vagabond の 徒然なるままに in ネリヤカナヤ
エメラルドグリーンの海,溢れる太陽の光,緑の森に包まれた奄美大島から,乾いた心を瘉す写真をお届けします。
 



朝起きると,聖書を読み,祈りを捧げ,そしてスコアに向かって曲の研究をする。そんな敬虔なクリスチャンでもあるブロムシュテットが,7年に及んだライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第18代カペルマイスターとして最後の日本公演を行った(2005年7月に退任し,リッカルド・シャイーにカペルマイスターを譲る。)。
この公演は,「日本におけるドイツ年2005/2006」の一環として行われるものである。
私は,今日,東京サントリーホールで,この一連の公演の最終日を聴いた。

演目は,次のとおり。
1 メンデルスゾーン作曲 交響曲第4番 イ長調 op.90「イタリア」
2 ブルックナー作曲 交響曲第7番 ホ長調 (ハース盤)

ブロムシュテットは,今年で78歳とは思えないほど若々しく,背筋をピンと伸ばし,颯爽とした指揮振りで格好良い。しかも両曲とも暗譜である。バトンも洗練されている。
(まだ70歳にもかかわらず,椅子に座り,猫背で,楽譜を睨みながら指揮をするブリュッヘンとは対照的な姿である。)
そして,曲の全体を大づかみにガシッと捉え,一筆で一気呵成に描いたような,自然で,全くけれん味のない名演奏を聴かせてくれた。
N響の名誉指揮者としても親しまれているブロムシュテットであるが,やはり手兵ゲヴァントハウスからは,期待に違わず,ヴィンテージワインを味わうかのような濃密な音楽が紡ぎ出され,素晴らしい演奏会であった。

特に,ブルックナーが素晴らしかった。
第1楽章の冒頭,微かな弦のトレモロで,「原始霧」が漂い始める。
ウィーンフィルに比べると,湿り気を感じさせるような濃厚な「霧」の出現である。
この冒頭から曲の世界に引き込まれる。

私は,ブルックナーの同曲に関しては,カラヤン,ジュリーニがそれぞれウィーンフィルを振った演奏を愛聴してきたが,ヴァイオリンの響きが全く違う。
ウィーンフィルの今にも切れんばかりの薄絹のような響きに比べると,線が太いのだが,その分,心にじわじわとしみ通るような渋い響きを聴くことができる。
そこにチェロが絡み,荘重に音楽が進んでいく。
高音の弦楽器は渋く,そして低音の弦楽器は重厚に響き,心の底へと響いてくる。
日本の楽団では,チェロやコントラバスが少しくぐもった音色になりがちなのだが,これらの楽器群も,重厚でありながらも,一音一音がきっちりと伝わってくる。
ドイツの名門楽団らしい,重心が低く,腰の据わった,安定感のある,そして構築力の高い演奏である。

粒立ちの良いフルートの響きも実に美しい。
そして,トランペット,トロンボーン,チューバが壮麗な響きを奏でるのはいうまでもないが,ホルンが深く透った音色を聴かせてくれる。
第2楽章で登場する4本のワーグナー・チューバ(普通のチューバを小型にした感じのもの)の奏でる「送葬の音楽」も渋く心に染み渡る。
これら金管楽器の分厚い響きは,体格の良いゲルマン民族ならではのものなのかもしれない。
特に,第4楽章での金管楽器の爆発ぶりは凄まじかった。
なお,今日一番感心したのは,フルートとホルンの美しい響きであった。
クラリネットの音色や節回しには堅さを感じたが,管楽器の奏者は全般にまだ若い(30歳から40歳ぐらいか)ながらも,素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

メンデルスゾーンも,清々しく溌剌とした演奏。
特に,第3楽章のホルンの響きが,高原を吹き抜ける涼風のようで心地よかった。
ゲーテと同様に「南の国」イタリアへの遙かなる憧れを抱いたメンデルスゾーンの思いを巧みに再現した素敵な演奏であった。

