vagabond の 徒然なるままに in ネリヤカナヤ

エメラルドグリーンの海,溢れる太陽の光,緑の森に包まれた奄美大島から,乾いた心を瘉す写真をお届けします。

大植英次いよいよ登場

2005-07-25 22:54:23 | 音楽
いよいよ大植英次氏が,東洋人としてはじめてバイロイト音楽祭に登場します。
大植氏は,ほとんどオペラ指揮の経験がないそうですが,ウォルフガング・ワーグナー総監督がその指揮振りに感激して大抜擢したとのこと。
昨日放映の情熱大陸で初めて大植氏の人と芸術を垣間見ましたが,師匠・バーンスタインのスタイルとキャラクターを色濃く受け継ぎ,情熱的な音楽作りをする指揮者のようでした。明るく,エネルギッシュで,そして音楽に対する深い愛情を感じました。

大植氏は,バイロイト音楽祭の初日,「トリスタンとイゾルデ」を振ります。
ワーグナーが残した芸術の中でも,深く,妖しく,哀しい愛の物語を,大植氏がどのように再現するのか。
経験不足を,感性と情熱と音楽への愛情とで補い,臆することなく,「トリスタン」の新境地をFantasicに切り拓いてもらいたいと思います。

残念ながら,この演奏は,NHK FMでは,ライブ放送はされませんが,オペラキャストさんによると,欧州の各インターネットラジオ局で日本時間25日の午後11時ころから生中継されるようです(オペラキャストさんのブログは,はろるどさんのブログで知りました。はろるどさんありがとうございます!)。
これは聞き逃せません(このインターネットラジオ。一日中クラッシック音楽を流しているところも多い優れものです。暫くクセになりそうでもあります。)。

さあ,いよいよ始まります!

ジュリーニ死す

2005-06-16 08:36:59 | 音楽
地味でありながらも,味わい深い数々の名演奏を聴かせてくれた名指揮者ジュリーニが亡くなった(91歳)
昨年はクライバー,そして,今年はジュリーニと,一人また一人大好きな指揮者がこの世を去っていく...
ジュリーニは,最近は殆ど隠居状態だったが,亡くなられるとやはり非常に寂しいものを感じる。
ジュリーニの演奏を初めて知った,ブラームス交響曲第1番(LPOとの共演)を聴きつつ,心からご冥福をお祈りします。

お薦めのコンサート

2005-05-28 10:07:17 | 音楽
皆様,またまたご無沙汰いたしております。
ネリヤカナヤに来れば,もーっと楽園生活を満喫できると思っていたのに,なんだかんだと追いまくられているvagabond67でございます。

今日は,唄者(ウタシャ。奄美で島唄の歌い手のこと)の朝崎郁恵さんのことをご紹介させてください。
先日,奄美文化センターで,朝崎育恵さんのコンサートに行ってきました。
朝崎さんは,奄美群島の加計呂間島出身で今年70歳なのですが,3年前の67歳にメジャーデビューした方です。

その声は,張り,艶共に申し分なく,玉虫色に輝く島唄独特の節回しが,心に深く染み渡ります。
島唄は,三味線のみと共演するのが通常なのですが,朝崎さんは,ピアノ,パーカッション等をバックに入れ,ひと味違った世界を聞かせてくれます。
ピアノの演奏が,小粋で素敵でした。

また,当日は,あのUA(お母さんが奄美群島の出身。最近,朝崎さんに習っているらしい。)が島唄を披露してくれ,これも島唄オリジナルの歌い方とは全く違いながらも,独特の感動的な世界が展開されました。

実は,このコンサートは,6月5日(日)東京の池上本門寺で聞くことが出来ます。
http://www.mauvenet.com/asazaki/
興味のある方は,是非,足を運んでみてください。

最近,CDも発売されたようです。
B000803FDQおぼくり朝崎郁恵東芝EMI 2005-05-18売り上げランキング : 377Amazonで詳しく見る by G-Tools


カペルマイスター・ブロムシュテット 最後の日本公演~深い祈りとともに

2005-02-27 23:04:34 | 音楽
朝起きると,聖書を読み,祈りを捧げ,そしてスコアに向かって曲の研究をする。そんな敬虔なクリスチャンでもあるブロムシュテットが,7年に及んだライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第18代カペルマイスターとして最後の日本公演を行った(2005年7月に退任し,リッカルド・シャイーにカペルマイスターを譲る。)。
この公演は,「日本におけるドイツ年2005/2006」の一環として行われるものである。
私は,今日,東京サントリーホールで,この一連の公演の最終日を聴いた。

演目は,次のとおり。
1 メンデルスゾーン作曲 交響曲第4番 イ長調 op.90「イタリア」
2 ブルックナー作曲 交響曲第7番 ホ長調 (ハース盤)

ブロムシュテットは,今年で78歳とは思えないほど若々しく,背筋をピンと伸ばし,颯爽とした指揮振りで格好良い。しかも両曲とも暗譜である。バトンも洗練されている。
(まだ70歳にもかかわらず,椅子に座り,猫背で,楽譜を睨みながら指揮をするブリュッヘンとは対照的な姿である。)
そして,曲の全体を大づかみにガシッと捉え,一筆で一気呵成に描いたような,自然で,全くけれん味のない名演奏を聴かせてくれた。
N響の名誉指揮者としても親しまれているブロムシュテットであるが,やはり手兵ゲヴァントハウスからは,期待に違わず,ヴィンテージワインを味わうかのような濃密な音楽が紡ぎ出され,素晴らしい演奏会であった。

