深く印象に残る佳品であった。
 森村さんの作品は,最近廃刊が相次いでいるとも聞いていた。そんな中の突如の訃報。
 報道によると,最近は,体調を崩し,入退院を繰り返していたとのこと。どうぞ,安らかにお眠りください。
 また,私にとって一つの時代が終わりを告げた。

訃報:森村桂(本名・三宅桂)さん64歳=作家(毎日新聞)

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 サガンが逝った。ベビーブーマーにとっては,同時代の存在。一方,generation Yにとっては,サガンは博物館にいるのがふさわしい人物だろう。では,generation Xにとってはどうなのだろう。
 私は,1967年生。中学校時代に読んだ小説は,露西亜は,アンナ・カレーニナ(トルストイ),罪と罰(ドストエフスキー),外套(ゴーリキー),仏蘭西は,異邦人(カミュ),悲しみよこんにちは(サガン),青い麦(コレット)。これに対して,日本文学では,暗夜行路(志賀直哉),田舎教師(田山花袋)と破戒(島崎藤村)。それぞれの間に横たわる深くて長い河は,一体何なんだろうか。
 1980年代,少なくとも,私にとっては,自然主義の呪縛から逃れられないでいた。そして,露西亜文学のしかつめらしい面持ち。それに対して,カミュはさておき,サガンとコレットと言ったら!
 数年後,「おしゃれ」という言葉が流行った。私がサガンと出会ったころは,この意味合いでのこの言葉はなかったが,「おしゃれ」という言葉を標榜しようと思っても,そうはならない,しかしながら他方,本質的にはこだわりのない主人公たちの個人的なこだわりの世界。この軽さと存在感の希薄さ,そして,このジメッとした島国では到底生まれ得ない少女たちの奔放さ。違和感を覚えながらも,サガンの世界に強く惹かれた。少なくとも,その意味で,私にとっては,準 同時代であったのではないか,そう思う。
 そして,20数年が経った。今,このくにの少女たちは,(恐らく)サガンを知らない。「ウーマンリブ」(女性の解放)の系譜へと否応なく繋がっていくこの潮流を知る由もない。また,一人ひとりの生きていく様に何らの変わりもない。サガンが死んだとて,明日のパリが,そして世界が,何ら変化しないのは確かだ。
 しかし,一つの時代,未来に漠然とした希望が描けた時代が,また一つの終焉を迎えたのも事実かも知れない。
 世界は,さらにどこへ行こうとしているのだろうか。そんなことを考えてしまった。


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昨日は,「琳派 RIMPA」展の帰りに,OAZO(オアゾ)に行ってきた。丸善もすごい人混みで,正直,ゆっくりと本を見ることは難しかった。おそらく,ゆったりした動線を確保しているとは思うのだが,それを上回る混雑で,特にエスカレータ脇の通路は行列ができる状況。
気になる品揃えの方は,法律,経済系や語学はメジャーどころを手堅く揃え充実していたが,児童書は,福音館のものは,広い面積をとってディスプレイされていたものの,他社のものは,この売り場面積の割りには手薄に感じた。最近復刊になった絵本のコロボックルシリーズも,前面にディスプレイされていると思いきや,どこかに埋もれており,店員にお願いして出してきてもらう始末。音楽雑誌は,ボチボチといったところ。

また,全般に,お奨めの本や売れ筋の本の「紹介」がひととおりに終わっている気がして,「取り敢えず品数を揃えました」という印象を否めなかった。
今の本屋は,ただ書籍が沢山置いているだけではネット書店との差別化が図られず,その店独自の,社会や文化のトレンドに対する見方を踏まえた,品揃えやディスプレイ等を工夫することが欠かせないと思うのだが,この点は今後の課題であろう。これまでの日本橋店でも,あまりこの種の独自性は打ち出せていなかった気がしたが,新店舗開設を機に是非脱皮を図って欲しいものだ。

私自身の関心がある分野については,これまでよく利用していた八重洲ブックセンターよりも格段に品数が多く,立地も良いので,今後,丸の内本店の方の利用頻度が増えそうな気がする。
残念ながら,あまりの人出に気力が失せて,4階には辿り着けなかったが,ここには文具売り場やギャラリー等があるので,またの機会のお楽しみにとっておくこととした
とりあえず,児童書を2冊購入したが,レジで5分待ち(長蛇の列だが,レジ担当者が10人ほどいた)。

ところで,オアゾは総合商業施設でもある。ということは,もう一つのお楽しみは飲食店である。が,地下一階には,レストラン,バー等があるものの,どれも鰻の寝床のような造りで,安物の地下飲食街という印象がぬぐえず,あまりそそられなかった
少し店舗数を欲張り過ぎたのではなかろうか。
上層階にも,つばめグリルの支店その他のレストランが入っており,こちらの方は,若干グレードが高そうな雰囲気もある。その中の上海料理店「オーキッド」に入ろうと試みたが,午後2時近かったにもかかわらず,「1時間待ち」とのことだったので,退散。とにかくすごい人出で,宇宙航空研究開発機構の入っている2階などは,人が溢れ出さんばかりで,警備員が将棋倒しにならないよう誘導していたため,こちらも諦めた。

もう少しほとぼりが冷めた頃にゆっくり訪問するとしよう。
あ~疲れた!

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夏になると,必ずのように,戦争関係の本に手が伸びる。今年は,元大本営参謀の太平洋...東京ブックレット (12)を読んだ。東京新聞発のブックレットであるが,元大本営参謀 瀬島龍三 氏(NTT顧問,亜細亜大学理事長,元伊藤忠商事顧問,臨時行政改革推進審議会[中曽根行革審]委員)のインタビューであり,薄さの割りに内容は濃い。

「『南部仏印進駐は,対米英戦争を覚悟し,その準備と見通しが立つまではやるべきではない』との意見書を上司に提出した」
「(満州国の建設から)戦線を広げてはいけなかったのですよ。南へ行くのではなくて,国際情勢を活用して,カイライだのなんのと言われた満州国が国際的に認知されるよう努力すべきだった」
「憲法は『不磨の大典』と言っていないで,時代に即して直していくところは直していかないとね。その最大の教訓が,この明治憲法の統帥権ですよ」等,大本営の中枢部にいた瀬島氏の発言には独特の重みがある。

これらの発言を踏まえて思うのは,ひとつの国を良い方向へ導くためには,不惜身命の一念で最後まで責任をもって引っ張っていくリーダーが不可欠ということ。
明治政府の元老は,日露戦争を終結するために,ルーズベルトと大学の同窓だった金子伯爵をアメリカへ派遣して終戦工作をした,エース小村寿太郎を北京公使から外務大臣へ異動させる等総力を尽くしたといった有名なエピソードも,瀬島氏の口から語られると非常に感慨深い。一方,この戦争の結果獲得した満州の権益を守るために,満州事変へと進んでいったというのも皮肉な話だ。

省みるに自分自身「中堅」と言われて久しいが,どのような生き様をするのだろうか...

瀬島氏に関しては,以下の著作がある(4は自伝。5はこれを一般向けにかみ砕いたテレビ番組を書籍課したもの。1,2もなかなか深い)
1 瀬島龍三―参謀の昭和史 文春文庫
2 沈黙のファイル―「瀬島龍三」とは何だったのか 新潮文庫
3 大東亜戦争の実相 PHP文庫
4 幾山河―瀬島竜三回想録
5 瀬島龍三 日本の証言―新・平成日本のよふけスペシャル

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