プログラムの冒頭には,「物であふれる今日,精神面,倫理面での育成がこれまでになく必要とされています。音楽を魂の糧として,私たちの生活を豊かにしようではありませんか。」とのブロムシュテットの挨拶が掲載されていた。
その言葉どおり,ブルックナーが推敲に推敲を重ねて作り出した世界が全宇宙に向かってじわじわと広がっていくかのような壮大な演奏であった。同時に,ブロムシュテットの深い祈りの気持ちや,清らかな気持ちも感じられた。
また,カーテンコールで,楽団員一人ひとりの所へ駆け寄って握手を求める姿にも,このマエストロらしい誠実な人柄を感じた。
アンコールは残念ながら無かったが,楽団員が下がった後も,拍手に応えて,ブロムシュテットが登場し,観衆みんなが別れを惜しんでいたのが印象的だった。

ところで,ブロムシュテットがカペルマイスターになってから,マズア時代には失われていたゲヴァントハウス管弦楽団の輝きが復活したともいわれていたようだ。
確かに,今日の演奏を聴いただけでも,音楽の熟成と楽団員との信頼が強く感じられた。
一方,クラリネットをはじめまだ若く若干の青さを感じられる楽団員については,さらなる鍛錬と成長が期待されるところでもある。
にもかかわらず,このような熟成の途中で,ブロムシュテットがカペルマイスターを降りるというのは,まことに残念でならない。
また,ブロムシュテットがゲヴァントハウスと共演したCDも数点しかなく,彼のけれん味のない演奏は,あまり時代にそぐわなくなっているのかなとも思う。
しかし,彼の音楽は,その精神性とともに,時代を超えて生き残る「本物」であることは間違いない,と思う。
今後も,ブロムシュテットは,定期的にゲヴァントハウスの客演指揮者として登場するらしい。
これからも,長生きをして,心に更に磨きをかけ,彼らしい気高い演奏を続けて欲しい,そう祈らずにはいられない。

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クラシックの梶本音楽事務所が大阪撤退とのニュースを知った。
梶本音楽事務所といえば,大阪発祥のクラシック専門の老舗音楽事務所。
年々先細りの大阪のクラシック市場に見切りを付けてリストラし,中国市場を目指すとのことらしいが,非常に残念。
大阪経済全体の地盤沈下を感じさせる象徴的な出来事。
大フィルは,朝比奈隆氏亡き後,大植英次氏の下で再生を図っていると思うが,是非,関西のクラシックの灯を絶やさないよう,活躍して欲しい。

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その日のサントリーホールは,演奏終了後,およそ1秒間の沈黙に包まれました。昨日,サントリーホールで,フランス=ブリュッヘン指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いてのことです。
演目は,次のとおりです。
シューベルト作曲
1 交響曲第7(8)番ロ短調『未完成』D.759
2 交響曲第8(9)番ハ長調『グレイト』D.944

先日聴いたブリュッヘン指揮のシューマンでも述べましたが,この日のシューベルト演奏も,ノン・ビブラートの演奏で,現代楽器とは思えない柔らかで輝かしい響きの演奏です。
そして,ブリュッヘンの音作りも,響きの美しさを十分に意識しつつ,曲中での各局面の位置付けを明確に意識した,メリハリを存分に付けたもの。
テンポは若干速めで,オケは,「グレイト」の第4楽章では,ちょっと辛いかなと感じる部分もあったが,溌剌としたテンポ感はブリュッヘンならではのもの。

「未完成」では,私は,爽やかな朝の森の中にいるように感じました。
「未完成」は生でも何度も聞き,ブリュッヘンの演奏もCDでは聴いてきたが,この日のライブ演奏では,一つひとつの楽器が,存在感を持ちつつも柔らかく響き,音楽の全てが胸に染み込んでくるようでした。
シューベルトの曲の演奏というと,甘ったるい洋菓子のようなとろけそうなものが多く,それはそれで悪くはないのですが,ブリュッヘンの演奏は,感情過多にはならず,繊細に,丁寧に,そして果てしなく美しく,一つひとつの音を紡ぎ出していきます。
音の瞬間,瞬間が,クリスタルのようにキラキラと輝いているのです。
こんなに,透明で美しいシューベルトは初めてです。