特に,ブルックナーが素晴らしかった。
第1楽章の冒頭,微かな弦のトレモロで,「原始霧」が漂い始める。
ウィーンフィルに比べると,湿り気を感じさせるような濃厚な「霧」の出現である。
この冒頭から曲の世界に引き込まれる。

私は,ブルックナーの同曲に関しては,カラヤン,ジュリーニがそれぞれウィーンフィルを振った演奏を愛聴してきたが,ヴァイオリンの響きが全く違う。
ウィーンフィルの今にも切れんばかりの薄絹のような響きに比べると,線が太いのだが,その分,心にじわじわとしみ通るような渋い響きを聴くことができる。
そこにチェロが絡み,荘重に音楽が進んでいく。
高音の弦楽器は渋く,そして低音の弦楽器は重厚に響き,心の底へと響いてくる。
日本の楽団では,チェロやコントラバスが少しくぐもった音色になりがちなのだが,これらの楽器群も,重厚でありながらも,一音一音がきっちりと伝わってくる。
ドイツの名門楽団らしい,重心が低く,腰の据わった,安定感のある,そして構築力の高い演奏である。

粒立ちの良いフルートの響きも実に美しい。
そして,トランペット,トロンボーン,チューバが壮麗な響きを奏でるのはいうまでもないが,ホルンが深く透った音色を聴かせてくれる。
第2楽章で登場する4本のワーグナー・チューバ(普通のチューバを小型にした感じのもの)の奏でる「送葬の音楽」も渋く心に染み渡る。
これら金管楽器の分厚い響きは,体格の良いゲルマン民族ならではのものなのかもしれない。
特に,第4楽章での金管楽器の爆発ぶりは凄まじかった。
なお,今日一番感心したのは,フルートとホルンの美しい響きであった。
クラリネットの音色や節回しには堅さを感じたが,管楽器の奏者は全般にまだ若い(30歳から40歳ぐらいか)ながらも,素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

メンデルスゾーンも,清々しく溌剌とした演奏。
特に,第3楽章のホルンの響きが,高原を吹き抜ける涼風のようで心地よかった。
ゲーテと同様に「南の国」イタリアへの遙かなる憧れを抱いたメンデルスゾーンの思いを巧みに再現した素敵な演奏であった。

プログラムの冒頭には,「物であふれる今日,精神面,倫理面での育成がこれまでになく必要とされています。音楽を魂の糧として,私たちの生活を豊かにしようではありませんか。」とのブロムシュテットの挨拶が掲載されていた。
その言葉どおり,ブルックナーが推敲に推敲を重ねて作り出した世界が全宇宙に向かってじわじわと広がっていくかのような壮大な演奏であった。同時に,ブロムシュテットの深い祈りの気持ちや,清らかな気持ちも感じられた。
また,カーテンコールで,楽団員一人ひとりの所へ駆け寄って握手を求める姿にも,このマエストロらしい誠実な人柄を感じた。
アンコールは残念ながら無かったが,楽団員が下がった後も,拍手に応えて,ブロムシュテットが登場し,観衆みんなが別れを惜しんでいたのが印象的だった。

ところで,ブロムシュテットがカペルマイスターになってから,マズア時代には失われていたゲヴァントハウス管弦楽団の輝きが復活したともいわれていたようだ。
確かに,今日の演奏を聴いただけでも,音楽の熟成と楽団員との信頼が強く感じられた。
一方,クラリネットをはじめまだ若く若干の青さを感じられる楽団員については,さらなる鍛錬と成長が期待されるところでもある。
にもかかわらず,このような熟成の途中で,ブロムシュテットがカペルマイスターを降りるというのは,まことに残念でならない。
また,ブロムシュテットがゲヴァントハウスと共演したCDも数点しかなく,彼のけれん味のない演奏は,あまり時代にそぐわなくなっているのかなとも思う。
しかし,彼の音楽は,その精神性とともに,時代を超えて生き残る「本物」であることは間違いない,と思う。
今後も,ブロムシュテットは,定期的にゲヴァントハウスの客演指揮者として登場するらしい。
これからも,長生きをして,心に更に磨きをかけ,彼らしい気高い演奏を続けて欲しい,そう祈らずにはいられない。

クラシックの梶本音楽事務所が大阪撤退

2005-02-26 22:54:28 | 音楽
クラシックの梶本音楽事務所が大阪撤退とのニュースを知った。
梶本音楽事務所といえば,大阪発祥のクラシック専門の老舗音楽事務所。
年々先細りの大阪のクラシック市場に見切りを付けてリストラし,中国市場を目指すとのことらしいが,非常に残念。
大阪経済全体の地盤沈下を感じさせる象徴的な出来事。
大フィルは,朝比奈隆氏亡き後,大植英次氏の下で再生を図っていると思うが,是非,関西のクラシックの灯を絶やさないよう,活躍して欲しい。

ブリュッヘンのシューベルトを聴いて~「舞踏の聖化」の再現

2005-02-26 22:05:48 | 音楽
その日のサントリーホールは,演奏終了後,およそ1秒間の沈黙に包まれました。昨日,サントリーホールで,フランス=ブリュッヘン指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いてのことです。
演目は,次のとおりです。
シューベルト作曲
1 交響曲第7(8)番ロ短調『未完成』D.759
2 交響曲第8(9)番ハ長調『グレイト』D.944

