tyokutaka

タイトルは、私の名前の音読みで、小さい頃、ある方が見事に間違って発音したところからいただきました。

ホームアローン

2005年04月30日 23時33分36秒 | Weblog
広い家に一人の日である。
こんな日が一年に一回くらいある。
こんな日の食事は、家で作ることが多いのだが、今日は外食をしてきた。
お世話(?)になったのは、ポンテロッソというイタリア料理店。
食べたのは、「ヴェニスの思い出」という魚をメインにしたコース。
フランス料理は一人でも食べられるが、イタリア料理は大勢で食べるものなんだと思った。
ピザなんて注文しても、一人で食べきれない。
店の雰囲気は良く、一人でも入れる。でも、少し注目を浴びていたような・・・。
味もなかなか良い。
また行こう。

追伸:せっかくリンクしたのにつながりません。参考までに店の住所は「奈良市小西町2」電話番号は0742-23-0808です。

金曜ロードショー「ソードフィッシュ」 お勧めです

2005年04月29日 12時30分36秒 | 映画
表題のとおり。

アクション映画だから、好き嫌いがあると思いますがお勧めです。
公開当時、アメリカの映画評で、「アメリカ人のモラルがここまで下がったか」
とも言われましたが、近年にない派手な仕掛けと、ストーリーの展開は、
さすがハリウッドだと思います。

興味のある方は、是非。

もう少しどうにかならんのか、日本経済新聞の見出し

2005年04月29日 12時25分17秒 | ニュース
昨日、大阪で地下鉄に乗っていると、人が持っていた新聞の内容が目に飛び込んできた。
日本経済新聞である。3面記事だったと思うが、やはり尼崎の列車脱線事故の見出しが乗っている。昨日の朝刊だから、また犠牲者の数は、100人には達していない。だから、新聞の見出しは、
「脱線死者、97名に」
となっている。だが、その隣に経営者へのインタビュー記事かなんかがのっていて、同じだけのポイント数(文字の大きさ)、フォントで、見出しが書かれている。その見出しとは、
「危機は好機の出発点だ」
と書かれていた。

確かに今回の事故は、JR西日本の経営体質が問題点としてあげられている面もある。会社にとっての危機があると同時に、今回の犠牲となった方々の家族にとっても、すごい危機に見舞われているはずだ。そういった人々が、事故の記事を見て、その記事が脱線事故の関連でなくとも、その目を横に向けたとき、このフレーズは勇気付けるものであるよりも、気分を逆なでるものであるはずだ。

いや、それ以上にただ「客観的な」情報を伝えればそれでいいという新聞報道の姿勢は、たとえば、とりあえず世間の関心のたかまりから犯罪犠牲者の遺族への配慮だけをしておけばいいという姿勢を見せて、それ以外の記事の取り扱いはウチラの勝手だという傲慢さを見ることが出来るのである。

新聞報道の犠牲者(記事によって見に覚えのない中傷を受けたとか、それ以外の被害を受けたとか)は、しばしばそれが事件の当事者だけに焦点が絞られるが、それ以外の人々、すなわちここでは読み手の側の精神的な被害もあるはずだ。

それほど大きな被害じゃないと思ったのに

2005年04月28日 00時39分51秒 | Weblog
1995年の阪神淡路大地震の日、私は翌日の期末試験の勉強をしていた。夜中の3時くらいまでがんばって、まあいいだろうと思って、寝たら2時間くらいでグラグラゆれた。それからも余震が起こり、寝ていられない。試験は夕方だったから、少し遅くまで寝ていられたが、ゆれるたびに目を覚ます。テレビをつけると長田で火事が起こっている。地震が起これば火事も起こるだろうと思ってみていた。それは人々が逃げて大丈夫くらいに考えていたからだと思う。時間が経つごとに増えていく犠牲者の数は、メディアを通じて見る被害以上に心に突き刺さってきた。