そして,「グレイト」。
この曲は,私にとって,ただひたすら長く,あまり面白味を感じない演奏でしたが,この日の演奏で,この曲の素晴らしさを再認識しました。
まずは,第1楽章,ホルンの悠揚たる旋律から始まり,管楽器,弦楽器,そして動物皮のティンパニ(この古楽器ならではの乾いた表情がたまりません)が,それぞれに掛け合いを繰り返していきます。
曲の表情はめまぐるしく変わり,様々な情景が描き出され。
何度も聴いたことのある曲にもかかわらず,次は,その次は?と展開が楽しみになってきます。
これほど表情の豊かなグレイトは初めてです。

第2楽章は,管楽器が主役で,弦楽器はつなぎ役のように感じられるほど,管楽器の演奏が素晴らしい。
オーボエ,ファゴット,クラリネットが良かった。もちろん,これらに絡むフルート,ホルン,トランペット,トロンボーンも良い味を出しています。
シューマンが「天国的な長さ」と評したこの楽章で,天国にいるような幸福感を感じられました。この幸福感がいつまでも続けば良いのに…

第3楽章は,ブリュッヘンらしい軽快感をもった爽快・痛快な演奏。
この楽章も繰り返しが多く,退屈に感じられることが多いのですが,これだけ激しい主題とコラール風のトリオをメリハリを付けて演奏されると,ただただ聴き惚れてしまいます。

そして圧巻は,第4楽章。この日,初めて,私は,「グレイト」に「舞踏の聖化」を感じました。
通常,「舞踏の聖化」というと,ベートーヴェンの交響曲第7番に関して言われますが,ブリュッヘンによるこの楽章は,躍動感に漲り,高みへ高みへと上り詰めていきます。
シューベルトは,この曲を,ベートーヴェンの7番や4番を強く意識して創ったのではないかと思わせるような演奏です。
ここでも,弦楽器のピッチカートに乗って,果てしなく木管楽器が優しく歌いますが,基本は「舞踏」です。
こんなにもこの曲が名曲だったとは!
勢いよく流れゆく旋律の濁流のなかへと呑み込まれていきます。
そして,最後の和音が奏でられた後の,およそ1秒間の沈黙!!
誰も拍手を贈ることすら忘れたのではないかと思われるほどでした。
舞台へ駆け寄り,マエストロに握手を求めようとする自分を辛うじて押さえたほどの感動。

こんなに素晴らしい音楽的な感性と情熱を持ったブリュッヘンと同時代を過ごし,その曲に身を委ねられたことの幸せに,深く感謝しました。
ありがとうブリュッヘン!!!
心の中で,彼にブラボーを何度も叫ぶと共に,彼の音楽を支えるのは,清らかな気持ちを持って音楽に臨むこと,そして,深く果てしなく深くそこに描かれた本質を探求する姿勢を持ち続けることにあるのではないか,そんなことを思いました。
自らを省みて,分野は違っても,そんな風に生きられないか,と考え込んでしまいました。

ところで,ブリュッヘンはこの後,香港へ飛び,3月1日から5日にかけて,18世紀オーケストラと共にベートーヴェンの交響曲の全曲演奏を行うようです。
うーん,香港住民が羨ましすぎるー
しかも,例えば「合唱」と第1番を演奏する日のチケットは,一番良い席で9,150円(HK$680),安い席だと3,350円(HK$250)というのだから,日本に比べると安い!
香港の物価って,日本とそれほど変わらなかったように思いますが…
昨日の新日本フィルも素晴らしかったけれど,是非,ブリュッヘンには,近いうちに18世紀オーケストラを率いて来日して欲しいと願わずにいられません。
そして,日本のレコード会社には,是非,このブリュッヘンのCDで廃盤になっているもの(ベートーヴェン,シューベルトの交響曲全集等)を再発売して欲しいものです(因みに,香港では,ブリュッヘン指揮の交響曲全集5枚組がHK$400で再発売になったようです。安い!)。そして,一人でも多くの人に彼の音楽性に触れてもらいたいと思います。