先日聴いたブリュッヘン指揮のシューマンでも述べましたが,この日のシューベルト演奏も,ノン・ビブラートの演奏で,現代楽器とは思えない柔らかで輝かしい響きの演奏です。
そして,ブリュッヘンの音作りも,響きの美しさを十分に意識しつつ,曲中での各局面の位置付けを明確に意識した,メリハリを存分に付けたもの。
テンポは若干速めで,オケは,「グレイト」の第4楽章では,ちょっと辛いかなと感じる部分もあったが,溌剌としたテンポ感はブリュッヘンならではのもの。

「未完成」では,私は,爽やかな朝の森の中にいるように感じました。
「未完成」は生でも何度も聞き,ブリュッヘンの演奏もCDでは聴いてきたが,この日のライブ演奏では,一つひとつの楽器が,存在感を持ちつつも柔らかく響き,音楽の全てが胸に染み込んでくるようでした。
シューベルトの曲の演奏というと,甘ったるい洋菓子のようなとろけそうなものが多く,それはそれで悪くはないのですが,ブリュッヘンの演奏は,感情過多にはならず,繊細に,丁寧に,そして果てしなく美しく,一つひとつの音を紡ぎ出していきます。
音の瞬間,瞬間が,クリスタルのようにキラキラと輝いているのです。
こんなに,透明で美しいシューベルトは初めてです。

そして,「グレイト」。
この曲は,私にとって,ただひたすら長く,あまり面白味を感じない演奏でしたが,この日の演奏で,この曲の素晴らしさを再認識しました。
まずは,第1楽章,ホルンの悠揚たる旋律から始まり,管楽器,弦楽器,そして動物皮のティンパニ(この古楽器ならではの乾いた表情がたまりません)が,それぞれに掛け合いを繰り返していきます。
曲の表情はめまぐるしく変わり,様々な情景が描き出され。
何度も聴いたことのある曲にもかかわらず,次は,その次は?と展開が楽しみになってきます。
これほど表情の豊かなグレイトは初めてです。

第2楽章は,管楽器が主役で,弦楽器はつなぎ役のように感じられるほど,管楽器の演奏が素晴らしい。
オーボエ,ファゴット,クラリネットが良かった。もちろん,これらに絡むフルート,ホルン,トランペット,トロンボーンも良い味を出しています。
シューマンが「天国的な長さ」と評したこの楽章で,天国にいるような幸福感を感じられました。この幸福感がいつまでも続けば良いのに…

第3楽章は,ブリュッヘンらしい軽快感をもった爽快・痛快な演奏。
この楽章も繰り返しが多く,退屈に感じられることが多いのですが,これだけ激しい主題とコラール風のトリオをメリハリを付けて演奏されると,ただただ聴き惚れてしまいます。

そして圧巻は,第4楽章。この日,初めて,私は,「グレイト」に「舞踏の聖化」を感じました。
通常,「舞踏の聖化」というと,ベートーヴェンの交響曲第7番に関して言われますが,ブリュッヘンによるこの楽章は,躍動感に漲り,高みへ高みへと上り詰めていきます。
シューベルトは,この曲を,ベートーヴェンの7番や4番を強く意識して創ったのではないかと思わせるような演奏です。
ここでも,弦楽器のピッチカートに乗って,果てしなく木管楽器が優しく歌いますが,基本は「舞踏」です。
こんなにもこの曲が名曲だったとは!
勢いよく流れゆく旋律の濁流のなかへと呑み込まれていきます。
そして,最後の和音が奏でられた後の,およそ1秒間の沈黙!!
誰も拍手を贈ることすら忘れたのではないかと思われるほどでした。
舞台へ駆け寄り,マエストロに握手を求めようとする自分を辛うじて押さえたほどの感動。

こんなに素晴らしい音楽的な感性と情熱を持ったブリュッヘンと同時代を過ごし,その曲に身を委ねられたことの幸せに,深く感謝しました。
ありがとうブリュッヘン!!!
心の中で,彼にブラボーを何度も叫ぶと共に,彼の音楽を支えるのは,清らかな気持ちを持って音楽に臨むこと,そして,深く果てしなく深くそこに描かれた本質を探求する姿勢を持ち続けることにあるのではないか,そんなことを思いました。
自らを省みて,分野は違っても,そんな風に生きられないか,と考え込んでしまいました。

ところで,ブリュッヘンはこの後,香港へ飛び,3月1日から5日にかけて,18世紀オーケストラと共にベートーヴェンの交響曲の全曲演奏を行うようです。
うーん,香港住民が羨ましすぎるー
しかも,例えば「合唱」と第1番を演奏する日のチケットは,一番良い席で9,150円(HK$680),安い席だと3,350円(HK$250)というのだから,日本に比べると安い!
香港の物価って,日本とそれほど変わらなかったように思いますが…
昨日の新日本フィルも素晴らしかったけれど,是非,ブリュッヘンには,近いうちに18世紀オーケストラを率いて来日して欲しいと願わずにいられません。
そして,日本のレコード会社には,是非,このブリュッヘンのCDで廃盤になっているもの(ベートーヴェン,シューベルトの交響曲全集等)を再発売して欲しいものです(因みに,香港では,ブリュッヘン指揮の交響曲全集5枚組がHK$400で再発売になったようです。安い!)。そして,一人でも多くの人に彼の音楽性に触れてもらいたいと思います。