現場にいない私には、その苦しみの声が最初聞こえなかったのだ。

最初、大きな地震があったという程度の私の認識は、多くの犠牲者が数え上げれることで重大だという認識に塗り替えていったのである。

これほど情けないことがあろうか。

今度の列車脱線事故もまた、時間が経つにつれ犠牲者の数が増えていった。最初、私は電車が脱線したという事故程度に捉えていたが、これほど大きな犠牲と悲しみにつながるとは思っていなかった。
同じことの繰り返しである。再び自分を情けなく思う。

事故でなくなられた方々のご冥福を祈る

鉄橋の下

2005年04月27日 00時14分23秒 | Weblog
家で仕事をしなければならないのだが、急用で富雄まで出かけた。
富雄とは奈良市にある町の名前だが、女の子が誘拐されたことで、
少しネガティブな印象を全国に与えたかもしれない。
本当はおだやかな町である。
急用というのは、写真の現像を行わなければならない。それを出しに来た。
30分くらいかかるといわれて、店を出る。
時間が出来たので、祖父や祖母の墓参りをしてきた。
ここ富雄にあるのだ。
小高い丘の上から眺めていると、北の方の空が薄暗い。
墓地の草むしりをしていると、あっという間に真っ暗になってきた。
これはやばいと思い、切り上げて自転車に乗ると雨が降り出した
しかも雹も降ってきた。
鉄橋下の駅まで行って、ここで雨宿り。降りは強く、雷まで鳴り出した。
大音響で、鉄橋が震える。
生まれてから、中学校に入るまで、この鉄橋の下を通ったものだが、4,5歳の頃は、
上を電車が通ると起こる音響がいつも怖かった。
雨宿りをしながら、そんなことを考えていた。

AdobeがMacromediaを買収するらしい

2005年04月25日 22時47分11秒 | DTP/Web
今日、ネットを見ていたら、たまたま「Adobe」という単語を入れて検索していた人がいるみたいで、それがgooのトップページに出ていた。gooは他人が入力した単語を表示するのである。「人は何を調べているのか」ということを知らせているのだと思う。そこで私も同じ単語を入力して調べてみると、Macromediaの株をAdobeが買ったというニュースが出ていた。もう1週間前に決まった話らしく、AdobeがMacromediaを合併するのは決定したことらしい。これはMacromediaのホームページにも出ている。

少し前まで、私もDTPの制作でAdobe製品を使っていたが、最近はMacromediaの製品ばかり使っている。理由は簡単。Webの制作を中心に行っているからだ。確かにAdobeにはPhotoshopがあって、Web関係では、Goliveがあるけど、PhotoshopはともかくGoliveは使っていない。Dreamweaverの方が圧倒的に普及しているから、こちらを覚えるのが有利だ。

そもそもAdobeが監修したトレーニングブックでも、InDesignで作った紙媒体向けデータをWeb化するときにGoLiveが使えますよといった書き方をしていたから、Webを独立してとらえる考え方はないと思っていた。

Adobeにしてみても、紙媒体用のソフトから会社が始まったから、それが普通かなとも思えた。

でも、紙媒体用のソフトだけでは、もう販売戦略が難しくなっているのも現実。個人的にAdobeも好きだったけど、Macromediaも結構すきなんだけどね。

これでGoLiveとDreamweaverの両方がAdobeの製品として出されることになった。どちらかというと、市場占有率の高いDreamweaverを前面に出した販売戦略が取られると思うが、両方を統合した全く新しいネームブランドのソフトが開発されるかもしれない。

赤いポストだけではないみたいです

2005年04月24日 23時21分30秒 | Weblog
父親の会社の駐車場に白いポストがあった。たしかにポストの形をしているけど、赤く塗られているのではなく、白く塗られている。

かの懸賞応募で指定される大阪中央郵便局の前にあるポストは青く塗られている。鮮やかな青色などというものではなく、いぶしたような青色になっている。見方によっては色落ちしていて、空色にも見えてくるのだが。