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クライバーがミラノ・スカラ座を振った「ラ・ボエーム」のDVD(1979年) が発売されるらしい。
クライバーのボエームといえば,1981のスカラ座のライヴをこれまで聴いており,非常に若々しくも切ない演奏振りに痺れ切ってきただけに,今回のDVDも楽しみ。
折角荷物を減らしたのに,またコレクションが一つ増えることになりそう
ただ,モノラルなので音質は期待できそうにない…


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今日,すみだトリフォニーホールで,フランス=ブリュッヘン指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いてきました。
待ちに待った演奏会です
まずは結論を申し上げると,ブリュッヘンらしさの遺憾なく発揮されたとても素晴らしい演奏でした。
明日(土)午後3時から,本日と同じ演目で演奏会が行われます(場所もトリフォニーホール)。
拙Blogを読まれて関心を持たれた方は,是非,足を運んで頂きたいと思います。
今日の客席の入具合(7割程度)から考えると,まだ残券があるのではないでしょうか(外していたらごめんなさい。)。

演目は,次のとおりです。
1 ラモー作曲 歌劇『ナイス』序曲
2 モーツァルト作曲 交響曲第31番ニ長調『パリ』K.297
3 シューマン作曲 交響曲第2番ハ長調op.61

新日本フィルはもちろん現代楽器を使用していますが,演奏方法は,ビブラートを殆ど使わない古楽器奏法そのもの。
ガット弦ではないとは思うのですが,古楽器の音色にかなり近い,柔らかで輝かしい響きが奏でられます。
ラモーのほのぼのとした序曲で始まり,ブリュッヘンの得意とするモーツァルトへ続きます。
『パリ』には,モーツァルト自身による改訂前後2種類の第2楽章アンダンテがありますが,本演奏会では,この楽章の新旧両版を続けて演奏します。
やはり新版の方が,きらびやかで華のある楽曲に仕上がっており(モーツァルト自身も新版を好み,出版譜にこちらを採用したらしい。),天才モーツァルトも推敲をしたのかと感慨深く感じました。
もちろん演奏も,若々しく,溌剌として,モーツァルトの清らかな音楽を巧みに弾き出しており,心がうきうきするような演奏。
特にスタッカートが心憎いばかりに決まります。
新日本フィルではなく,18世紀オーケストラを聴いているかのような錯覚に陥りそう。
至福のひととき…

今日の注目作品は,ブリュッヘン自身初の指揮となるシューマンの交響曲第2番。
世界的にも注目を集めていたとのことです。
シューマンの交響曲は,構成が脆弱で,管弦楽の使い方も垢抜けなくて,時として空中分解してしまいそうに感じることがあります。
この感覚は,これまで,名演といわれるシノーポリの演奏や,バーンスタイン,セルの演奏を聴いても一向に拭えませんでした。
が,今日のブリュッヘンの演奏は,シューマンの音楽をじっくりと分析し,音楽の各場面,各パートの役割・位置付けを詳細に検討した上で,繊細に組立てたかのようなもので,シューマンの伝えたかったことを現在に再現したかのように感じられる極めて素晴らしい演奏でした。
この演奏を聴くだけでも価値があります。
私は,楽器に関しては全くの素人で,音楽教育も受けていませんが,素人ながら考えるに,現代楽器でビブラートをギンギンに効かせてシューマンの演奏を行うと,それぞれのパーツがグシャッとごちゃ混ぜになって,混沌とし,一体何を伝えたいのか分からなくなるように思われるのです(特に第1楽章にそのような印象を強く持ちます。)。
それがシューマンの交響曲の脆弱さといえばそれまでなのですが,今日のビブラートを極力抑えたブリュッヘンの演奏では,この最大の弱点が見事に解消されていたように思います。
まずは,ブリュッヘンならではの繊細で見事な構成力。
瞬間瞬間の「音」が何のためにあるのかさえ感じさせるとともに,瞬時にして色調が微妙に,時として大胆に変化します。
そして,各パーツの活き活きとした演奏には,新日本フィルの基礎体力を感じました。
第3楽章は,シューマンが書いた最も清純で悲しくも深い憧れに満ちた美しい音楽の一つなのですが,ここでも,ロマン性を遺憾なく発揮した演奏を聴くことができ,胸がチクチクと痛むほどです。
フィナーレでは,主題が千変万化し,リズムも錯綜するのですが,これが場面ごとに見事に処理されています。
ブリュッヘンの頭の中では,局面が変わる毎に,まるでスライドが切り替わるかのように,意識やイメージが「カチッ」と切り替わるのではないか,そう思わせるような明快な演奏です。
それだけではなく,終局へ向けての盛り上がりにも凄みを感じました。
文句なしの名演奏です。
ブリュッヘンも,3回目のカーテンコールの登場では,客席から向かって左ウィング端(一番オケ寄り)のお客さん(おそらく関係者)に,オーケーサインを出していたので,彼自身にとっても満足のいく演奏だったのだと思います。