クライバーのラ・ボエーム

2005-02-19 21:41:54 | 音楽
クライバーがミラノ・スカラ座を振った「ラ・ボエーム」のDVD(1979年) が発売されるらしい。
クライバーのボエームといえば,1981のスカラ座のライヴをこれまで聴いており,非常に若々しくも切ない演奏振りに痺れ切ってきただけに,今回のDVDも楽しみ。
折角荷物を減らしたのに,またコレクションが一つ増えることになりそう
ただ,モノラルなので音質は期待できそうにない…

ブリュッヘンのシューマン~名演奏の誕生

2005-02-18 23:56:32 | 音楽
今日,すみだトリフォニーホールで,フランス=ブリュッヘン指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いてきました。
待ちに待った演奏会です
まずは結論を申し上げると,ブリュッヘンらしさの遺憾なく発揮されたとても素晴らしい演奏でした。
明日(土)午後3時から,本日と同じ演目で演奏会が行われます(場所もトリフォニーホール)。
拙Blogを読まれて関心を持たれた方は,是非,足を運んで頂きたいと思います。
今日の客席の入具合(7割程度)から考えると,まだ残券があるのではないでしょうか(外していたらごめんなさい。)。

演目は,次のとおりです。
1 ラモー作曲 歌劇『ナイス』序曲
2 モーツァルト作曲 交響曲第31番ニ長調『パリ』K.297
3 シューマン作曲 交響曲第2番ハ長調op.61

新日本フィルはもちろん現代楽器を使用していますが,演奏方法は,ビブラートを殆ど使わない古楽器奏法そのもの。
ガット弦ではないとは思うのですが,古楽器の音色にかなり近い,柔らかで輝かしい響きが奏でられます。
ラモーのほのぼのとした序曲で始まり,ブリュッヘンの得意とするモーツァルトへ続きます。
『パリ』には,モーツァルト自身による改訂前後2種類の第2楽章アンダンテがありますが,本演奏会では,この楽章の新旧両版を続けて演奏します。
やはり新版の方が,きらびやかで華のある楽曲に仕上がっており(モーツァルト自身も新版を好み,出版譜にこちらを採用したらしい。),天才モーツァルトも推敲をしたのかと感慨深く感じました。
もちろん演奏も,若々しく,溌剌として,モーツァルトの清らかな音楽を巧みに弾き出しており,心がうきうきするような演奏。
特にスタッカートが心憎いばかりに決まります。
新日本フィルではなく,18世紀オーケストラを聴いているかのような錯覚に陥りそう。
至福のひととき…

今日の注目作品は,ブリュッヘン自身初の指揮となるシューマンの交響曲第2番。
世界的にも注目を集めていたとのことです。
シューマンの交響曲は,構成が脆弱で,管弦楽の使い方も垢抜けなくて,時として空中分解してしまいそうに感じることがあります。
この感覚は,これまで,名演といわれるシノーポリの演奏や,バーンスタイン,セルの演奏を聴いても一向に拭えませんでした。
が,今日のブリュッヘンの演奏は,シューマンの音楽をじっくりと分析し,音楽の各場面,各パートの役割・位置付けを詳細に検討した上で,繊細に組立てたかのようなもので,シューマンの伝えたかったことを現在に再現したかのように感じられる極めて素晴らしい演奏でした。
この演奏を聴くだけでも価値があります。
私は,楽器に関しては全くの素人で,音楽教育も受けていませんが,素人ながら考えるに,現代楽器でビブラートをギンギンに効かせてシューマンの演奏を行うと,それぞれのパーツがグシャッとごちゃ混ぜになって,混沌とし,一体何を伝えたいのか分からなくなるように思われるのです(特に第1楽章にそのような印象を強く持ちます。)。
それがシューマンの交響曲の脆弱さといえばそれまでなのですが,今日のビブラートを極力抑えたブリュッヘンの演奏では,この最大の弱点が見事に解消されていたように思います。
まずは,ブリュッヘンならではの繊細で見事な構成力。
瞬間瞬間の「音」が何のためにあるのかさえ感じさせるとともに,瞬時にして色調が微妙に,時として大胆に変化します。
そして,各パーツの活き活きとした演奏には,新日本フィルの基礎体力を感じました。
第3楽章は,シューマンが書いた最も清純で悲しくも深い憧れに満ちた美しい音楽の一つなのですが,ここでも,ロマン性を遺憾なく発揮した演奏を聴くことができ,胸がチクチクと痛むほどです。
フィナーレでは,主題が千変万化し,リズムも錯綜するのですが,これが場面ごとに見事に処理されています。
ブリュッヘンの頭の中では,局面が変わる毎に,まるでスライドが切り替わるかのように,意識やイメージが「カチッ」と切り替わるのではないか,そう思わせるような明快な演奏です。
それだけではなく,終局へ向けての盛り上がりにも凄みを感じました。
文句なしの名演奏です。
ブリュッヘンも,3回目のカーテンコールの登場では,客席から向かって左ウィング端(一番オケ寄り)のお客さん(おそらく関係者)に,オーケーサインを出していたので,彼自身にとっても満足のいく演奏だったのだと思います。

明日は,今日と同じ演目,そして,来週金曜日には,サントリーホールでシューベルトの「未完成」と「グレイト」が演奏されます。
ブリュッヘンのシューベルトは,ディスクになっていますが,こちらもシューベルトの清々しさを強く印象づける名演奏でした。
来週が待ち遠しくてなりません。

