tyokutaka

タイトルは、私の名前の音読みで、小さい頃、ある方が見事に間違って発音したところからいただきました。

GUN SLINGER GIRL Vol.5

2005年06月02日 23時57分06秒 | Weblog
ついにこの日が来たという感じだ。
このブログを書き始めたときから紹介したかったコミックである。

私が『電撃大王』のこの連載を知ったのは、ほんの偶然。おそらく表紙に主人公のイラストがなくて、雑誌に何らかの紐かけがなされていたら、永遠に知ることがなかったと思う。『電撃大王』自体が、いわゆる「萌え」系の雑誌だから、開いて見ることはない。にもかかわらず、そのとき注目したのは、表紙イラストとして描かれていた主人公の持つライフル(SIG SG551)と主人公の背丈を推測すると、それがすごく正確に描かれているというのがわかったからである。

本当に「わかった」人が書いているのだ。

内容を見てみると、そのストーリーがすごく深いことがわかった。
それからコミックとしてまとめて出るたびに、買っては読んでいる。

ごく局地的に人気のある本だと思っていたが、そうでもないらしい。ジュンク堂大阪店のコミックコーナーではポップまで作って、店員が紹介している。これもなかなか内容がわかっていると思わせる文章だ。
Amazonの書評でも人気が高く、その書評の内容のレベルはすごく高い。
私個人も「恋愛詩学の一頂点」として、まったく別なところで一文を書いたことがある。(ちなみに、ここでの「詩学」とはミハイル=バフチンの定義で用いている。・・・専門家の方々へ)

内容については、これから読まれる方もいるので避けたい。おそらく書いても、これまでの話の深さを書ききれないのが本当のところだ。
ただ、読まれた方々に対しては、トリエラとピノッキオの対決に終止符が打たれた。結局その戦いにはどちらかの犠牲が出ることは確かだった。しかし、ピノッキオが単に殺し屋で、冷徹な人間として描かれているのではなく、その意思がまた別なところにあるのだというのが鮮明になった。フランコとフランカの描き方も同様である。
ある人は、5巻目にして、ようやく話の核心に入ってきたと書いた、これが事実ならば、このコミックのこれからの展開について恐怖心すら感じる。