明日は,今日と同じ演目,そして,来週金曜日には,サントリーホールでシューベルトの「未完成」と「グレイト」が演奏されます。
ブリュッヘンのシューベルトは,ディスクになっていますが,こちらもシューベルトの清々しさを強く印象づける名演奏でした。
来週が待ち遠しくてなりません。


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いつも拙Blogにお越し下さりありがとうございます。最近,更新をサボっていましたが,それにはワケがございまして…
ともったいぶることもないのですが,3月末に引っ越すことにしたので荷物の整理に追われていて,家中がしっちゃかめっちゃか。
それで,Blogをアップする余裕がなかったのです

今回,家の中を整理していたところ,次々と出てくる「宝」の山!
本,雑誌,CD,DVD,ビデオテープ,カセットテープ…と際限がありません。

まずは,ビデオテープをDVD-Rにダビングして,と思い再生してみます。
ノイズだらけでほとんど再生不能。
このテープはもう10年ほど前のものだから,と気を取り直して次のテープにチャレンジしたものの,これも駄目。
結局,ここ2,3年で録ったもの以外は,ほとんど全滅(百数十本)!!
原因は,湿気のための模様。
ウ~ン,これって,ゴミの山に囲まれて暮らしていたということ!?
カセットテープも,メディアとしては死滅状態で,しかも湿気で伸びているため,ほとんど使い物にならないので,涙をこらえて廃棄処分。
でも,昔FMでエアーチェック(懐かしい!)した,クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団,ベルティーニ指揮ケルン放送交響楽団,シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団等のテープは,やっぱり捨てられない。
でも,どうやって保存しよう?

もっと凄い状況なのが,書籍。
趣味の関係はやっぱり捨てられないなぁ。
雑誌の切り抜きも捨てられない。
スキャナで読み込めばよいのでしょうが,時間が相当かかりそう。
雑誌も,PDFファイルをダウンロードできる権利とセットで(若干割増料金で)販売すれば,結構ニーズはあるんじゃないかなぁなーんて思いながら,捨てられるものはどんどん捨てました。
お陰で,ヒモの結び方が上手くなりましたよ
で,結局は,学生時代のテキスト,ノートや,仕事関係の書物を中心にビシバシ資源ゴミに出しています。
センチメンタルバリアもほとんど崩壊しかかっています

というわけで,引越までの日々,まだまだバタバタしており,本格再開までしばらくかかりそうですが,とりあえずしばらく暖かく見守って下さい!!!