アルゲリッチ 室内楽の夕べ を聴いて

2005-02-01 07:37:07 | 音楽
1月30日(日) サントリーホールにて,「アルゲリッチ 室内楽の夕べ」を聴いた。木曜日はコンチェルト,日曜日は室内楽という我ながら非常に贅沢な時間の過ごし方。
出演は,アルゲリッチ(Pf),堀米ゆず子(Vn),山崎伸子(Vc),リダ・チェン(Va)。
曲目は,次のとおり。
1 ハイドン ピアノ三重奏曲 第25(39)番 ト長調 Hob.XV-25
2 シューマン ピアノ四重奏曲 変ホ長調 op.47
3 メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 op.49
(アンコール)ベートーヴェン ピアノ四重奏曲第3番 Wo0 36-3より第1楽章,第3楽章

ハイドンのピアノトリオは,第1楽章,第2楽章とハイドンらしい端正な音楽で,アルゲリッチも控えめ。
堀米ゆず子のヴァイオリンは,初めて聞いたが,折り目正しく,瑞々しい音色で,好感を持てる。どこかヘンリク・シェリングを思わせるような格調の高い演奏振りで,なかなか良い。
そして,第3楽章,ジプシー風の音楽にアルゲリッチを中心に盛り上がりを見せる。決して派手な曲ではないが,まずまず楽しめた。

シューマンのピアノクァルテットでは,リダ・チェンが登場。彼女は,アルゲリッチの長女で,公共の場での演奏活動はほとんど行っていないが,ルガーノ,別府等アルゲリッチが出演する音楽祭にはしばしば参加しているそうだ。ただ,技術的には,他の3人と比べると相当劣るようで,自信なさげで,音量も(ビオラという楽器自体の特性を考慮しても)かなり小さい。
ビオラのパートが来るたびにこちらの方が,不安になり,「頑張れ」と声を掛けたくなるぐらいだが,そこは,室内楽の妙。お母様,お姉様方も十分に心得ていて,絶妙なサポート。演奏中にもメンバーからは自然な笑みがこぼれ,全員が演奏することを楽しんでいて,私の方にも,そのウキウキ感が伝染してきて,ドキドキ感とないまぜの微妙な感覚を味わった。これも「スリリングな演奏」の一つなのかもしれない。
シューマンの曲は,全体的な統一感の取れていないものが多いように感じる。そのため,この曲も,これまで愛聴することはなかったが,今回の演奏を聴いて,この曲の良さを再認識した。
特に,第3楽章がとても美しかった。チェロが主題をゆったりと奏で始め,そこにヴァイオリンが絡んで行く。シューマンならではの夢見るようなロマンを堪能できる演奏である。正に至福のひととき。帰路でも,この主題が頭の中で繰り返しよみがえり,何ともいえぬ幸福感を味わった。
山崎伸子のチェロも上手い。派手さはないものの,手堅く,しっとりとした音色を深く響かせる。また,音楽の要所を押さえ,その夜の4人の要となる存在のような気がした。

休憩を挟んでのメンデルスゾーンがまた良い。おそらく,その夜演奏された曲目の中では,この曲が最もアルゲリッチの個性にマッチした曲。
第1楽章からアルゲリッチはどんどん飛ばす。感情の高揚を,強いタッチと微妙な揺らぎを見せるテンポで巧みに表現し,聴き手の興奮も高まる。
有名な第2楽章の夢見るような音楽も素晴らしい。極上のメンデルスゾーンが味わえた。
フィナーレも一気呵成に聴かせる。

アンコールは,初めて聴くベートーヴェンのピアノクァルテット。初期のベートーヴェンらしい若干モーツァルトの香りを感じさせる少し控えめな曲だが,4人の演奏はなかなか良かった。機会を見て,ディスクを入手したいと思ったが,あまり録音自体がない模様。その意味でも,貴重な経験だった。

おそらく,アルゲリッチの燃焼度という意味では,木曜に聴いたコンチェルトの方が高かったように思う。
予定どおりカプソン兄弟と演奏していたらどんな演奏になっただろうか,また,クレーメル,マイスキーらとの共演だったらどうなのだろうかなど考えたが,当夜の演奏も室内楽の楽しさを存分に味わわせてくれるスリリングで素敵なもの。しばらくアルゲリッチのディスクを引っ張り出して聴き入りそうな予感がする。

ブリュッヘンの指揮を聴いたことがありますか?

2005-01-29 02:59:42 | 音楽
フランス・ブリュッヘンは,20世紀最大の音楽家の一人だと思う。彼は,リコーダー(そう小学校でみんなが練習したあのリコーダー!)を演奏し,その可能性を無限に広げるとともに,レオンハルト,ビルスマ,アーノンクールらと共に古楽器演奏運動を推進した。私も,ブリュッヘンのリコーダー名曲集を聴いて,一時期,リコーダーの世界にどっぷりはまり込んだものである。