このポストは、外国郵便専用のポストらしく、外国に友達のいない私にとっては、こちらから投函したことがない。電子メールの方が早くて正確なところもあるから、相手がインターネットを持っていれば、メールということになる。

昔聞いた話だと、イタリアから郵便物を送ると1年くらいかかる可能性があると言われた。90%以上ジョークなのだろうが、その時に付け加えられたのが、イタリアで郵便物を送るならばバチカンで送れと言われた。勿論、試したことはない。

白いポストの話を続けると、少しうさんくさかったけど、私設ポストと書かれていた。たしかに郵便局が判断してポストを設置しない限り、ポストが欲しければ自費で設置することになる。

どの程度使われているのかわからないけど、ビルの中の壁にポストが設置されていたところもあった。ある時郵便屋さんが取りにきていたから、使えるんだと思ってわざわざ表のポストに出しにいかず、そこで出したことがある。もっとすごいところは、3階、4階にもポストがあって、それが1階のポストにつながっているというのもあった。そういった建物の大部分は、昭和30から40年台に建てられたものが多く、いまではこういった設備を見ることがない。多分もういらないのだろう。なんかレトロでいい感じなのだけど。

安物買いの意欲失い

2005年04月23日 19時15分36秒 | Weblog
もともと普通の本屋で買い物をする頻度が減ってきて、古本屋での購入が多くなったことは前にも話したが、最近、特にひどくなった。とはいえ、新刊書だけを扱う本屋へいく回数が減ったかと言うとそうでもない。古本屋で本を買うには、あらかじめその本の情報を知らないとだめで、現物を眺めて、情報を仕入れにいく場所になっている。すなわち本屋で情報を手に入れといて、古本屋でみかけたらラッキーという構図である。

勿論、そうそうすぐに古本屋に落ちてくることは少ないのだが、そこは世の中うまくいったもので(たまたま私の周りだけの話か?)、大阪のミナミについこの間出された本が古本として持ち込まれる、まさしく「穴場」的古本屋が存在する。出版されてすぐの本は価格も高いのが相場だが、その本屋は、とにかく回転効率を上げたいのか、価格も文芸書なら半分近くまで下がることがある。おまけに、定評のある専門書もかなり下がる。

例えばマートン『社会理論と社会構造』(みすず書房)という本があるが、この本は長く版元品切れとなっていて、とにかく入手できない。大学の図書館も一度貸し出されたら、なかなか戻らないものだったが、2年ほど前、復刊された。

ところが、復刊されたその本、定価8800円と私にとってみれば天文学的数字がついていた。この本も出されてそれほど経たないうちに、この古本屋へ持ち込まれて、4000円の値段がついた。半額であるから比較的良心的だが、やはりまだ高かったと思う。ちなみに私はこの本の改訳前のもので化粧箱入りを3000円で手に入れた。

出たすぐに買わなくとも、内容やタイトルを覚えておいて少し待てば、こうして安く手に入るから、だんだんと普通の本屋における購買意欲が薄れてきた。しかし、本質的に本屋で見かけた(そして欲しいと思った)本のすべてが、必ずしも古本屋に並ぶとは限らないから、金銭的に得をしていても情報的に損をしているのかもしれない。

特にパソコン関係の本は、本当にすぐに並ばないし、出てすぐくらいに買って勉強して、その技術を使った方が自分の利益になる。・・・にも関わらず、「ああ、まあいいか」と思ってすぐに棚とか平台に戻してしまう。

そういえば、古本屋という「場」そのものが、私にとって強制的な購入執行装置となっていることもある。どういうことかというと、古本屋で見かけたら、すぐに買わないと次はなくなっているということもあり得るからだ。意外とこの種の損も何度か体験しているから、なおさら普通の本屋以上に買ってしまう。