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1月30日(日) サントリーホールにて,「アルゲリッチ 室内楽の夕べ」を聴いた。木曜日はコンチェルト,日曜日は室内楽という我ながら非常に贅沢な時間の過ごし方。
出演は,アルゲリッチ(Pf),堀米ゆず子(Vn),山崎伸子(Vc),リダ・チェン(Va)。
曲目は,次のとおり。
1 ハイドン ピアノ三重奏曲 第25(39)番 ト長調 Hob.XV-25
2 シューマン ピアノ四重奏曲 変ホ長調 op.47
3 メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 op.49
(アンコール)ベートーヴェン ピアノ四重奏曲第3番 Wo0 36-3より第1楽章,第3楽章

ハイドンのピアノトリオは,第1楽章,第2楽章とハイドンらしい端正な音楽で,アルゲリッチも控えめ。
堀米ゆず子のヴァイオリンは,初めて聞いたが,折り目正しく,瑞々しい音色で,好感を持てる。どこかヘンリク・シェリングを思わせるような格調の高い演奏振りで,なかなか良い。
そして,第3楽章,ジプシー風の音楽にアルゲリッチを中心に盛り上がりを見せる。決して派手な曲ではないが,まずまず楽しめた。

シューマンのピアノクァルテットでは,リダ・チェンが登場。彼女は,アルゲリッチの長女で,公共の場での演奏活動はほとんど行っていないが,ルガーノ,別府等アルゲリッチが出演する音楽祭にはしばしば参加しているそうだ。ただ,技術的には,他の3人と比べると相当劣るようで,自信なさげで,音量も(ビオラという楽器自体の特性を考慮しても)かなり小さい。
ビオラのパートが来るたびにこちらの方が,不安になり,「頑張れ」と声を掛けたくなるぐらいだが,そこは,室内楽の妙。お母様,お姉様方も十分に心得ていて,絶妙なサポート。演奏中にもメンバーからは自然な笑みがこぼれ,全員が演奏することを楽しんでいて,私の方にも,そのウキウキ感が伝染してきて,ドキドキ感とないまぜの微妙な感覚を味わった。これも「スリリングな演奏」の一つなのかもしれない。
シューマンの曲は,全体的な統一感の取れていないものが多いように感じる。そのため,この曲も,これまで愛聴することはなかったが,今回の演奏を聴いて,この曲の良さを再認識した。
特に,第3楽章がとても美しかった。チェロが主題をゆったりと奏で始め,そこにヴァイオリンが絡んで行く。シューマンならではの夢見るようなロマンを堪能できる演奏である。正に至福のひととき。帰路でも,この主題が頭の中で繰り返しよみがえり,何ともいえぬ幸福感を味わった。
山崎伸子のチェロも上手い。派手さはないものの,手堅く,しっとりとした音色を深く響かせる。また,音楽の要所を押さえ,その夜の4人の要となる存在のような気がした。

休憩を挟んでのメンデルスゾーンがまた良い。おそらく,その夜演奏された曲目の中では,この曲が最もアルゲリッチの個性にマッチした曲。
第1楽章からアルゲリッチはどんどん飛ばす。感情の高揚を,強いタッチと微妙な揺らぎを見せるテンポで巧みに表現し,聴き手の興奮も高まる。
有名な第2楽章の夢見るような音楽も素晴らしい。極上のメンデルスゾーンが味わえた。
フィナーレも一気呵成に聴かせる。

アンコールは,初めて聴くベートーヴェンのピアノクァルテット。初期のベートーヴェンらしい若干モーツァルトの香りを感じさせる少し控えめな曲だが,4人の演奏はなかなか良かった。機会を見て,ディスクを入手したいと思ったが,あまり録音自体がない模様。その意味でも,貴重な経験だった。

おそらく,アルゲリッチの燃焼度という意味では,木曜に聴いたコンチェルトの方が高かったように思う。
予定どおりカプソン兄弟と演奏していたらどんな演奏になっただろうか,また,クレーメル,マイスキーらとの共演だったらどうなのだろうかなど考えたが,当夜の演奏も室内楽の楽しさを存分に味わわせてくれるスリリングで素敵なもの。しばらくアルゲリッチのディスクを引っ張り出して聴き入りそうな予感がする。


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