そんなブリュッヘンが「もうリコーダーを握らない」と宣言してから随分経つ。
そして,1981年にオリジナル楽器による18世紀オーケストラを結成して以後は,この楽団を中心に指揮の世界で活躍し,現在はエイジ・オヴ・エンライトメントの首席客演指揮者を務める等している。
彼の指揮による音楽は,繊細,緻密で,響きが美しく,しかも,情熱的である。
私は,カルロス・クライバー亡き後,ブリュッヘンこそが生存する指揮者のうちでは最大の存在ではないかとさえ思っている(因みに,ブリュッヘンが好きな指揮者は,カルロス・クライバーであるとの話もある。)。
古楽器には拒否反応を示す人も多いと思うが,騙されたと思ってブリュッヘン指揮の演奏を是非一度聴いてみて欲しい。
彼の指揮したハイドンは,音楽が純粋で果てしなく響きが美しく,しかも,とても溌剌としている。
シューベルトでも,馥郁とした音楽の中に見え隠れする背筋の凍るような孤独で寂しい眼差しを見事に表現している。
そして,ベートーヴェンの交響曲全集が何よりも素晴らしい。ベートーヴェンの音楽の強固な構成力,実はデリケートな響き,そして最後にはたどり着く栄光を,大いなる熱情を込めて聴かせてくれる。

そのブリュッヘンが,2月の下旬に新日本フィルを振るということを,アルゲリッチの演奏会に行って初めて知った。
彼が日本のオーケストラの指揮台に立つは,初めてのこととのこと。
ブリュッヘンももう70歳。しかもヘビースモーカーのためか年齢以上に老けて見える(実際,5年ほど前に彼の指揮を見たときには,歩き方も相当ヨボヨボしていた。)。
あと何回来日できるか分からないなぁとふと思ってしまった。
ということで,思わず,アルゲリッチの演奏会場で,18日(モーツァルト「パリ」,シューマンの2番等。トリフォニーホール)と25日(シューベルト「未完成」「グレイト」。サントリーホール)のチケットを買ってしまった。
想像以上に老化が進んでいて,指揮もまともにできないかもしれないなあ,なんて思わなくもないが,この機会を逃すときっと後悔するに違いない。
ブリュッヘンが新日本フィルからどんな響きを紡ぎ出すのか,楽しみである。

アルゲリッチ ピアノ協奏曲の夕べ-グルダを楽しく想い出す会-を聴いて

2005-01-28 23:33:20 | 音楽
久々に素晴らしいコンサートを聴き,音楽の力を改めて感じた。昨日,すみだトリフォニーホールにて,アルゲリッチたちの演奏を聴いてのことである。
2000年1月27日に亡くなったフリードリヒ・グルダを偲んで,アルゲリッチ・ファミリーとグルダの息子たちが一堂に会したコンサート。
コンサート当日は,ちょうどグルダの命日であり,そしてモーツァルトの249回目の誕生日にも当たり,聴衆の期待も高まる。

出演は,フランスの気鋭,ルノー・カプソン(Vn)とゴーティエ・カプソン(Vc)の兄弟,フリードリヒ・グルダの息子たちである,パウル・グルダ(Pf)とリコ・グルダ(Pf),そしてマルタ・アルゲリッチ。
オケは,クリスティアン・アルミンク指揮新日本フィルハーモニー交響楽団。

曲目は,次のとおり盛り沢山。
1 モーツァルト 3台のピアノのための協奏曲ヘ長調 K242
2 モーツァルト アダージョホ長調K261とロンドハ長調K373
3 グルダ チェロ協奏曲
4 モーツァルト 交響曲第32番ト長調K318
5 モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調K466
(アンコール)ベートーヴェン トリプル・コンチェルトから第3楽章

曲目1では,パウルの洗練された粒立ちの良いピアノ,アルゲリッチの肉厚の存在感たっぷりのピアノに,リコのピアノが絡む。
三人とも楽しげな演奏で,幸せなひとときが始まる予感。パウルのピアノは,ディスクでは聴いていたが,実演は初めて。
瑞々しい演奏には,父フリードリヒの片鱗を感じた。
これからが楽しみなピアニストの一人である。

曲目2では,ルノー・カプソンのヴァイオリンが楽しめた。
こちらも確かなテクニックと伸びやかな音作りで好感の持てる演奏。
優れた演奏でこんなに沢山のモーツァルトを聴けて幸せな気分。

そして,曲目3が圧巻。
この曲は,クラシック音楽から出発しながら,ジャンルの垣根を超えてジャズの世界でも活躍したフリードリヒが作曲したもの。
編成は20人ほどのこぢんまりしたものだが,その中にドラムス,ギターが加わり,第1楽章は,60年代のロック風のリズムとメロディで始まる。
最初は,いかにもグルダらしいなぁとニヤニヤしながら聴いていたが,チェロが響き始めるや愕然とした。
そのフレーズの激しく,変化に富み,そしてスピード感溢れることと言ったら!
これはコダーイの無伴奏チェロソナタにも匹敵するような難曲だ。
それを若干23歳のゴーティエ・カプソンがグルーブ感溢れる熱演。
アルミンクの伴奏もスゥインギーで素晴らしい。
クラシックコンサート会場の聴衆みんなが,体中でリズムを刻み始めたようにさえ感じた。
オーストリアの大自然を感じさせるような第2楽章を経て,第3楽章のカデンツァも凄い。
ゴーティエの卓越したテクニックと堂々とした引振りには感服。
第4楽章は,懐かしくも哀愁漂うメヌエット。このメロディもたまらなく美しい。
フィナーレは,サーカス風の音楽風のメロディが奏でられる。
ブラスもいい音出している。
ここでも,ゴーティエのチェロは吼えまくり,大きな盛り上がりを見せる。
天才モーツァルトの天衣無縫の数々の楽曲に比べると,フリードリヒのこの曲は,ラフで通俗的な曲だとは思うが,30分間存分に楽しめた。
これだけの曲を,そして,ゴーティエの存在を今まで知らなかったとは!でも,今日は新しい出会いができたのでとっても幸せな気分。
演奏後は,ブラヴォーの嵐。
マイスキーが持っている音楽自体の恰幅の良さは欠ける嫌いがあるが,大器の片鱗を見せるゴーティエの今後の活躍に注目したい。
ちなみに,この曲のディスクは,残念ながら日本では未発売の模様。