今の私には、本屋で2000円以上買うことは「清水の舞台から飛び降りる」行為になってきている。
いや、マジで。

XMLを見直す

2005年04月22日 20時33分27秒 | DTP/Web
最近、DTP関連のことでブログを書くことが減ってきた。正直な本心として本や印刷物のまわりをウロウロしているとこの先、あまり良いことはおこらないんじゃないかと思えるようになってきたからだ。『DTP WORLD』もここ2ヶ月ほど購入していない。幸いにもロジカルなことは嫌いでないから、HTMLを打ちこんでいても、それほど苦痛ではないし、むしろ慣れてきて、Javascriptも眺めていたら、おおよそこんなことが書いてあるんじゃないかと見えてくるときがある。

ホント言うとWebは難しいのではないかと考えていた。確かに難しい部分はあるけど、出来ないものではないと思えるようになってきた。だから、がんばってホームページを作ることも出来た。
私は過去に、高校を卒業したあと、DTPとWeb関連の専門学校を出た人と話をしたことがあるけど、DTPはともかく、Webが難しくて、肌に合わないというと言った。そのひと、結局DTPの仕事にもつかなかった。

さて、八方手詰まりの感のあるDTPでほとんど見直されなくなったXMLだが、実はXMLを使ったシステムを用いる印刷機や編集システムを導入できる企業など、いま本当にないというのが見えてきた。そこでWebはどうかと思ったが、すぐに調べなかった。

いま、本屋のパソコンコーナーにはブログの作りかたのような本が多く並んでいる。私たちはこうしてgooのブログを借りて掲載しているけど、中にはブログのシステムそのものを設計するという方法もあって、その関係の本も出ている。今日見てビックリしたのは、Flashを用いて動的なブログを作ろうというもの。詳しくはわからないのだけど、これまでHTMLとCSSを用いて作っていたブログをXMLでデータを作り、それをFlashで動かすというもの。あいだにMovable Typeとかいうソフトを用いるみたい。こちらはもう少し調べてから、報告するとして、個人的にXMLを勉強しようと考えていたから、Webで最新の技術として使えるということがわかって、少しうれしい。

「豊臣秀吉」の肖像画

2005年04月21日 23時40分42秒 | ニュース
「有名な」お城の一つ、大阪城で「秀吉の貌(かお) 変遷するイメージ」展を行っている。これも新聞で読んだ話だ。

大阪城は10年以上ご無沙汰だ。近くを通ることもあるけど、遠目に眺めるだけ。お城が好きで、時間があったらのぼることもある。東京へ行ったときは、学会の会期中だったけど、これをさぼって江戸城を見てきたこともあった。あそこは皇室の持ち物だから、中に入るには許可証というか、札みたいなものを渡される。帰るときはこれを事務所みたいなところへ返す。本当に建物がなくて、昔の櫓があって、火事で燃えた天守閣の石垣があっただけ。ここにのぼって空を拝んだその結果、
「東京には空がない」
という、どっかで聞いた結論に達した。それはいい。

豊臣秀吉の肖像画は、全部で80点以上あるとか。その全部が全部同じ顔を書いている訳ではない。我々が教科書で見た独特の冠(李氏朝鮮時代の高官位といわれる)をかぶった肖像画から束帯を着た肖像画、普通のチョンマゲの肖像画などがある。やせた老人のような顔が多いのだが、新聞にも書かれていたように野心に満ちた、太った肖像画も存在する。

昨日のブログにも書いたように、絵は、描き手のまなざしの帰結点でもあるから、豊臣秀吉という人物に対する書き手の心情を表しているともいえる。でも、新聞の絵を見るとそれほど悪く描かれているようにも思えない。最後は典型的な大阪のおっちゃんだったのか?

中国の明の創始者、洪武帝の肖像画ほど全く異なった人物を描いているものはない。一つは温厚な老人だが、もう一つは典型的な三白眼であごの尖った、醜悪な人相の人物である。もっとも、彼は幼い頃、天然痘にかかり、その後遺症が顔に出ていたが、それを描いているのが後者の方だから、歴史家のほとんどは、こちらが真実だろうと言っている。写真を参考にしてほしい(出典:藤井千之助『総合世界史図表』第一学習社 1993年)