TULIP DIARY

届くといいな やさしい風に乗って

敦賀散策その2

2019年08月01日 | 旅日記

7月28日、紙わらべ資料館から少し行った場所です。

敦賀水産卸売市場と港大橋を撮影しました。左側に進んで行くと気比の松原に行くことができます。この場所から徒歩では約15分掛かるそうです。昔、海水浴に一度来たことがありました。

敦賀観光ホテル前にあった洲崎の高灯籠。現存する日本海沿岸最古の江戸時代に作られた石積みの灯台。

敦賀湾沿いに右に進んで行くと古い倉庫群が並んでいました。

敦賀港開港100年の記念モニュメント

敦賀鉄道資料館 かつて「欧亜国際連絡列車」の発着駅として重要な位置を占めていた、旧国鉄敦賀港駅舎を再現された建物で、館内には敦賀の鉄道の歴史がわかる資料が展示されていました。

1階は撮影OKでした。無料で見学できました。

金ヶ崎園地のボードウォークからは敦賀湾が望めました。

金ヶ崎園地の一角には人道の港敦賀ムゼウムがありました。ロシア革命時、シベリアで救出されたポーランド孤児やナチスドイツに手から逃れ、杉原千畝の「命のピザ」を握りしめて上陸したユダヤ人難民の受け入れなど、近代敦賀港の果たした人道的な役割が紹介されている無料で入館できた施設でした。杉原千畝の命のピザの複製も展示されていました。

 

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長い1日でした

2019年08月01日 | ひとりごと

昨日は、朝から相当暑い日でした。父の弟にあたる叔父の自宅に前の日に引き続き出向きました。叔父はそのすぐ上の叔父が13年ほど前に亡くなってから一人で住んでいました。父は叔父宅に1か月に1回くらいいつも出向いていましたが、母が入院した後は出向かない日が続いていました。一度、母の病院にもお見舞いに来てくれたので、そのときが叔父に会って話ができたのが最後になってしまいました。7月下旬に父が叔父に電話しても繋がらないということに気が付いて、二日前に警察の方と一緒に叔父の自宅に父が出向くとその自宅の中で叔父はすでに亡くなっていたということが一昨日わかりました。自宅で亡くなると検死しないといけないのでいろいろと大変でした。大阪にいる親戚は私たち家族というか父と姪にあたる私だけになってしまっていたので、父と私だけで亡くなった叔父の埋葬することになり葬儀などの準備で昨日は1日年休を取っていろいろと手続きなどしないといけないたくさんのことに時間を費やしました。警察の方々にはいろいろと親切にしていただきお世話になりました。また依頼した葬儀社の方にもいろいろと親切に説明いただきお世話になりました。その手続きがすべて済んだのが午後4時半ごろでした。母が入院している病院にも行きたかったので、その後、父と二人で病院に出向き、自宅に帰宅したのは午後8時前でした。昨日は本当に長い1日でした。暦では、明日友引になるので、友引に葬儀をすることを避けました。今日は仕事に行くことにしました。葬儀の後の叔父宅の片づけなどのいろいろしないといけないことなどたくさんあり過ぎて、父一人だけでは大変なので私も一緒になって今後していくことになりますね。それを考えると相当しんどく感じますし、お金もたくさん要りそうなのですが、乗り越えられないことはないと思うことにしました。この日お世話になったすべての方々に感謝したいです。

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