曲目4は,10分程度で演奏されるミニ・シンフォニーだが,なかなか優れた演奏。
アルミンクの指揮は,溌剌と,颯爽としており,曲の要所を見事に押さえ,自在に緩急をつけた演奏。
オケも,暖かみのある豊かな響きを聴かせ,モーツァルトの魅力を存分に引き出していた。
はろるど・わーどさんが以前,アルミンクと新日本フィルのマーラー5番を聴いて,「マーラー特有の『うねり』がない」と評されていたが,確かにアルミンクの演奏は,モーツァルトやベートーヴェンのような古典派の演奏において真価を発揮するのかもしれないと思った。
この点は,まだ若いアルミンク(33歳)にとっても,オケにとっても課題なのだろう。
いずれにせよ,アルミンク,ちょっと目が離せない指揮者だと思った。

いよいよ曲目5はアルゲリッチの再登場。
カプソン兄弟もオケに加わりご愛敬。
実は,アルゲリッチのライブは初体験でとても楽しみ。
アルゲリッチは,13歳から一年半にわたりフリードリヒに師事し,その後も,音楽面の悩みや私生活面の悩みについて彼に相談していたらしい。
私は,以前からモーツァルトのニ短調コンチェルトは,グルダとアバドの振るウィーンフィルとが共演したディスクを愛聴している。こちらは,繊細で,音楽は自然に流れ,そしてキラキラとガラス細工が輝くような天上的な美しさの,それでいて胸を締め付けるような演奏。
アルゲリッチが,そんな師匠の演奏とどのような違いを見せるのか楽しみである。
まずは,イントロ,新日本フィルも切々と胸に伝わるなかなかに良い響きを聴かせる。
そして,ピアノの登場。
荒々しい。
が,音楽の「つかみ」が凄い。タッチが強く,音色が太く響く。
そして,アルゲリッチ独特の,(オケを半分無視したかのような)テンポの「揺らぎ」の感覚が心拍数を高める。
こんなニ短調コンチェルトがあったのか!
天国でモーツァルトにそっと寄り添うかのようなフリードリヒの演奏とは180度異なり,モーツァルトの哀しみを全身全霊を込めて振り払うかのような演奏だ。「私がいるから大丈夫よ」と思わせてくれるような演奏なのだ。
アルゲリッチの果てしなく大きな愛に包まれ,無上の感動を覚えた。
これは紛れもない名演である,そう思った。フレーズが重ねられる度,次はどんな音が聞けるのか楽しみであると同時に,少しずつ聴かれる音楽が減っていくことに悲しみを感じるほどであった。
やはり生アルゲリッチは凄かった。

アンコールも贅沢極まりない。
トリプル・コンチェルトは,これまでオイストラフ,ロストロポーヴィチとリヒテルの演奏をディスクでは聴いていたが,それほど大した曲ではないと思っていた。
ところが,この日の演奏は,最高!この曲の良さを再認識した。
アルゲリッチが,これでもかというほどにカプソン兄弟を煽り,それに若い二人が応えるスリリングな演奏。
ゴーティエは,この曲についてはちょっと練習不足だったかな,と思ったが,そんなことはとるに足らないと感じられるぐらい。
一緒に演奏するのが,そして聴衆も含めてこの場所・時間を共有できるのがみんな楽しそうなのである。
パウルがアルゲリッチの「譜めくり」をしていたが,その姿も何だか微笑ましかった。
アルゲリッチが,マイスキー,ルノーと録音した同曲のディスクが欲しくなってしまった。

午後7時から始まって終演は午後10時。
音楽っていいなと,そして,仲間っていいもんだなと,強く感じた3時間であった。

★★★2月20日のNHK芸術劇場で放映されるそうですので,コンサート会場へ足を運べなかった方も,是非共テレビでお楽しみください!ご覧になったら,是非,感想もお聞かせください!!★★★

アルゲリッチの室内楽ライブ 急遽実施!

2005-01-25 23:59:33 | 音楽
一旦確保したチケットが,女王様の「お風邪」のためにフイになったけれど,メンバーを替えて,急遽30日(日)に実施されることになった。
迷わず購入!
次はいつ聴かれるか分からないものねー
木曜日はコンチェルト,日曜日は室内楽で,アルゲリッチの世界にどっぷり浸かります!!
メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番,大好きなんです。
実は,堀米ゆず子さんのヴァイオリン,初めてなんです。
とっても楽しみにしています。
女王様,今度は心変わりしないでね

アルゲリッチ&フレンズ(室内楽の夕べ)が中止に

2005-01-14 21:30:20 | 音楽
来週月曜日に予定されていたアルゲリッチのコンサートが中止になってしまった。
アルゲリッチの風邪のため来日が遅れたのが原因とのこと...
残念!
でも,27日のトリフォニーホールでの「グルダを楽しく想い出す会」までには是非来日を!
これも中止になったら怒っちゃうよ

今週は,メチャ仕事が忙しくて,気が付くと久々の投稿でした...

チョン・ミュンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団 マーラー交響曲第3番を聴いて

2005-01-09 22:39:16 | 音楽
昨日は,文京シビックホールで,チョン・ミュンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団のマーラー交響曲第3番を聴いた。
ミュンフンはいつもながらの彼らしい熱い指揮ぶり。オケも,彼の指揮にグイグイと引っ張られ,これが東フィルかと見違えるような,気迫のこもった演奏で,弦楽器の音色も楽章ごと,場面ごとに微妙な色づけがされており,全体としてはなかなか素晴らしい演奏であった。また,第3楽章はポストホルンが大活躍で,こちらも大自然の爽やかさを見事に演じていた。さらに,東京レディースコーラス(「東京オペラシンガーズ」の女声部門で構成された合唱団)のコーラスは,澄み渡りながらも,厚みがあり,しかも均整がとれたもので,私にとって今回の最大の収穫の一つであった。
快晴の休日,マーラーが描いた自然賛歌の名曲を存分に堪能することができた。

と,ここでレビューを終わってもよいのだが,やはり鑑賞中に心の中でウズウズと蠢いたものを書き出さすにはいられないのが,私の性分。
それは,ミュンフンに是非欧米の一流オケの音楽監督等に就任して欲しい,それもできるだけ早く,ということである。

ミュンフンは,1994年にパリ・オペラ座バスティーユの音楽監督を解任されて以降,一流オケとの関係では,「放浪の指揮者」の状態である。
最近のディスコグラフィにも非常に寂しいものがある。特に録音嫌いという風評を聴かないにもかかわらず,である。
私は,1993年に,バスティーユでミュンフン指揮のベルリオーズ「ベンベヌート・チェルリーニ」を聴いたが,マイナーな演目ながら,超名演で,パリの観衆も大興奮し,スタンディングオベーションしかねない勢いであった。そのころは,ミュンフンは,ラトル,サロネンらと並ぶ若手有望株といわれており,私も,大いに期待したものであった。
しかし,バスティーユを解任されて以後,申し訳ないが,「失速」したとしか思えない。
確かに,東フィルは,ミュンフンの下,大成長を遂げていると思う。しかし,昨日の演奏でも,弦楽器の微妙な濁り,管楽器の高音域でのトチり,大音響になったときの楽器同士の音の混ざり(これは多分にホールの音響の悪さも寄与しているとは思うが…)等,例えばN響と比べても相当技術的な課題を抱えている気がする。
ミュンフンが,歴史に名を残す指揮者となるためには,「放浪の指揮者」から早く脱出を図り,欧米でのキャリアをより強固なものとしつつ,できる範囲で東フィルとの蜜月も続けて欲しい。その方が,彼自身のためにも,そして東フィルや多くの日本のファンのためにもなると思うのは,私だけだろうか?
フィラデルフィア管,ロンドン響,シカゴ響etc.どこでもよいから,是非,ポストを得るための活動をしてみては,そう思わずにはいられないのである。

そして,もう一つの注文。それは,得意曲・分野を早く築いて欲しいということ。
名指揮者は,必ず十八番をもっているが,ミュンフンには,まだないような気がする。
昨年5月には1番を,今年1月に3番を,3月には4番を,来年2月には9番を振るなど,ここのことろミュンフンは集中的にマーラーを取り上げているようである。確かに,ミュンフンのドラマティックな音楽作りは,マーラーの交響曲に向いているような気がする。それならばそれで良い。若干の荒削りな部分を感じるその指揮振りに,繊細な部分を鍛錬し,是非,バーンスタイン,テンシュテットの跡を継ぐ,マーラー振りに成長して欲しい。
今のレパートリーと,それぞれの曲の完成度を考えると,まだ指揮者自身がどこを目指すのか決めきっていないような気がするのである。
若手といわれたミュンフンも今年で52歳。60歳までには,例えばマーラー全集を出すことを目標として欲しいものである。

と,批判めいたことを書き連ねたが,ミュンフンに期待すればこその苦言である。是非,今後の活躍を期待するとともに,その指揮振りに近いうちに再度接することを熱望する。
また,かなりの偏見に基づいたレビューなので,批判,反論等,ご意見お待ちしております。
最後に一言。でも,とても興奮し,感動したことは間違いないのですよ。音楽性が高いと思うからこそ,厳しいことも言いたくなるのです...

(注)最近は「ミョンフン」とも表記する模様ですが,昔から「ミュンフン」と呼んできたので,そちらに従いました。「グレゴール・ザムザ」か「グレーゴル・ザムザ」かを思い出してしまいました...

ニューイヤーコンサート2006はヤンソンス

2005-01-03 01:34:09 | 音楽
ニューイヤーコンサート2006は,ヤンソンスらしい。今年のニューイヤーコンサートは,ボスコフスキーに次ぐ11回目の出演のマゼールが,彼らしい老練なワルツを聴かせてくれた。それはそれで,お約束どおりの演奏で楽しめたが,来年のコンサートは熱血派ヤンソンスと来れば,もう興奮せずにはいられない!
是非,熱血振りはそのままに,独自のコシ,テンポ,リズムとを開拓して,ウイナーワルツに新風を吹き込んで欲しい。
個人的には,クライバーの登場以来の興奮です!